#2
パチンパチンと剪定していく枝を、ユイカがせっせと集めてくれていた。最初は落ち着いて東屋で話をしたのだが、その次からは「作業しながらでいいか?」とミツハルが申し出たのだ。今日は剪定作業。落とした枝をまとめてくれるだけでもありがたい。
「ユーリ先輩って、植物系魔法、得意なんでしょ? 魔法でばーっとやっちゃわないの?」
最初はその響きが嬉しくて本来の名前で呼び合っていたが、誰かに聞かれて怪しまれないように、この世界の体の持ち主の名前を使うように決めた。今は、ユーリ先輩・エリサと呼び合っている。
「よく聞かれる。どうしてもっていう場合はそうするけど、それより僕は植物の世話をするのが好きだからね。長期的には植物にもあまりよくない。花屋さんで花を買うのもいいけど、ホームセンターで苗を買いたい方なんだ。趣が違うのはわかるだろう?」
「わかるけど、世話をしてまわるには、この学校、広すぎない? 私の手伝い、同じところでしたことないんだけど」
「僕一人でやってるわけじゃない。本職でやっている人はちゃんといるよ。僕が一部、趣味でやらせてもらってるだけ。ちゃんと許可は取ってる。緑の髪の効果は抜群だ」
「うんうん。今日もユーリ先輩は輝いてるなぁ」
ユイカの言う“輝き”は比喩ではない。ユイカにはそう見えているそうだ。
この世界に魔法があるように、ミツハルには不思議に思える能力を持つ者がいる。ユイカ曰く、情報通ポジションには“好意の度合い”を教えてくれる場合があるのだという。どういう仕組みなのだろうと思っていたのだが、エリサは人の感情が視覚的に見える“目”を持っているのだ。
『最近だと“ギフト”や“スキル”というところだけど、そこは“魔眼”と言いたい。カタツキみが強いから。色のついたオーラみたいなものが見えるんだよ』だそうだ。そして、“好き”とか“情熱”はキラキラして見えるらしい。『ユーリパイセン、植物と触れ合ってる時、輝いてるっすよ!』とのこと。
不思議な力だと思うが、ミツハルの髪に緑が出たことを思えば、全然ありえるように思えてくる。魔力というエネルギーなど、元いた自分にはありえないことにも慣れてきたと思うのだが、まだまだ驚くことは多いのである。
「そして今日もローズちゃんはいい色だった。マリアは立てられるフラグはどんどん立ててるし、周囲の好感度もどんどん上げてる感じなのに、どんよりした色をしているのよね。世界に不満でも持ってるみたいに。ローズちゃんがいい子すぎて、立てられなかったフラグが不満なのか、そもそも別の不満なのか。マリアは庶民だけど、そんなに苦しい生活をしてる設定じゃなかったはずなんだけどな」
「僕たちが考えたところで、本人に確認しない限りは全部推測だよ。エリサは深く接触してないみたいだね」
「うん。あのどす黒さを見たらちょっと……。エリサとしてすべき対応はしてるけど、『こっち側の人だよね?』っていうのは聞けてない」
「うーん、しかたないね。この人とは合わないな、と思ったら無理に仲良くならなくてもいいよ。必要な時だけ対応すれば」
「そう言ってもらえると気が楽になるよ。私たちは、ゲーム的には名前のあるモブキャラ程度のものだから、これからの生活のことを考えよう」
ゲームのエンディングとしては、魔王が目覚めたり、戦争が始まったりということもなく、個人の行く末はさておいて、国としては平和は保たれているらしい。マリアがゲームのフラグを回収しているということは、ゲーム内の話に沿って時間は進んでいるのだということだろう。ゲームのエンディングが平和な方に向かっているなら、このままこの世界で生きていくなら、その平和なエンディングにマリアがたどり着くように、こちらからは介入しない方がいいだろうということで決着がついている。ユイカはエリサとして、マリアの行動を怪しまれない程度に観察して、逸脱していないかをミツハルと共有しているのだ。
「それにしてもローズちゃん、本当にいい子でさ。どうやったらあんなにいい子に育つのかと。何が秘訣? お兄ちゃん」
