06. 基礎修練合宿(二日目 / 昼)
夢を見ていた。
野原を駆け回り、木々の間を飛び回り、枝から調子よくポーンと飛び降りたら崖で、落ちる落ちる〜!……と慌てたら、基礎組担任のメニュエル・ルー先生に起きなさーい!の声と共に寝袋の端を掴まれた。
すぽーんと転げ落ちた衝撃で目が覚め、暫く状況を飲み込めないでそのままいた。
周りを見渡すと、同じ天幕で寝ていたみんなは既に起きていたようで、寝袋をしまっていたり、身支度をしている子もいた。
既に隣で身支度を整えていたロレンティアは「何度も起こしたのよ」と苦笑い気味に言った。
(恥ずかしい)
——昨日のことを思い出す。
天幕を張った後は、みんな疲れた身体をズルズルと、まるで死体のように引きずって炊事場へ行くと、ユルゲンス先生たちが待ち構えていた。
作業台の上にはたくさんの野菜と肉、そして発酵が終わったパン生地。
パンとスープを作るようにと指示を出されたが、慣れない料理に加えて疲労で魂が抜け掛けているものだから散々なものだった。
あちこちで真っ黒なパンが量産されたり、何とかスープが完成できても、スプーンですくうと皮付きの野菜がごろっと顔を出してきた。
食べながら机に突っ伏して眠る子もいて、しっちゃかめっちゃかで大変愉快な夕飯だった。
「ふぁあ……」
そんなことを寝起きの頭で思い返しながら、気だるい体を引きずって、天幕の外に出て炊事場で朝ごはんを食べる。
集合場所の広場に出ると、ユルゲンス先生が今日の予定を話しだした。
相変わらず気だるそうで、無精髭もそのままだ。
「今日は魔法属性毎に分かれて授業、その後は昼飯を食べてから導きの森の散策に入る予定だ」
昨日の疲れもそのままに、今日の予定を聞いた生徒たちは「えぇ〜……」と絶望にも近い声を口々にあげた。
ユルゲンス先生は生徒一人一人の顔を見るように、視線を一巡させてから口を開いた。
「魔法を使うには、魔力の他にも強い精神と体力が必要だ。授業でも既にやったが、これは三王に由来する」
(……ま、基本だよね)
神話時代の終わり、この世界を作った創世神は土から自分に似せた生き物を作った。それが始祖王。
海から生まれた聖霊王と、花から生まれた魔女王は、始祖王に魂と魔力を与えた。
魂を司る聖霊王、魔力を司る魔女王、形を司る始祖王。
——それが人の起源とされている。
今でも人は『精神』『魔力』『身体』で成り立つと言われている。
「昨日はその精神と体力の訓練、今日は魔力の訓練だ。この合宿は一流の魔法使い、魔女になるための初歩的な訓練だ。それを心に留めるように」
ユルゲンス先生は生徒たちを見渡すと、癖のある黒髪を面倒くさそうにかきながら名簿に視線を落として、適性のある魔法属性毎に生徒たちを振り分けていった。
最後に残ったクィーンクェアは、私とアンブロジオ。
つまり、いけ好かないこいつと、先生との三人での訓練となる。
(……最悪)
横目でチラリとアンブロジオを見た。
(正面から見てもムカつく顔をしているけれど、横から見てもムカつくってある意味才能じゃない?)
