小話 魔力香
二年生にもなると、さすがの学園生活にも慣れた。
食堂のメニューを完全に覚えたので、今日はあれとこれを頼んで〜……と、並びながら考えられるようになったし、授業の移動教室も遅れないように時間を逆算できるようになった。クラスメイトたちとも仲良くなり、話をしたことがない生徒はいない。
当初はうんざりすることが多かった学園生活も、今では楽しいことが多く増えた。
食堂でロレンティアと昼食を食べようと席を探していると、既にエマ達が座っていた。彼女の両隣にはスザンナとベラが居て、食事が終わったのか、三人で何かを熱心に読んでいる。
あまりに真剣に読んでいるので、声をかけてみた。
「何読んでるの?」
ロレンティアと二人で彼女たちの向かい側に座ると、三人は顔をあげた。
彼女達三人とは、この一年で気軽に話せる仲になった。
未だにオーウェンと喧嘩をすると嗜められるのは、変わらないけれど。
「魔力香占いよ」
エマが答える。
覗き込むと、少女向けの雑誌の最後の辺りのページだった。
『今月の魔力香占い』という見出しが、でかでかとあった。
「魔力香占い?」
焼きたてのパンを千切りながら、思わず聞き返す。
隣に座るロレンティアはスープをスプーンですくいながら「知らない?」と小首を傾げた。
魔力香とは、その人だけが持つ魔力の匂いだ。
血統によって香りが似ることもあるけれど、基本的にその人特有の香りで、魔法を使うと残り香のように香るので、ミステリー小説なんかでは、この魔力香が証拠のように使われることがよくある。
魔法の授業でも、魔力香が混ざり合ってしまわないように、常に風属性の術式が埋め込まれた魔導具で換気されている。
「魔力香の相性が良いと性格も合うってジンクス。最近流行っているのよ」
「知らない、初めて聞いた」
何だそれ。眉唾物。
それにしても、このパン美味しいなあ!なんて関係ないことを思いながら頬張っていると、エマが顔をあげた。
「アルクセイは……本当にお洒落とか流行に興味がありませんわね?」
「美味しくないもん」
今はこのパンが、私の一番の流行だ。
そういうつもりで言ったら、エマは信じられないと言わんばかりに目を大きく見開いた。
「全く……!あなたと来たらそればっかり!同室の方に同情いたしますわ!」
そこまで言う?ちょっとムッとすると、隣から大きなため息が聞こえた。
同室の方こと、ロレンティアだ。
「本当よ……アルクセイってば、放っておいたら寝癖のまま部屋を出ようとするんだから」
「いや……あれはちょっと気づかなかっただけで……」
「前髪よ?どうしたら気づかないのよ!」
「ほんと……あの……ご、ごめんなさい」
私自身はあまり見た目に頓着していないので、別にどうってことはないのだけれど、毎朝ロレンティアとソナが私を椅子に座らせて髪を整えてくれるのだ。
こうも責められると、友人達のためにも少しくらいは興味を持っても良いかもしれないと思えてくる。
二人に責められ、パンの味が分からなくなっていると、スザンナとベラが助け舟を出してくれた。
「きっと、やり方や自分の好みがまだ分からないのよ」
スザンナは苦笑いを浮かべた。
それに続いて、ベラがそうだとばかりに手を叩いた。
「実家から持ってきたドレスやアクセサリーを部屋に持っていくから、アルクセイの好みを探しましょうよ」
「どっ、どれす」
ドレスと言えば、休日に令嬢たちが着ている、あのフリフリの動きづらそうな……思わず表情が固まる。
絶対に私には似合わないと内心思っている代物。
助け舟だと思って乗り込んだ船は、どうやら滝つぼに突っ込んでいくらしい。
「安心なさい、あなたに似合いそうなものを持ってきますから」
ご機嫌を取り戻したらしいエマは、にこにこと微笑んだ。隣にいるロレンティアが助けてくれる様子はない。四面楚歌である。
「……はぁい」
味方のいない私は、頷くしかなかった。
私の白旗に満足したのか、エマは再度、視線を雑誌に落とした。
「で?あなた達の魔力香って確か……」
話が元に戻った。
「私はベラの香りよ」
ロレンティアが答える。
ベラというのは、幾重にも花弁が重なった大ぶりの花だ。
香りもあって、美容にも良い成分があって化粧品にも使われるし、花言葉が『愛情』ということで、この国では男の人が贈る花として選ばれることもあるらしい。
花が好きなロレンティアには、ぴったりだ。
