20. 卒業パーティー②
※ この作品の世界観では十六歳から飲酒・喫煙ができますが、あくまで創作上の設定です。現実とは違いますので、真似しないようにご注意ください。
その男はさも当然のように、私の頭を肘置きにして、グラスの中のお酒を飲んだ。
重い。
「お前、いつ戻ってきたの?」
ジルが苦笑気味に問いかける。
「さっき。遠征帰りに馬が怪我して、帰るのが遅くなったんだよ」
相変わらずのぶっきらぼうな口調が、頭上から降ってくる。この男が突然現れたことで、周囲の女子生徒は途端にざわついた。
そりゃそうだ。学年で一番人気のジルとオーウェン。ジルは昔からロレンティアかオーウェンと踊る相手が決まっているので諦めるしかないが、今回のオーウェンはフリーだ。
――……いや、そんなことよりも。
「重たいんですけどぉ……?」
久々に会ったというのに、図体ばっかり大きいだけで、中身は全く成長していない。
私はオーウェンをジトりと見上げた。忙しそうにしている割に、身なりはしっかりと整えてきたようだ。頭上の男は目が合うと、にやりと笑った。
「ちょうど良い肘置きだと思った。背、また縮んだ?」
「縮んでないわ!現状維持よ!」
「いやいや、現状維持って。嘆かわしいなあ猿?」
「あんたって奴は……!!」
相変わらずな態度に、私はわなわなと震えた。卒業パーティーなのに、もっと久しぶりだとか、そういう普通の挨拶ができないのか。
「いやー、安心するわ!安定って感じで!」
イアンのやらかしの話を聞いて、よっぽど安心したのか、カロンが愉快そうにケラケラと笑った。
即座に隣の男が「安定じゃなくて不安定な」と修正をした。
その通りだけれど、それならそもそもお前が喧嘩を吹っ掛けてこなければいいでしょ、と口を開こうとしたら、後ろから突然誰かがぶつかった。
驚いて振り向くと、メニュエル先生が私とオーウェンの肩に腕を掛け、もたれるように絡んでいた。
「素直になれない悪い子はぁ……私が占いで暴いちゃうんだからぁ……」
「せ、先生?」
どうやら酔っているらしい。顔は真っ赤で、呂律は回っていない。
「……先生、呑みすぎですよ」
久しぶりにオーウェンの猫被りを見た。オーウェンはメニュエル先生が手に持つグラスを奪おうとしたが、先生はキッとオーウェンを睨み、グラスを死守した。
「あんた達二人に、私がどれだけ胃を痛めたか……!卒業する前に、しっかり占わせなさいよぅ!」
思い返せば、メニュエル先生の神話学と水魔法の授業では、散々迷惑を掛けた気がする。常にオーウェンと張り合っていたので、その度にメニュエル先生が額に手を当てていた姿があった。
「せ、先生がそれで良ければ……」
向かいのオーウェンが嫌そうな顔をするので、「占って気が済むなら良いじゃん」と小声で返した。
メニュエル先生はふふんと鼻を鳴らし、「良い心がけね、アルクセイ」と満足そうに笑った。
だって、別に、所詮は占いだし。
魔力香占いだって、あんなの当たった試しが無い。
「アルクセイ、あなたの生まれた日は?」
「秋女神の三の月、四週目の風の日です」
「アンブロジオくんは?」
「……冬女神の一の月、一週目の陽の日です」
「あら、近いわね」
「「……」」
私が産まれた三日後に、この男は産まれているらしい。つまり私の方がお姉さんである。とは言え、別にこの場ではさして嬉しくない情報なので、私とオーウェンは閉口した。メニュエル先生、やるならさっさとして欲しい。
他の友人達がさも楽しそうに見ているのも、何だか居心地が悪い。
先生は指先に魔力を滲ませて、空中に術式を描く。そういえばメニュエル先生は、神代魔法にも精通していると聞いたことがある。
(……あれ、それってつまり、真名にも通じているんじゃ……)
「――……月は白き階から呼ばれ、上から自身の姿を見つめる」
それまでふにゃふにゃとした声だったメニュエル先生の声が、突然凛としたものになる。その雰囲気にのまれ、思わず生唾を飲んだ。
「獣は月が欠けると、その姿を現す
月は沈まないが、雨は過ぎない
獣は牙を研ぐが、鼓は鳴りやまない
やがて赤子が泣き出し、揺籃から親を呼ぶ」
「……………」
メニュエル先生の占いに、私も含めて皆、しぃんと静まり返る。何だか不穏な内容だった。
(月……いや、まさかね……?)