生まれ持った性格の悪さが表情ににじみ出ているに違いない。折角、親に綺麗な顔で産んでもらったろうに、もったいない。
ユルゲンス先生が腕をまくりながら目の前に立っているので、心の中だけでアンブロジオに舌を出しておいた。
「お前らクィーンクェア組は俺が担当することになった。……まあ、担任だしな」
嫌々だったのだろか。そんな言い方だった。
「俺の魔法属性は雷と土だが、魔法使いとしての格を現す階位では九階位だ。まあ初歩を教える分には充分だろ」
そう言ってユルゲンス先生は懐に手を差し入れると九つの指輪がまとめられた環を取り出して見せてくれた。
じゃらん、と金属が鳴る音がする。
階位というのは、魔法における世界条約で定められている制度だ。
魔法使いや魔女の実力を証明する為のもので、この指輪を十個取得するのが目標と言われている。
最終階位に到達すると、神々の神秘に触れた者と言われる。
つまり、ユルゲンス先生はその一歩手前ということだ。
先生は懐に指輪をしまうと、私へ視線を向けた。
質問をされる時の視線だ。
思わず背筋が伸びる。
「アルクセイ。最初の属性検査の時に、クィーンクェアは器用貧乏になりやすいと言ったのを覚えているな?」
「はい」
「その理由を答えてみろ」
頭の中で先生の授業を思い出す。
しっかり復習もしているので、もちろん覚えている。
頭の中の記憶と理解を元に、言葉を並べる。
「私達の周りには目には見えないですが、各々の魔法属性を持った聖霊が周囲にいます。彼らは神々の子どもで、彼らの手を借り神様に願う事で、私達は魔法を使うことができます。」
先生が無表情で見下ろすので、何だか居心地が悪い。
気付いたら服の裾を握っていた。
この男の隣で格好悪い所は見せたくない。
「……ですが、人一人に集まる聖霊の数は決まっています。クィーンクェアは五属性もあるので聖霊が分散してしまうので、威力や精度は上がりにくくなる……んですよね」
……頑張った!
けれど、先生の視線が鋭いので、どんどん自信が迷子となり、尻すぼみになってしまった。
我ながら教科書通りの返答ができたと思うが、ただの自己評価だ。
どきどきしていると、ユルゲンス先生は「しっかり復習ができているな」と褒めてくれた。ほっとして胸を撫でおろす。
「じゃあ、アンブロジオ」
ユルゲンス先生が、私の隣に静かに立っていたアンブロジオに視線を向けた。
「魔法を使用する時に必要なものは?」
「第一に神話の理解です」
アンブロジオは私よりも素早く答えた。
「そもそも魔法属性とは、産まれながらその属性の神に気に入られ加護を得て決まるものです。ですが聖霊や神は、いくら気に入っても自分たちに無知な人間には手を貸しません。低階位が高階位の魔法使いの詠唱と供物をそのまま発しても、同じ結果を得られないのはこの為です」
つまりはコミュニケーションなのだ。
自分を知らない相手に手助けはできない。
……と、先日の授業でユルゲンス先生が話していたのを思い出した。
アンブロジオはさらに続けた。
「第二に魔力。属性毎に魔力錬成は異なるので、それを熟知することが大切と言われています。そして最後は聖霊への供物。これは魔法使用者自身のものである必要があり、髪や吐息、鼓動や手拍子が一般的で、代償が大きければその分、効果は高まります」
途中、何度も噛んでしまえと呪ったけれど、まるで何度も口にしたかのように、アンブロジオは難無く答えてしまった。
心の中で小さく舌打ちをした。
質問タイムはこれでお終いだろう。
そう思っていたら、ユルゲンス先生は顎をさすりながら口を開いた。
「では、今の答えを総じて、クィーンクェアの弱点を克服するにはどうしたらいいと思う?」
(……それ、入学間もない生徒に聞く話?)
思わず先生を見上げる。
ユルゲンス先生は何だか楽しそうで、入学してから初めて見る表情だった。
アンブロジオは少し考えた素振りを見せた後、先生を見据えた。
「……弱点である聖霊数については、個人の生まれ持ったものなのでどうすることもできませんし、捧げる供物にも限度があります。となると、神話の理解を前提に、魔力錬成で補うしかないかと思います」
「消去法で行けばそうだろうな」
まるで研究者として、意見を交わし合っているようだった。
こいつが答えられなくて悔しがる様は見てみたいな、と我ながら性格の悪いことを考えていたのに。
私が唖然としているのを横目に、二人は会話を進めた。
「……あるいは、同じ属性同士の聖霊は集まりやすいと聞いたことがあります。
神々が人に加護を与えているように、土地にも加護を与えています。事前にその土地の加護を把握するのも一つの手段かと」
「理に叶っている。……ただ問題があるとすれば適応力だ。
全ての属性のエキスパートにならなくてはいけない。一属性でもその道のりは険しい。途方もない話だ」
そこまで言うと、ユルゲンス先生は一息吐いた。
「……まあ、アンブロジオの魔力量であれば、その辺りは関係無いか」
「……魔力量?」
いよいよ話についてこられなくなった私は、横にいたアンブロジオを見る。
隣の男は私を一瞥するとすぐに視線を戻し、面倒くさそうにため息混じりに口を開いた。
「俺がお前より魔力量が多いってこと。俺は魔力量で押し切れるけど、お前は頑張って地道に努力しろって話だよ、猿。理解できた?」
「だからっ!猿っていうな!」
この期に及んで!
