第24話 嘘
ここ最近の展開が、主に俺たちの所為だが、シナリオからずれ始めている可能性が高いので原作の流れを妄信するのは避けた方がいい。俺は念のためヒューゴが原作通り剣技会に出場するのか聞いておくことにした。
国史の授業を終えたヒューゴに声を掛ける。
「ヒューゴは剣技会に参加するのか?」
「その予定ですが……」
そう答えるとヒューゴは俺を睨みつける。
「嘘、ついてましたよね。アルベルト様とはお兄様を介しての関係と聞いていたと思うんですが?」
まあ、そうなるわな。
婚約者候補の件についてはアルベルトの誕生会以降、噂ではなく事実として学園中に広がっていた。ヒューゴは元々俺に対して警戒心を持っていただけに嘘を吐いていたことを見過ごせなかったのだろう。
だが、王子が想定とは違う動きを見せ始めた中で、ヒューゴとの関係が切れると非常にまずい。直接的ではないにしろ、ルカの様子を知るための情報源をここで失うわけにはいかなかった。
俺は声を潜めて彼に言う。
「今だから言えることがある。それを聞いてから判断してほしい。放課後私の部屋に来てくれないか」
一方的に寮の部屋番号を告げて一旦別れた。
放課後になり自室でヒューゴを待つ間、俺は彼にどこまで話すべきか思案していた。
アルベルトとの関係については公になっている部分は認めざるを得ない。しかし、認めた上で作戦のための偽りの関係だなんて白状したら、余計な不信感を煽りそうだからそれは伏せておくべきだ。
彼は自分自身はともかくルカを面倒事に巻き込むことを忌避している。王子を選ばせないためにヒューゴを焚きつけたということも言わない方が良いだろう。
この二点を隠したまま、ヒューゴを納得させる必要がある。
俺は机に広げていたノートを閉じて内ポケットに入れた。彼が来るなら、そろそろだろう。
来るか来ないかは正直賭けになると思ったが、ほどなくして、ヒューゴは俺の部屋を訪ねてきた。表情は硬いままだったが、真偽を確かめたいという気持ちを優先したのだろう。
「来てくれてありがとう」
部屋に椅子は一脚しかないのでベッドに座ってもらった。早速本題に入る。
「まずアルベルト様との関係についてだが、最初に君に話しかけた時点で兄経由ではなく直接の知り合いだったのは事実だ。ただ正式な婚約者候補だったわけではない」
まずはヒューゴにバレた嘘についての弁明から入る。彼は無言を貫いている。
「家格差もあって認められるまで時間がかかっていたんだ。確定するまでは口外禁止になっていて言えなかった」
嘘を吐いてすまなかった、と素直に謝った。ここまではまあいいだろう。あとはどこまで真実を話すかが難しい。俺は座りなおして、椅子に腰をしっかり据えた。
「ここからは内密の話なんだが、私たちは第二王子殿下とベアトリクス様の婚約について円満解消に向けて動いている」
「は!?」
あまり話すべきではないと思うが、他に言えない事が多すぎる。俺は小さな嘘を隠すために、より鮮烈な真実を混ぜる方法に出ることにした。それに、このことが他所に漏れたところで王族との婚約解消などという一見何の得もない企みを信じる者はなかなかいないだろう。
実際、ヒューゴもあまりに突拍子もない話を聞かされて呆気に取られている。
「どういうことですか?」
「アルベルト様は権力が一極に集中することを危惧している。第二王子の側近と婚約者をヴァイスシュタイン家から出すことによって、力を持ち過ぎるのは利益よりも寧ろリスクの方が高いとお考えだ。この平和な時代にわざわざ争いの種を撒く必要もない」
俺とベアトリクスの目的は断罪回避だが、アルベルトが婚約についてそのように考えているのは事実ではある。
「アルベルト様は成人を迎えるにあたって、跡継ぎとして家が抱えている問題に取り組み始めた。不仲だったベアトリクス様と関係を修復して話し合い、婚約解消に向けて動き出したわけだ」
「ちょっと待ってください。そのことと、ルカについて探りを入れてたのがどう関係するんですか?」
「嫌がらせの件だよ」
ヒューゴの眉間に皺が寄った。彼はルカからベアトリクスによる嫌がらせの件も聞き及んでいるだろう。
「解決しなければならない諸々の問題の中にそれも入っていた。ベアトリクス様が嫌がらせをしていたのは事実だ。ただ、やめた後も嫌がらせは終わらなかった。その原因を探るために動いてたんだ。もちろん殿下とルカの関係についての情報が不要だったわけではないが」
