第27話 都合の良い展開
「第五回作戦会議を始めます」
例によって俺とベアトリクス、そしてアルベルトはヴァイスシュタイン家の応接間に集まっていた。本日の議題は来月にあるヴィクトル第二王子の誕生パーティについてである。俺は昨日読み直した攻略ノートの内容を脳内でおさらいする。
このパーティは王族の誕生日の、しかも成人のお祝いなので大きな規模で開催される。ゲームのシナリオ上はこれが卒業パーティまでにある最後のメインイベントと言っていいだろう。
ベアトリクスによれば、パーティのパートナー兼一曲目のダンスの相手はプレイヤー、つまりは主人公側の選択に委ねられているそうだ。選んだ攻略対象の好感度が一定以上であれば、誘いが断られることはなく好感度が大きく上昇するらしい。
そして二曲目のダンスの相手は一曲目の相手を除いた攻略対象の中で一番好感度が高い者が自動で選ばれるらしい。こちらの好感度も微増する。これ以降は好感度を急上昇させるようなイベントもないので、ここでの結果がほぼエンディングに直結すると言っても過言ではない。ルカが今回誰とパーティに参加するかはルートを最終確定させるうえでかなり重要になってくる。
そんな作戦にとっても山場と言える誕生パーティの打ち合わせのために、ベアトリクスは来週王子のところへ出向く予定らしい。
「面会の許可が下りたんですか?」
「面会……?」
俺の質問にアルベルトが訝し気な顔をする。そういえば、ベアトリクスと話すときは普通に使っていたが、婚約者と会うことを指すにはあまりにも甘さのない言葉だった。しかし、他に適切な表現が思い浮かばない。
「えぇ、まあ。パーティのパートナーと事前に何も打ち合わせしないのはよくないという周囲の方の判断だと思います」
剣技会での王子の様子を考慮すると、十中八九、主人公は幼馴染ルート一本に絞り始めたと思われる。現時点でルカが王子を誘っている可能性はおそらく高くない。王子のパートナーは余程のことがない限りは婚約者であるベアトリクスになるだろう。
「婚約破棄の件についてはまだ伝えていないのか?」
アルベルトがベアトリクスに問うた。
「そんな話を聞いてもらえるような雰囲気じゃなくて……」
「まあ、あの様子だと今は話にならないかもしれないな」
そういえば、ここ最近の王子の様子を聞きそびれていた。剣技会のあとにも何度かアルベルトには会っているが、二人でいるときに別の人間の話をすると若干機嫌が悪くなるのが面倒だったのだ。今なら聞いても問題ないだろう。
「殿下はどんなご様子ですか?」
「なんと言うべきか……こもりがちというか」
アルベルトは珍しく言葉を詰まらせた。
「それは物理的にですか?」
「物理的にも精神的にも。必要最低限のことはこなしているから完全にこもっているわけではないのだが」
剣技会直後の態度からして荒れているかと思ったが、どうやら閉じこもるほうに移行したらしい。良い方に進んでいるのか、悪化しているのか、判断が難しい。暴走して即断罪決行、みたいな流れは防げそうなのでまだマシなのかもしれないが。
「婚約破棄の件については引き続き保留で、一旦パーティを乗り越えましょう」
パーティが終わるまでは、王子ルートの阻止に集中しよう。条件をひとつ達成できれば、王子との和解や婚約解消に向けるベアトリクスの心持ちにも多少余裕が生まれるだろう。
お茶も飲み終わったので別れの挨拶をして立ち上がったら、当然のようにアルベルトもそれに続いて右腕を差し出してきた。屋敷を出るまでなんて一瞬だし、慣れた道なんだからわざわざそんな必要ないのに。そうは思いつつここでごねても何も進まないとこれまでの経験上わかっているのでおとなしく彼の腕に手を置いた。
「それではセシル様、ごきげんよう」
ベアトリクスは一連の流れを見て満足そうに微笑んで言った。生死がかかっているような立場に置かれていても楽しめることがあるのはいいことなのかもしれない。……いや、果たして本当にそうか? 作戦の進捗状況と彼女の様子とのギャップに半ば呆れを抱えながら部屋を後にした。
「ベアトリクスのこともいいが、君はパーティまでにダンスをどうにかしたほうがいいんじゃないか?」
帰り際にアルベルトに痛いところをつかれて言葉に詰まる。