思わず食ってかかると、アンブロジオは「いやあ、猿には難しいもんな」とまた性懲りもなく悪態をついてきた。こいつに構っていても仕方ない。
私は怒りの矛を納めて、ユルゲンス先生の方へ向きなおした。
(……わざと喧嘩を売ってきた?)
魔力量のこと。
多分、アンブロジオにとって聞かれたくないことなんだろう。追求しようとも思ったけれど、知った所で私には関係ない。
「喧嘩は程々にな。仲裁はしないから、時間が勿体無いと思えるならやめるように」
いつも面倒臭そうなユルゲンス先生の表情だけど、今の表情は本当に心底そう思っていそうな表情だったので、少し居心地が悪く感じた。
「今回の合宿では、俺の魔法属性に合わせて魔力練成の訓練を行う。まずは土魔法から」
基本として、ライリィの花を咲かせるように、とユルゲンス先生は指示した。
ライリィはトランディアの国花であり、魔女王が生まれたとされる花だ。先生によると、ライリィの花は綺麗に花弁を揃えて咲かせるのが難しいらしく、初心者向けなのだそうだ。
(土魔法……あんまり使ってこなかったんだよなあ……)
土魔法で育てた野菜や果物、薬草類は成長サイクルが早いから、味は良くなく効能もない。
戦闘では足場を変えたりトラップを作るのがセオリーらしい。
アンブロジオに喧嘩を売られて時間を無駄にしたくなかった私は、奴から距離をとって、しゃがみ込んで地面に手をかざす。
「『実りを運ぶ子らよ、ライリィの花を咲かせたまえ、我が吐息を捧げよう』」
ふぅ、と細く息を吐く。
すると青々とした葉が地面からにょきにょきと生え、双葉となり、天に向かって大きくなる。
意外にいい感じかもしれない。
……なんて調子に乗っていたら、ライリィは蕾になった瞬間、花托からぼとりと、まるで首がもげたように地面に落ちたのだった。
……失敗だ。
(……あいつは?)
あいつだって苦戦しているはずだ。
ちらりと肩越しに視線をやり、私はその光景に唖然とした。
「何あれ……!お花畑でも作る気……!?」
ぽんぽんぽん。
まるで朝飯前かのように、ライリィの花を何本も咲かせていたのだ。
白にピンク、黄色に紫。色とりどりの花畑が広がっていた。
女子生徒の「さすがオーウェン様ですわ〜!」の黄色い声が沸く。
アンブロジオはいつものようにニコリと彼女たちに微笑むと、花を手折り、「君には黄色が良く似合うね」と言いながら花をプレゼントしていた。
口をあんぐりと開けていた私に気づいたのか、アンブロジオは地面に転がる私のライリィの蕾を見て、意地の悪くにやりと笑った。
『ヘタクソ』
口パクで、確かに、そう言った。
「この二重人格女好きめ……!」
あまりの悔しさに、私はユルゲンス先生のもとへ走って腕を掴んだ。驚いて私を見下ろす先生に、叫ぶような声で頼んだ。
「あの女ったらしの頭の上に花を咲かせるやり方を教えてください!!!!!!」
♢
苔が生い茂る森の道。
生徒たちが列を作って歩いていく。昼食を食べたとは言え、休憩も程々に、日が沈まない内にとメニュエル先生が先導し、導きの森の案内が始まった。
苔で足が滑らないように注意しながらも、私は隣を歩くロレンティアと話をしていた。
「そうね、先生の言う通り。人の頭に花を咲かせる木属性の魔法なんて無いわ」
隣を歩くロレンティアは、窘めるように私に言った。
ロレンティアのいう通りで、あの後ユルゲンス先生にも「そんな魔法はないし、人の頭じゃなくて地面から花を咲かせることを考えなさい」と怒られてしまったのだった。
当然である。
「じゃあ、いつか開発して、アンブロジオの頭に花を咲かせてやる」
絶対に、あの飄々としていけ好かない顔に阿保面をさせてやるんだ。
ロレンティアは呆れたようにため息を吐いた。
「そうね、いつか魔法を開発できるくらいの魔女になれるといいわね」
「なるよ!……って、うわ!」
「きゃっ!」
突然、足元にくすぐったいものが駆け抜けていった。
慌てて、視線をおろすと、白くて丸い毛玉の大群が通り抜けていったのだ。
