第21話 「デートだ」
参加者に動揺や驚愕を呼び起こしたものの、その他には特に大きな問題は起こらず誕生会は終了した。
俺は控室でジャケットを脱いだ。急に体が軽くなったのを感じ、自分が思っていた以上に緊張していたことに気付いた。そのままネクタイも緩める。アルベルトは足を組んで優雅に座りながらこちらを見ていた。そっちは余裕ですか、そうですか。
「ところで君は私にプレゼントはないのか?」
「え?」
失礼ながらすっかり忘れていた。彼の視線からは、ベアトリクスには渡したのに? という無言の圧を感じる。
「私が用意できるもので、アルベルト様が喜ばれるようなものなんてありませんよ」
ベアトリクスは今世がセレブなだけで、前世は庶民なので些細なものでも喜んでくれるからいいが、アルベルトは根っからの貴族である。俺の予算の範囲内では彼に相応しいプレゼントは渡せそうにない。
「では来週末空けておいてくれ。出かけよう」
「どこへ?」
「街へ」
意図を全く汲み取れない。街に行って彼の欲しいものを買わされるのだろうか。失念していた俺が悪いが、できればこちらの懐事情も鑑みたうえで選んでくれないだろうか。恐る恐る目的を尋ねる。
「……何をしに?」
「デートだ」
彼は片方の口角だけ上げて言った。
アルベルトに相応しくない俗っぽい響きに、俺は思わず眩暈がした。
一週間後、アルベルトはわざわざ俺の寮の部屋まで迎えに来た。廊下に出るといくつもの視線が突き刺さる。無遠慮に注がれる鬱陶しい視線の数々を躱しながら外へ出た。
「だからこちらから伺うと言ったのに」
恨みがましく睨み上げると、
「いつも君から来てもらっては申し訳ないからな」
と思ってもないようなこと宣った。俺を困らせて面白がりたいだけに違いない。そう勘繰っていると、彼が自然な流れで腕を差し出してくる。その仕草に俺は誕生会でのことを思い出した。これが定着する前に話し合っておかねばなるまい。
「……あの」
「なんだ?」
「なんで当然のようにエスコートしてくるんですか」
「当然だからだが?」
アルベルトは何故そんなことを聞かれたのかわからないとでも言いたげだ。
「逆の可能性について考えないんですか?」
「君がエスコートしてくれるのか?」
改めて真剣に訊き返されると、こんなことを気にするのは器が小さいような気がしてきた。なんだか急に反発するのも馬鹿馬鹿しくなって、中途半端な状態で止まっていたアルベルトの腕を取る。
「してくれないのか?」
問いかける声に少し揶揄うような響きが混じっているのを感じて、眉間に皺を寄せる。
「もういいです」
俺の幼稚な反応に、彼はふっと息を漏らした。
アルベルトを前にするとペースが崩れてなんだか大人げなくなってしまう。それを自覚してはいたがどうすることもできなかった。
俺たちを乗せた馬車は王都をゆっくりと進んでいた。王都をぶらつくだけなら徒歩でいいのに、と思ったがちゃんと行先があるらしかった。
「ヴィクトル殿下のご様子はいかがです?」
俺は誕生会での王子の様子が気にかかっていた。帰省イベントは回避したが、王子ルートへの道が完全に閉ざされたわけではなさそうに見えた。
「ベアトリクスの誕生会から違和感を持っていたようだが、今回で完全にこちらへの警戒を深めたらしい。何を企んでいる? と聞かれたよ」
「どう答えたんですか?」
「変わるときが来ただけだと」
この人は自分の主君となる予定の人に対しても素っ気ないのか。上の人間に阿るタイプではないとは思っていたが、もう少し言い方というものがあるような気がする。
「ベアトリクス様については何かおっしゃってましたか?」
「あからさまに態度が変わったからな。言葉にはされていないが、流石に困惑しておいでだ」
あの様子を困惑という言葉で片付けてよいものだろうか。あまりアルベルトたちが怪しまれると、王子が心を閉ざしてしまい、あちら側の情報を得る手段が断たれてしまいそうだ。
直接関与することができないので調整するのは困難だが、何か手を打たないといけないような気がする。俺は懐に忍ばせている攻略ノートに半ば無意識に触れながら考えを巡らせる。
「ルカとは……」
「セシル」
冷えた声で名前を呼ばれて思考を中断した。アルベルトにそんな態度を向けられたのは久しぶりだった。
「なんですか?」
「今日の目的はなんだ?」
「……デートです」
「私の言いたいことはわかるか?」
「はい」
どうやら気分を害したらしい。この程度のことで怒らなくてもいいのに。心の狭い男は嫌われるぞ。
如何にアルベルトの機嫌を取るか考えているうちに馬車が止まった。目的地に着いたようだ。馬車を降りると見るからに高そうな店構えのレストランが佇んでいた。三食全て学食に頼っている俺はもちろんこんなところには来たことがない。
