21. 青い花
卒業生達が空に向かって投げた無数のタイが舞うのを、ただ呆然と眺めていた。
(……勝ったけど、負けた)
卒業式。
その挨拶は、卒業生の中でも成績最優秀者がするのが恒例だった。
オーウェンが不在のまま行われたここ一年間のテストで、私は常に一位だった。
そのため、最優秀者として挨拶をした。なったからには責任をもってやり抜いた。
納得?もちろんしていない。
何故なら向こうは飛び級で卒業も同然で、
『面倒臭い挨拶をお前がやってくれるの?助かるわ』
……という態度だ。
人前に立つのが苦手な私にとって、嬉しくない名誉だった。
「じゃあね、アルクセイ!」
「手紙を書きますから、ちゃんと返事を書いて下さいましね!」
そんな挨拶と共に、私はロレンティアやソナ、オルヴァッキ、エマ、ベラ、スザンナ……この学園で出会った友人達と手を振り抱き合い、卒業しても休みの日には遊ぼう、手紙を交わそうと約束をして別れた。
同じ職場に配属されることが決まっているメーベルに至っては、「じゃ、叙任式でね」と、彼女らしいあっさりとした別れ方だった。
「アルクセイ」
双子達とハイタッチをして別れの挨拶をし、背中を見送っていると、背後から声を掛けられた。振り向くとジルと、その隣にはオーウェンがいた。
双子は力加減を知らないのか、じんじんと手が痛む。痛みを振り払うように手を振りながら、呼ばれるがままジルに近寄った。
ジルは穏やかに笑った。
「叙任式まではどこで過ごすの?」
「父の手紙だと、王都の近くに停留しているみたいだから、暫くはそこで過ごすよ」
ドラスニール族は、女性は小柄だけれど、男性は大柄で屈強なのが特徴だ。
ぞろぞろと王都に居座れば、その威圧感で目立ってしまうので、宿をとることはほとんどない。
「じゃあ、久しぶりの里帰りだね」
「ほんと、六年ぶりだよ。休暇の度に城で侍女をするのも卒業。大変お世話になりました」
うやうやしくお辞儀をすると、ジルはいえいえと同じように少し笑いながら、お辞儀を返してくれた。姿勢を戻すとジルと目が合い、何だかおかしくなって、二人で堪えきれずに笑いだしてしまった。
「あぁそうだ。俺ね、これからは男の人として生きることに決めたよ」
まるで今日の夕飯の献立でも決めたかのように、ジルはさらりと言った。
前に話してくれたことがある。
今は自由に性別を変えているけれど、それは一生ではない。
学園を卒業したら、王位継承権や仕事や結婚といった、ジル自身の生き方にも関わってくるから、どちらの性別で生きるか決めなくてはいけないのだ。
「ま、だろうな」
さも当然のように、オーウェンは驚いた様子もない。
「オーウェンにはそう言われると思ってた」
ジルは笑った。
一方で私は……
少ししょんぼりとしてしまった。
「妖精姫……」
「嫌?」
長い髪を編み込んだり、髪飾りをつけたり、お化粧をして女の子を楽しんでいるジルの姿を思い出し、思わずそのまま言葉に出してしまった。
少し困ったような顔でジルが小首を傾げるので、私は慌てて頭と両手を横に振った。
「ごっごめん!嫌とかじゃなくて!!女の子のジルも男の子のジルも、どっちも好きだったから、片方に会えなくなるのがちょっと寂しくなって……!!」
どうか私の態度で傷ついて欲しくない、その一心で必死に否定をすると、ジルは一瞬目を大きく見開くと、ふふと笑った。
「ありがとう、アルクセイ。どっちの僕も好きでいてくれて」
その返事に、私は罪悪感が薄まり、安心して手を下ろした。
「……俺ね?アルクセイのことが好きだから、君に男の人として好きになって貰えるように頑張るよ」
「……?」
会話の文脈がわからない。そもそも私はどちらのジルも好きだというのに、何でそんなことをわざわざ言うのだろうか。
それに頑張る必要なんてない。すでに私は、頭が良くて優しくて、ちょっと性格が悪くて、そしてお茶目なジルが大好きなのだから。
「……」
珍しくオーウェンが鋭い目つきで、ジルを横目で見た。
何だ、この空気は。
「……私もジルが好きだよ!」
少しでも空気を元に戻そうと、私は焦った。
ジルが首を傾け、嬉しそうに笑っている。
「ほんと?」
「うん!卒業しても友達でいようね!」
「「……」」
何故か間ができた。だから何だ、この空気は。
私、そんなに的外れなことは言っていないはずだけど。
「……お前さぁ」
オーウェンが憐れんだ声で、先程とは打って変わって呆れたような視線をジルに向けた。
「うん、分かってるよ」
苦笑いを浮かべながら、ジルは額に手を当てた。
二人だけで会話しないでほしい。
「え、なに?ごめん、私、変なこと言った?」
「ううん、大丈夫」
