第22話 イレギュラー
「第四回作戦会議を始めます」
俺はいつも通りヴァイスシュタイン家の応接間にやって来た。ただ、アルベルトは不在にしているため、ベアトリクスと二人である。彼も後ほど合流する予定だが、それまでは堂々とノートを広げられる。
「ルカの帰省イベントの方はどうでしたか?」
「予定通り休暇のほとんどをヒューゴと過ごしたようだ。王子についても改めて考えてみる、みたいなことを言っていたらしい」
「そうですか」
ベアトリクスは安心したように微笑んだ。現状、王子とベアトリクスの関係についてはなんの進捗もないため、幼馴染ルートがこけるとかなり厳しくなる。
「ただ、どうも王子の動向が気にかかる。アルベルトの誕生日にもルカを連れて来ていたし」
「王子がごねたんでしたっけ」
「ごねたって……」
まあおそらく事実なんだろうけど。王位継承権を持つ青年の言動を表すのには少々不適切な言葉だと思う。
「帰省イベントが起きなかった分好感度は多少下がると思ったんですけどね……」
「原作だとそういう仕様なのか?」
「いや、全然ニワカなんでよく知らないです」
スチル目的で攻略サイトを見ながら雑にプレイしていたんだったら、内部のデータ処理まで把握しているわけないか。帰省の同行者に選ばれたら好感度が上がるのは確実なようだが、そうでなかったとしても下がるまではいかず現状維持という扱いなのかもしれない。
今の時点では、ルカは幼馴染と王子、両方の好感度が高い状態を維持しているということになるのだろうか。……やるなあ。プレイヤー目線に立つとどうしてもフラグ管理が大変そうだという感想になってしまう。
「思ったよりも効果が出てなくて不安なんですか?」
ベアトリクスに質問されて改めて自分が何に引っかかっているのかを考える。王子ルートからなかなか抜け出せないことだろうか。そう感じている部分があるのは確かだが、それだけじゃない気がする。
不意にルカの所在なさげな顔と王子の歪んだ顔が脳裏に浮かんだ。
違う。これは効果が出ないことへの不安ではない。
「出過ぎている?」
「え?」
そう、作戦をひとつに絞らず同時進行したことによる余波が、思ったより王子に大きな影響を与えてしまっている気がする。
「本来は、今の時点で関係性が薄くなる可能性があるのはルカだけだ」
ゲームのシナリオ通りであれば主人公が王子ルートから幼馴染ルートに切り替えたところで、関係値に変化が起きるのは主人公と王子の間だけのはずだ。
「でも今、イレギュラーが起きている。いや、起こしてしまった」
「なんですか?」
「ルカに加えてベアトリクスも距離を置いている。本当だったらあり得ない話だ」
現在、ベアトリクスは王子との和解のために冷却期間をつくるべく一旦距離を置いている。しかし、原作通りなら引き続き媚を売ったり会おうとしたり画策しているはずだ。
「王子は悪役令嬢のことを嫌っているのだから向こうとしては好都合なのでは?」
「ルカと関係を持っているうちだったら問題ないだろうが、同時期に二人と疎遠になりつつあったら狼狽えもするだろう」
「そういうものでしょうか?」
嫌われている側からすれば彼の動揺は想像しづらいのだろう。しかし、いくら気に食わなくても、当然自分の側にいると思っていた者が急にあっさり離れていくことに全く衝撃を受けずにいられる人間は少ないと思う。
「アルベルトのこともある」
「兄上ですか?」
「彼は側近候補で学園生活でも行動を共にしているという設定だったよな」
「実際もそうですけど」
「ここ最近のアルベルトらしくない動きをかなり警戒しているらしい」
険悪だった妹との関係改善、突然現れた婚約者候補。王子からすれば青天の霹靂以外の何物でもないだろう。
「“本来のシナリオ”など彼は知る由もないが、それを差し引いても、つい最近までは考えられなかったことが王子の周りで立て続けに起こり過ぎている。ただでさえややこしい性格をしているのに、このまま過度にストレスを加え続けると思いもよらない方向に暴走しかねない」
アルベルトの誕生会に無理やりルカを同行させるなど、その兆候は既に現れ始めているように思われる。
「じゃあどうするんですか? ルカにもうちょっと王子と会うようにしてもらうとか?」
「いや、それは難しいだろう」
ルカが協力者ではない以上、間接的に関わらざるを得ない。そんな状態で、王子ルートに戻らない程度に適度に交流させるのは難しすぎる。せっかく幼馴染ルートに移行しつつあるのに、王子ルートに戻られたら困る。となれば。
「ベアトリクスが距離を置くのをこのタイミングでやめるべきか」
「えー!?」
ベアトリクスは思い切り仰け反った。そんなに驚くことではないと思うのだが。
「元々剣技会までにハンカチを渡す予定だったじゃないか」
「そうですけど……もうちょっと先のことだと思ってたし……」
「ちょっと早まっただけでたいして変わらないよ。断られてもいいから面会の申し込みだけでもしておこう。相手のことを無視しているわけじゃないっていうのが伝わればいいだけなんだから」
「面会って……そんな刑務所に行くみたいな……」
不安そうだが、ここは彼女に頑張ってもらうしかない。俺が王子に働きかけることなんてできないのだから。
「わかりました……そもそも面会なんてこれまでも断られてきたし……すぐ会うわけじゃないし……」
彼女は渋々了承した。
「そういえば、刺繍の準備は進めているのか?」
「ええ、まあ」
ここ最近、学園内でも休憩時間などに刺繍をしている者を見かけるようになってきた。
「ベアトリクスも学園内で縫ったりしているのか?」
「家でしかしてませんけど……」
「学園内でもやろう。一応ルカへの牽制のために」
ルカがハンカチを渡すのを防ぐための作戦なんだから、事前にベアトリクスが王子に渡すハンカチを用意していることが伝わっていた方がいいに決まっている。
「なんか露骨じゃないですか? それ」
「じゃあ直接ルカに、自分が王子にハンカチを渡すから遠慮してくれって言えるのか?」
「言えません、そんなこと」
苦い顔をする彼女に、じゃあ決まりだな、と言うと観念したように頷いた。
「ところで!」
ベアトリクスは急に大きな声を出して話の主導権を奪ってきた。
「セシル様も、も・ち・ろ・ん、兄上にハンカチを渡すんですよね!? 婚約者候補ですもんね!?」
「いや俺、刺繍は……」
刺繍どころか裁縫なんて今世ではほとんど触れていないし、前世でも家庭科の授業を除けば縁のないものだった。細かい作業は苦手だし、まともなものができる気がしない。
「お任せください! お教えしますわ!! 誰に見せるでもなく、衣装をつくり、家でこっそりコスプレしていたあの学生時代が遂に報われるんですね!!」
――レイヤーだったのかよ。
彼女も逃げ場がないが、俺も別の意味で逃げ場がないらしい。
作戦会議を終えてノートを懐にしまっていると、ちょうどノックの音が響いてアルベルトが入って来た。どうやら時間らしい。
「あの、この言葉が正しいのかわかりませんが……頑張ってください」
「……善処します」
まるで戦場へ赴く者に向けるような表情をするベアトリクスに不安を煽られる。差し伸べられたアルベルトの手を掴む。流石に震えまでは出ていなかった。
「行こうか」
「はい」
今日はもうひとつ用事がある。アルベルトのご両親への挨拶だ。




