03. クィーンクェア
何とも悲しいことに、昨日の誓いはすぐに崩れ落ちた。
(どうして……!)
窓の外で、鳥が飛んでいるのを眺めながら、私は顔を歪ませていた。別に飛んでる鳥が私に向かって腹立つ顔をした……とかいう訳ではない。
隣にいる人物の顔を見たくないからだ。
「おはよう、二位さん」
「ア・ル・ク・セ・イ!名前も覚えられないの!?」
どういうわけか、昨日全力で関わらないと決めた相手が隣の席に座っているのだ。成績順らしく、そうなると必然的に隣同士ということになる。
もし神様の悪戯だと言うのであれば、どの神様なのか、ぜひ伺いたい。
殴ってやる。首を洗って待ってろ。
「そういうお前は俺の名前、覚えてんの?」
「オーウェン・アンブロジオでしょ!あんたと違って記憶力は良いの!」
「へぇ、なら良かった」
何が良かった、だ!
思わず、食ってかかりそうになったが、それはこいつの思う壺になる。
噛みつきたい気持ちを抑えていると、数人の女子生徒がアンブロジオの周りに集まった。
「ちょっと!オーウェン様に気軽に話しかけないで!」
二人の間を遮るように女子生徒たちが私の前に並び立った。
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な返事が出てしまった。
「オーウェン様は公爵家の方よ。礼儀をもって接しなさい」
艶の良い髪に、傷のなさそうなスベスベの肌、頭のてっぺんからつま先まで気を使っていそうなご令嬢が目の前でふんぞり返っていた。
私と同じ制服を着ているのに様になっている。
そんな顔しなくても、笑ったらきっと可愛いのに。
(……そもそも私、この国の人じゃないんだけどなあ)
一応、留学生という枠にいる私が、彼ら貴族に対して友人以上の礼儀を持って接する義理はない。
どうしようかなぁ、揉めたくないし、何て答えようかと悩んでいると、とんでもなく優しい声色が聞こえた。
「気を遣ってくれてありがとう」
女子生徒たちはアンブロジオに振り向いた。
「でも、この学校の規則によると生徒は皆、身分に関係なく平等だったはずだよ。私はみんなともっと気さくに学校生活を送れるのを楽しみにしてきたんだけどな」
「オーウェン様……!何てお優しいの……!!」
(……いや、誰だよ、こいつ!)
あまりの別人ぶりに口を開けてわなわなと震える。
先程までの私に対する態度とは打って変わって、公爵家と言われたら確かに納得できてしまうような笑顔と言葉遣いで、令嬢達に優しく微笑みかけていた。
目の前のアンブロジオと取り巻きの女の子たちに割って入って、口を出したい気持ちもあったけれど、目の前で繰り広げられる女たらしとそれにメロメロな女の子たちの様子を見ていると、もはや関わりたくないという気持ちが勝ってしまい、軽く嘆息をして椅子に座り直して前を向いた。
「君、オーウェンと何があったの?」
――不意に頭上から声を掛けられた。
先程の女子生徒たちの息を呑む声が聞こえ、何事かと顔をあげると、長い銀色の髪を流し、扇状の睫毛に縁取られた形の良い双眸、綺麗な銀色の瞳をした女子生徒が小首を傾げてそこにいた。
(こんな綺麗な女の子を見たことない)
隣に座る女たらしも顔は良いけれど、彼女もまた驚く程に綺麗だった。
暫く見蕩れた後、隣にいた先程の令嬢の声でハッと我に返った。
「ジルベルト様!」
ジルベルト?女の子なのに?
と思ったけれど、私の名前も一族では伝統的な名前だけど、外にでれば男の人によく付けられる名前だ。人のことは言えない。
やっと話ができそうな人物に、私は視線をしばらく向けたあと、元凶の男に視線をやった。
「……何かあったも何も、別に何もしてない。こいつが昨日の順位表を見ていた私に、二位だの何だのって喧嘩を売ってきたの」
自分でも驚くほど、ぶっきらぼうな言い方だった。説明しようと思い出したら腹が立ってしまったのだ。
隣にいたエマは「注意したそばから!」とぷりぷりと怒った。
「……それだけ?」
「それだけ」
ジルベルトと呼ばれた美少女はえぇ……と指で顎に触れながら、何かを考えている様子をしてから、アンブロジオに視線を送った。
「君、いつも女の子には病的な位に優しいのに。一体どうしたの?」
隣の男は眉間に皺を寄せて私を見た。
「は?お前、女の子だったの?」
「っ~~~!!!あんた、目でも腐ってんの!?」
今初めて気付いたと言わんばかりの態度に思わず立ち上がった。
そりゃあ、そこにいる令嬢達みたいに上から下まで整える位の美意識は持っていない。
それでも、生まれてこの方、一度も男の子に間違われたことはない。
何より学校の制服だって女子生徒のものを着ている。
(こいつ……!殴ってやろうか!)