「そう言ってもらえると僕も鼻が高いよ。僕はただ、お兄ちゃんとしてローズのことを大事にしてきただけだ。僕がユーリの体に入った時、ユーリとローズの両親が不在のことも多くてね。親の愛情を受けるべき時期にそれが少なかったからか、気に入らない子をいじめていたらしい。ユーリもそれを同じように楽しいことだと思ってたみたいなんだ。僕としてはそれは許容できなくてローズを叱ったけど、もしそのままなら、エリサの言う『悪役令嬢』になっていたのかもしれないね」
「お兄ちゃんすごい……。ローズちゃんの人生を変えるなんて、よっぽどだよ」
「少しは多めに人生経験を積んでいるからね」
人並みではあるけれど、多少、波にもまれながら三十年以上生きてきたのだ。ユーリの身体に入っても、経験はゼロにはならない。
「いやーもう、ミツハルお兄ちゃんのお兄ちゃんぢから相当なものだって。お兄ちゃんの中のお兄ちゃんだよ」
言い過ぎだと思うが、お兄ちゃんであることをアイデンティティにしている自覚はある。時々漏れて、一人称がお兄ちゃんになる程度には。
「妹……陽和、元気にしてるかな……」
現実の妹を思い出し、ついに郷愁に駆られる。
「妹さん? 兄妹揃って太陽属性の名前だ」
「面倒見てる植物も、職場の方は別の人が世話をしてくれるけど、家で育てている鉢はダメになってそう……。うぅ……。帰れると思う?」
「最近のは、帰れない方が多いかな」
「最近って?」
異世界転生だとか、悪役令嬢だとか、ミツハルには聞き慣れない言葉だが、アニメやマンガではよくある話らしい。ユイカはそういうことに詳しいのだ。
「最近の異世界ものは、天涯孤独だったり社畜・ブラック企業勤めっていう、どん底のキャラクターが異世界に転生して大成していくのが多くて。元いた世界にあまり未練がなくて、異世界に順応しちゃうのをよく見る。細かい傾向は流行りがちょっとずつ変わってるけどね。『異世界もの』っていう名前が定着する前は、最終的に帰るのが多いイメージ。ミツハルさんとしては未練、すごくあるよね?」
「たくさんあるよ。すっかり順応してるけど。ユイカさんとしては?」
「プロポーズの打診があって、OK出したから、その計画を詰めてるところだった」
「それは大きな未練だ」
お互いに目を合わせ、ため息を吐いた。ユイカも天涯孤独やブラック企業勤めではない。ミツハルと同じように、望月結花として平凡だが幸福を感じられる人生をおくってきたのだ。簡単にあきらめられないくらいには、幸せな人生だったのである。
「今の生活も悪くはないけど、戻れるなら戻りたいよ。私としては、そのために努力したいけど、どこから手をつけていいのかすらわからなくて、何もできてない。学校の図書館が使えるようになったから、そういう本はないかと通っているんだけど、今のところ成果はなし。ゲームのシナリオをできるだけ思い出して書き出してるけど、あまり介入して壊したらどうなるかわからないし。そういえば、こっちの文字の読み書きはできるけど、気を抜いたら変な感じにならない?」
「わかる。急に違和感が出てうまく読めなくなって、試験中にそれになって焦った」
「こわっ! 気をつけよう……。気をつけてどうにかなるものでもないけど」
「焦らないように、って思うだけでも十分に効果はあるよ」
ユーリの記憶がそうさせているのか、この国で使われている言葉も文字もほとんど無意識に使えるのだが、意識するとぎこちなくなってしまうのだ。試験中にそれが起こってしまい、目の前の文章が読めなくなったことがあった。血の気が引き、嫌な汗がぶわっと出てくる。あの感覚は二度と味わいたくない。
「話を戻して、戻れるかどうかだけど。正直、戻れない説の方が強いと思う。根拠はあんまりないけど。どうしてここにきたのかも、理由も方法もわからないのに、帰る方法なんてもっとわからないでしょ? 体ごとじゃなく中身だけなのは、元の世界に体が残っているからなのか。それが吉と出るか凶と出るか。私はエリサの体に入った瞬間は憶えてるけど、その前の自分の状態はさっぱり憶えてない」
「うん。僕も前の自分の記憶はあるけど、ユーリに入る直前に何をしていたのかは全然憶えてない」
「図書館で調べてはいるけど、この世界で生きていくのを考えて、足元をちゃんと固める方が建設的かな」
『女神のチュートリアルもなかったし』とユイカは締めくくった。
