23. 叙任式
私は両手で顔を覆い、天井を仰いでいた。
心を落ち着かせようと、指の隙間から高い天井にある格子状に張られた梁を、視線で辿っていた。
(……恥ずかしい。あの時の涙を返して。……いや、勘違いしていた私が悪いんだけど)
今日は叙任式だ。
それなのに私は、初っ端から精神状態がとんでもないことになっていた。
護政官として袖を通した藍色の儀礼服が、やけに重く肩に伸し掛かる。
両隣には、一月前にしばしの別れを交わしたオーウェンとジルベルトがいた。
(てっきり、三機関ってそれぞれが独立していると思ってた……)
王城の敷地内に王庁、枢機会、魔法騎士団の建物があるというのは聞いていたけれど、まさかひとつの建物で収まっているとは思わなかった。希望者が入れる政官の宿舎だって、所属毎に分かれているかと思えば『三機関共同宿舎』、もしくは『共舎』という名前で、何と一緒くたになっているのだ。
(メーベルは同じ護政官だから納得したけど、オーウェンも双子も普通にいたし……。ジルはそもそも王城住まいだからいなかったけど……)
何でこんなことを知らないでいられたのか、自分の調べ不足が恥ずかしい。
つまり、確かに学園生活とは違う生活が待っているが、顔ぶれはあまり変わらないということだ。
それが分かっていたら、あんなに泣かなかったのに。
「何やってんのお前」
騎士官の黒い儀礼服を身に纏い、金色の癖のある髪を後ろに撫でつけたオーウェンが、半眼で呆れたように私を眺める。
「大丈夫だよ、アルクセイ。王様に忠誠を誓うって、そんな大したことじゃないから。それに俺の父親だし、友達の親に会う感覚でいなよ」
卒業式に会った時より、背が伸び肩幅が広くなったジルが、隣で励ましてくれた。身に纏った白い儀礼服が、ジルの編み込んだ長い銀色の髪と合っていて似合っていた。
「無理、緊張して吐きそう」
羞恥心にも打ちひしがれていることは言わない。
――叙任式にはその年の王庁、枢機会、魔法騎士団。
新人政官の中で特に優秀な政官が代表して、王に忠誠を誓う伝統がある。
枢機会ではジル、
魔法騎士団ではオーウェン、
そして王庁では、私が代表として選ばれた。
評定会でも散々噛んだのだ。叙任式でもやらかすに決まっている。
自信がある。
むしろ自信しかない。
そういう訳で、現在の私は羞恥と緊張で、精神状態がおかしくなっているのだ。
「緊張してんの?そんな繊細だったか?」
オーウェンが私を見下ろしながら、いつもの人を馬鹿にしたような顔で笑った。
「今はそういうのやめてくれる?」
律儀にも約束通り、喧嘩を売ってきやがって。
そういう律儀さは今はいらない。この男を相手にする余裕なんて一切なく、ああもう、と手のひらをぱたぱたと振って見せた。
大きな鐘の音が響いて、式が始まる。
王城の広間には新人政官がずらりと並び、その先頭に私たち三人が立っていた。
目の前の玉座には、ジルによく似た王様が王冠を被り、その手には王笏を持ち、座っている。
厳格そうなその風貌から、どうしてジルのようなお茶目が育ったのか、不思議だ。
何とか平静を保とうと、気持ちを切り替えたけれど、頭の中は所作と誓いの文言の復唱でいっぱいだった。
(えーっと……御前まで進んだら跪いて、胸に手を当てて……あれ、どっちの手だっけ??)
「これより、王の御前にて三機関の忠誓が捧げられる。
枢機会、ジルベルト・アレキサンドル・ド・ラ・トランディア枢機官。
魔法騎士団、オーウェン・エドリック・ド・ヴァン・アンブロジオ騎士官。
王庁、ドラスニール族アルクセイ護政官。
――前へ」
王様の側にいた金色の髪をした中年の宰相が促す。その声は低く、広間に響いた。頭を下げ、教えられた通りに王の御前へと三人で進む。
(この人、誰かに似てるような……)
横目で宰相をちらりと見て、手前にいる隣の金髪の男と重なった瞬間、ハッとなった。
(そういえばガートルードさんが、旦那さんが宰相だって言ってたな……!?つまりオーウェンのお父さんってこと!?)