そう思って拳を握った時、教室の扉がガラリと開いた。
その音に視線を向けると、四十代ほどの無精髭を携えた気だるそうな男性が入ってきて、席に着くように、と指示をしながら教壇に立った。
握りしめていた拳を仕方なく緩めて、渋々ながら席に座ると、ジルベルトも「じゃあまたね」と小さく手を振って席に戻った。何だかとてもきらきらした子だったなあ。
他の女子生徒も同様に去っていき、残ったアンブロジオを睨みつけ、私はふんっと前を向いた。
「今日から六年間、おまえらの担任になるテオ・ユルゲンスだ」
ユルゲンスと名乗った先生は、気だるげに話し出した。
「俺は平民の出身だが、この学園においては関係ない。
貴族だからと特別扱いはしないし、平民だからと言って同族意識も持たない。あくまで俺は教師であり、お前らは生徒だ。
苦情があれば学園長にでもどこにでも言えばいいが、これは学校の規則だ。
規則に従えないのであれば、退校を促されるだけだから諦めるように」
先生だってこう言っているのだから、やっぱり私の態度は決して間違ったものじゃないじゃないか。
ユルゲンスは異論はないか、生徒一人一人の表情を確認するように、ぐるりと教室を見渡した。
誰も声をあげない。
いや、あげられない。
この先生、だるそうに見えるけれど、何というか圧が凄い。
たかだか十二歳の子どもが歯向かっていい相手じゃないのがわかる。
「こちらからの挨拶は以上。次はお前達に一人ずつ前に出てきてもらい、自己紹介……名前と……卒業後の目標でいいか。時間がかかっても仕方ないしな。んで、この杖を振ってもらう」
そう言って懐から取り出したのは一本の硬そうな木材で出来た杖だった。
「ああ、ちなみに一人五回だ。理由は……まあ、見た方が早いか」
ユルゲンス先生は片手に持つ黒い革表紙を開いた。恐らく出席簿だろう。少し目を細め、眉間に皺を寄せた。
「成績順な。あ〜……オーウェン・アンブロジオ」
「はい」
隣の男は立ち上がると前へと出た。
「オーウェン・アンブロジオです。卒業後は魔法騎士団に入団するのが目標です。どうぞよろしく」
教壇の前に立ったアンブロジオは、自己紹介の最後ににっこりと笑うと再び黄色い歓声が上がった。
すっごい二重人格。鼻で笑ってしまった。
ここまで態度が違うと、もはや笑えてしまう。
隣に立つユルゲンス先生は女子生徒の歓声に一切反応することもなく、まるで作業のようにアンブロジオに杖を渡した。アンブロジオは、ふぅんと杖を上から下まで眺めた後、まず一回、軽く杖を振った。
すると、杖の先から赤い炎が螺旋を描いて出てきたと思うと、それは勢いと強さを増して大きな炎の渦を作り出した。
突然の出来事に悲鳴をあげる生徒や、腕で身体を隠す生徒もいた。
私も例に漏れず予想外のことに驚いたが、その違和感にすぐに気がついた。
これだけの炎なのに、全然熱くない。室内の温度も全く変わっていない。
「安心しろ、幻だ」
ユルゲンス先生が少し声を張り上げて言うと、まだ気づいていない生徒も落ち着きを取り戻したようで、静かになった。
「この杖は使用者の属性を判定する魔導具だ。
お前らも知っているだろうが、大体の人間は五大属性の内のどれか一つか二つは必ず適正を持って産まれてくる」
魔法の基本だ。
五属性は火、水、土、雷、風の五つで、大抵の人間はどれかひとつに適正がある。
(私は何が一番得意なんだろ)
何でも一通り使えているような気がするけど、何が得意だとかは感じたことはない。
「生まれながら特定の神に気に入られていたり縁があると、それ以外の属性を持っていることもある。
今回、杖を五回振るのは、過去最大で五属性全てを持った人間……クィーンクェアがいたからだ。
……そういうわけだ、中断して悪かったなアンブロジオ。続けてくれ」
「はい、先生」
アンブロジオは相変わらず笑顔を崩さずユルゲンス先生に返事をすると、再び杖を振った。
二回目は水が教室中に溢れかえった。
三回目は風が吹き荒れ、四回目は植物の蔦が壁を覆い、五回目は雷が教室中に落ちた。
その光景は凄まじいもので、クラスの中は驚きの声で騒がしい中、ユルゲンス先生は何ともない顔で出席簿にペンを走らせた。
「……早々にクィーンクェアが出たな。ま、お前の場合は当然か」
「光栄です」
「さすがオーウェン様ですわ!」
先程のエマと呼ばれた女の子や、他の女の子たちがこぞって拍手と黄色い歓声をあげ、その中をアンブロジオは手のひらをひらひらと振り返し、私の隣にある席へと戻った。
「次、お前の番」
「うっさい。話し掛けないで」
先生に咎められないよう、小声で言い返した。
「次、アルクセイ」
ユルゲンス先生に呼ばれて立ち上がる。
人前に立つことは初めてで、緊張したがヘマをしたら隣の席に馬鹿にされる未来が見えたので、少し息を吸いこんでから気を引き締めて教壇に進んだ。
「ドラスニール族のアルクセイです」
そう名乗るや否や、クラスの中がざわめいた。さっきとは違う、不穏な雰囲気だった。
「ドラスニール族って、あの……?」
「戦闘民族でしょ?どの国にも属さないって話じゃなかったか……?」
(……あれ、ミスった?うちの一族ってそんなに評判悪いの?)
