19. 卒業パーティー①
※ この作品の世界観では十六歳から飲酒できますが、あくまで創作上の設定です。現実とは違いますので、真似しないようにご注意ください。
学園側から、六年間を労う意味合いが強い卒業パーティー。
流れる音楽は明るい調子で、会場は曲の雰囲気に合わせて夜空になったり、花が舞ったりと忙しなく、先生たちも生徒を楽しませようと張り切っていた。
ユルゲンス先生は意外にも楽器演奏が趣味らしく、膝の上に弦楽器を乗せ、生徒からリクエストがあれば弾いてみせてくれるし、メニュエル先生は恋愛相談に乗り占いをしてくれるので、女子生徒は瞬く間に列を成していた。他の教科担当の先生たちも同様に何か一芸を披露し、とにかく賑やかだ。
私とメーベルとカロンの三人は、会場に入って早々、すぐに席についた。中央では、無事にパートナーを作れた生徒たちが、曲に合わせてくるくると踊っていた。
私たちが同室の友人達の姿を肴にお酒を飲む一方で、カロンが妬ましそうに、イアンと踊るソナをチラチラと眺めていた。
「引きずる男はモテないわよ」
何故この三人で連んでいるのか。
話を遡ると、カロンの懇願から始まったのだ。
『頼む、混ぜてくれ』
両手を合わせ、頭を下げて懇願するカロンに私たちは顔を見合わせた。
話を聞くと、意中のソナを誘ったけれど時既に遅し、モテる彼女は他の男子生徒……イアンに誘われた後。ジルはロレンティアと、キランはオルヴァッキと。仲の良い友人達はみんなパートナーが決まっていて、私たちと過ごすしか選択肢がなかった、というわけだ。
私とメーベルは、誰かと組むつもりがなく、二人でお酒を飲もうと話していた。カロンはそこに混ぜて欲しいと頼んできたのだ。こうしておひとり様三人組が結成されたわけである。
ちらりと横目でカロンを盗み見る。
(……ここで他の女の子をパートナーに誘わないのが、カロンのいい所だよね)
もちろん口には出さない。
余程、ソナが好きなのだろうなあ。
「ま、呑みなさいって」
折角の卒業パーティーだ。
メーベルなりに気を利かせて、カロンのグラスを三回ほど爪で叩くと、みるみるうちにグラスに酒が満ちた。まるで酒が湧き出てきたように見えるが、転移魔法の一種だろう、厨房にある酒樽からグラスへと魔法で移動しているのだ。
「引きずってねぇし」
そんなカロンを、私とメーベルは目配せをして苦笑いをした。
本人が気にしていないように振る舞っているのだ。これ以上、触れてあげないのも一つの優しさだろう。
ふと、視界の端にエマの姿があった。
他の男子生徒と踊っているけれど、その表情はあまり楽しそうではない。結局彼女はパートナーを作らなかったようだけれど、貴族としてダンスに誘われたら受けているようだった。
その原因はオーウェンだろう。
結局、あの男は来られなかったようで、会場を見渡しても姿がない。
双子達も随分と、オーウェンのことが好きな女子生徒から、オーウェンが卒業パーティに出られるか聞かれたが、彼らでさえわからなかったのだ。
恋というものは、よく分からない。
オーウェンを好きな女の子たちもそうだけど、カロンもそうだ。誰かを好きになると、何でそこまで苦しくなってしまうのか。自分を見失ってしまうのが恋ならば、あまりにも命懸けだ。
いつか私が恋をするなら、そしてそれが叶うなら、穏やかな恋がいい。一緒に食事をして、美味しいねって笑えるような、そんなのがいい。
なんてことを考えながら、私はお酒をちびちびと飲み、友人たちを眺めていた。
「キランってやっぱり、オルヴァッキのこと好きなのかな?」
話題をソナから変えたつもりだった。
「知らねぇけど、オルヴァッキがお前らの中で一番話しやすいって言ってた」
「失礼ね」
むすっとした声色でメーベルはカロンを横目で見るが、カロンはそんなのを全く気にせず、腕を頭の後ろで組んで、椅子に浅く座った。
「俺の弟は繊細なんだよ、お前らみたいな激しいのは合わねぇの」
「ふぅん。じゃあ、ジルとロレンティアは?カロンは二人と幼馴染なんでしょ?」
それを言った瞬間、メーベルとカロンの呆れたような視線が、同時に私へと突き刺さった。そんなに触れちゃいけなかったのか、私は思わずたじろいだ。
「な、なに?」
「……いーや、何でもない」
「ま、口出すことじゃないしね……」
