第14話 街歩き
アルベルトに次兄の服を着せてみたが、その程度の小細工では溢れ出る上流貴族臭は掻き消せなかった。そもそもが珍しい銀髪と無駄に整っている顔立ちを持っているのだから、目立たないようにすること自体が不毛だったのかもしれない。
俺は諦めてそのまま街へ繰り出すことにした。
街の真ん中は王都へ続く街道に貫かれており、荷物を乗せた馬車が行き来している。西側は大きな河川と面していて、こちらも貨物船が航行していた。この川の傍流を辿れば、大きな湖に繋がる。
テオドール領は元々、主な産業が宿泊業や積荷を管理する倉庫業くらいしかなく、やってきたヒトやモノを一時的に預かってそのまま見送るということしかやって来なかった。
そんな経済体制にテコ入れしたのがセシルの兄、ギルバートだった。
彼は、モノをそのまま流すのではなく、テオドール領内で加工して付加価値を付けて売り出そうと考えた。そこで目を付けたのがガラス産業だ。ガラス生産に必要な重い砂も船であれば運ぶことができるし、作業工程のうちの冷却作業もこれまで農業くらいにしか活用されてこなかった湖の水を利用できると踏んだのだ。
ギルバートはすぐにガラス職人たちを誘致し、ガラスの生産を開始した。原材料の仕入れから加工、輸送に至るまでの過程を統括したため、効率的な生産体制を構築することができるようになった。結果として他よりも安価なガラスが作れるようになり、事業は成功をおさめたのだった。
街道沿いにはガラス工房やガラス細工店なども立ち並んでいる。ガラス製品に携わる職人たちが事業の成功を聞きつけて、各地からテオドール領へ移住するケースが増えているのだ。それにより、安価なガラスの大量生産だけでなく、より丈夫なもの、より美しいものなど個別の用途に合わせた商品も取り扱えるようになってきている。
そういうわけで、この街は小さいながらも活気がある。
「話には聞いていたが、実際に目にすると思っていた以上に栄えているな」
買い食いをしながら通り過ぎていく人々を横目にアルベルトが呟いた。
「まあそれだけ兄と領民が頑張ったということですね」
「あの態度を取れるだけの能力はあるということだな」
……やっぱり兄の態度を失礼だとは感じていたんだな。
申し訳なく思っていると、不意に香ばしい匂いが鼻孔をくすぐった。近くにちょっとした噴水広場があり、その脇に屋台が数軒立ち並んでいる。先程すれ違った人たちが手に持っていたものもそこで売っているようだ。
買い食いなんてアルベルトはしたことがないに違いない。兄の不始末のお詫びに些細ではあるが奢らせてもらおう。
「何か食べませんか?」
屋台の方を指さして声を掛けると、アルベルトは少し逡巡してから応えた。
「こういうのは初めてだな。君のお勧めは?」
尋ねられて、改めて屋台の方を見る。
ゲームの設定の所為か、交通の要衝だからか、店の系統はバラバラだ。フルーツ飴のようなもの、ベビーカステラとホットケーキの間みたいなもの、ケバブとしか思えないもの、ソーダやお酒などの飲み物など、多種多様である。おでんの類がないだけまだギリギリ体裁を保っていると言えなくもない。
俺は小腹が空いていたので串に刺さった唐揚げのようなものを二本買った。前世で、特にコンビニで、あまりにも見慣れたそのフォルムを前にして、体裁など存在しないのかもしれないと考え直す。一本はアルベルトに渡し、近くのベンチに腰掛けた。
冷めないうちに一口かじると、熱々の油がしみ出した。流石に醤油味ではなかった。塩唐揚げに近いが慣れ親しんだ味よりも少し香辛料が強いような感じがする。ビールと合いそうだと思ったが、未成年である今の体では飲酒できない。初めて若さを呪った。