今の生活に不満はないが、それと天秤にかけられる程度に、元の自分にも未練はある。しかし、元に戻るための糸口もないのだ。諦めて、この世界で生きていく覚悟を決めた方がいいのかもしれない。
顕彩──才能がわかりやすく出た緑の髪を持つミツハルは、植物に関係することは、よく特別対応を受けていた。限られた者しか立ち入ることを許されない王城のガーデンを見学させてもらったこともある。学園の植物は、ほとんど好きにしていい許可をもらっている。
本来、学校の植物は学校に雇われている植木職人の担当だ。そこは敬意を込めて、毎回「何をするのか」「何をしたのか」を許諾を得て報告するようにしている。王立の学校に雇われているということは、国お抱えである。そう考えれば、その道のプロと言っても過言ではない。実際、教わることも多い。つまり、よく顔を合わせるため、植木職人のほとんどは顔見知りなのである。
“ほとんど”というのも、ミツハルと関わりたくないのか、顔と名前は覚えているが接触がほとんどない者もいるのだ。親しくなった職人にそれとなく聞いたことはあるのだが、所属が異なるので詳しくは知らないとしか返ってこなかった。職人用の制服で作業をしているのは見たことがあるので、植木職人ではあると思うのだが。
そんな、関わりの少ないウィリアムとすれ違ったのは、これと言って特別な日ではなかった。
「こんにちは」
「…………」
ウィリアムはちらりとミツハルを見ただけだった。そのままガラガラと空の植木鉢が乗ったリヤカーを引いていく。
と。何かの凹凸に引っかかったのか、ガタンとリヤカーが跳ねた。
「あっ」
勢いで植木鉢が一つ、転がり落ちた。幸い鉢の中に残っていた土がこぼれたくらいで、鉢自体に破損はないようだ。
「落ちましたよ。乗せればいいですか?」
「……あぁ」
拾い上げ、リヤカーに乗せる。
何を言うでもなく、ウィリアムはそのままリヤカーを引いていった。
ウィリアムはどうも人を避けている節がある。すれ違うことはあれど、ほとんど会話らしい会話をしたことがない。その名前も、本人からではなく別の植木職人から聞いたくらいだ。学校ではなく別のルートで雇われているので、職人たちもウィリアムの仕事はよく知らないらしい。学校からもあまりかかわるなと言われているようで、近づかない方がいいという忠告を受けていた。
緑の髪を持つため名が知られているユーリとしては、向こうもユーリの才能を知っているだろうと、あまり無視することもできず、挨拶くらいはと声をかけているが、なしの礫である。校内の豊かな植物に寄ってくる鳥の方が、よっぽど愛想がいい。
などと思っていると、チチチ、ピチピチと鳴くコマドリが寄ってきた。厳密にはミツハルの知るコマドリとは異なるが、鳥に限らず動植物全般、細かく異なる部分はあるものの、翻訳を挟んでいるのか少しアバウトにそれと判別してしまうのである。図鑑で調べてもそうなのだから、この世界のコマドリは(その他の動植物も)そういうものなのだろうと割り切ることにしている。
コマドリは、植木鉢からこぼれた土をつついていた。ユーリが土を掘り起こしていると、ミミズなどを目当てに寄ってくることがある。
「何かいるかい?」
植木鉢の土ならば、わかりやすく大きなミミズなどはいないだろうが、小さな虫くらいはいるかもしれない。しゃがみ込んで見てみると、鈍い金属質な輝きが埋もれていた。
「ちょっとごめんね」
コマドリに断って、その部分の土を払ってみる。出てきたのは、銀色の鍵だった。
「あっ……」
おそらくそれを落としたウィリアムが行った方を見る。少し遠いが、彼の姿はまだあった。
鍵をつまみ上げ、立ち上がる。まだ十分に間に合う。
しかし、コマドリがちゅぴちゅぴと邪魔をするようにまとわりついてきた。ウィリアムはどんどん小さくなっていく。
「えーと、後で預けに行けばいいのかな?」
所属は違えど、植木職人の詰所に届ければいいだろう。コマドリに尋ねると、同意するように鳴いた。
「じゃあ、明日に届けに行くよ。今日はもうそろそろ下校時間だから、僕は帰るね」
言うと、コマドリはまた遮るようにまとわりついてくる。
「もー、僕をどうしたいんだよ」
チチチと鳴きながら飛ぶのを無視して帰ろうとすると、またまとわりつかれた。