急に居心地が悪くなるのを感じた。
ずっと一族の中にいたし、父さんに連れられて外の人と話す時はここまでの反応をされた経験はなかった。
……でも思い返せば、その外の人というのも、その国の外交官だったりギルドマスターだったり、一般人でも同い年の子どもでもなかった。
「静かに、無駄口を叩くな」
ユルゲンス先生が名簿で教壇を叩くと、波を打ったように教室内は静かになった。
私もユルゲンス先生の圧に驚き、少し身体が硬くなったのを感じたけれど、おかげで弱気になった気持ちがどこかへ行き、シャキッとして背筋が伸びた。
「目標」
ジト目でこっちを見るユルゲンス先生。
さっさとしろとでも言わんばかりの目だった。
「も、目標は立派な魔女になって一族に戻ることです」
今のところ、それくらいしか目標なんてない。
だって、ずっと一族の中で生きて行くんだと思っていたから。
言い終わると、ユルゲンス先生は先程までアンブロジオが振っていた杖を差し出し、慌ててそれを受け取った。持った感じはただの木の棒。ただ、沢山の人が握ったからかつるつるとしてささくれもない。これで属性が分かるなんて。
おずおずと杖を振った。
すると杖の先から火花が舞い、教室中に火の粉が舞いちった。
(ていうことは……火?)
とは言え、あと四回。
二回目は稲妻が教室に落ち、
三回目には床に水面が現れ海のように波打った。
(……あれ?)
この辺りでおかしいと感じ始めた。
通常であれば多くて二つ。ユルゲンス先生はそう言っていた。助けを求めるようにユルゲンス先生を見上げると、先生は早く触れと言わんばかりに顎で示した。
四回目は野原が生まれ、
五回目は目の前でそよ風が吹いた。
その光景に教室が再度、どよめいた。
「……クィーンクェアだな」
「……………えっ!?」
ユルゲンス先生はさらさらと名簿にペンを走らせ、怪訝そうな顔で私を見た。
「……お前、今まで気付かなかったのか?」
「気付かなかったっていうか、あの、確かに五属性は昔から使えたんですけど、……適正ってどれかひとつが凄く得意ってことなんだろうと思っていて……」
自分がすごく勘違いをしていたことに気がついて、ユルゲンス先生にだけ聞こえるように声を小さく絞った。
「その、みんな使えるものじゃないんですか……?」
今までずっと五属性の魔法は誰でも使えるものであって、適正というのは魔法の本にもあまりにも初歩的なことだからか、どの本にもその辺りについて詳しく書かれているものはなかった気がする。
その質問にユルゲンスは眉間に皺を寄せた後に、後頭部をがしがしとかいた。
「あー……そうか、お前の出自だと知識も偏るのか。
いいか、普通は適正がある属性以外は使えないもんなんだよ」
「はぁ……」
「クィーンクェア、確かに珍しいが特別じゃない。むしろ器用貧乏になりやすいデメリットの方が大きい。……人一倍励みなさい」
ユルゲンス先生のその言葉は『珍しいからって勘違いしないように、これから励みなさい』……そんな意味で言ったのかもしれないけれど、今の私にそんなことは関係なかった。
適正について、このことはテストに問題として出ていたのだ。
どこから勘違いしていたのか。
ずっと間違った知識のままいたことが恥ずかしくて仕方ない。
思わぬところで自分が二位だった理由が分かり、項垂れた。何てアホなんだ。
フラフラとした足取りで席に戻り、椅子に座った。
てっきり、また隣の席の男が何か言うかと思ったが、アンブロジオは頬杖をついて少し考えている様子だった。どうせまた絡まれる。そう思って身構えていたので目が合ってしまった。
アンブロジオは不機嫌そうに「何」と聞いてきたので、「アホ面してるなと思って」と返すと、アンブロジオは僅かに雷を纏った指先で私を小突いた。
「いたっ!」
思わず立ち上がり「この暴力男!」と叫ぶと、ユルゲンス先生に「そこの二人!うるさい!」と注意をされ、仕方なく渋々座った。




