04. 女子寮の一室
「で?そこでユルゲンス先生が来て喧嘩は中断になったの?」
一日の終わり、女子寮の一室。
部屋には私の他に四人の女の子がいた。
その内の一人、ベッドの上で胡座をかいてケラケラと楽しそうに美少女は笑った。
砂金のような色の髪が綺麗なソナ・ドナは同じ寮室の一人であり、ロレンティアと同じく、入学してすぐに仲良くなった一人だ。
ソナのお母さんは王都の劇場で有名な人気女優らしく、ソナはパッと目を引く美少女だ。
けれど、それを鼻にかけることはなく、カラッとした気持ちの良い女の子だ。
「……授業前だったからね。あ〜!今思い出しても腹立つ!」
こうやって、毎晩寝る前にみんなで今日の話を報告し合うのが、すでに日課になっている。
話題は私の番になっていた。
「でも、暴力はダメよ」
ため息混じりに話すのはロレンティア・トルドー。
豊かな栗毛の長い髪を梳かす姿は大人っぽい。
伯爵家の令嬢で、花が好きな彼女は自身の花魔法を使って毎日違う花を髪に差している。
ロレンティアは同じクラスで、ドラスニール族の私を怖がる生徒が多い中、偏見なく接してくれる存在だ。
『怖がる前に、まずはあなたと話してみたいの』
クラスで居心地悪く過ごしていた私に初めて声を掛けてくれた存在だ。
彼女が同室だと知ったときはとても嬉しかった。
「あいつだって殴ってくることあるし」
——喧嘩の切っ掛けは些細なことだった。
そこからお互いにヒートアップし、私があいつの後頭部を引っ叩き、向こうも水魔法で私をびしょ濡れにしたのだ。
私は戦闘民族だから、本気でやったら骨を折ってしまいかねないので手加減をしてやったが、事もあろうにあいつは本気でかましてきた。
なーにが貴族の三男だ。
物語に出てくる魔王の三男の間違いじゃないだろうか。
「それにしても、頭を叩いたの?相手は公爵家でしょ?」
ソナとは対照的に、メーベル・ポネが苦笑気味に口を開いた。
赤銅色の半乾きの短い髪が頬に張り付いていた。メーベルはこの寮室で一番細身で、姿勢が良く、まるで糸で吊られているかのように真っ直ぐな姿は目を引く。つまり美人である。
「この学校では身分は関係無いんだから、問題なんてないよ」
「それでも、卒業後は違うんだから、多少は遠慮しといた方がいいんじゃない?」
「卒業後は一族に帰るもん」
「帰るもん、て。卒業後まで六年もあるんだから分からないでしょ」
「いーや、帰る」
「ふん」と鼻を鳴らして、私はわざとらしく顔を背けた。
そもそも私は、あっちこっちを移動して暮らす遊牧民。
私の魂が、定住なんてとんでもない!
飛び出せ!走り回れ!
馬に乗って野を駆けろ!と、ここに来てからもうずっと叫んでいるのだ。
そんな私の様子にメーベルは、こりゃダメだと言わんばかりに、他の友人たちに目配せしながら肩をすくめた。
「……でも、どうしてそんなにアルクセイに喧嘩を売るのかな」
それまで黙っていたオルヴァッキ・コルホネンがぽつりと呟いた。
彼女は一番寒いとされる北の国ノールドランドからの留学生だ。私と似たような小柄な体型だけれど、私とは違い、銀糸のような色の長く波打った髪が特徴の、大人しく小動物のような可愛い女の子だ。普段から口数も少ないけれど、芯がありしっかりしている。
オルヴァッキは安心するのか、部屋にいる時はよく大判の枕をぎゅっと抱きしめていて、その姿はとても可愛らしい。
彼女のふとした言葉に、みんな一度、しぃんと静かになり、自然と視線は私へと向かった。
突然の居心地の悪さを感じる。
「……何度も言ってるけど、本当に私は何もしていないよ?」
いくら野蛮な一族と揶揄されようが、私にだって理性がある。
誰彼構わず喧嘩を売るような真似はしない。口を尖らせていると、ロレンティアが頬に手を当て、大きめのため息を吐いた。
「オーウェンとは、ジルベルト殿下の話し相手として、今よりもっと子どもの頃から知っているわ。けれど、彼が女の子にあんな態度をするなんて初めてよ。……あれでも我慢強い方なのよ?同じ話し相手のカロンとキランが悪ふざけをしても、殿下の無茶振りにも、面倒臭そうな顔をするだけだもの」
「意外に苦労人じゃん」
揶揄うように言ったソナの言葉に、ロレンティアは困ったように頷いた。
「だから、アルクセイがオーウェンに悪い印象を無意識に与えていたとしても、彼があそこまでするなんて、信じられないのよね……」
ロレンティアの語るアンブロジオ像は、私からしたら信じられないものだった。何それ、どこのアンブロジオ?と私が眉間に皺を寄せていると、ソナが何かを思い付いたかのように目を輝かせた。
「アレじゃない?よく男の子って好きな子には意地悪するって言うじゃん?」
「は……?」
何を言い出すんだと私は楽しそうなソナを見つめた。
「つまり、アンブロジオはアルクセイが好きと」
メーベルが淡々とした口調でソナに言い放った。
ソナは「それそれ!」と嬉しそうにメーベルのベッドに座った。
「さすがメーベル、そういうこと!イエーイ!」
「はいはい、イエーイ」
パン!とハイタッチする二人を目の前に、私は背筋を震わせた。
何だそのおぞましい話は!