「どこかに連れて行きたいの?」
鍵をポケットに入れ、飛んで行く方へついて行くと、コマドリは時々様子を見るように梢に留まりながら、先へ先へと飛んで行った。
連れて来られたのは、ヒイラギの生垣の前。トゲトゲの葉っぱは拒んでいるように見えるが、一箇所だけ植わっている間隔が少し広いところがあった。そこには、ウィリアムが作業をしたと思しき新しいリヤカーの跡と、まだ乾燥していないこぼれた土が残っている。
「この向こう側に行くのかい?」
間隔が広くあると言っても、通るには躊躇するような幅である。しかし、それであっているのか、コマドリは向こう側に行ってしまった。チクチクと撫でられながら向こう側に入ると、今度はカラタチの棘が立ちはだかっていた。
「これはさすがに進めないよ?」
言うと、コマドリはカラタチの壁に沿って飛んで行くので、仕方なくついて行くことにした。
鉄柵とそれに絡むように植わっているカラタチ。学校内に生徒立入禁止の場所はいくつかあるが、ここは特に何が何でも人を寄せ付けたくないという強い拒絶を覚える。進むべきではないと理性は警告するが、ミツハルの足を止めるには足りなかった。カラタチはツタに比べて攻撃的すぎるが、コマドリに導かれてどこかに連れて行かれるなんて、まるで『秘密の花園』のようではないか。
不安がないわけではない。ただ、それより強い好奇心は足を前へと動かした。
扉だ。コマドリは、ご丁寧にも示すように取っ手に留まり、またぱっと飛んだ。鍵穴はすぐに見つかった。
ポケットから鍵を取り出し、さしこむ。ひねると、カチリと解錠の手応えがあった。
「おじゃましまーす……」
そっと扉を開け、向こうをのぞき込むが、緑の壁に遮られていた。ただの目隠しか、それとも迷路園のように入り組んでいるのか、すぐには判断できなかった。その高さよりも高く飛べるコマドリには意味のないものだろう。思いながら、コマドリについていく。角を、曲がり、曲がり、曲がり……。
「びゃっ!」
ちゃんと角を曲がったはずが、何かにぶつかった。まちがって生垣に突っ込んでいった感覚ではなかった。
「あっ! あぁ……!」
向こうも人であったらしい。ぶつかっただけにしては狼狽している声だ。
「あ、大丈夫です! すみません!」
一瞬よろけたが、持ち直す。ぶつかった衝撃というより、めまいのようなものでふらついたが、すぐにたてなおした。
ぶつかったのは、すらりと背の高い男だった。長い髪は一瞬、何色なのかわからなかったが、黒だ。白を通り越して青白い、磁器じみた肌とは妙にちぐはぐだった。制服を着ているということは、この学校の生徒だろうか。整った顔立ちは見たことがある気がするのだが……。
「あ……れ……? 大丈夫?」
かすれた声で尋ねられた。
「大丈夫です。全然、ぶつかっただけですから」
「ぶつかっただけでも……」
男は何か言いたげにもごもごしていたが、ミツハルはそれどころではないものを見てしまった。
「えっ! あっ!!」
男とぶつかったのは、生垣の通路の出入り口だった。その向こうに見えてしまったものに釘付けになる。
「もしかして、ロイヤルローズ!?」
突進するような勢いだったためか、男はさっと避けてくれた。鉢植えではあるが、確かにそれは“ロイヤルローズ”だ。王城のガーデンでしか育たないはずのバラ。一度花を咲かせれば、切り花にしても数ヶ月もつ。ドライフラワーにしてもほとんど姿を変えない、永遠の象徴である。
おそらく、王家の血筋が持つ魔力が関係しているだろうと言われているが、育つ場所が限られているため、研究はほとんどされていない。もし研究するのであれば王族の誰かとなるのだろう。しかし、ミツハルの知る、元いた世界のやんごとなき方々のような研究者気質のある王族は、今の所いないのである。
この世界の動植物は魔力に影響される。それもまたミツハルにとって不思議だが、探求心を燃え上がらせる火種とガソリンになっているのであった。その性質もあって、ミツハルにロイヤルローズは垂涎の植物なのである。
ふっくらとした大ぶりの花からは、甘い芳香が放たれている。さりげないくらいで強い香りではないが、とても印象的で惚れ惚れしてしまう。
そんなロイヤルローズが、なぜここに?
