第3話 第一回作戦会議
「それでは、第一回作戦会議を始めます」
ベアトリクスが真面目くさった顔で宣言した。会議と言っても参加者は二名しかいないのだが。しかもひとりぼっちの悪役令嬢と何の力もないモブキャラの二人である。不安しかない。
「とりあえず、ゲームの内容を教えてほしい。主人公の女の子のこととか、他の攻略対象のこととか」
「セシル様、主人公は男です」
「え?」
「これ、BLゲームです」
同性でも子供を作れる設定って、もしかしてそのためだったのか……? そんなの予想できるわけない。その手のジャンルは完全に門外漢なんだ。ていうか、お前腐女子だったのかよ。
なんとか気を取り直して、彼女が語るゲームの概要をノートにまとめていく。
主人公の名前はルカ。少女と見紛う程の美少年らしいがれっきとした男である。そして、攻略対象は【第二王子】ヴィクトル、【幼馴染】ヒューゴ、【悪役令嬢の兄】アルベルト、【庶民出身】テオの4人。これらももちろん全員男だ。
四つのルートの内、明確に断罪の描写があるのは第二王子のルートだけらしい。断罪はゲームの最終イベントである王子の卒業パーティで発生する。王子の卒業は今年なのでイベントが起きるのは今年度末だ。
つまり、タイムリミットまで一年切っているという状況である。
「今の時期に主人公がルート変更するのは不可能なのか?」
「システム上は可能なはずなんですけど、どうすればいいのかわからなくて……」
ノートに並んだ四人の名前を眺める。仮に主人公を王子ルート以外に誘導できるとすれば、どれが簡単なんだろう。
「悪役令嬢の兄っていうのはベアトリクスのお兄さんのこと?」
「そうですね」
「身内なら紹介してみたら?」
俺の雑な提案に、彼女はとんでもない、と顔色を青くした。
「アルベルトは王子の側近候補で、かつ潔癖なんです。候補とは言え、主君から恋人を奪うようなことはしません。既に王子とフラグが立っている状態でのルート変更はかなり厳しいです。それに兄は私を嫌悪しているので碌に話ができません」
甘い考えだったようだ。よくよく考えれば、嫌がらせしていた人間から兄を紹介されても、主人公からしたら理解不能で不審すぎる。悪役令嬢の兄のルートは諦めたほうがよさそうだ。
「このテオっていう人は?」
「伝手がありません。私と同級生のはずなんですが、見かけたこともありません」
「もしかして詰んでる?」
思っていた以上に選択肢がなくて少し投げ出したくなってきた。そんな俺の気持ちを察したのか、彼女は慌てて別の案を提示する。
「一番可能性があるのは幼馴染のルートだと思います」
「どうして?」
「たしか幼馴染は最初から好感度が高いので攻略しやすかったはず……。しかもヒューゴは一年生なんです。攻略対象としての本格参戦が今年からになるので、今からでも間に合うイベントがたくさんあるかと」
なるほど、確かに後輩キャラで主人公と既に面識があるのなら攻略難易度は他より低そうだ。
「やり方は後々考えるにしろ、主人公は幼馴染ルートに誘導するのがよさそうだな」
とはいえ、主人公に働きかけて間接的に攻略キャラを変えさせるなんて非現実的すぎるか。より実現性のある方法も考えておいた方がよいだろう。
このゲームはシナリオがガバガバで評判が悪いらしいが、それを逆手に取ることはできないだろうか。綿密なシナリオでないなら少し介入すれば王子ルートに行っても断罪回避できるかもしれない。
「主人公への嫌がらせもやめてるんだし、王子との不仲を解消することはできないのか? うまいことやってベアトリクスを正室、ルカを側室として娶ってもらったら、王子ルートのまま婚約破棄も回避できるのでは?」
倫理観とか感情論とかを一旦置いておけば、生き延びるためにはそれが手っ取り早い気がする。
「王子と悪役令嬢は六年前に婚約したときからずっと不仲ですよ。ルカが絡む以前の問題です」
「なんで婚約したんだよ」
「お互いの家と言うか、各々の母親と言うか……まあ諸々の事情です」
本人たちの意思を無視した婚約だったらしい。貴族にはありがちなのかもしれないが、最初から歪んだ関係だったようだ。
「令嬢は母親からの命令で王子に気に入られようと必死だし、王子は勝手に決められた婚約に納得していない上にその婚約者に媚を売られて辟易してる、みたいな感じです」
「もしかして詰んでる?」
「それ、やめてください!」
再び諦めモードに入る俺にベアトリクスは涙目で突っ込んだ。彼女が置かれている四面楚歌的状況については彼女自身が一番理解しているのだろう。
「まあ、王子とは一旦距離を置くしかなさそうだな」
年単位で続く男女の険悪な関係を一朝一夕に改善できるとは思えない。一度冷却期間を置いた方がよいだろう。どうやら王子との和解も長い茨の道の先にあるようだ。
まだ何か考え得る方策はあるだろうか? 卒業パーティでの婚約破棄を防ぐにはどうしたらいいんだろう。頭を捻っていると、ひとつの案が思い浮かんだ。荒唐無稽にも思えるがやらないよりはマシだ。
「婚約破棄される前にこちらから破棄してしまうのはどうだろう?」
「え?」