「ない!ないない!ありえない!!」
両手を突き出して、必死に首を横に振った。
考えただけでゾッとする!
「男と女が揃えば何が起こるか分からないってママはよく言ってたよ?」
ソナの言葉に、オルヴァッキが、白い肌を僅かに赤く染めて小さく「……わぁ」と呟いた。三人がありえない方向へ考えが向かっているので、私は慌てて立ち上がった。
「絶対にない!仮にそうだとしても、普通、魔法で相手に水を被らせる?すれ違い様に足を引っ掛けて転ぶのか試す?飲んでるコップの水を魔法でこっそりお湯に変えて、慌てる私を見て笑う!!??」
もちろん、やられっぱなしという訳ではなく、私もやり返してはいる。
足を引っ掛けられたらすぐに体勢を整えて後ろ蹴りをしたし、コップの水が熱かった時はお返しにアンブロジオの飲んでいた水に雷魔法をこっそり仕込んで痺れさせた。
だけど、アンブロジオは私に喧嘩を売ることをやめないのだ。
「まあ……下手したら怪我をするような内容よね。それに、好きな子に意地悪っていう年齢でもないし、そういう性格でもないもの」
「そうだよねっ、ロレンティア!」
こっちも負けずにイエーイ!と、ロレンティアにタッチを求めると、ロレンティアは苦笑いをしながら両手を出してタッチをしてくれた。ソナは納得できない様子で「えー」と口を尖らせる。
一連のやり取りに決着がつかないのを見て、オルヴァッキがクスクスと小さく笑って口を開いた。
「そういえば、アルクセイとロレンティアのクラスでは基礎修練合宿の話はされた?」
「ええ、朝会の時にユルゲンス先生が話していたわ」
「来週だよね?普通クラスと合同だから、三人も一緒でしょ?楽しみ!」
基礎修練合宿は一年生合同の合宿らしく、トランディア魔法学園の広大な敷地の一角で行われるそうだ。
各生徒に合わせて魔法基礎修練を行うのはもちろんのこと、生徒同士の親睦も兼ねているらしい。
野営に慣れている私には楽しみなイベントなのだけれど、伯爵令嬢であるロレンティアや他の貴族の子ども達には、そういう経験がないから不安が多いみたいだ。
オルヴァッキは小首を傾げて「星空の下で寝るんでしょ?楽しみだよね」とニコニコと笑った。
「ねぇ、でも不安だわ。夜は先生達がいるとはいえ、近くの森には魔獣もいるんでしょう?」
寝ている時に天幕にやってきたら怖いわ、とロレンティアが不安そうに呟いた。
そんなの返り討ちにしちゃえばいいのに。
そう思ったけれど、ロレンティアが魔獣を返り討ちにするイメージができない。
きっとまた「これだからドラスニール族は」と言われてしまうのが目に見えたので、私は静かに口を真一文字に結んだ。
「確か森の中に極小瘴気孔があるんだっけ?出たとしても低ランクの魔獣だし、先生達が対処するだろうから、大丈夫なんじゃない?」
ロレンティアの不安を拭うように、メーベルは明るい調子で答えた。
「極小瘴気孔って……何だっけ?聖女がどうのこうの〜って話だったよね?」
「むむむ」と唸りながら腕を組み、一生懸命考え始めるソナに、メーベルはつい口元を緩めた。
「聖女信仰ね。神代の時代に聖霊王が巨大瘴気孔を治める為に、聖国ニルスを建国して、世界各地にある小規模瘴気孔を聖霊王に代わって娘が治め、その功績を讃えたから聖女と呼ばれるようになった。……神話学でやったわよね?」
「私、聖女とかあんまり興味なくてさあ〜!」
へへへと肩を竦めて笑うソナの無邪気な反応に私たちは笑った。
「で、思い出してきたんだけど、その各地にある瘴気孔は今では神殿が管理しているんだよね。動物が瘴気を受けると変質して魔獣になるから、学校では訓練と研究目的で定期的に神官が来て安心安全に管理してますとか何とか!言ってたよね!」
「概ねはそう」
「私、神話学が一番苦手〜!」
ソナはベッドの上に背中から大の字になって沈み、「難しすぎるのよ!」とぼやいた。
魔法は神様の子どもたちである精霊に乞い願うことで行使できるものなので、神話の理解が乏しいと精霊が言うことを聞いてくれないのだ。それ故に一流の魔法使いや魔女は神話研究を怠らないらしい。魔法使いは研究者でなくてはならない、とユルゲンス先生が言っていた。
「きっと大丈夫だよ、ロレンティア」
オルヴァッキがふわりと笑う。
「だってアルクセイがいたら魔獣なんてやっつけちゃうでしょ?」
それは確かな信頼だった。迷いなく向けられた言葉に、身体がこそばゆくなった。
「ま、まあ……」
一族最弱だったからこそ、こんな風に頼られた経験がない私は、どう反応したら良いか分からなくて、ついモジモジしてしまった。でも悪い気はしない。