ジルは手のひらを私の方に向けて、いつもの笑顔を浮かべた。食い下がるのも気が引けて、私は「そっか……」と大人しく身を引いた。
「じゃ、俺行くわ」
まるで興味無さげに、地面に置いていた革張りのトランクケースをオーウェンは掴んだ。その様子を見て、ジルも「俺も」と裾を翻す。彼の視線の向こうには従者だろうか、豪華な馬車と共に待っている。
「うん。……またね」
必ずまた会えるだろう。
働く場所は違えども、何せ各々、政官になるのだから。
顔を合わせることはある。これで終わりでは無い。
二人の背中が小さくなっていくのを見守り、誰もいなくなった校舎を見つめる。
「……楽しかったなぁ」
誰もいないけれど、誰にも聞こえないような声で呟く。
分かっている。人生はまだまだ続く。
ここが終幕じゃない。
そう、言い聞かせてしまう位には、あまりにも楽しすぎる毎日だった。
最初は嫌で、一族に帰りたいと毎日思っていた。弱音なんて吐いてたまるかと、随分と気を張っていたのを覚えている。
でも、朝ベッドから起きると友人達が同じように寝ぼけ眼でいて、一緒に身支度して同じテーブルにつき、授業に出ると隣の男が事あるごとに喧嘩を売ってくるから、負けたくないと気を張ることができた。
友人達と朝方まで語り合って、寝不足の日もあった。
授業で失敗して顔中煤だらけにして、笑い草を食べたみたいに止まらなくなった日もあった。
……全部が、あまりにも楽しかった。
それが、もう、終わりだなんて。
(……泣くな、らしくない)
じわりと視界が滲む。
涙が溜まって、瞼が重い。
自分が思っていた以上に、この学園生活が気に入っていたらしい。
これから先、私はこの六年間を何度も思い返しては笑ったり腹を立ててみたりして、生きていくのだろう。
――……誰もいなくて良かった。
涙がぽたりと一粒落ちて、靴の先に水滴を作った。
「っおい」
不意に後ろから腕を掴まれ、強い力で振り向かされた。
驚いて見上げると、そこにはこの六年間、常に隣にいた男がいた。
何故か肩で浅く息をしていて、金色の髪が僅かに揺れていた。
突然のことに呆けてしまったが、一度決壊した涙は次から次へと流れて、止まってはくれない。
泣き顔を、まさかこの男に見られるなんて思ってもみなかった。絶対にからかわれる。最後の最後に弱みを見せてしまうなんて、最悪だ。
「なっなんで!?なんで戻ってきてんの!?」
「たまたま振り向いたら、お前が突っ立ってたからだよ」
何で振り向いちゃったんだ!もう、なんでもいい。こいつから離れたい。
その一心でオーウェンの身体を押すが、どういうわけか腕を離してくれない。
「最後に一位になったのに、何泣いてんだよ」
「……あ、あんたに勝って一位になったわけじゃないし、あっ、てかこれ、別に泣いてないから!もう……わっ、わざわざ戻ってきて何の用なのっ?」
声が上擦る。恥でしかない。
地面にぽたぽた涙の痕を作って、泣いてないなんて無理がある。
絶対に馬鹿にされる。
「なあ」
私の腕を掴む手とは別の、反対の手が無遠慮に差し出された。
青い花が握られていた。わずかに魔力を感じる。
枯れないように魔法で加工がされているようだ。
「え、なに、これ」
呆気にとられた。
きっと今の私は、間抜けな顔をしているだろう。
「やる」
こいつなりに慰めようとしているのだろうか。
「俺も、楽しかった」
その言葉の意味を、私はすぐに理解した。
先日の卒業パーティーでの私の発言に対する返答なのだと。
やっぱり、この男はあの時から、私が卒業を寂しがっているのを分かっていたのだ。
差し出された花を受け取る。
私が受け取ったのを確認すると、オーウェンは満足したのか、いつもの人を小馬鹿にした顔をして鼻で笑った。
「じゃあな」
「……じゃあ」
鼻が詰まりはじめて、耐え切れずじゅるりと音を立ててしまった。思わず顔をしかめる。それが面白かったのか、オーウェンは堪え切れない様子で吹き出して、私の頬を袖口で雑に拭った。
「とっとと泣きやめ、泣き虫」
「……っ!」
泣き虫じゃない。言い返そうとしたが、鼻が詰まって上手く声が出ない代わりに、睨みつけた。オーウェンはその様子を見ると、満足そうな顔をして、踵を返し今度こそ去って行った。
泣き虫。
以前、どこかでその言葉を誰かに言った気がする。気のせいだろうか。
「……ありがと」
もう声が届いていないかもしれない。
でも言わずにはいられなくて、貰った花を握りしめながら、金色の髪を揺らす背中に礼を言った。
そいつは振り返ることもなく、だるそうに片手をあげて、ひらひらと手を振ったのだった。
すみません、ナンバリングを間違えていました。
22話で学生編終わるって言っていたんですが、21話のこのお話で終わりです。