胸がざわざわする。
オーウェンを見上げると、その顔はいつもと何ら変わらない。
「……はい!」
私とオーウェンの間にいたメニュエル先生が、パン!と手のひらを叩いた。その顔には「やっちまった!」と書いてありそうな程に、分かりやすいものだった。冷や汗のようなものがダラダラと流れている。
「まっ、占いだからね!?マーランカ族の予知より、ぜーんぜんっ当たらないんだから!だって不確かだし!?占いだしぃ!!人生なんて、行動次第でどーとでもなるのよー!!未来は明るい!!頑張れ若人!!!!」
ピシッと私たちに人差し指を向け一方的に言うと、メニュエル先生は私とオーウェンの背中を思い切り叩いて、パタパタと逃げるように去っていった。
「何あれ」
眉根を寄せて呆気に取られるキラン。
「さぁ……?でも、先生の占いって分かりづらいって評判だし……それってね?きっと、どうとでも解釈できるってことだろうから、アルクセイもオーウェンも、あんまり気にしない方が良いよ……?」
自分の指を弄りながら、自信なさげにオルヴァッキが丸い目でこちらを見上げた。その様子から、彼女なりに何とか励まそうとしている気持ちが感じられて、ほんわかと心が和らいだ。いい子だ。
「オーウェンさまー!!」
そんな和らいだ気持ちを打ち消すかのように、黄色い声と共に女子生徒たちが押し寄せてきた。「ほらっ、アルクセイはどきなさい!」とエマに、猫を追い払うかのようにシッシッと手をひらひらとされた。
卒業パーティーなのに、なんて扱いだ。
前から思っていたけれど、ジルの穏やかで遠くから見守っている生徒が多いのに反し、オーウェンはというと、何かと物騒だ。
「……私、他の先生の所に行ってくる」
「いつ帰っていらしたの?」「卒業式には出席されるんですの?」と女子生徒達の質問攻めに、猫被りでオーウェンは返していた。私は横目でその光景を見ながら、苦笑いをしてその場を離れた。
♢
今夜は無礼講。
行儀悪くお酒が入ったグラスを傾けながら、会場内を歩いても、誰かに咎められることはない。初めてのお酒で隅で蹲っている人も居れば、楽しく笑っている人もいる。
向こうの置物の隅では、想いが通じ合ったのか、恥ずかしそうに顔を赤くして会話を重ねる人達もいる。
そんな様子を微笑ましく見ながら、途中で私はユルゲンス先生のもとに行き、一曲リクエストをしたら「ドラスニール族の曲を俺が知るか」と一蹴された。その後、キランがユルゲンス先生に弦楽器を教えて貰い始め、その傍らでオルヴァッキがわあと小さく感嘆の声を漏らしているのを横目に、またふらりと歩き出した。
カロンは念願叶ったのか、ソナと踊っていた。
イアンの時よりもソナが楽しそうで、見ている私も嬉しい。
ジルとロレンティアは仲良さそうに会話をし、メーベルは他の男子生徒に声を掛けられていた。
(……酔ったかも)
頭がふわふわする。
足取りが、まるで雲の上を歩いているかのようだ。歩いたことあるのかと聞かれたら……まあ、ないんだけど。
グラスが空いたら、その度に縁を叩いていたので、お酒が回ったのかもしれない。
みっともない醜態を晒したくはないので、そのまますーっと会場の隅へ行き、窓辺へ向かった。窓を開けて夜風を浴びる。春女神の季節が近いから、空気はそんなに冷えてはいない。外の空気を吸い込もうと、大きく息を吸い込もうとした。
――が、
「……くっさ!」
思わず鼻を塞ぐ。吸い込んだのは新鮮な空気……ではなく、何か香りのついた煙のような臭いだった。
「あほ!静かにしろ!」
「むぐっ!?」
突然、窓の下から手が伸びてきて、私の口を塞いだ。手の主を見ようと視線を下に向けると、先程まで女子生徒に囲まれていた筈のオーウェンが、窓の下に隠れるようにしゃがみこんでいた。片手にはお酒が入ったグラスと、それからもう片方の手には煙草が指の間に挟まっていた。
「やっと落ち着いたんだ、バレたくねぇんだよ」
女子生徒のことを言っているのだろう。
それにしても台詞がまるで逃亡犯のようだし、相変わらず行儀が悪い。私は口を抑えるオーウェンの手を剥がした。
「だったら、あんな猫被りなんてしなけりゃいいのに」
「……条件反射、仕事みてぇなもんだわ」
オーウェンは何かを思い出したような顔をして、心底嫌そうな息を吐いた。
