17. 護政官
毎度思う。さすが世界で一番とも言われる魔法学園。
敷地は小国レベル、校舎や寮、職員寮、小さな町に、訓練用の極小瘴気孔のある森……そして貴賓用の会場まで。
結局、あの後、七回も噛んだ私は、すっかり項垂れながら部屋でドレスに着替えたのだった。ガートルードさんが選んでくれたドレスは、着心地もさることながら見栄えも良く、ロレンティアが「誰が見繕ってくださったの?」と私の髪を結いながら褒めてくれた。
友人たちと移動すると、既に会場内には来賓客が揃っているようで、扉の向こうから声が聞こえた。仕方なく列の後ろに並ぼうとすると、メニュエル先生から「はい、最優秀者さんはこちらよ」と声が飛んできた。
どうやら男子生徒一位と女子生徒一位を筆頭に、男女で並んで入場するらしい。
しかも、エスコートされて。とんでもないしきたりだ。
仕方なく、先生に促されるまま列の一番前に移動すると、既にオーウェンがいた。
いつもと違う、上等な生地を使った服を着ている。
「……猿がめかしこんでる」
「……スケコマシが着飾ってる」
「猿がめかしこんでいるよりは自然だけどな」
「入場前に青あざ作っとく?」
傍らにいたメニュエル先生が、思いっきり溜息を吐いた。呆れた様子で額に手を当てていた。
「こういう時くらい褒めなよ、オーウェン」
すぐ後ろにいたジルが苦笑いする。
今日のジルは、まるで絵本の中の王子様のような出で立ちだ。隣に立つロレンティアも、負けず劣らず綺麗だ。
「いや、これが最上級の誉め言葉なんで」
「……言っとくけど、今日はあんたの挑発に乗らないから」
「ふぅん」
ふぅんって。
何なの。
大して興味が無さそうに返され、危うく喧嘩に乗ってしまいそうになったのを堪えた。ここで心を乱されて、ドレスの裾を踏んで転んでもしたら大恥だ。
深呼吸しようと、細く長く息を吸って、ゆっくり吐き出した。
その瞬間、扉の外で何だか壮大な音楽が流れ始めて、落ち着き始めようとした心臓が、またばくばくとなり始めた。
なんてタイミングの悪さ。
いよいよ扉が開くことを、メニュエル先生が生徒全体に目配せし知らせる。
「あぁ、そういえば」
隣の男が小さな声で話しかけてきた。
「何?」
「産まれたって、赤ん坊。ガートルードさんも元気」
「えっ、男の子?女の子?どっち!?」
「妹」
つまり男所帯のアンブロジオ家に、ガートルード様待望の女の子がやってきたということだ。
ガートルード様を思い出す。優しく撫でていた、あの大きなお腹。あの中にいたのは女の子だったのか。
一人感慨にふけっていると、そのまま重厚な扉が開き、オーウェンが「ん」と手を差し出し、私はその手に自分の手を添え、一歩踏み出す。
(そっかぁ……、産まれたのかぁ……)
一族にいた頃、下の子が産まれてはよく世話をしていた。産まれたばかりの赤ちゃんは、とても可愛い。うにうにと両手両足を動かす姿はたまらないし、自分のしゃっくりが出る度にびっくりする姿も良い。
首が座らないので、抱っこするのは緊張してしまうけれど、唯一絶対の平和と幸せを抱っこしているようで、何とも言えない気持ちになる。
評定会が終わればすぐに冬女神の季節になる。このムカつく男も、産まれたばかりの赤ちゃんの可愛さに打ちのめされるに違いない。
そういえば、侍女頭のウェイトリン様が仰っていたな。アンブロジオ家は王族の傍系、つまり始祖王の血筋も継いでるから美形が多い。
となると、産まれてきた女の子も、この目の前の男みたいに、やけにまつ毛が長く顔の整った女の子なのだろう。
練習した通り、中二階の豪華な椅子に座る王様へ、カーテシーを取る。
隣の男が小さな声で囁く。
「終わったんで離れて貰えます?」
「は!?」
代わりに大きな「は!?」が口から飛び出してしまった。
勢いよく私は離れた。
(いつの間にか終わってた……)
何なら、何も覚えていなかった。嬉しい報せに思いを馳せすぎて、何一つ思い出せない。
壁際に控えて、他の生徒たちを眺めた。
「……何が起こった……?」
