05. 基礎修練合宿(一日目)
三日間の基礎修練合宿が始まった。
基礎修練合宿とは、広大な学園の敷地内にある導きの森を中心に行われる。
ちなみに、どれだけ学園が広いかと言うと、学生向けの小さな町や先生達が暮らす住宅地もあるそうで、その広さは小国並みなのだそうだ。
前日までの嘘のような豪雨が、朝起きると見事に止み、雲一つない晴天が広がっていた。
学園内は魔導列車や馬車もあるらしいが、生徒達は先生の先導のもと、徒歩で合宿場まで向かう。
「だぁかぁらっ!その猿っていうのやめて!」
ユルゲンス先生の指示のもと、成績順で列を作り歩いているので、必然的に私の隣にはオーウェン・アンブロジオが歩くことになった。
喧嘩の発端は、アンブロジオが性懲りもなく私を猿だの何だの呼んでからかい始めたからだ。
「移動教室で窓から木に飛び乗るやつを一般的には猿っていうんだよ」
「それはあんたの一般的でしょ!」
「違う。この国での一般的。ひとつ勉強になったな?さーる」
「また猿って……!この猫被り!」
道中、当然のように私とアンブロジオは口喧嘩をしていた。先導していたユルゲンス先生から「うるさいのはお前らだ」という声が飛んできたので、仕方なく黙った。
(それにしても……)
後ろを振り向く。
(結構、距離があるな……)
もう歩き始めて大分経つ。
終わりの見えない道のりに、後ろから「もう疲れた……」「無理……」と女子生徒達が声をあげ、徐々に列が崩れてきた。
「……」
隣の男は後ろをしばらく眺めると、静かに列から外れて彼女たちの横に並び、いつもの猫被りで声をかけると、当たり前みたいに荷物を持ち上げた。
(……意外)
軟派な奴だが、口だけではないらしい。
(しかも何か増えた)
それに倣って、体力のある貴族の生徒達は辛そうな生徒に声を掛け、荷物を持ち始めた。
アンブロジオを切っ掛けに、あちこちで同じことが起きていた。
その様子を眺めていると、背後から声をかけられた。
「意外?」
「わっ」
心の声を読まれたのかと思い、私は思わず飛びのいた。
ひょこっと顔を覗かせたのは、初日に出会った美少女……ではなく、美少年だ。
「えっと……」
私が何て呼べば良いのか戸惑っていると、艶のある銀髪を揺らし、その容姿とは裏腹な人懐っこそうな笑顔を私に向けた。
「ジルベルトだよ、ジルって呼んでね!」
長い銀色のまつ毛に縁どられた銀色の瞳。
肌は白いけれど、病弱さは一切なく、むしろ溌剌とした印象がある。
「いいよ!私はアルクセイって呼んで!」
この学園に入学して、笑顔を向けてくれた数少ない一人に、私は笑顔で手を差し出す。ジルは少し驚いたような表情を浮かべたけれど、またすぐに笑って握手をしてくれた。
ジルベルト・トランディア。
この国の王様の十二人いる子どもの、上から七番目。
彼ら王族は人の祖である三王の一人、始祖王の子孫だ。
神話によると、始祖王は男性でもあり女性でもあった存在とされている。
王族ってもっと融通が利かないイメージがあったけれど、ジルは初めから私の話を聞いてくれた人物だ。
「今日は男の子なんだ?」
「うん、そういう気分だったから」
王族の中でも、ジルベルトはその始祖王の血を色濃く受け継いでいて、その日ごとに自由に男性と女性を切り替えることができる特別な体質なのだと、以前寝る前にロレンティアが教えてくれた。
初めて会った時は綺麗に髪を編み込んでいたけれど、今日は長い髪をシンプルに三つ編みに束ねて背中へ流している。
「くっそ、オーウェン……面倒なことしやがって……」
視線を向けると、橙色の髪をした男子生徒が大きな荷物をいくつか背負い、先頭にいるアンブロジオを睨みつけていた。彼はカロン・ウェッダーバンだ。クラスではいつも明るく、騒がしく、悪い意味で人目を引いている。
その隣で、カロンの双子の弟のキランが同じようにつらそうに荷物を背負い歩いていた。時折、ため息も漏れている。
キランはカロンより大人しいけれど、悪気なく呆けたことをする。
「俺らも誰かの荷物を持ってあげるほど、余裕はないんだけどさぁ」
苦笑いをしながら、キランは顎を上げて先頭にいるオーウェンを眺めていた。
注意を向けると、前の方から相変わらずの女ったらしで、「オーウェン様、ありがとうございます」なんて女の子の声が聞こえてきた。
「別に無理して持つことないじゃん」
双子の愚痴に思わず反応したら、カロンが呆れた顔をした。
「貴族社会ってのはそうも言ってらんねぇんだよ」
普段バカ騒ぎをしている奴にこういう顔をされるのは、ちょっとプライドが傷つく。
「いいか、オーウェンは公爵家。このクラスでは貴族として一番格上。そんな奴が率先して女子の生徒の荷物を持ってみろ。下の俺たちはどうなると思う?」
「さぁ」
カロンが大げさに手を広げ、肩をすくめる。
「ドラスニール族はわかってねぇなぁ!」
思わずムッとする。
この学園では身分差なんて関係ないはずだ。
顔を歪める私に、キランが笑った。
「まずね、親に怒られる。アンブロジオ家の子がやってるのに、お前らは何をやってたのって!」
「え、それ、親から連絡来るの?」
「来る。情報ってのははえーんだ、特に女子ってのはすぐに手紙に書くからな。んで、あとから面倒になる」
カロンのその言葉は、まるで経験があるような言いぐさだった。
「それを、えーと……なんて言えばいいかな」
キランが言葉を探すように空を見上げている。その横で、ジルがくすくすと笑った。
「上のやつがやると、サボれないよね」
「そう、それ!」
スッキリした様子のキラン。
ジルは横目でキランを見ていた。
「王城にいる時も、君らよく怒られてたもんね」
「王城?」
ジルは王子様だから分かるけれど、どうして双子が?
貴族と言えど、簡単に王城に入れるものではないことは、流石の私も知っている。
「ああ、カロンとキランは僕の話し相手なんだよ」
そう言えば先日、ロレンティアがアンブロジオとは話し相手だと言っていたような気がする。あの時は深く聞かなかった。
「話し相手っていうのはね、王族と同じ年ごろの子で選ばれる、一緒に育つ子のことなんだ」
「それってつまり、幼馴染ってこと?」
「そう。オーウェンやロレンティアも僕の話し相手だよ」
言われてみれば、確かに五人が話す姿をクラスでもよく見かけていた。ロレンティアがジルやアンブロジオのことに詳しいのも、納得がいく。
視線をあげると、先ほどのアンブロジオの行動が発端となった助け合いは、後続のクラスにまで広がっていった。
そうなると双子たちものんびりしていられなくなったのか、「やば!」と慌てながらその中に戻っていった。
こう見ると、余裕のある貴族の男の子は階級に捉われず率先して辛そうな子に手を差し伸べ、女の子は貴族の誇りなのか、根をあげることなく歩みを進める子が多かった。
(ふぅん……)
貴族ってお高いだけじゃないのかもしれない。
アンブロジオでさえ、ああやって動いているのだから。
(……でも私には誰も『持ってあげようか?』って声を掛けて来ないな)
まぁ、流浪の民だし、荷物を持っての長距離は慣れてるから余裕だけど。