さすが女ったらしである。仕事とまで言い切る始末。
この男を好きな女子生徒に、声を大にして言いたい。
こいつはやめとけ。
(……それもだけど)
私は窓枠の下で、再び会場から隠れるようにしゃがみ込み、壁に背を預けて煙草を吸うオーウェンを見下ろした。
「……あんた、いつの間にそんなの覚えたの?」
小声でひそひそと話すと、私が大声をあげないと分かって調子に乗ったのか、オーウェンは下からずいと吸い殻を差し出した。
「成人してから。お前も吸う?」
「吸うわけないでしょ、臭い」
つまり、十六歳になってからか。
仕立て屋で嗅いだ匂いはこれだったのかと、私は半目でオーウェンを見た。
私の視線に気付いたオーウェンはこちらをちらりと見返したあと、口から煙を吐いた。
「仕方ねぇだろ、俺の体質上、煙草で魔力を調整する必要があるんだよ」
「へぇ」
「興味ねぇだろ」
「うん、臭いから迷惑だなって感想しかない」
煙草は魔力の流れや、魔力香を整える効果がある一方で嗜好品の面もあるが、魔力錬成が得意で魔力香を極力抑える習慣がある私には、不要なものだ。
そして何より、鼻が利く私には辛い。
鼻を塞いで、煙を手で払う。
「で、何してんの、こんな所で」
「ご覧の通り、避難と休憩。お前らの顔を見に来たから、目標達成したんだよ。お前は?」
その理由に、そりゃあこの男にも友達を大切に想う気持ちはあるか、と思いながら、窓縁に頬を付いた。
「酔い覚まし」
「ふぅん、てっきりめかし込んだ割に誰にも相手にされなくて、寂しくしてるのかと思った」
二年前に仕立てたドレスを、ロレンティアやソナに手伝ってもらって、少し雰囲気を変えて今日は着付けてもらったのだ。二年前よりも着こなせていると自負しているが、それは誰かに見せたいというわけではなかった。
オーウェンは吸っていた煙草の火種を、指先で擦り消していた。気を使ってくれたのかもしれない。その様子を横目で眺めながら、口を開いた。
「……そうだね、ある意味では寂しいかも」
「は?」
この男にしては、やけに間抜けな声だった。
「だって、卒業しちゃうし」
六年間もこの学園にいたのだ。愛着が湧かないわけがない。
あの教室も、成績が張り出されていた廊下も、食堂も、魔法の練習をした中庭にも、寮の部屋、ラウンジ、卒業したら訪れることはない。
たくさんの思い出が詰まっている。
それに友人達とも、滅多に会えなくなる。
「……じゃあ、思い出でも作ってやろうか」
「は?」
今度は私が、間抜けな返答をする番だった。
オーウェンは立ち上がると、私に手を差し伸べた。窓の下にいるから、私が見下ろしているのは何だか新鮮だった。
「月の光に照らされたあなたは美しい。
……アルクセイ、俺と踊って頂けますか?」
拍子抜けをした。
そういえば、この男にまともに名前を呼ばれたことなんて、あっただろうか。
どういうつもりだろうか。
(……ははぁん?)
こいつのことだ。
私をダンスに誘って恥をかかせて、それを思い出だの何だのとのたまう算段に違いない。
私は頬杖をついたまま、オーウェンを見下ろし、にやりと笑ってみせた。
「結構です、一昨日来やがれ♡」
オーウェンのこめかみが、ぴくりと痙攣したのが見えた。
「じゃあ、一昨日来たってことで」
「あ、ごっめーん!それじゃ遅いから、十日前に出直してきてくださる?」
一瞬、この男がここまで食い下がっているのに気が引けたが、この六年間されてきたことを思い出すと、この位は許されるはずだ。
オーウェンは「へぇ?」と唇を吊り上げて笑った。
私に差し出した手を引っ込めると、わざとらしく胸に手を当て、申し訳なさそうに私を見上げた。
「なるほどなぁ?いやぁ、配慮が足りず悪かった。ダンスなんて自信ないもんな?これは失礼」
「私、そんなこと、言ってな……!」
「いやいや、仕方ねぇよ、気にすんなって。誰だって公衆の面前で恥はかきたくないに決まってる」
「〜〜〜〜っ!いいよ!!やるよ!!」
「あれ?さっきまで結構ですって言ってなかったか?」
「うるさい!やってやるって言ってんの!!」
グラスを窓縁に置いて、オーウェンを睨むと、オーウェンは満足気に笑った。
吸殻を火魔法で一瞬の内に消炭にすると、今度は窓縁を掴み、軽々と室内に入り込んだ。
……こいつ、昔、私が窓から飛び降りたのを揶揄ってなかったっけ?