私とロレンティアは突然のことに驚いて、互いに抱きついていた。木々の間を縫うように毛玉達は駆けていき、次第に森の陰へと消えていってしまった。
あっという間の出来事に呆然としていると、メニュエル先生が朗らかに笑った。
「可愛いでしょ?あれはワシュクル。見ての通りうさぎに似た妖精で、足元を駆け抜けて気を引くのよ。大人が引っかかることは無いんだけれど、子どもなんかはついていっちゃうのよねぇ。大昔には、子どもが追いかけてしまって行方不明、見つかった時には妖精の悪戯で変な夢を見させられちゃって、現実社会に戻るのに時間がかかった事件があったの」
メニュエル先生は説明を終えると、前へと進み出した。
私とロレンティアは顔を見合わせた。
互いに驚いて抱き付きあってしまったことが何だかおかしくて、クスクスと笑い、手を繋いで先生の後に続いた。
森の中は奥に進むほど、鬱蒼としていた。
奥に進むにつれて、学年ごとに入れる場所に制限があるらしい。
メニュエル先生によると、最深部には極小の瘴気孔があり、奥に近いほど厄介な魔獣まで出てくるそうだ。
『一年生はここまで』という看板が立てかけられた場所で、先生は立ち止まった。看板を指差し、それまで朗らかな印象が多かった彼女は打って変わって厳しい表情になった。
「ここから先は二年生になったら。この先には今まで見てきた妖精や薬草よりも厄介なものが増えてくる。特にここは森だからね。何かあったら、どんなに優秀な先生でも見つけるまでに時間がかかるわ。白骨死体で見つかりたくなければ、ルールを守ること」
いいわね?とメニュエル先生は語気を強めて、生徒一人一人に念を押すように言い放った。白骨死体というワードに驚いて怯む生徒がいる一方で、ふざけた奴はどこにでもいるらしい。
カロンは手を挙げた。
「厄介って例えばどんなのですかー?」
ニヤニヤしている。
大方、何か悪巧みに使おうと考えているのだろう。
メニュエル先生は全くと言いたげな様子で額に手をやり、「まず、私はあなたの発言を許していないのですが?ウェッダーバン」と呆れながら首を横に振った。私はたまたま彼女の近くにいたので、「ユルゲンス先生はどうやって指導しているのかしら、もしかして私って舐められやすいのかな」という小さなぼやきを拾ってしまった。
何だか苦労をされているらしい。
「そうね、ここから先は軽い毒を持っていたり、または意思のある植物、人を惑わす妖精もいるわ。彼らは悪戯好きだけれど、そこに人間性はない。しっかりと取引をすれば約束を果たしてくれることもあるけど……今のあなたたちでは無理ね」
メニュエル先生はさらに続けた。
「過去に恋愛関係で、妖精に仲を取り持ってもらえるよう取引を持ちかけた人もいたけれど、妖精が惚れ薬を盛ってしまって事件になったこともあるわ」
そんな中、生徒達の中から小さな手が挙がった。
エマだった。
「はい、えーっと……あなたは……エマ・オブライアンね」
「その人はどうなったんですか?」
「そうね……結局、惚れ薬によってその人は相手への恋心に気づいてハッピーエンドだったけど……それはたまたま運が良かっただけね。それに薬を盛るなんてとんでもない話だわ。とにかく、階位も未だ取れていない君たちじゃどうこうできる相手じゃないし、妖精によっては命も落としかねないわ。決して入らないように」
恋のおまじないのように軽率なものではないと、言葉の裏ではそういう意味も含まれているのだろう。メニュエル先生はエマ嬢の目をしっかりと捉えてそう答えた。
メニュエル先生は「さ、戻りましょ」と踵を返した。
それに続いて、先生の後を追うように振り返った瞬間、エマ嬢の顔がちらりと見えた。
「……どうしたの?」
何か考え込んでいる様子だったので、思わず声を掛けてしまった。
彼女は私の声に驚き、顔をあげた。
「な、何でもありませんわ!」
そのままぷりぷりした様子で先へ行ってしまったのだった。




