30 元聖女と落としどころ
本日3回目の投稿です。
ここしばらく忙しくて放置していたものがある。
薬草のウイスキー漬けだ。
そして今、リビングのテーブルの上には、いくつもの小瓶が並んでいる。
中には琥珀色の液体が満たされ、それぞれ薬草が浸かっていた。三種類の薬草、漬け込む量で分けてラベリングしてある。
「十分漬かっているに違いありませんわ!」
私は期待に胸を躍らせながら、小瓶の蓋を開けた。
朝から飲む酒……最高!
違う。
これは大事な実験だ。
「まずは、ヒールハーブ酒から」
スプーン一杯分をすくい、口に運ぶ。
「……ん」
舌の上で転がす。
ウイスキーの甘い香りの後に、ふわりと青臭さが広がった。
「……蜂蜜を足せば、飲みやすいかもしれません」
次は、キュアグラス酒だ。
「お、これは……」
驚いたことに、味にほとんど変化がない。
キュアグラス自体が無味無臭に近いこともあるが、ウイスキーの風味を損なわない。
けれど、これ、回復薬としての効果はあるのだろうか。
最後に、マナスパイス酒。
「……からっ!」
口に入れた瞬間、ピリリとした刺激が走った。
喉がカッと熱くなる。
だが、その直後、魔力がじんわりと湧き上がってくるような感覚があった。
「これは……効きますね。水で煮出すよりも吸収がゆっくりですが、その分、持続性がありそうです」
私はメモに感想を書き留めた。
いずれも、まだ改良の余地はあるけれど、試作品としてはまずまずの出来だと思う。
「サリア様、《憩いの灯火》に持って行きましょう。オルセン様にも試飲してもらって……」
「気持ちは分かるが、焦んなよ。まだ朝だぜ? バーが開く時間じゃねぇよ」
私としたことが少々興奮していたようだ。
不意に、ドンドンドンと玄関の扉が叩かれた。
サリアが警戒したように眉をひそめる。
私は首を傾げながら扉を開けた。
そこに立っていたのは、教会の神官だった。
彼は私を見るなり、安堵と緊張が入り混じったような表情を浮かべた。
「フィアナ様! ご在宅で何よりです!」
「……今度はなんです? またイレーネ様がパンクしたのですか?」
以前、イレーネが治療院で患者をごった返しにした時のことが思い出される。
神官は慌てて首を横に振った。
「いえ、違います! 本日は、リーフェル枢機卿閣下がお呼びでして……至急、教会までご足労願いたいとのことです」
「は?」
私は不機嫌さを隠そうともせずに返した。
「嫌ですよ」
「え……?」
「繰り返しになりますけれど、私はもう教会関係者ではありませんわ。大事な仕事もあるのです」
背後から、「酒を飲んでるだけじゃねぇか」と聞こえてきたけれど、無視だ。
薬草のウイスキー漬けの試飲は立派な仕事なのだ。
私は扉に手をかけ、閉めようとする。
神官が慌てて足を挟もうとしたが、私が無言で睨みつけると、ひっ、と声を上げて引っ込めた。
「『用事があるなら、そちらから来てください』とお伝えください。では」
バタン、と音を立てて扉を閉める。
ついでに鍵もかけた。
「……ふぅ。せっかくの気分が台無しですわ」
私は溜め息をつきながらリビングに戻った。
サリアが呆れたように私を見ている。
「良かったのか? 相手は枢機卿だろ」
「構いませんわ。どうせ『聖女に戻ってくれ』とか、そういう話でしょうから」
私は気分転換にお茶を淹れた。
「サリア様も飲みますか?」
「ああ、もらうよ」
サリアは私の向かいに座り、カップを受け取った。
それから三十分ほど経った頃だろうか。
再び、扉がノックされた。
今度は先ほどよりも落ち着いた、しかし確かな意思を感じる叩き方だった。
「来ましたわね」
私は立ち上がり、扉を開けた。
そこには、先ほどの神官を後ろに控えさせ、にこやかな笑みを浮かべた妙齢の女性が立っていた。
リーフェルだ。
「やっほー、フィアナちゃん」
ひらひらと手を振ってくる。
「フィアナちゃんってば、本当に逞しくなっちゃって」
「ええ、教会では鍛えられましたからね」
私は皮肉たっぷりに微笑み返し、彼女を中へと招き入れた。
物臭な彼女が本当に来るとは意外だった。
「……それで、何のご用でしょうか?」
私は単刀直入に切り出した。
お茶を出すつもりはない。さっさと用件を聞いて、帰ってもらうつもりだ。
「戻ってほしいと言われても、嫌ですわ」
私が先制攻撃を仕掛けると、リーフェルは肩を竦めた。
「やっぱり? 考え直したりはしない?」
「しませんわ。今の生活が気に入っていますから」
「でしょうね〜。貴女ならそう言うと思ったわ」
リーフェルは懐から一枚の紙を取り出し、テーブルの上に置いた。
「なので、こんなものを持ってきました~」
「これは……契約書ですか?」
紙には、びっしりと文字が書かれている。
私は眉をひそめてそれを手に取った。
「そう。最近、物騒でしょ? 民間治療院が爆破されたり、魔王軍が攻めてきたり」
リーフェルの声が、少しだけ真面目なトーンを帯びる。
「いざって時に、フィアナちゃんに手伝ってもらいたいの。貴女の力があれば、多くの人が助かるわ」
確かに、彼女の言うことはもっともだ。
私も、目の前で怪我人がいれば助けたいと思うし、救える命を見捨てることは私の信条に関わる。
さすがリーフェルだ。私の良心を突いてくる。
私は紙に目を通した。
ざっくりまとめると、『教会からの呼び出しは緊急時のみ』『報酬はその都度、協議の上で決定』『拘束時間は最小限とする』といった内容だ。
悪くない。
けれど、不十分だ。
「条件を追加したいのですけれど」
「何かしら?」
「第一に、基本的に教会には行きません。私の拠点はあくまでここです。第二に、私を教会公認の『聖女』にはしないこと。あくまで外部の協力者として扱ってください」