俺は元々ダンスが得意ではない。故に誕生パーティにダンスがあると聞いた際に参加を拒否しようとしたが、側近候補の婚約者候補が参加しないなどあり得ないと却下されたのだ。そのとき、不参加の権利をもぎ取るべく、いかに下手くそかということを実演して見せたため、アルベルトは俺の実力を知っているのだ。もちろんそれを見たうえでも却下されたわけだが。
「こっちは侯爵子息様のお相手を務めるなんて考えもせず生きてきたんだから、多少は大目に見ていただかないと困ります」
リードされる側になる想定などしていなかったから、そちらの練習は特に手を抜いていたので輪をかけて下手だった。かと言って逆側をやらせてもらったとて決して上手くはないし、身長差的に格好がつかない。
「相手が誰であろうとダンスは必要だと思うが」
急な正論やめてください。
「まあ君が今後私以外と踊る気がないのなら別に今のままでも構わないが」
「練習させていただきます」
「……そうか」
なんでちょっと残念そうなんだよ。本気にしか聞こえないから怖いんだよ。
「本当は私が教えてやりたいが、ちゃんとした者に教わったほうがいいだろう。講師を紹介しよう」
「……ありがとうございます」
そこは冷静なのかよ。人のダンスの面倒を見られるほど、暇じゃないらしい。
パーティまでの間、俺はダンス講師にしごかれにしごかれる日々を送ることとなった。練習場所としてヴァイスシュタイン邸の一室をお借りしているため、アルベルトやベアトリクスもたまに練習の様子を覗きに来る。アルベルトは来るたびにヒィヒィ言っている俺を満足そうに眺めていた。こんなんで嗜虐心を満たすな。
普段動かさない筋肉を動かしている所為でボロボロになった体を引きずりながら教室を移動していると、珍しくヒューゴから話しかけられた。前に話してから一ヶ月以上経っている。むやみに怪しまれたくなかったので、どうしてもルカの情報が必要になるまではこちらからの接触は控えていたのだ。
「やっぱり何かやってるんじゃないですか?」
「何の話だ?」
唐突に切り出されて困惑する。そう言うヒューゴもこちらを糾弾しようとしているというよりは、戸惑っているように見えた。
「俺に都合の良いことが起きすぎてます」
「……良いことなのでは?」
まるで話が見えてこない。彼は急き立てられるように話を続ける。
「おかしいんです。ルカが剣技会のときにはハンカチをくれたし、今度はパーティにパートナーとして一緒に参加してくれと言うし。こんな俺なんかに」
……惚気かよ。一瞬遠い目をしそうになったがなんとか気を取り直す。王子とルカがくっつかないように裏で糸を引いているのではないかという疑いが彼の中で再浮上したのだろう。王族との婚約破棄作戦など簡単に信じられる話ではあるまい。
「私がルカを操作してるとでも?」
「はい」
確かに帰省イベントについては誘導したが、それ以降の行動は全てルカ自身の意思によるもののはずだ。
「こちらにルカを操作する方法があるなら、まどろっこしいことをせずにさっさと殿下から引き離しているとは思わないのか?」
「それは……そうですが……」
実際に怪しい動きをしているし、嘘もついてるので疑われるのは当然ではある。責めるような言い方になってしまうのは心苦しいが、なんでもこちらの仕業だと思われるのは困る。
「私はルカのことはよく知らないが、もう少し彼が言うことを信じてもいいんじゃないか? 意思のない人間でもあるまいし」
「……そうですね。変なことを言って申し訳ありませんでした」
彼は不安を吐き出して冷静になったのか、自分の話の突飛さを少し恥じた様子で去っていった。ひとまずルカの幼馴染ルート入りがほぼ確定したのを確認できたのは幸運だった。
俺たちが物語に介入した所為で、ヒューゴの気持ちが追いつくよりも先に立て続けにイベントが起きてしまったのかもしれない。元々この世界ではルカは王子ルートに傾いていたのだから、ヒューゴにとっては急な方向転換に感じられて戸惑ったのだろう。
最初から思うように進んでいたわけではないが、ここのところイレギュラーが散見される。ルカの選択は確定したが、ヒューゴが変な方向に思いつめないか気を付けて見ておいた方がよさそうだ。
運命の日まで四カ月を切っている。心を落ち着かせるためにほとんど無意識に懐の攻略ノートに触れた。シナリオがどこまで原作通りに進むのかまるで見当がつかない。シナリオが終わったあとのことは尚更不透明だった。