ソーダでも買ってアルコール欲を誤魔化そうかと思案していると、ふと視線を感じた。横を見ると、アルベルトは串に口を付けずにこちらを見ていた。
「毒なんか入ってませんよ」
「いや、怪しんでいるわけではないんだが」
なんだろう? 話の続きを促そうとしたとき、大きくて明るい声が耳に響いた。
「坊ちゃん! 戻られてたんですね!!」
「あ、あぁ久しぶり、アンヌ。……声がでかいよ」
「申し訳ありません」
色鮮やかな花を抱えたその人は、悪びれもせず笑顔で謝った。彼女はテオドール家御用達の花屋で働いている。正確な年齢は知らないがおそらく四十歳前後と思われる。屋敷に出入りすることもあるため、俺のことも、なんなら兄たちのことも小さい頃からよく知っているのだった。
アンヌは多少抑えた、しかしまだ充分大きな声でまくし立てる。
「坊ちゃん、聞いてくださいよ! 若ったらこの前、お屋敷に卸した花が一種類多いってわざわざ注意してきたんですよ!? 少ないならまだしもちょっと多いくらいサービスだと思って黙って受け取ってくれりゃいいのに!」
「うん、まあアンヌのところが損するのが嫌だったんだろ」
「そうでしょうけど! いちいち細かいんだから! だからお嫁さんに来てもらえないんですよ。って、え!? 坊ちゃんが男連れてる!?」
彼女は言うだけ言うと、ようやく俺の横にいる存在に気付いたらしい。“男連れてる”ってなんだよ。買い食いしているだけの男二人にその表現はおかしいだろ。
アルベルトは彼女の勢いに僅かながら気圧されているようだ。彼が圧される側にいるのは珍しい。
「もしかしてあの噂本当だったんですか? 坊ちゃんも都会に染まっちゃったんですか?」
「噂って何?」
その口振りからしてあまり良いものじゃなさそうだが、気になった。
「偉いお貴族様にすけこまされてるとか、寧ろ手玉に取って玉の輿だとか、テオドール領を乗っ取るためのダシにされてるとか」
「言いたい放題だな」
噂に尾鰭がつきまくって品種改良された金魚みたいになっている。地元でもそんなに色々言われているとは思わなかった。スキャンダルはどこの世界でも出回るのが早いらしい。
「私は言ってませんよ! 坊ちゃんは色恋とは縁遠い方だと信じておりましたもの」
「アンヌは私が貴族だということを忘れてない?」
胸を張って言うアンヌを見て、呆れやらなんやらで全身の力が抜けて思わず背もたれにもたれかかった。テオドール家は無駄に爵位だけはあるが、長い歴史の中でそれももはや形骸化している。
彼女は俺の隣にいる微動だにしないアルベルトへ無遠慮に視線を走らせた。
「坊ちゃん、絶対騙されてますよ! やめた方がいいですって!」
「……なんで?」
なんだか疲れたな。気を紛らわせたくて残りの唐揚げを口に運ぶ。
「だってイケメンすぎますよ! 絶対裏がありますよ!!」
「……」
なんだそれ、と言う気持ちと、わからんでもない、という気持ちが同時に湧いた。どちらかというと裏があるのは俺のほうなんだが。これ以上、彼女に喋らせると碌なことにならなそうだ。
「アンヌ、時間大丈夫? 配達中じゃないの?」
「あら、いけない。坊ちゃん、都会の男には気を付けるんですよ。知らない人にはついて行っちゃだめですからね!」
それだけ言い残すと彼女はそそくさと立ち去った。彼女の背中を見送りながら息を吐く。アンヌと話すと、たまに会う噂好きの親戚のおばちゃんを相手取っているような気分になる。
「……イケメンも大変ですね」
「セシルも私のことをそう思うのか」
「そりゃあそうでしょ」
あなたがイケメンに当てはまらないのなら、この世界で一体誰がイケメンと呼ばれるんだ。周りに美形しかいないから自覚がないのだろうか。
俺の返答を聞いた彼は、ようやく唐揚げを食べ始めた。
「なかなか美味いな」
彼の一言は行き交う人々の雑踏の中に溶け込んでいった。




