第11話 テオドール領へ
イレギュラーは望まぬときには訪れるのに、望むときには訪れない。
俺は、帰省前日まで大雨で街道が封鎖されることを願っていたが、何事も起きることなく無事に当日の朝を迎えてしまった。外は憎らしいほどの晴天だ。アルベルトを伴っての帰省が、今、始まる。
早朝と言えど帰省シーズンにあるので、学園の車寄せには馬車がいくつか止まっていた。その中にヴァイスシュタイン家の紋章付きの馬車があり、堪らず天を仰ぐ。重い脚を叱咤し近づくと御者の男が話しかけてきた。
「セシル様、お待ちしておりました。お荷物を」
御者に挨拶すると控えていた別の使用人が俺の荷物を受け取り、馬車の扉を開けた。当然のように複数人構成だ。豪勢なこって。
「アルベルト様、セシル様がお見えになりました」
使用人が馬車の中へ声を掛けている間も周りから好奇に満ちた視線が飛んでくる。あの噂本当だったんだって言ったお前、聞こえてるぞ。本当だけど真実ではない、と否定してまわりたい気持ちをなんとか抑える。
使用人に導かれて馬車に乗り、扉が閉まるとようやく不快な視線から逃れることができた。
「おはよう、セシル」
「おはようございます、アルベルト様。本日はご立派な馬車をご用意いただき痛み入ります」
アルベルトは俺の嫌味に気付いたのか、片眉を上げた。
「これでも一番目立たない馬車を選んだんだが。それとも新たに君専用のものを手配したほうがよかったかな」
「ご冗談を」
この人は他人を言い負かすのに快感を覚えるタイプなのではないだろうか、と最近の俺は疑いを持ち始めていた。ちょっと嫌味を言うとすぐに必要以上の威力で返してくる。こちらから仕掛けなければいいだけだと言われたら、まあ返す言葉はない。
不貞腐れた俺は反撃を諦めて窓の外を見た。太陽がだいぶ昇ってきている。今日も暑くなりそうだ。
俺の実家は馬車で一日ほどの距離にあり、夏場なら早朝に出発すれば暗くなる前には到着する。それまでにアルベルトについて家族にどう説明すべきか、ある程度方針を固めておきたい。ここに至っても未だに全く答えが見えていなかった。
迷う俺の心とは裏腹に馬車は軽快な足取りで目的地に向かっているようだ。外の景色も畑が多くなってきた。俺にとっては王都よりもよっぽど馴染み深い静かな田舎道を進んでいく。一方、馬車の中も外に負けず劣らず静かだった。
アルベルトは無駄な雑談を好むタイプではないのだろう。最初のやりとり以降、話し出す気配がない。俺もどちらかというと沈黙が苦にならないタイプではあるが、長時間個室に二人きりでずっと無言は流石に気まずい。かと言って共通の話題はベアトリクスのことくらいしかなさそうだ。
今更ながら、俺は彼の個人的な部分を何も知らないことに気付いた。しかし、ご趣味は? などというお見合いに定番のつまらない会話など披露しようものなら冷たい目で一蹴されそうだ。
いや、逆にこの状況でその質問は一周回って面白いのでは? 一発かましてやるか。咳払いをひとつして喉の調子を整える。
「ご趣味は?」
「ない」
「……」
高度な現代的ジャパニーズユーモアはお貴族様には響かなかったようだ。表情は一ミリたりとも動かなかった。言葉を発したかどうかすら疑わしいレベルだ。
「退屈ではありませんか?」
俺はひとスベりしたことにはめげずに続ける。しりとりでもするか? 暇な車内でやることランキング堂々の一位であるところのしりとりでもするか? “る”攻めしてやろうか? この世界でしりとりってポピュラーなのか? そういえば、今世では一度もやっていない気がする。
「別に退屈ではない。窓から見える景色もなかなか興味深い」
「そうですか」
「ああ。あまり都を出ないからな」
それなら邪魔をしては悪いので、しりとりは却下だ。
「それに君を見ていると面白い」
考え事をしていたので気付かなかったが、どうやら外だけじゃなくて俺のことも見ていたらしい。
「そんなにおかしな顔ですか?」
「いや、反応が。話さなくても考えていることが顔に出ている」
もしかして俺の反応を見るために普段からわざと煽るような言い方をしてくるのか?