向こう側の壁に姿勢よく立つ男は、何事も無かったような顔をしていた。
♢
できるなら、もう二度とこういう堅苦しいのはごめんだ。
手ぶらだと、どうにも心許ないのでグラスを持って壁際にいた。声を掛けられたくないので、僅かに飲み物を残しながら会場内を見渡す。
他の生徒は、賓客と歓談をしていた。
先ほどいつの間にか踊っていたオーウェンも、今は女の子に囲まれていた。相変わらずおモテになるようで。
私はと言うと、賓客と思わしき大人に、どうも遠巻きに眺められている。耳が良いので、こそこそ話がよく聞こえる。
「あれがドラスニール族の……」
「暴れたりしないのだろうか……」
魔獣扱いには、もう慣れた。今更何とも思わない。
実際、暴れようとすれば、一族最弱の私でも十年級の魔獣並なのだから、倦厭されるくらいが丁度いい。
「そこの君」
不意に、視界が僅かに暗くなった。
声を掛けてきた人物は見上げる程大きく、まるで壁のような、筋骨隆々の大きな男性がいた。
魔法騎士団の関係者だろうか。
だとしても、ここにいるのはおかしい。
髪を後ろに撫でつけたその人は、
「突然話しかけてすまない」
と、礼儀正しく私に謝罪をしたので、慌てて私も「い、いえ!」と返した。
「私はレオナルド・シェラウザ。王庁で護政官をやっている者だ。君は……先ほど、講堂で発表をしていたね、見ていたよ」
見た目に反して、穏やかな話し方だった。
「は、はい」
「君の発表……『加護分布の偏りと自然災害リスク』、素晴らしかった」
目の前にスッと大きな手を差し伸べられ、その手を握る。
私の手なんて軽く握りつぶしてしまいそうな、大きな手だ。
――……王庁。
(確か、三機関の……)
政治や法を司る枢機会、軍事を司る魔法騎士団、そして国政を司る王庁。
王庁は法律に基づいて国民の暮らしを守る機関だ。
(……ということは、この人は文官)
解かれたその手をよく見れば、確かに剣だこではなく、筆だこがある。
「いえ……各地方の加護分布についてはジョン・ミドラン教授の見解も参考にしているので……」
「ミドラン氏は加護分布図の研究者だね。彼の文献を学生であそこまで理解できているのなら十分だよ、それ以上は実地で学ぶものだ」
レオナルドと名乗ったその人は、私の顔を暫くじぃと見た。
着慣れないドレス、やっぱり変なのかもと不安になった。
「いや、すまないね。旧友にとても良く似ていたから。
――……初対面で失礼だが、君の母君の名前は、アーティリア・フィルでは?」
「……! 母です!」
思いがけない名前に、思わず前のめりになる。
「あっ……でも、母は私が産まれた時に亡くなったと聞いていて……父からも母の話は聞かされていないので、お話できることは無いのですが……」
「じゃあ、これは知らないだろう。君のお母さんは、私と同期の護政官だったんだよ」
「護政官……」
確か、王庁で働く人たちの総称だ。
「そう、ちょうど今日の君の発表内容と同じ、神々の加護のバランスが乱れた土地に出向いて調整をし、時には極小瘴気孔の鎮静に出向いたり……、優秀な人だったからね。いろんな仕事を任されていた」
ガートルード様に続いて、母のことを知っている人。
もっと母のことを聞こうとした時、「レオナルド!」と呼ぶ声と共に、儀礼用の騎士服と腰に剣を刺した女性が近づいてきた。
「レオナルド、どいてくれ!」
後ろで括った煉瓦色の長い髪を揺らし、声量の大きなその人は、私の前に立ち止まった。
「君!君!!君!!!今年の女子成績最優秀者はドラスニール族と聞いて、楽しみにしていたんだ!!!」
「は、はぁ……、あっ」
その人は私の手から、もうほとんど飲んでいないグラスを奪って、通りがかった給仕の男の人が持つトレーに乗せた。
こんなにも勢いと圧力のある人は初めてで、私は思わずたじろいだ。
「……ロッコ。シモンが睨んでいる」
レオナルドさんのその一言で、ロッコと呼ばれた女性はわざとらしく両手を挙げて後ろへ下がった。確かに、会場の違う場所から、鋭い視線でこちらを見る男性がいた。
(……ロッコって、あの?)
