第19話 王都に戻って
「どうして私はまた体を測られているんでしょうか」
俺は王都に戻ってまもなくヴァイスシュタイン家に呼び出された。いつもの如く応接間に通されたが、そこに待ち構えていたのはアルベルトと仕立て屋だった。
「私の誕生会があると言っただろう? 手紙を読なかったのか?」
「読みましたけど、服ならこの前つくったばかりじゃないですか! あれで充分でしょう?」
いくら自分の懐が痛まないとはいえ、何かあるたびに服を作られるなんて面倒だし不経済だ。何より、これ以上アルベルトに借りをつくりたくない。
俺の言葉に返答したのはアルベルトではなく仕立て屋だった。
「いやいや、セシル様、今回はただの誕生会ではありません。アルベルト様の成人のお祝いと婚約者の発表を兼ねているのでしょう? 最高の状態で迎えないと」
「婚約者じゃなくて婚約者候補です」
「失礼」
仕立て屋は俺の指摘にもどこ吹く風だった。というか、この人にも婚約者候補のことを話したのかよ。既に噂になっているし、服の打ち合わせのために必要なのかもしれなけど、隠す気のなさに若干呆れる。
この場に俺の味方はいないようだが、簡単に折れるわけにもいかない。
「価値観を押し付けるつもりはないって言ったくせに」
「すべて君の思い通りにするとは言っていない」
……ああ言えばこう言うな。
アルベルトは以前のような威圧感を発しなくなったが、ふてぶてしさは増した気がする。
「服を作るのは一旦置いておくとしても、測りなおす必要あります?」
「君は気付いていないかもしれないが、おそらく身長が伸びている」
なんでわかるんだよ。お前の視界には常に目盛りでも表示されているのか。
「伸びてたとしても誤差の範囲でしょう?」
「スーツはサイズが命なんです」
今度は仕立て屋に反論された。とてもお客様に向けるものとは思えないような険のある視線を向けられて、俺は情けなくも屈した。
今回も計量されつくした俺は遠い目をしてソファに座っていた。自分の体が無感情に測られて数値に変換されていく様は自分がモノであるかのように感じられてなんとなく落ち着かない。
そんな俺の様子を他所に二人はデザインの打ち合わせをしている。
「今回はどうされます? やはり統一感が大事かと」
仕立て屋が調子よく提案する。素人感覚だと、アルベルトと自分とじゃ見た目の系統が違い過ぎて同じ服は似合わない気がする。俺に合わせると地味になるし、彼に合わせると派手になりそうだ。その辺はプロだったらどうにかできる範囲なんだろうか。
「こちらのアイボリーなんていかがでしょう」
「そうだな……」
俺を放って話が進んでいく。正直、意見を求められても困るし、前回のスーツの仕立てでセンスの違いを見せつけられたのでデザインについて文句を言うつもりはない。
やることのない俺はお茶菓子をつまんで時間を潰すことにした。ヴァイスシュタイン邸ではいつもお高そうなものが出てくる。味も見た目もそれは素晴らしいのだが、たまにポテチとかジャンクなものが恋しくなる。頼んだら作ってくれないだろうか。
「ハンカチの色はどうされます?」
ぼんやりしているうちに話はほとんど大詰めを迎えていたらしい。二人はスーツの話を終え、小物の相談に移っていた。
「ネクタイの色に合わせるか、無難に白か、もしくはお互いのイメージのものを交換するか」
お互いのイメージって何だろう? 一瞬、アイドルグループとかのメンバーカラーが頭を過ったがおそらくそうではないだろう。髪とか目の色とかだろうか。ここは異世界で皆カラフルだからそういう発想になるけど、黒髪黒目が多い日本だと到底できないことだな。つい、黒装束が集うパーティを想像してしまった。パーティと言うよりは儀式めいている。
