第13話 乗りかかった船
翌日、テオドール家の応接間にて話し合いの場が設けられた。
セシル、アルベルト、そしてセシルの両親が席に着く。ギルバートは早朝から夜まで仕事で不在にしている。説明を要求してきた張本人がいないのはいかがなものかとは思うが、彼が忙しいのは本当のことなので先に両親と話すことになったのだ。
両親は相変わらず、この珍客をどう扱っていいものか思いあぐねているようでこちらの様子を窺っている。そんな探り探りの空気の中、口火を切ったのはアルベルトだった。彼は前置きもなしに事の経緯を端的に述べ始める。
曰く、セシルがヴァイスシュタイン兄妹の仲を取り持ったことがきっかけで人柄に惹かれた。婚姻による政治的駆け引きが必要ないくらいには、侯爵家の跡継ぎとして努力してきたつもりだ。そのことで苦労を掛けることはない。突然のことで戸惑われるのは当然だが、将来について真剣に考えている。必ず幸せにすると約束する、云々。
確かに嘘ではない部分もあるが、よくもまあ堂々と言えたものだ。自分のことは棚に置きながら思う。アルベルトの話を聞いてもなお、父は困惑を拭い去れずにいるようだ。そりゃ当たり前だ。青天の霹靂にもほどがある。
「勿体ないお話だとは思うのですが、こちらは何も持たぬ伯爵家です。セシルもこんなですし、とても侯爵家の配偶者は務まらないかと」
こんなってなんだよ。確かに貴族社会で生き残れるタイプではないが。親としては恋に浮かれた世間知らずの息子が将来恥をかいたり苦労したりすることを懸念しているのだろう。
両親は駆け引きの類は得意ではない。自分の息子と同年代の侯爵子息にすら委縮するような人たちだ。それでも子供のこれからを案じて反対してくれているようだ。
「ご両親としてはご心配かもしれませんが、卒業までは時間もあります。セシル様は共に努力してくれるとも話してくれました」
「え!?」
そんな話、してませんが。無茶ぶりはやめてほしい。素っ頓狂な声を上げた俺に両親は揃って訝し気な顔を向けた。アルベルトは話を合わせろとでも言うようにこちらを見た。アドリブに俺を巻き込まないでくれ。
「は、はい、そうです」
「……」
完全に言わされた感のある俺の返事に気まずい沈黙が流れる。
「セシルはどう考えてるの?」
俺の反応を見かねた母が体ごとこちらに向き直って訊いてきた。
ここで家族の了承が得られず婚約者候補の交渉が失敗し、ヴァイスシュタイン家に通えなくなって作戦から下りるのと、交渉を成立させて引き続き作戦に協力するのと、どちらが正しい道なんだろう。
――もしかしたら、ここが、作戦から離れられる最後のチャンスなのかもしれない。
そんな考えが過ったとき、揺れる瞳の幻影が俺を引き止めた。
縋るような眼差しを何故だか振り払うことができない。
「正直に言うと未来のことはまだわかりません」
偽善や独善なのかもしれない。だけど。
「ただ、今、アルベルト様は自分にとって必要な方だと考えています」
選んだ道が正しいかどうかなんて進んでみないとわからない。
ここに来てようやく俺は、乗りかかった船に腰を据える決心を固めた。
両親は俺の言葉に完全に納得したわけではなさそうだったが、最終的にはセシルのしたいようにさせるという方向で話が固まったようだ。父はアルベルトを婚約者候補として認めると告げた。
「ただ、これはあくまで私たち二人の意見です。家のことに関する決定権はギルバートに譲っています。彼を説得しないことには正式な回答は出せません」
「承知いたしました」
父の言葉にアルベルトは頷いた。
両親は元々子供に厳しくはないが、俺に対しては特に甘いところがある。セシルの幼少期と先祖代々の借金が発覚した時期が重なった所為で、当時あまり構ってやれなかったという後ろめたさを未だに引きずっているのだ。
だから二人の説得については情に訴えればなんとかなるだろうと思っていたが、長兄はそんなのには絆されない。彼との交渉が本当の正念場になる。
「アルベルト様」
話し合いが終わり、退出しようとしたアルベルトに父は声を掛けた。
「こんな息子ですが、私たちにとっては大事な子供なのです。取るに足らない貧乏貴族でも子を疎かにされたら親は何をするかわからない。そのことだけは理解していただきたい」
「……肝に銘じます」
普段穏やかな父から発せられたとは思えない言葉だった。少し疲れたような顔をしながらもアルベルトに強い視線を送る姿は今まで見たどの姿にも当てはまらないものだった。
さて、肝心の兄だが、忙しいのでしばらくゆっくり話す時間はない、とのことだった。忙しいのは事実だろうが、お貴族様への失礼大作戦の一端なのではないかと勘繰ってしまう。そこまで大人げない人物ではないと思うが。
というわけで俺たちには空き時間ができてしまった。他にやることもないので休暇中の課題に手を付けたりもしているが一日中そればかりだとつまらない。俺は実家に帰省しているだけだが、アルベルトにとってはたまの旅行でもあるはずだ。ここは風光明媚なリゾート地ではないが、それでも家の中だけで過ごすよりは外出もしたほうがいいに決まっている。
都会しか知らぬシティボーイに地方の暮らしを教えてやろうと言うのだ。別に課題をサボる口実が欲しかったわけではない。
「出かけましょう」
「どこへ?」
「街へ適当に」
俺は早速客間にやって来た。アルベルトは優雅に本を読んでいた。粗末な部屋でも彼がいると一枚の絵画のような雰囲気になるから不思議だ。
「何をしに?」
「……歩きに?」
適当に散歩とかしないのかこの人は。しないんだろうな、忙しいだろうし。王都でブラブラしていたら目立つのかもしれない。都から出る機会もないから観光で街歩きという概念を持っていない可能性もある。
「ご案内するので来てください。というか、暇つぶしに付き合ってください」
「わかった」
アルベルトは読んでいた本を閉じて机に置いた。そんな意味のないことはしないなどと言って渋られるかと思ったが、彼はすんなり俺の誘いに応じた。
俺は意外に思いつつ、立ち上がったアルベルトを一瞥する。上品すぎる。これではダメだ。
「その服だと目立つのでもっとみすぼらしいのは無いですか?」
「あると思うか?」
「……兄のを借りてくるのでそれに着替えてください」
次兄のブルーノの服なら勝手に拝借しても怒られないだろう。騎士団に所属している彼は既に独立して結婚もしているが、テオドール領と近いところに配属されているため、ちょくちょく帰って来る。服もいくつか置いているだろう。
「あのお兄上から服が借りられるとは思わないのだが」
「そんな恐ろしいことしません、二番目の兄の服ですよ」
自分の服を着ているアルベルトを見て青筋を立てるギルバートを思い浮かべて、苦笑する。
「どんな方なんだ?」
「次兄ですか? だいたい長兄の逆です」
「ほう……?」
そういえば、ブルーノは婚約者候補の件についてどう思っているのだろう。俺の意思を尊重してくれそうな気はするが、それはさておき、俺を倒してからにしろ! とかそういうのをやりたがりそうでもある。
「アルベルト様ってお強いですか?」
「何故? そんなに危険な街なのか? それなりに覚えはあるが……」
「スラムじゃないので安心してください」
まあ手加減のできる人だから大丈夫だろう。ギルバートとは違って。