二人して深く長くため息をつくものだから、私は途端に居心地が悪くなって、お酒をごくんと大きく飲みこんでしまった。あまりに気になる返答に、どういう意味か聞こうとすると、カロンは「ノーコメント」とお酒を飲みながら気まずそうに視線をそらして、片手を挙げてひらひらと仰いだ。
意味がわからない。
疑問符が頭の中をひしめき合っていると、曲が終わったらしい。
「何の話をしているの?」
先程まで踊っていたジルが、そこにいた。仕立ての良さそうな礼服に身を包んで、スラッと着こなしている。さすが王子様だ。
その後ろにはロレンティアとオルヴァッキ、そしてキランがいた。
「ううん、別に、何も!」
流石に本人たちを前に言えるわけがなく、両手を振って慌てて取り繕った。
「もう踊らないの?」
メーベルが頬杖を突いて聞く。
「さすがに何曲も踊れないよ。それに楽しみは、ダンスだけじゃないし」
苦笑いを浮かべながら、ジルは繊細な動作でロレンティアに椅子へ座るように促した後、自分も椅子に座った。
それに続いて、オルヴァッキとキランも椅子に座り、私たちのテーブルについた。何だか急に大所帯になった所で、誰かが足りないことに気付いた。
「さいっっあく!!」
ソナが鼻を鳴らしながら現れると、そのまま椅子に座った。その気迫に、誰もが驚いていた。
「どうしたの?ソナ」
ソナの隣に座るオルヴァッキが、心配そうに彼女の肩を撫でた。その一方でメーベルが「はい、駆け付け一杯」とグラスに入ったお酒を差し出すと、ソナはそれを受け取り、ごくんと飲み込んだ。
「イアンの奴、私に告白するかと思ったら、全然違う女の子の名前を呼んだの!間違えたって言うけど、誰がアジェンダよ、私はソナよ!どう間違えるのよ!」
ちなみにアジェンダは選抜組の生徒だ。今はジョシュアンと踊っている。つまり……まあ、そういうことなのだろう。
向かいに座るカロンが、分かりやすく顔を歪ませて「はぁ?」と声を漏らした。
「ソナ……あなたってその……」
「相変わらず、男運が悪いわね」
言いづらそうなロレンティアをよそに、メーベルが何でもないようにぴしゃりと言い切った。ロレンティアが諌めるような視線をメーベルに送るが、メーベルはどこ吹く風だ。
メーベルとソナは、同室の中で特によくモテる。メーベルは静かに付き合っては別れるのを繰り返す一方で、ソナが誰かと付き合う時は必ず何か問題が起きて別れている。その度に私たちに愚痴ったり、異性としてカロンに意見を求める場面を、よく見かけていた。
「腹が立ったから引っ叩いてきた」
「さっすが、やるじゃん」
それまで顔を歪ませていたカロンが、ニヤリと笑った。その表情はどこか喜んでいるようにも見える。
ソナは彼の言葉に一瞬、目を見開いて「まーね!」とニコニコと返した。この切り替えの早さが、彼女の良い所でもある。
ソナは皆の顔を一通り見ると、首を傾げた。
「ねぇ、そういえばオーウェンは?まさか卒業パーティーにも来られないの?」
テーブルの上に並んでいたチーズに手を伸ばし、その視線はカロンだけではなく、ジルとキランにも向けていた。
「俺は何も聞いてない、キランは?」
「俺も。まともに話もしてない」
「僕も何も聞いてないなぁ」
ジルも腕を組んで苦笑いを浮かべた。オーウェンと最も仲が良いこの三人でさえ知らないのだ。女子生徒たちがいくら群がって聞いた所で、答えが出ないのは納得だ。
いくら喧嘩ばかりしていた相手とは言え、六年間の締め括りでもある卒業パーティーに出られないのは、流石に気の毒だ。
「じゃあ、一人足らないけど……卒業を記念して乾杯でもしよっか!」
さっきまで怒っていたソナが、カラッとした笑顔でグラスを掲げた。
テーブルを囲んだ皆の顔を見る。思い返せば何だかんだ、よく連んでいた面々だ。
皆それぞれ、グラスを掲げる。
卒業後、またこうやって皆で顔を合わせることはあるのだろうか。父さんに突然入学させられた学園、最初は戸惑っていたけど、友人たちに恵まれて寝食を共にし、皆との学園生活は、とても楽しかった。
「それじゃ、我々の門出を祝して!カンパーイ!!」
ソナの明るい声と共に、グラスがカチンと音を鳴らした。
その時だった。
不意に真横から、この学生生活でいつも香っていた、嗅ぎ慣れた魔力香がふわりと香った。思わず条件反射で振り向くと、そこには見慣れた横顔があった。いつもの癖のある金髪が揺れる。視線が一瞬、合った。
その人を呼ぶ誰かの、驚いた声が聞こえた。
「オーウェン!?」