中は満席のように見えたが、待たされることもなく奥の個室に通された。“デート”ならば当然なのかもしれないが予約してくれていたようだ。
「よく来られるんですか?」
「いや……だが、評判はいいらしい」
わざわざ調べてくれたんだろうか。ヴァイスシュタイン邸にはお抱えの一流シェフがいるからアルベルトも外食はあまりしないのだろう。
メニューを見たが、迂遠な料理名が並んでいてよくわからなかったので、とりあえずオススメらしきものを注文する。
カレー! ハンバーグ! オムライス! みたいな表記にしてくれないだろうか。メニューの文章量は定食屋などよりずっと多いのに、ポエムみたいな表現の所為でこちらが受け取れる情報量は減っている気がする。
お洒落な雰囲気をぶち壊すようなことを考えているとまもなく料理が運ばれてきた。若干気まずい空気を引きずったまま、黙々と食事を口に運んでいく。人気店なだけあってどれも美味しい。貧乏舌なので何の味なのかはよくわからなかったが。
「……どうして外出しようと思ったんですか?」
一応、目的はデートだと聞いてはいたが、したいと思った理由が知りたかった。
「君が故郷を案内してくれたから」
「お返しってことですか?」
「ああ。だがどうもうまくいかない」
アルベルトは自嘲するように言った。今日ここまでで失敗と見なされるようなことがあったとは思えなくて首を傾げる。
「そうですか? 私には勿体ないくらい美味しいですよ?」
普段からいいものを食べ慣れている彼からすると期待外れだったのだろうか。先程サーブされたばかりの肉料理を口にする。すごい肉厚だ。前世も含めてこんなにいい肉を食べたことはほとんどない気がする。
「君をどこかに連れていこうとなったときに思い当たる場所がなかった。ここも初めて来たくらいだ」
「まあ、私と違ってぷらぷらしてるお時間なんてないでしょうし仕方ないのでは?」
何も期待されていない田舎の伯爵家三男坊と、跡継ぎとして学ぶことがたくさんある侯爵家の長子とでは余暇時間がまるで違うだろう。
「目的地が無くても君の話を聞きながらだったら、街を歩くだけでも面白かった。私にはそういうのができない」
「お褒めいただけるのは光栄ですが……」
「私は自分が住んでいるところすらよく知らなかったようだ」
中央の政治に関わっている者と領地経営をしている者では、自分が暮らす土地に対する解像度に差が生まれるのはある程度仕様がないと思う。卑下するほどのことではないと思うが、テオドール領での体験が彼に一種の成長を促したのなら喜ばしい限りだ。
「王都のことは私もそんなに知りませんし、これから一緒に知っていけばいいじゃないですか」
知らないのなら知ろうとすればいいだけだ。忙しいだろうが、若いのだから今からでも充分間に合うだろう。
「……そうだな」
そう応えた彼の表情は柔らかかった。機嫌はいつの間にか直っていたらしい。今日、ほんの僅かとはいえ余裕がないように見えたのは自信のなさが原因だったのだろうか。別にお返しなど考えなくてもよいのに、妙なところで律儀である。
「ところで、お返しと言うのなら、そろそろ私をご両親に紹介してくださいませんか?」
「嫌だ」
「私の家族には会ったのに? 本当に婚約する気でいるのなら、いずれ顔を合わせるのは避けられないのだから早めに済ませた方がよいかと思うのですが」
アルベルトが家族に良い感情を持っていないのは重々承知だが、彼の両親の心証を悪くして断罪回避作戦の邪魔をされるようなことがあっては困る。別に仲良くなる必要はないが、家に通っても問題ないくらいの関係は保ちたいのだ。
以前は説得に失敗したが、挨拶せずに公式発表してしまった後ろめたさからいい加減解放されたい気持ちもあった。
「やはりアルベルト様は本気ではないのでしょうか?」
「……っ」
少々ずるい言い方をさせてもらったが仕方がない。アルベルトの顔を覗き込むと戦場で苦渋の決断を迫られた将軍のような表情をしていた。随分と大袈裟だな。
「それとも私はご両親に紹介できないほどみっともないのでしょうか?」
「わかったから、もうやめてくれ。近いうちに会わせる」
「約束ですよ」
ついにアルベルトが折れた。予定を取り付けることに成功して俺はようやく安堵した。
一方、彼はこの世で最も苦い汁を飲み下すかのように水を飲んでいる。一応、本日の主役であるはずだが、それに全く相応しくない渋い表情をしていた。
――そうだ、今日はアルベルトの誕生日を祝いに来たんだった。
迎えに来てもらってからタイミングを逃し続けて伝えそびれていたことがあったのを思い出した。
俺は居住まいを正して、眉間に皺を寄せている彼の方をまっすぐに見る。そんな表情をしていても様になってしまうんだな、と頭の隅で思いながら口を開く。
「大事なことを言い忘れてました」
「なんだ?」
「お誕生日おめでとうございます」