「すまない、私はクロエ・ロッコ。魔法騎士団長をしている」
手を差し出され、そのまま握る。女性にしては硬い皮膚をしている。
毎日の研鑽の賜物だろう。
彼女は有名人だ。
魔女としても騎士としても、今この国で一番強い。確か魔法階位も九階位を納めている。彼女の活躍は毎日のように新聞で報じられており、この国に住んでいる人であれば知らない人はいない。
思わぬ人物に声をかけられ、背筋が伸びる。
彼女は顎に手を当て、ふむと私を見ると、にかっと、まるで太陽のように明るく豪快な笑顔を見せた。
「魔法騎士団に来ないか?」
「ダメだ。世界協定で禁止されている」
あまりに早い返答だった。レオナルドさんに一刀両断をされると、ロッコ団長は「分かってるよ、相変わらず冗談が通じないんだから」と、うんざりとした表情をした。
「でもな、レオナルド。彼女は怪力で戦闘センスは抜群、身体能力も桁外れ。しかもこの学園の成績優秀者。これは国の軍事を担う者として、誘わなければ彼女にもドラスニール族にも失礼だろう」
「取って付けたような言い訳がよく出るものだ。おかげで俺とシモンの胃は穴だらけだよ」
「それが私の仕事だからな?」
目の前での応酬に呆気にとられていると、レオナルドさんは首筋をかいてから、私に視線を向けた。
「君、卒業後の予定は?」
「いえ、まだ未定です」
「君の発表は素晴らしかった。もし、王庁の仕事に興味があり……、それに君の母上のことを知りたいのであれば、護政官という道も検討してみて欲しい」
引き留めてしまって悪かったと、レオナルドさんは最後に言うと、ロッコ団長を連れて去って行った。
給仕の人から、新しく葡萄ジュースが入ったグラスを受け取ると、私はぼんやりと、見事な装飾が施された天井を眺めた。
「護政官かぁ……」
「なるの?」
「わっ」
突然の慣れ親しんだ顔に驚いた。
いつの間にかジルが隣に立ち、私の顔を覗き込んでいた。
ジルもここ最近、身長が伸びて、私より頭一つ分ほど大きくなった。
この人も先ほどまで、男女問わず囲まれていたけれど、どうやって抜けてきたのだろう。
「アルクセイがトランディアに残ってくれたら、嬉しいなあ」
その言葉は、私の僅かに立っていた棘に引っかかった。
「戦闘民族だから?」
あ、いけない。これは性格の悪い質問だ。
ロレンティアや先ほどの人たちのように、私を歓迎する人がいる一方で、悪意を持った人がいるのも知ってしまった。
散々、いろんな大人が私のことについて話をしていて、癪に障っていたのだ。
ジルは少し目を大きく見開いて、少し困ったように笑った。
「違うよ、アルクセイが好きだからだよ」
「……ごめん」
「謝らないでよ、むしろ王族である僕が謝るべきだ。ごめんね、まだ学生だから黙らせられない」
優しい口調なのに、内容は物騒だ。
ジルが怒ってくれてる。それだけで十分だ。
「もし、アルクセイが護政官になってくれたら、これからも気軽にたくさん会える」
「……うん」
「僕は、王族として別の角度から国の助けになりたいから、枢機会に入るよ。そしたら、アルクセイみたいな子が、誰にも文句を言わせずに住めるように頑張るからさ、ね?トランディアにいてよ」
顔を覗き込まれた上で、甘えたような視線を送られる。
さすが妖精姫と言われるだけある。甘え上手だ。
「……僕、結構寂しがり屋なんだよ」
「じゃあ、私が国を出たら泣いちゃう?」
「泣き腫らすかも」
「それは大変」
ジルなりの冗談だと分かってはいるけれど、ここまで言ってくれる友人がいるなんて、よく分かりもしない大人の陰口にイライラしていた自分が恥ずかしい。
「前向きに検討します」
「君、意外にこういう時は流されないよね」
「うん、自分でしっかり決めたいから」
何だか申し訳ない。けれど、安易に答えてはいけない気がした。
ジルはその場を離れようと、革靴を鳴らしながら数歩、歩くと「あ」と何かを思い出したかのように、こちらに振り向いた。
「遅くなってごめん。そのドレス、似合ってるよ」
「……ありがとう、ジル。私も遅くなったけど、ジルのこと、好きだよ」
嫌な気持ちも将来の悩みも、ジルのおかげで一気に吹き飛んで、気分が良くなった日だった。