そんなことを思い出していると、オーウェンは私の目の前に立ち、改めて手を差し出した。
「光栄だな?……では、ご一緒に」
「……後悔させてやるんだから」
差し出された手を掴むと、広い場所まで移動し、オーウェンは私の腰を引き寄せた。何だか上手く乗せられてしまった気がする。
ざわざわと周りから声が聞こえる。
勘違いしないで欲しい、これは決してロマンチックなものではない。
音楽に合わせて、どちらともなく足を踏み出した。
何とかこいつの足を踏み抜いてやろうかとも考えたけれど、こいつのことが好きな女の子が、卒業パーティーで好きな人の醜態を見るのは嫌だろう、思い出は綺麗であるべきだ。
大人になるか。……大人なんだし。
私は、小さく溜息を吐いた。
「……卒業して顔を合わせても、もう喧嘩売ってこないでよね」
「お前が喧嘩を買わなきゃいいんだよ」
「うるさいな、私は穏やかに生活したいの」
「穏やかに?お前が?」
オーウェンが眉尻を上げて、さもおかしそうにするので、私は口を尖らせた。
「そう。卒業したら仕事を頑張って、普通に恋愛して、結婚して、穏やかに暮らすの」
「そりゃまた、健気なことで」
「馬鹿にしてる」
思い切り踏みつけようとしたら、踵を上げた気配を感じたのか、わざと私の体勢を崩すように回転を掛けた。
「……ちょっ!」
「馬鹿にはしてねぇけど、喧嘩を売らないっていう約束はできねぇな」
「あんたねぇ……もういいや、なるべく関わらないようにする」
卒業パーティーでこんな不毛なやりとりをするのも嫌で、私は諦めた。
こいつと話をするのは疲れる。
「……変わらないものがひとつあってもいいだろ」
それは聞こえるか聞こえないか分からない位の小さな声だったが、至近距離にいる私が、その声を拾うには充分だった。
……もしかして、こいつなりに気を使っているのか。
(ああ、そうか、そうだった。こいつって性根は悪い奴じゃないんだよなぁ……)
この六年間を思い出す。
だから、喧嘩をしながらも、私の友人の枠には、この男がいたのだ。
「……私、何だかんだオーウェンのことが好きだよ」
「……は?」
「あんたが友達で、退屈しなかった」
何だかんだ、こいつも同じ気持ちだろう。
じゃなければ、ここまで付き合ってこなかったのだから。
そう思っていたら、私の想像に反して、目の前の男は分かりやすい位に顔を歪ませた。
「……悪い女に弄ばれた気分」
「え?どういうこと?」
「何でもない。……曲も最後だから、サービスしてやる。舌噛むなよ」
「ちょっ……!?」
私が戸惑ってるのなんてお構いなしに、オーウェンは私の腰骨を掴んだ。その瞬間、ふわりと身体が持ち上がる。重力が一瞬、消えたように、ドレスの裾が広がる。
オーウェンが私を見上げている。
まるで時間が止まったかのようだった。
そのまま、オーウェンは私の腰を支えたまま、静かに床へと着地させた。
――……何があった?
気付けば音楽は終わっていて、私はただひたすらに、オーウェンを見上げていた。そんな私を、目の前の金色は鼻で笑った。
「すげーアホ面」
「………………ッッ!!!!」
「いやぁ、最後に愉快なものを見せて貰ったわ、どうもありがとう」
「……っこの、あんたって奴は!!!!」
思わず拳を振り上げると、なだれ込むように女子生徒達が間を阻み、私は後ろから肩を叩かれた。振り返るとロレンティアが首を横に振り、オルヴァッキが「卒業パーティーだから、ねっ?やめとこ?」と私の手を引いた。
「オーウェンさま!どうしてアルクセイと!?」
「私とは踊ってくれませんでしたのに!」
女子生徒が次々と声を挙げるが、オーウェンは物怖じしない様子で、いつもの猫被りの笑顔を浮かべて答えた。
「ただの福祉活動だよ」
その笑顔の、何と清々しいことか。
女子生徒達は「そういえばアルクセイは誰とも踊っていませんでしたものね」「オーウェンさまったらお優しい……」なんて、口々にうっとりとした声を出した。
ごめん。ロレンティア、オルヴァッキ。
無理。
心の中で後ろにいる二人に謝ると、私はずかずかとオーウェンの元へ行き、にっこりと笑ってみせた。
「あーら、ごめんなさい?手が滑りまして!」
令嬢達と談笑している背後から、思いっきりオーウェンの後頭部を殴りつけた。パシンと乾いた小気味の良い音が響く。
「……ッ!?」
叩かれた反動で前のめりになったオーウェンが、ゆっくりと振り向く。その表情は痛みからか、眉を潜めていた。当然だ、思いっきりやってやったのだから。
「謝った後に殴る奴がいるか!」
「失礼な奴に謝った私の寛大な心に、まずは感謝するべきでしょ!!」
背後ではロレンティアとオルヴァッキが盛大にため息を吐き、遠くの方では双子がゲラゲラと笑う声が聞こえ、視線の先ではメーベルとソナが並んでグラスを持ちながら笑っている姿が見えた。
こうして卒業パーティーは、幕を閉じたのだった。