「あっ……」
下校時間を告げる鐘が鳴る。届け出がない限り、以降は学内に残ってはいけない時間である。
「ここ、ウィリアムさん来てますよね? 植木職人の」
「あ、あぁ……」
「これ返しておいてください。落としてましたよ、って」
手近なテーブルに鍵を置く。
「今日はこれで! また見に来ます!」
ロイヤルローズを、せめてもう一度じっくり見たいと思ったミツハルは、返事を聞かないという約束とも言えない約束をして、花園を飛び出したのだった。
急いでカバンを置いている用具置き場にむかう。
なぜ、王城の庭園でしか育たないロイヤルローズがこんなところで咲いているのか。
「あっ……」
思い出す。色が異なるためすぐにはわからなかったが──彼がリアル王子様・エリックにそっくりであることを。
ミツハルは早速、翌日の放課後、秘密の花園(仮)を訪れていた。ウィリアムは数日に一度の頻度で学校に来て仕事をしている。昨日に仕事をしていたということは、今日は来ていないはずだ。
ヒイラギの生垣をすり抜け、カラタチの壁に沿っていく。扉には鍵がかかっていたが、向こうにこちらの存在をアピールしているうちに開いた。チュピチュピ聞こえていたので、またコマドリが何かしていたのかもしれない。
男は距離を取りたがっているようだったが、一応は招き入れてくれた。それは「もう来ないで欲しい」という理由を伝えるためだったが。
ロイヤルローズと、エリックにそっくりの顔立ち。ほぼ間違いなく王族(そうでなくても密接な関係者)だ。しかし、従者のようなものは置いていない。彼の手から注がれたお茶が、ガーデン用のテーブルに置かれた。
「ありがとうございます。いただきます」
添えられた花の蜜を一垂らしして甘みを足す。一口飲んでみたが、妙に味が薄っぺらかった。出がらしの茶葉を使い、甘さしかない甘味料を入れたようで味気ない。ぶぶ漬けのような意味であったのだろうか。自分の無遠慮さに、今さら冷や汗が出る。
「……あまりうまくはないだろう。もてなしと思って淹れたが、すまない」
「えっと……ははっ」
肯定もできず、笑っておいた。
「君はユーリ・フロリエで合ってるかな? 緑の髪のことは兄から聞いている」
「はい、僕がユーリ・フロリエです。あ、名乗っていませんでしたね。すみません」
学内で髪に才能が現れている者は数名いる。そのうちで緑が顕れているのはミツハルだけだ。特定もされよう。彼の言う“兄”が誰なのかはさておいて。
「名乗っていないのはお互い様だ。おれはアルバートという。よろしくと言いたいが、そうもいかないんだ。理由は話す。何も言わずに去れとは言わない。もう、ここには来ないで欲しいんだ」
アルバートはポツポツと理由を話し始めた。
アルバートは「魂食い」である。仰々しく言っているが、人に触れるとその人の生命力を奪ってしまうという性質である。一瞬触れたくらいですぐに死ぬほどではない。幼い頃は生命力を奪ってしまう量も小さく、怖がられていたものの王城で暮らせていた。しかし、成長するに従って奪う量も増えていった。成長期にはアルバートの中の器もずいぶん大きくなり、さすがにまだ一瞬触れるくらいで死ぬようなことはないが、気分が悪くなったり寝込むレベルで体調を崩したりするくらいには、生命力を食べてしまうらしい。長く触れると命に関わりかねない。
現在、郊外に屋敷を建設中で、王城の外であり(王立の学校であるため)目の届く範囲であるこの学校の片隅に、軟禁状態なのである。制服を着ているのは、一応学校に在籍していることにするためだろう。
「実際は人に限らず、命あるものの生命力を食べてしまう。特にこの数年、ますます強くなっている。まずい茶を出すのも失礼だと分かっているが、実感してもらうにはそれが早いだろうと思ったんだ」
お茶の味気なさは、アルバートが何かを吸い取ってしまった結果らしい。茶葉や花の蜜が「命」かと言うと悩むところだが、命の残滓と思えばわからなくもない。味気ないお茶をひとすすり。なるほど、人を避けつつ軟禁を受け入れるわけだ。納得はした。
「接触しなければいいんですね?」
「それはそうだが、危険だからもう来るなという話で……」
「あんまり隠す気なさそうですけど、アルバートさん、公表されてない王子様ですよね?」
「それは……秘密だ」
「お顔そっくりですよ、お兄さんのエリック殿下に」
推測だが言い切ってみせる。正解だったようで、アルバートはさっと顔色を変えていた。
「おれを脅してどうするつもりだ?」
「脅されたという言い訳があった方がいいかと思っただけです。僕はただ純粋に、ロイヤルローズを見ていたいだけです。ちゃんと回避方法があるなら、アルバート殿下は怖くないですよ」
王城のガーデンでしか育たないロイヤルローズは、一度咲けばその姿を数ヶ月と持たせることができる。プロポーズに使用され、その花は一生枯れなかったという話もあるが、さすがにそれは与太だろう。ただ貴重で綺麗だからというだけではない。その特異性は、研究心を強く刺激してくるのだ。
「王城のガーデンでロイヤルローズを見せてもらったことはありますけど、さすがに実験はできませんでしたからね。一鉢だけ実験させてもらえませんか!? ダメ?」
そのままつらつらとロイヤルローズの持論を並べる。アルバートは困った顔をしていたが、ミツハルは無視した。
ミツハルは「秘密の花園」の鍵を手に入れた。




