02. 成績一位の金髪男
——と、いうのが一月前の話だ。
(朝……)
私は周囲を見渡した。
広い部屋、ベッドが自分のを含めて五つ。見慣れない光景。
うなじを掻きながら振り返ると、ベッドボードには金色のプレートに『ドラスニール族 アルクセイ』と私の名前が刻印されていた。
ここはトランディア王国にある世界屈指のトランディア魔法学園。
その女子寮の一室だ。
十二歳になった私は、族長である父さんに連れられて騙し討ちのような形でこの学園に入学させられたのだ。
——回想。
その日はまるで誕生日のようだった。
卓には私の好きな食べ物がたくさん出て、おじさんたちはいつにも増して私を構った。
トランディアに着くやいなや、父さんは「野暮用」と言って私の手を引き、一族から離れた。
連れて行かれたのは深い森の湖に沈むトランディア魔法学園。
——どうやって行ったかは思い出したくない。私はカナヅチなので。
手を引かれるがまま、緑生い茂る校長室に入ると、説明なんて何もなく、透明の硝子でできたかのような林檎を言われるがまま持たされた。
それは私の手のひらで光り輝いた。
『というわけで、今日からお前はこの学園の生徒です』
『はぁ!?』
『魔力があんのにこのままじゃ宝のもち腐れだろ?お前も昔から魔法は興味あったわけだし』
『だからって……!』
『じゃ!六年後の卒業の年に迎えに来るからなぁ〜!』
『ちょっとまってよ!』
部屋の植物がうねうねと動き出し、私と父さんの間を阻むように伸びてくる。気がついた時にはもう遅く、どういう魔法か、室内だと言うのに父さんの姿はどんどん遠くなった。
当の父さんはと言うと、いつもの笑顔でただ手を振り……そして私を置いて行ったのだ。
——回想終わり。
(どこの世界に一人娘を置いていく親がいるの……!)
思い出すとどんどん腹の底がふつふつと沸いてくる。
確かに魔法は好きだ。
でもだからと言って一族から離れるつもりはなかった。
(はー……考えても仕方ない!深呼吸!)
大きく息を吸って、また吐く。
この学園の入学条件は、一定の魔力量が認められれば誰でも入れる。
だけど、その基準が世界のどの魔法学園より高いことで知られており、あの時に持たされた林檎は魔力量を測る魔導具なのだそうだ。
「今日は試験結果の発表日かぁ」
魔力量を測った後に行われた組み分け試験。
今日はその発表日で、そのまま授業が始まる。
ベッドから降りて、一人用のクローゼットから真新しい制服を取ると、それに袖を通した。
「それに今日から同室の子も来る」
広い部屋を見渡す。
父さんたちに置いていかれたので、学園側の配慮で少し早めに住まわせてもらっていた。
ただそれも今日まで。
今日から学園生活が始まる。
(父さんのことはムカつくけど、しっかりやらないと!)
姿見に自分を映す。母さん譲りの黒橡色の髪に、父さんと同じ青い目をした私がそこにいた。髪を手櫛でさっさと整える。
後ろばっか見ているのもつまらない。確かに私は魔法が好きなのだ。
亡くなった母さんも魔女だったと聞いて、密かに憧れていた。
慣れない革靴で床を鳴らし、私は部屋を出た。
部屋を出て、寮のラウンジを通りすぎて校舎に入る。
石造りの校舎はひんやりしていて音がよく響く。
光が綺麗に差し込み始めると、中庭が見え始め、外廊下に差し掛かる。
まだ他の生徒は少ない。
「えぇっと……」
廊下の真ん中で立ち止まる。
壁に張り出された順位表。
この順位で上位に入れば選抜組に、それ以外は基礎組でクラスが分かれる。
成績順ではあるけれど、将来なりたい職業によって適切なクラスがあると教えてもらったけど、一族に戻るつもりの私にはあまり関係ない話だったので、あまり覚えていない。
もちろん狙うは選抜組だ。
どうせなら一番になって一族に帰ってやる。
幸いにも昔から勉強は好きだった。
国に立ち寄った際には必ず本屋に行きたいと強請り、本を買ってもらっては父さんに教えてもらっていた。
試験の結果には自信があった。
名前を探す。
こういうものは下から探すのが好きだ。
最下位、もちろん無い。
真ん中、まだ無い。
その上、まだ無い。
(うんうん、無いね。よしよし……)
視線を上げていく。
もうここまで来たら一位も確実じゃない?