唐突な提案に彼女は不意を突かれたように声を漏らした。
「ラストシーンまでに婚約破棄しておけば、少なくともそのときには婚約破棄のイベントは起きない。何もしないよりは断罪の可能性も減らせるんじゃないか?」
「なるほど?」
彼女はとりあえずといった感じで返事をしたが、いまいち腹落ちしていないようだ。その証拠に首を傾げている。
「断罪イベントを防ぐには、それに繋がる要素をひとつひとつ排除すればいいんじゃないかと思うんだ。王子との不仲、王子と婚約関係にあること、主人公への嫌がらせ、主人公の王子ルート完遂、この四つが主な要素になると思う」
「先んじて婚約破棄すれば要素のひとつをなくせるということですね」
「そういうこと。主人公への嫌がらせはもうやめているから、他三つのうちのどれかを潰しておけば断罪回避できるんじゃないかな。成功確率を上げるために可能であればすべてクリアしたいところだけど」
机上の空論の域を出ないが、今ある情報だけだとこれ以上考えるのは難しかった。
「セシル様、すごいです! もしかして本当に救世主ですか!? それで具体的にどうしたらいいんでしょう?」
「わからない。というか一回の話し合いだけで解決策を出しきれるようなものじゃないと思う」
「そうですよね、一年かけたプロジェクトですもんね……」
プロジェクト、という言葉の響きに会社員時代の嫌な思い出が蘇りそうになったが無理矢理蓋をした。
「何度か打ち合わせする必要があるけど、それにも問題がある」
「なんですか?」
「王族の婚約者の家に同年代の男が頻繁に出入りするのは絶対良くない。あらぬ噂が立つ」
ただでさえ悪い彼女の評判を今よりも更に下げることが作戦遂行の障害にならないわけがない。
「じゃあどうするんですか?」
彼女の問いに対し、俺はノートに書かれた『【悪役令嬢の兄】アルベルト』の文字を指す。
「アルベルトに協力してもらう」
「無理です! 絶対無理です!!」
ベアトリクスは血相を変えて叫ぶ。思っていた何倍もの拒否反応が返って来た。
「でも、俺がアルベルトの友人という態を取れたらこの家に出入りしても怪しまれないと思うんだけど」
兄妹は険悪なままでも、俺とアルベルトが協力関係になれる可能性はあるのではないだろうか。
「セシル様は兄上のあの冷たい目で蔑まれたことがないからそんなこと言えるんです。私の知り合いという時点で友好的に接してくれるわけがありません」
ベアトリクスにとってアルベルトは相当な恐怖の対象らしい。まるで人の血の通っていない鬼について語っているかのようだ。
「それでも、どうにかアルベルトも含めて三人で話す場を設けてほしい」
「できる気がしません……まともな会話なんていつ以来か……」
「死にたくないならやるしかない」
俺の身も蓋もない返しに彼女は黙りこくった。流石に兄よりは死の方が恐ろしいらしい。
とりあえずもう話せることもないし、時間も遅くなってきた。これ以上の長居は不要だろう。今回の会議はこれで終了だ。俺が席を立つと、ベアトリクスもよろよろとそれに続いた。
部屋を出て二人で廊下を歩いていると、向こうから銀髪に紫色の目をした鋭い雰囲気の青年が歩いてきた。おそらく先程話題に出たアルベルトだろう。彼はこちらに気付くと不快そうに眉間に皺を寄せた。
「婚約者を差し置いて男を連れ込んでいるのか? 立場を弁えろ」
「す、すみません」
彼の冷たく鋭利な言葉に、ベアトリクスは凍りついた。目を合わせることもできず、謝罪するのが精一杯のようだ。
彼女が言っていた通り、彼の態度からは友好的に接してくれる未来を想像するのは難しかった。
確かに彼女の行動は立場上好ましいとは言えないが、理由も聞かずに一方的に叱責するのはいかがなものか。
そう考えながら彼を見ていると目が合った。そこに蔑み以外の感情はないと思っていたが、彼の瞳には何か複雑な色が混じっているような気がした。
「何を見ている」
彼はこちらを睨みつけてきた。改めて視線を向けられると圧を感じる。美形だから尚更そう思わされるのかもしれない。だが同時に、ここで引くわけにはいかないという意地も湧いた。
「私と彼女はそういう関係じゃありません。穿った見方をしないでください」
俺は睨み返して反論したが、彼は何の反応も返さず去っていった。口論する価値すらないとでも言いたげな態度だった。
彼の姿が見えなくなってから、俺は我に返った。
「ヤバイ、つい思ったことを口にしてしまった」
「ちょっと! 心臓が止まるかと思いましたよ!!」
氷漬けから解放されたベアトリクスも狼狽している。まさか俺が言い返すとは思っていなかったのだろう。
「協力してもらわないといけないのに第一印象最悪だな」
「どうします? 別の手立てを考えますか?」
「いや、予定通り行こう」
ここに来るたびに嫌味を言われてはたまったものではない。それに、ベアトリクスに対する彼の態度を目の当たりにして、お節介にも兄妹仲を心配する気持ちが生まれたのもまた事実だ。具体的にどことは言えないが、アルベルトの様子も引っかかる。
確実に言えることはあらゆる意味でこのままの状態で良いわけがない、ということだ。