エマが私に視線を送る。
できればこの話題から逃げたいが、難しそうだ。
「アルクセイはいつも魔力の出力を最小限にして魔力を練っていますわよね?隣にいてもあまり香らないので、どんな匂いか未だに分からないのですけど」
う、と言葉に詰まる。
「い、言いたくない」
「なぜ?」
エマが小首を傾げ、こちらを見るので、私は視線をスーっと横に逸らした。その先に、忌まわしい金髪頭が食事を終えたのかトレーを返している後ろ姿が見えたので、チッと舌打ちをしてしまった。
私の様子を訝しんで、四人が私の視線を追って視線の先の人物を理解すると、話の行き先が予想できたのか、納得したような表情を浮かべた。
令嬢達よ、ご理解頂けて何よりです。
「……私はミルクの香りなんだけど、言われたの。一年生の時に。………乳臭いって」
「オーウェンに?」
確認してきたロレンティアに、私は頷いた。
元々、一族からも狩りの邪魔になるからと魔力香を疎まれていたので、なるべく最小限の魔力で魔力練成をする癖があった。一度、授業で魔力を抑えずに魔法を使った時、隣にいたオーウェンが鼻で笑ってきたのだ。
『お前の魔力香って乳臭いのな』
思わず、そのままの魔力量で風魔法を使い、オーウェンをぶっ飛ばしたのを今でも覚えている(木魔法で防がれたけど)。
「ねぇ……それって、アルクセイが何かしたのではなくて?」
「どっちが喧嘩を売ったとか買ったとか、もう一々覚えてないよ」
「呆れた」
エマは肩を竦めた。
当初は「礼儀を持って接しなさい!」と角を出して怒っていたエマ達だけれど、一年も経てばオーウェンもオーウェンだということを理解してくれたらしく、一方的に私を怒って来るようなことは無くなった。
あいつの私に対する悪態については、『わたくしには優しく接して下さいますし』ということで、エマは大して気にならないらしい。他の令嬢も同様のようで、もはやあの二重人格さえも慣れたと言ってのけるのだから、喧嘩を売られる側からすると、どうにも納得できない。
顔と権力と上っ面の態度に救われてるよなあ、と既に食堂を出ていった金髪頭を恨めしく思った。
脱線に脱線を重ねた、魔力香による相性占いに話は戻った。
「二人は好きな人はいないの?」
興味津々の様子で、スザンナは身を乗り出した。
「いるように見える?」
「……アルクセイはいないでしょうね」
身を乗り出したスザンナの前で、わざと大きな口でパンを頬張った。
正直、卒業後は一族に戻る予定の私にとって、ここで恋愛なんて、とんでもない話だ。スザンナは半眼になって私に返事をした後、視線をロレンティアに移した。
「ロレンティアは?」
「……いないわ。私は跡取りだもの。そういうのは両親が決めるの」
ロレンティアは伏し目がちに、自分の髪を耳に掛けた。
(あ、困ってる)
一年間衣食住を共にした間柄だ。相手の癖もある程度は分かる。
ロレンティアは何かしら困ると、こうやって自分の髪を耳に掛けるのだ。
「でもさぁ、その……魔力香占い?って信ぴょう性あるの?私の魔力香なんて、相手が油っこい匂いじゃない限り、大体相性が良さそうに思えるけど」
話の行き先を変えることにした。
大体、何が魔力香占いだ。
魔力香なんて、ただの体臭のようなものだ。
「そ……そんなことないでしょう」
エマは頬を膨らませた。
「えーっと……あの金髪の魔力香って何だっけ?」
「……オーウェン様は確かオルドウッドよ。香木系ね」
「で、確かジルはモスクで、香木系。私はジルと仲が良いけど、オーウェンとは仲が悪いよ?」
ほら見たことか。そんな気持ちで言い切ると、エマはぷいと顔を逸らして、視線を私に向けた。
「あなたは恋愛をした方がいいわ!もっとロマンを知るべき!」
「残念ながら予定がありませ〜ん」
「んもうっ、予定だなんて!恋愛は落ちるものですわ。恋を前にしたら予定は崩れ落ちます!」
エマの恋愛に対する熱量の、何たる情熱的なことか。
これ以上、否定をし続けたら嫌われてしまいそうなので、私は「じゃあその時を楽しみにしておく」と答えた。
その横で、それまで熱心に雑誌を見ていたベラが口を開く。
「性格診断だと、ミルク系の魔力香は……お人好しですって」
ほら、やっぱり眉唾物!
私はその言葉を美味しいパンと一緒に飲み込んで令嬢達を見ると、どこか納得している雰囲気だった。
ちょっと待ってよ、何その顔。