……なんて思っていたら思わぬところで引っかかった。
「二位……!?」
――全ての解答に自信があった。
何が間違っていたのだろう。思い返しても分からない。
でも名前の隣にある点数を見ると、何か一問だけ間違えているらしい。
(何?何を間違えた……?)
思わずショックで立ち尽くしていると、先ほどから隣にいた生徒が声をかけた。
「大丈夫?」
金色の髪に金色の瞳。
端正な顔立ちをした少年が私の顔を覗きこんでいた。
そういえばさっきから視界の端がキラキラしていたなぁとは思っていた。
さすがトランディア、世界の代表国、顔面偏差値も世界代表に相応しい。
——アホなことを考えた。これは現実逃避である。
そのキラキラした少年は暫くずっと私の顔を見続けていた。
遠慮する様子もなく、ただ私をじっと。
何だ、この子の距離感は。
金色の長い睫毛で縁取られた金色の瞳が私を見る。
あまりにも見つめられてしまったものだから、現実に戻らざるを得なかった。
「あ……、心配してくれてありがとう。えーっと……?」
正直に言えば、全然大丈夫ではない。
だってめちゃくちゃ自信があったし。勉強面だけなら一族で誰にも負けたことがない。
でもそれを初対面の人に話せる程、私は社交的な人間ではなかった。
少年は一瞬真顔に戻った。
(……え?)
――そして、それはそれはとても清々しい笑顔で言い放ったのだ。
「はは、スッゲー間抜け面」
「………は?」
今、なんて言ったの?
突然の暴言に驚いて固まってしまった。
こんな完璧な造形物の口から、暴言が飛び出たとは信じられなかった。私の耳、ショックでおかしくなった?
目の前の少年は申し訳なさそうな、心配しているような顔で、こちらを見ている。あ、これ聞き間違いだ、そうに違いない。もしくはトランディアジョーク。
「大丈夫?二位のアルクセイさん?」
目の前の美少年は目を細めて、気遣うように更に言葉を続けた。
——あ、違う。
これは冗談じゃない。言葉に棘を感じる。
すっごい綺麗に笑うけど、こいつ性格が悪い。
「……そういうあんたは何位なの?」
売られた喧嘩は買ってやる。
顎を引いて睨みつけるが、少年は物ともしない様子でにっこり笑った。
「一位だけど?」
「はぁ!?あんたが!?」
「俺はオーウェン・アンブロジオ。ほら、名前ちゃんとあるだろ?」
指差す方へ視線を送ると、確かにその名前がある。
「順位的に同じクラスになるだろうからよろしく」
「……絶対にやだ。よろしくなんてしない」
手のひらを差し出され握手を求められたが、ぷいとそっぽを向いた。初対面で喧嘩を売ってくるやつなんて、ろくな奴じゃない。仲良くなるなんて到底無理。
そんな私の様子に、オーウェンと名乗ったクソガキは笑顔を崩さずに続けた。
「これから嫌でも毎日会うことになるのに?」
「全力で避けていく」
「じゃあ俺は毎朝、お前に挨拶する。えーと二位の……」
「アルクセイ!ドラスニール族のアルクセイ!」
――こいつ、またわざと!
睨みつけるが、なんの効果もないようで、オーウェンは鼻で笑うだけだった。
「……ムカつく!」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてるわけないでしょ!どう捉えたらそうなるのよ!」
「明日になったら俺のことを忘れてるなんてやめろよ?二位さん」
「アルクセイだってば!忘れるわけないでしょ!あんたみたいな嫌なやつ!!」
吠えるように言い放つと、オーウェンは一瞬、目を見開いてから、それはもう嬉しそうな顔をした。
まるでずっと欲しかったものを手に入れた子どものような笑顔で。
思わず私はたじろいだ。
「なら良かった」
物凄く満足したような声色だった。
なんて性格が悪いやつなんだ。明日から絶対に、全力で関わらない。
(それで絶対にこいつに勝って、優秀な魔女になってやるんだから!)
入学して一日目、私は強く誓った。