私は指を二本立てて提示した。
聖女という肩書がつけば、またあの堅苦しい生活に逆戻りだ。それに、信者への対応や儀式への参加など、余計な仕事が増えるに決まっている。
「うーん……手厳しいわね〜」
リーフェルが困ったように頭をかいた。
「実はね、イレーネちゃんからフィアナちゃんに聖女に戻ってほしいと泣きつかれているのよね〜。彼女、もう限界みたいで」
「お断りしますわ」
私は即答した。
情けをかける場面ではない。
「イレーネ様が聖女を引退されるなら、それでも良いと思います。けれど、それと私が聖女に復帰するのは別の話です」
私はリーフェルの目をまっすぐに見つめ、笑顔で告げた。
「イレーネ様が抜けた穴は、リーフェル様が責任を持って埋めてください。それが組織の長の務めでしょう?」
リーフェルが顎に手を当てて少し考える。
「困ったわね。現状、聖女が務まるのは貴女たちしかいないのよ。代わりなんてそう簡単には……」
「でしたら、他の聖女候補を育てるなり、聖女にばかり仕事を振らないようにするなりしてください」
私は畳み掛けた。
「やる時はやるリーフェル様の出番です。今こそ教会に改革を起こす時ですわ」
「……むぅ」
リーフェルは深く息を吐き、苦笑いを浮かべた。
その目には、諦めと同時に、どこか私を評価するような光があった。
「フィアナちゃんも頑なだし、貴女の言う通り、それが現実的な解決策なのかもしれないわね~」
分かっていて、あわよくば私を連れ戻そうとしたのか。
油断も隙もない。
「じゃあ、一つ提案があるんだけど」
「なんです?」
「聖女候補たちに、フィアナちゃんが指導してくれないかしら? 効率的かつ実践的な魔法技術を教えてやってほしいのよ。薬草とか薬とかもね」
教育係ということか。
それならば、私の時間をそこまで奪われることはない。
それに、優秀な後継者が育てば、私やイレーネへの依存度も下がる。
「……条件に指導料のことも追記しておきましょう。契約に関して適宜見直すことができることも盛り込みますわ」
「抜け目ないわね〜。でも仕方ないわ。それで手を打ちましょう」
私は再び契約書に向き合った。
サリアにも横から覗き込んでもらい、変な罠がないか確認する。
「ここ、『緊急時』の定義が曖昧だな。もっと具体的に絞ったほうがいいぜ」
「そうですわね。私でなくても大丈夫そうな依頼であれば、断りますので悪しからず」
「分かりました。書き直すわよ」
私たちはそこから数十分かけて、契約書の細部を詰めた。
報酬の金額、呼び出しの頻度、拒否権の有無。
すべて私が満足する内容であることを確認し、最後にサインをした。
それでも不備が出るかもしれないので、その時のための契約見直しだ。
「助かったわ、フィアナちゃん」
リーフェルは契約書を懐にしまうと、満足げに立ち上がった。
「これでフィアナを繋ぎ止めた」という何かしらの企みを感じなくもないが、まあいいだろう。
お互いに利用し合う関係、それが今の私たちにはちょうどいい。
「それじゃあ、また連絡するわ……あまり無茶はしないようにね、フィアナちゃん」
リーフェルはそう言い残して、神官と共に帰っていった。
嵐が去ったような静けさが部屋に戻る。
私はどっと疲れが出て、椅子の背もたれに体を預けた。
これで、ひとまずは決着がついた。
本業は探索者。
副業として、契約聖女。
まぁ、落としどころとしては妥当ではないだろうか。
これは私が自分の意思で選び取った道だ。
自由を勝ち取ったと言ってもいいだろう。
「良かったじゃねぇか」
サリアが私の肩をポンと叩いた。
「ええ。サリア様のおかげですわ」
「あたしは何もしてねぇよ」
サリアは照れくさそうに言った。
そして、立ち上がる。
「それじゃ、景気づけに依頼でも受けに行くか。新しい門出だな」
「いいですわね」
私はテーブルの上の薬草のウイスキー漬けの小瓶を手に取った。
「この試作品は打ち上げがてら、マスターに持っていきましょう。きっと気に入ってくれるはずです」
「あー……そうだといいな」
私たちは顔を見合わせ、笑い合った。
窓の外には、突き抜けるような青空が広がっている。
本格的な探索者としての生活は、まだ始まったばかりだ。
困難も待ち受けているだろう。
けれど、今の私には頼れる相棒がいて、帰るべき場所がある。
「行きましょう、サリア様」
「ああ、行こう、フィアナ」
私たちは軽やかな足取りで、新しい日常へと飛び出していった。
無事完結しました!
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
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【次作告知】
来週木曜日(2026/3/19)から新作を投稿開始します。
今回のスカッとするお話から一転、次回は「人外×人間」のダークで切ないファンタジーです。
それでは、また次の物語でお会いしましょう。
【過去作のご案内】
『平穏を望む転生魔王、今度こそ世界を変える』
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※全351話、中世ヨーロッパ風異世界ファンタジー
『半妖少女とゆく禍主退治の旅』
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※全30話、和風異世界ファンタジー
『水底のレイシア』
https://ncode.syosetu.com/n3054ls/
※全30話、中世ヨーロッパ風異世界ファンタジー、胸糞注意




