01. ドラスニール族のアルクセイ
沢山の色彩で彩られた空
嘘のように大きな昼の満月
朝露が輝く美しい野原。
——これは夢だ。
『また遊ぼうよ』
『無理だよ。だってこれは夢だから。君はもうここには来れないし、忘れちゃう』
目の前の少年の頬を伝って涙がぽろぽろと流れる。
『うーん……』
どうしたら、頷いて貰えるだろうか。
私は腕を組んで頭を捻った。
『そうだ!もうここに来れないなら別の場所で会おうよ!
もし私が忘れちゃってもこんなに楽しかったんだから、私たちまた楽しく遊べるよ!』
名案を思いついたかのように両手を広げて提案をすると、少年はぽかんとした後にくしゃっと笑った。
『わかった、絶対に君を見つける。そしたら、また遊ぼう』
その答えに私は満足して、少しでも安心してくれたらと思って彼に手を伸ばし、抱きしめるとそっと額を合わせた。
『じゃあね、泣き虫』
ーーーーー
「……アーク!アーク! アルクセイ!」
自分を呼ぶ声に、意識を掬い上げられる。
気だるい身体をゆっくり起こすと、中年の女性が枕元に立っていた。
両手を腰に当て、私を見下ろしている。
「チェザニレイおばさん……」
「もう朝だよ、起きてこない子どもはお前が最後!ほら、シャキッとして、族長のあんたの父さんにご飯を持っていきな!」
いまだに夢心地で、頭の半分はついさっきまで見ていた夢の中だ。
昔から繰り返し見る夢。内容はいつも同じだけれど、あの子の顔だけはどうにも目が覚めると忘れてしまうのだ。
まだ鮮明ではない頭に、チェザニレイおばさんの声はキーンと響いた。はぁい、と欠伸をしながら我ながら間の抜けた返事をすると、まったく!甘えたなんだから!と小言を溢しながら、ぷりぷりしながら天幕から出て行った。
一族の中でも世話焼きで炊事や子ども達の面倒を見てくれるチェザニレイおばさん。
少しふくよかで、大きな口で明るく笑い、分け隔てなく子ども達に接し、叱る時は叱り、褒める時はたくさん褒めてくれる。
母親のいない私に、一族のおばさん達は、母親として接してくれる。
チェザニレイおばさんもその内の一人だ。
気だるい身体を引きずりながらベッドから抜け出し、簡単に身支度を整えると天幕を出た。
——ドラスニール族
流浪の民とも呼ばれるその一族は、遡れば神話の時代に辿り着く。夜神の眷属である竜の末裔で、神代語で「夜の帳を落とす竜」という意味がある。神話では、この世界に夜が来るのはこの竜が夜神の為にその両翼を空いっぱいに広げて地上を夜にするのだそうだ。
こういうおとぎ話のような由来を持つものはこの世界……エルドラン各国にあり、そこまで珍しいものではないが、神話時代の遺物としてそれなりに大切にされてはいる。
私たち一族は、本来全ての人間にあるはずの魔力を持たない代わりに、青天井の体力と並々ならぬ身体能力を持っている。その戦闘能力の高さから、各国を渡り歩いて傭兵業を生業としている一族だ。国同士で戦争が起こった際にはどの国にも加担しないことが平和協定というもので決まっている。
私はそんな一族の族長の娘だ。
と言っても、次期族長というわけではない。
族長はその世代毎に一族の中で相応しい者が選ばれるのがしきたりとなっているのだ。
あえて肩書きを付けるとすれば、確かに私は一族の姫なのかもしれないけど、立ち位置としては他の子ども達と然程大差ない。
儀礼の時にちょっとした立ち回りがあるくらいだ。
そういうわけで他の一族の面々はチェザニレイおばさんのように、私のことを他の子どもと同じように扱うし、鍛錬の際も容赦はない。
ただ、一点を除いては。
髪をひとつに束ねながら、ついでに水を貰おうと炊事場に寄ると、今日の炊事担当のミザニイおばさんに声をかけられた。
「丁度いい所にねぼすけが来たね。汲んできた水釜をチビ達が割ってしまって、近くにあった火種が消えちまったんだ」
「そう言えば火打石は昨日、ゴルドゥトおじさんが力加減を間違えて割ってたもんねぇ……」
「そういうこと。頼めるかい?」
「もちろん」
薪を観察する。手を伸ばして触れてみると、話の通り、水を被ってしまったせいで湿っている。
うーんと少し考えてから、私は手拍子を打った。
「『火の子らよ、歌えや踊れ。この手拍子を受け取りたまえ』」
すると手拍子と共に僅かな熱気が生まれ、見る見るうちに薪が乾き、中心からじわじわと燃えだした。手を叩けば叩くほど、火種は次第に大きくなり、ゆらゆらと炎が揺れ始める。