「趣味悪いですね」
「ふっ」
アルベルトは僅かに目を細めて息を漏らした。笑い声と言うよりは吐息に近いものだったが、確かに彼は笑った。この人の身体に『笑う』という機能が備わっていることにこのとき初めて気付いた。
「そんなことで笑わないでください」
そう言って睨みつけると心外そうな顔をした。心外なのはこちらなんだが。
馬車は予定通り夕暮れ時にテオドール領に到着した。父アーサーと母マルタは家の外まで出迎えてくれた。アルベルトがいつも通りの無表情で挨拶すると、二人はしどろもどろになった。息子と変わらぬ年の男の圧に怯んでいるようだ。
婚約の挨拶に来たのだから、ちょっとは良い印象を持たれるように努力しようとかないのか? 笑顔のひとつも見せないアルベルトに心の中で悪態をつく。
父が言うには、兄はまだ仕事中らしく帰って来るのは夕食時になるらしい。
「長旅でお疲れでしょう。それまではお部屋でお体をお安めになってください」
父はギクシャクした動作でアルベルトを客間へ案内する。
テオドール家の客間はベッドやテーブルなど最低限のものしか置いていない、こじんまりとしたものだ。簡易ではあるがシャワールームはついている。主に親族等が宿泊するときに使うもので、侯爵令息のような高位の者が使うことは想定されていない。
部屋をひと通り説明した後、父は恥じ入りながら言う。
「何分、貧乏貴族ですので……。街のほうに貴族が宿泊するような宿屋もございます。そちらも手配しておりますが……」
当領は田舎ながら交通の要衝なので宿場町としての側面があり、高級な宿屋もある。豪華さや快適さで言ったら宿屋のほうがよい。
うちは借金返済のために家財も多く手放してしまった。元々豪華な暮らしを好む者がいないため、完済後も必要以上に買い戻したりしていない。故に、領主の家よりも街の宿屋のほうが立派という状態になってしまったのだ。
とはいえ、客間は清潔に整えられていた。生けたばかりと見られる花も飾られており、できる範囲でおもてなししようという意思は感じられた。
「いえ、構いません。一方的に押しかけてご迷惑をお掛けしますがしばらくお世話になります」
アルベルトはそう言うと、使用人に荷物を置くよう指示する。侯爵令息に対して失礼が無かったことに安堵した両親は、ひと仕事終えたような顔をして部屋から出ていった。
「本当にいいんですか? うちで」
正直言うと毎日顔を合わせるのは気まずい。しばらくこちらに滞在するのなら宿屋に泊まってもらったほうが気が楽だ。
「何か問題でも?」
「ありませんが……」
本音は言えなかったので適当に濁して返事をする。
「君の部屋も見たいな」
「はあ。何もありませんが」
貧乏貴族の家に泊まることなどないだろうし社会科見学のような気持ちになっているのだろうか。断る理由も特になく、夕食まで時間がありそうなのでそのまま自室へ案内する。
セシルの部屋も客間と大差ない。家具をより質素にしたような感じだ。部屋の主が何カ月も不在にしていた割に中は綺麗だった。いない間も掃除をしてくれていたようだ。特に埃っぽくはなかったが、空気がこもっていたのでカーテンと窓を開ける。西日と風が入り込んできて、頬を撫でた。
アルベルトは興味深そうに部屋を見ている。
「面白いですか?」
「面白いよ」
客間とほとんど変わり映えしないと思うが。お貴族様の考えることはよくわからん。自分の部屋のはずなのにアルベルトがいる所為で、俺はなんだか落ち着かない気分になった。
彼は一通り見て満足したのか、窓際に立って外の景色を眺め始めた。
「私は何度もそちらに伺っているのにアルベルト様の部屋を見たことがありませんが」
別に自分の部屋を見せることくらいたいしたことではないが、こちらだけがプライベートな空間を開示させられるのは不公平な気がした。
「……君が私に会いに来てくれるのだったらいくらでもお見せしよう」
俺の不平に対してアルベルトは静かに返した。
監視宣言以降、ヴァイスシュタイン家に行くときは必ず会っているのに何を言っているんだろう。真意を推し量り損ねてアルベルトの方を見る。彼の表情は夕日で逆光になっていてよくわからなかった。