とはいえ今の俺も、こげ茶の髪に黄土色の瞳だから地味な色合いには変わりない。銀色の髪に紫の瞳をしているアルベルトと比べれば尚更である。
「白のハンカチの縁にそれぞれ琥珀と銀の刺繍が入ったものはいかがでしょう」
琥珀ねぇ……。たぶん俺の瞳の色のことなんだろうけど、随分良いように表現したな。髪色のほうを採用した場合はどう言い表してくれるんだろう。
「そうしようか」
決まったらしい。
「これでしっかり婚約者感を演出できますよ」
仕立て屋も満足気だ。婚約者感ってなんだよ。
それにしても剣技会と言い、この世界はやたらとハンカチにこだわりがあるようだ。何か謂れでもあるんだろうか? 疑問を抱いていると、ふとベアトリクスの誕生会のときにハンカチを差し替えられたことを思い出した。
――銀色に見えるハンカチ……。
もしかして、あのときベアトリクスの前でとんでもなく恥ずかしいことをしていたのではないか。横目でアルベルトを盗み見ると腹立たしいほどいつも通りの無表情だった。真意を問い質す勇気は出なかった。
仕立て屋が引き上げた後、今日いの一番に聞こうと思っていたことを質問する。
「契約書の件、どう説得されたんですか?」
元々、婚約者候補については好きにしろと言われていたとはいえ、よっぽど浅慮でもない限り文字として残る契約書に容易にサインするとは思えなかった。
「殴り合いだよ」
「え!?」
「冗談だ」
真顔で嘘をつかないでほしい。信じそうになってしまった。
「同意しなければベアトリクスを連れて家を出ると言っただけだ」
「そうなんですね……は!?」
「流石に跡継ぎがいなくなるのは困るらしい。最初は戯言だと思われていたみたいだから、食事を無視して二日くらい部屋に居座ったら向こうから折れてくれた」
「な、何をやってるんですか!?」
予想の斜め上を行く過激なやり口に衝撃を受ける。殴り合いの方がよっぽど健全だ。この平和な世界でどうやったらそんな敵国にとらわれた捕虜みたいな極まった発想になるのだろうか。
「あんまり無茶しないでください」
若者特有の万能感に恐れ慄いた俺は流石にアルベルトを窘めざるを得なかった。見た目はいかにも理性的だし普段の言動も冷静だが、案外感情で突っ走る部分があるのかもしれない。よくよく考えてみれば、ギルバートを説得したときも最後は割と感情で押していた気がする。
「ああ、気を付ける」
あっさりと返答した彼はまるで懲りてなさそうだった。
「……ご両親への挨拶にはいつ伺えばいいんでしょう」
相手にどう思われているのか想像するだけでも恐ろしいが、会わないわけにもいかないだろう。正式発表も近いのだ。
「必要ない」
「そういうわけには……」
「必要ないと言っている」
頑なな彼の態度に続く言葉を見つけることができなかった。
アルベルトを説き伏せることができないまま、休暇が明けてしまった。思い返すとこの一カ月ちょっと、あまり休めた感じがしないが終わってしまったものは仕方がない。
ベアトリクスとの打ち合わせ通り、俺は休暇明け最初の国史の授業の後、ヒューゴに接触した。彼は相変わらず気が進まないようだったが、最低限のことは教えてくれた。
「一応、話し合うことはできました。殿下のことも改めて考えてみると」
「そうか、よかったな」
きちんと時間が取れたようだ。ヒューゴは少しすっきりしたような顔をしている。
「何がです?」
不信そうに訊かれて、またお節介が顔を出そうとしてたことに気付く。以前話したときはヒューゴの表情に引け目のようなものがあったが今はそれが消えているような気がして、つい労いのような言葉が出てしまった。完全にこちらの都合でルカとのことを応援している立場ではあるが、見守るうちに変に情が湧きつつあるのかもしれない。
詳細を語ることなど出来るわけもなく、俺はその場を適当に誤魔化して次の教室へと向かった。