ヒューゴは思い当たる節がありそうな顔をした。経緯は異なるが俺がヒューゴに接触した前後でアルベルトが元取り巻きたちへの対応を行っている。嫌がらせが終わったタイミングと照らし合わせても矛盾はないはずだ。
「では何故、あの時俺によかったなと言ったんですか? セシル様の目的とは無関係でしたよね?」
よかったな? ……帰省後の様子を聞いたときのことだろうか。確かにあのときのヒューゴの発言は嫌がらせが止んだかどうかの確認が取れる内容ではなかったのだから、その感想はおかしいと思われてもおかしくない。
「いや、休暇前はヒューゴも何か悩んでそうだったけど、明けてからはそんなことなかったから、ちゃんと話せてよかったなと思ってそう言っただけだよ」
彼は毒気の抜かれた顔をした。
「てっきり、ルカが邪魔だから俺を利用して殿下から引き離そうとしているのだとばかり思っていたのですが……」
ごめん、それは合ってる。というかそれが一番真実に近い。
「あなたの言うことすべてを信じるわけではありませんが多少は納得はしました。今日聞いたことは他言しません。でもルカを変なことに巻き込むのはやめてください」
彼はそう言うとさっさと部屋を出ていった。なんとか当初の目的は果たせただろうか。いろんな相手に別々の嘘を伝えているため、自分でも何が本当なのかわからなくなってきた。額に触れるとそこは熱を持っていた。脳はオーバーヒート寸前らしい。
今日はもう寝よう。夕飯もまだだったが俺はそのままベッドに潜り込んだ。
「最近俺は嘘をつきすぎている」
刺繍をする手を止め溜息をつく。俺は今日もヴァイスシュタイン家の応接間に来ていた。屋敷の使用人たちには婚約者候補やその妹と親交を深めるため、足繁く通っていると思われているようだ。ここのところ迎え入れられる際の空気が生温かくていたたまれない。
「作戦の件で、ですか」
「うん……」
ベアトリクスも作業を止めてこちらを見た。彼女が縫っているのは第二王子の紋章を少しデフォルメしたようなデザインだ。もうほとんど完成しており、仕上げの段階に入っているようだ。その出来から前世での衣装づくりも相当入れ込んだ趣味だったのが伺える。
「元々嘘つくの苦手だし嫌いなんだよ」
「そうなんですか? 私からはすごく自然に見えてますけど」
「家族には隠し事とかすぐバレるし」
ギルバートの鋭い視線を思い出す。彼には俺の嘘は全く通用しない。鈍そうな父にすら何か隠し事をしているのは察せられている。
「それはその……ご負担をかけて大変申し訳ない……」
彼女は恐縮して体を縮こまらせた。まあ生死がかかっている人に謝られてもこちらも困ってしまうが。
自分の手元に視線を落とすとギリギリ何かしらのイニシャルに見えなくもない縫い目の集合体が目に入った。こんな出来なら渡さない方がいいような気がする。指先には数か所針による傷跡がある。我ながら不器用にもほどがあるだろう。
「王子との面会は?」
「断られました……」
彼女はさらに縮こまってしまった。
「いや、今の時点で会えなくても問題ないよ。前も言ったと思うけど、一応気にかけてますよ、っていうポーズを取っておきたいだけだから」
「フォローまでさせてしまって申し訳ない……」
ここ最近のベアトリクスは兄との不仲という問題をひとつクリアして落ち着きを取り戻したのか、出会った当初の挙動不審さは薄まって、周りが見えるようになってきているようだった。こちらの方が素の彼女に近いのだろう。不測の事態に弱いのは変わってないが。
「セシル様の頑張りに応えるためにもハンカチだけはなんとか渡してみせます」
彼女が意気込んでいるとアルベルトが部屋に入ってきた。俺は慌てて作業中のハンカチを体の下に隠した。
「兄上、おかえりなさいませ」
「ああ、ただいま」
アルベルトは彼女の手元に視線を落とすと足を止めた。
「そんなに上手かったか?」
「こ、これは練習したのです! い、いっぱい!!」
ベアトリクスは目を泳がせながら懸命に取り繕っている。確かにこの人に比べたら俺は嘘が上手いと思う。アルベルトは彼女の誤魔化しについては特に言及せず、俺の横に腰掛けた。
「セシルの方の首尾は?」
「私はベアトリクス様の作業を見ているだけですので」
不格好な刺繍を見せたくなくて適当に話を受け流そうとする。彼から目を逸らしていると手を取られた。息を呑む音が聞こえる。一瞬自分から発せられたのかと思ったがたぶんベアトリクスだ。
指先の傷跡を優しくなぞられる。痛くもないのに、指は持ち主の意思に反して勝手にピクリと動いた。
「楽しみにしている」
俺を見る彼の目が愉快そうに細められた。やはり俺は嘘が下手らしい。