我ながら上手くできた。
隣で見ていたミザニイおばさんは感嘆の声をあげた。
「いつ見ても魔法ってのは便利なもんねぇ」
「そう見える?これでもいくつか手順を踏んでるんだよ」
得意気に私はミザニイおばさんに答えると、彼女は途中だった料理を再開し、鍋を混ぜ始めた。
少し困ったような顔をしている。
「その話に付き合ってやりたいのは山々だけど、時間がないんだ。朝食を包むからお前の父さんに届けておやり」
ミザニイおばさんは手際良く食事を包んだ。それを私の手に握らせると、しっしと調理場から追い出した。
「最後まで聞いてくれたっていいのに」
仕方なく、父さんがいるであろう丘に向かうことにした。唇を尖らせて、つま先で小石を蹴る。
私には皆と違う所がある。
(一族で魔法を使えるのは私だけ。魔法の話なんて誰も興味ない)
魔力があるからか、私は他のドラスニール族の中で最弱と呼ばれる程に劣っている。
筋力も体力も並以下。
父に習って鍛えたし、父以外にもおじさん達に教えを請うたけれど、どんどん年下にも抜かれてしまった。
人並み以上に体力や身体能力も高い方だと思う。
けれど、結局一族の中では並以下でしかない。
(成人の証として百年級の竜を倒さないといけないのに、倒せる未来が全く見えないんだよねぇ……)
魔法が上達すれば最弱から脱せると思って頑張ったけれど、ドラスニール族は純粋に力を求める一族。
自分たちが使えない魔法に興味を持つ人はいなかった。だって魔法がなくても、ある程度の不便は自分たちで解決できるのだ。
水が切れたら川まで汲みに行けばいいし、夜中に獣に襲われても夜目が効くから困らない。火に関しても時間があれば自分で火起こしはできる。
さっきは朝食の時間が迫っているのに火打石がなかったからミザニイおばさんは私を頼ったのだ。ああいうのは滅多にない。
この一族に生活魔法なんてものはあまり価値がない。
戦闘魔法を覚えられたらまた話は違うのだろうけれど、そういった魔法は危険が伴うから、学校でないと習得できない決まりになっている。これもまた条約で決まっていることらしい。
(一族から離れたくないし、学校ってその国の貴族もいるらしいし。絶対に話なんて合わないよ)
流浪の民である私が学校に入れる選択肢なんてなく、悲しいかな、私にとってはこれが限界だった。
「……気分転換に走るかぁ」
ぐるぐる考えても仕方ない。
少し身体を伸ばしてから、地面を蹴る。途中、無遠慮に飛び出ている木の枝を掴み、ぐるりと回転して、遠心力で少し遠くに身体を飛ばす。
こうやって身体を使うことが気持ちいいと感じる度に、ほっとする自分がいた。
(……うん。私はちゃんとドラスニール族だ。間違っても、拾われっ子なんかじゃない)
小さな崖から飛び降りると、父さんの背中が見えた。
「父さん!おはよ!」
「おお、潰されるかと思った」
筋肉の塊にしか見えない大きな背中に思い切り飛びつく。
青みがかった銀色の髪を一括りに結んだ父さんはカラカラとした声で笑いながら、背中で私を受け止めてくれた。
一族の中で、一番身体の大きな父さんは、私が飛びついた位ではビクともしない。潰されるなんて父さんの冗談だ。
だって父さんは千年級の竜さえも、素手で倒してしまうドラスニール族なんだから。
振り向いた父さんの青い瞳に私の顔が映る。
私の青い瞳は父さん譲りで、私にはここにいていいよという証に感じた。
「おはよう、アーク。朝食はどうした?」
「少し遅れるって。火打石をゴルドゥトおじさんが砕いちゃったから、ミザニイおばさんが困ってたの」
「そうか、ならそろそろ移動をするから、道中で見つけるか」
「移動するの?」
「ああ、次はトランディア王国に行く」
驚いた。
トランディア王国は世界で一番大きな国で、放浪の一族であるが何故か今まで立ち寄ることのなかった国だ。
確か、神話で創世神が人の祖先である始祖王に抱かれ、今も眠る地だ。
「初めてじゃない?楽しみ!」
「あー、そうだったか。トランディアはな、楽しいぞ~店はたくさんあるし、目新しいものだらけだろうからなあ」
「でも、なんで今さら?あの国は三機関が目を光らせているから、傭兵の仕事がしづらいんでしょ?」
「ま、ちょっとした野暮用だ」
私はふぅんと少し不思議に思ったけれど、まあそんなこともあるだろうと気に留めるのをやめた。
よろしくお願いします。