ということは二人にとったら、この場に自分の身内がいるわけだ。二人は平気な顔をしているけど、もし私だったら、父さんがこの場にいたら余計に恥ずかしくて蒸発する。
(この場に父さんがいなくてよかったぁ。……まあ、来られるわけないんだけどね)
軽薄そうないで立ちで、大きな口でゲラゲラと笑う父の姿を思い出すと、緊張の糸がゆるむ。
「頭を上げ、王と民に誓いを立てよ」
王様の御前で跪いた私たちに、宰相の声が響いた。
頭を下げ、胸に手を当てる。
王様の立ち上がる気配がしたと思うと、王笏で床を叩く音が鳴る。
「我ら枢機官、王の御心となりて、真をもって正義を示し、国を導かん」
ジルの涼やかな声が響き渡る。
「我ら騎士官、王の御剣となりて、民の盾となり、国を護らん」
続いてオーウェンの低い声が。
次は私の番である。口を開こうとした瞬間……
(あっ無理、緊張する)
去った筈の緊張が、再び顔を出してきた。
「……我ら護政官……!」
……声が震える。
何とも情けない声が広間に響いた。それだけで心が折れそうだった。
(でも、へこたれるな)
王様を見据える。
「王の御手として、民の声を掬い、創世神が望む安寧を築かん」
私を見下ろす王様が瞼を閉じ、頷く。
そして一瞬、ジルによく似た笑顔を浮かべると、すぐに顔を上げた。そこには、厳格そうな王様がいた。
「我が心よ、剣よ、手よ。
その力をもって、この国を守り続けよ」
ラッパの音が高らかに広間に響いて、式典の終わりを演出する音楽が始まった。
まるで門出を祝うかのように。
♢
護政官の仕事は、想像以上に忙しかった。
「おいごら新人!“どうしよう”って顔する暇があるなら、教育係に相談しろ!」
「はいっ……!」
私の上司となったのは、護政官のレオナルド・シェラウザ局長。学園評定会で初めて出会った時の印象とはまるで違う厳しさに、最初は戸惑ったけれど、今となっては慣れた。
「レオナルド室長、山みたいな見た目であの感じだから怖いけど、中身は面倒見の良い優しい人だから大丈夫だよ」
「ミア先輩〜〜……!」
叱られる度に、教育係のミア・コナーズ先輩が励ましてくれる。
「もう頭の中に情報をいれたくない」
「同感」
そして、メーベルと頭痛を患いながら、寮へと帰る毎日を送っている。
それから……
「護衛制度?」
その単語に、私は眉をひそめた。
目の前のレオナルド局長は大きな身体を器用にデスクに収め、走らせていたペンを静かに置いた。
「アルクセイ護政官、相互監督体制について述べよ」
「王庁・枢機会・魔法騎士団の三機関が、互いを監督し合い均衡を保つことで、王権の暴走と権力の偏りを防ぐ統治体制……ですよね」
「そうだ。いわば、不正の温床は無くしましょうっていうわけだな」
レオナルド局長は引き出しから承認印を取り出すと、その書類に迷いなく捺して、私に差し出した。
「護政官は最も民に近いからな、汚職や職権濫用を防止するため、騎士官と組むことになってる。……で、お前の場合、その相手だが……」
受け取った書類を見る。騎士団からの推薦状だった。
そこには『王庁中央局所属ドラスニール族アルクセイ護政官の護衛騎士として、魔法騎士団第一騎士隊所属オーウェン・アンブロジオ騎士官を推薦する』という文章。
「ちょっ、ちょっと待ってください!何で私の護衛騎士がこいつなんですか!!」
「……お前、学園卒業前に魔法階位を七階位にしたろう?加えてドラスニール族。あちらも随分と悩んだようだな、人選を間違えればお前が騎士を守っちまって面子が潰れる」
書類を持った手が震える。
どうしても追い付きたくて、ギリギリになって階位を上げたのが、ここになって仇となるとは思わなかった。
「じゃあ、あの!か弱い女の子ってことでお願いできないですか!こいつだけは!嫌なんです!!」
後ろの方でメーベルが吹き出して「それは無理がある」と呟く声が聞こえたが、気にする余裕はなかった。
「ダメだ、もう承認済み」
「そんなぁ……!!」
思わず天を仰いだ。
……どうやらこれからの生活も、騒がしくなるらしい。
オーウェンとジルの正式名を出しましたが、二人とも名前はもっと長いです。正式な場での限界まではしょった名前で呼ばれてます。




