15. 嫌がらせ
※三人称視点です
長期休暇が終わり、生徒たちが続々と登校してくる中、学園はとある話題で持ちきりだった。
アンブロジオ家の馬車から、犬猿の仲であるアルクセイとオーウェンが降りてきたのだ。
……ただし、不服そうな顔で。
相変わらず口喧嘩は絶えず、しまいには小突き合いも始める二人。
眉目秀麗で、同学年だけではなく他の学年からも憧れる者が多いオーウェン・アンブロジオと、長期休暇中に何があったのか。
邪推する者は少なくなく、更には事情を知っている双子が面白おかしく周囲に話したものだから、その後しばらく、アルクセイに対する嫌がらせが横行した。
同室の友人たちはその気配をすぐに察し、彼女を一人にしないよう常に行動を共にしていた。
……が、当の本人はどこ吹く風で、嫌がらせに気付いていない様子だった。
ある日、アルクセイの筆記具が無くなる事態が起こった。
いつもオーウェンと喧嘩をしているので粗暴な印象が強いアルクセイだが、意外にも几帳面な性格であるため、物の管理はしっかりしている。
そんな彼女が「おっかしいなあ」と腕を組み、頭をかしげるのだ。
そんなアルクセイを突いてやろうと思ったのか、女子生徒が「あら、何かお探しで?」と嫌味を込めた声で話しかけた。
「筆記具をなくしちゃったみたい」
「あなたの持ち物って汚れているから、ゴミと間違えて誰かが捨ててしまったのではなくて?」
周囲が思わず彼女達に意識を集中する中、アルクセイは目をぱちぱちとさせ、腕を組んだ。
「えー、じゃあ諦めて新しいの買おうかな?……あ、あなたって凄く趣味が良いよね!新しく買う時に参考にしたいから、おすすめのお店とか教えてよ!」
と、毒気のない言葉で返すものだから、相手は罪悪感を覚えたのか、後日、筆記具を元の場所に戻したらしい。
ある日、机の中から探していた筆記具が見つかり、「騒がせちゃってごめん!見つかったよ!」と、一緒に探してくれていたロレンティアに、アルクセイは気恥ずかしそうに笑った。
他にも、とある女子生徒がすれ違いざまにアルクセイにぶつかったが、女子生徒の方が倒れ、アルクセイが慌ててお姫様抱っこで医務室に駆け込んだり、誰かから嫌味を言われようものなら「心配してくれてありがとう!優しいね!」と笑顔で返す始末だった。
同室の誰かが声をあげる前に、アルクセイはすぐに渦中に飛び込んでは火を消しまわる。その傍らで、オーウェンとは変わりなく喧嘩をし、当のオーウェンもまた変わりなく他の女子生徒には公爵家子息らしく紳士的に接するので、嫌がらせは徐々に収まっていった。
またアルクセイの驚くべきことに、嫌がらせをしてきた一部の女子生徒と仲良くなっているので、友人たちは苦笑いをしながら胸を撫でおろしていたのだった。
「……ねぇ、メーベル。あれ、本当に気付かずにやってるのかなぁ」
談話室の一角で、ソナがメーベルに話しかけた。
ソナの視線の先には、窓際でアルクセイが、筆記具を隠したであろう女の子と、新しく学園内の敷地にできた店について話し合っている姿があった。
彼女はその後、筆記具を隠したことをアルクセイに謝罪し、親しくしているらしい。
「さぁねぇ……。元から鈍感なんだろうなとは思っていたけど」
嫌がらせをしてきた人間と仲良くするなんて。
メーベルは喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
あのお人好しらしいといえばらしい行動だ。ああやって許してしまえるのは、戦闘民族で普通より力を持っている人間の余裕だからか……。
(……無いわね)
何も含んでいなさそうな笑顔を相手に向けているアルクセイを眺めながら、メーベルはカップに口をつけ、紅茶を一口飲んだ。
「気付いていないなら、それでいいんじゃない?」
「そうだね……。知らないなら知らないままの方がいっかぁ……。何か自分で上手いことやっちゃってるし。私にはできない芸当だよ」
「ソナは真っ向から立ち向かって『何するのよ!』って言うタイプよね」
「メーベルは悪口を言われたら、それを上回る火力で言い返すタイプでしょ」
「否定しない」
赤髪と砂金色の髪を揺らしながら、くすくすと笑い合う。
同室の五人の中で、特に二人は女子特有の空気を読むのに長けている。だからこそ、今回のアルクセイに対する嫌がらせについては、身構えるものがあったのだ。
しかし、危惧するような事態にはならず、同じ部屋で暮らす友人が必要以上に苦しむことが無くて良かったと、安堵しているのだ。
そんな時、オーウェンが談話室に戻り、男子寮にある自室へ行こうと、二人の近くを通りがかった。
「あ、ねぇねぇ、オーウェン!」
ソナが何かを思いついたのか、にやにやとした表情を浮かべ、オーウェンを引き留めた。
「結局さーあ?本当にアルクセイとは何も無かったの?同じ屋根の下で」
いつもより僅かに大きな声で話しかけたソナ。
メーベルはその真意をすぐに察した。
ソナの言葉に、談話室にいる女子生徒の数人が、こちらに控えめな視線を送ってきた。
ちらりと視線を窓際にいたアルクセイにも向けると、彼女は自室に戻ったのか、すでにいなかった。
「ねぇよ」
即答だった。しかも、ため息交じり。
思わずメーベルは苦笑いをした。
「あいつと極力、顔を合わせないように外出してたくらいなんだけど」
オーウェンにとっても、もう何度目か分からない質問なのだろう。その声色に苛立ちが見え、声も僅かに大きかった。
「なによ、つまんない」
「人を娯楽にすんな」
メーベルは飲んでいたカップの柄を弄りながら、頬杖をついてオーウェンを見上げた。一方で、向かいに座るソナが「ちょっと待って」と至極真面目な口調で手を挙げ、話題を止めた。
オーウェンとメーベルの視線がソナへ向けられる。
「何で私らにまで、アルクセイと同じ態度なの?前はもっと、他の女の子と同じように接してたじゃん!」
「あー……」
心外だとでも言いたげなソナの態度に、オーウェンは声を漏らしながら暫く考え込む素振りを見せたが、すぐに口を開いた。
「お前ら、あいつと同室じゃん。色々と筒抜けなんだろ。今更取り繕う必要って、ある?」
「光栄ね。つまり、アルクセイと同じように接してくれるってこと?」
つまり、オーウェンはアルクセイだけを特別に扱っているわけではない。
オーウェンがソナの思惑に乗り、わざとそう発言したのかは定かではなかったが、彼の返答は、ソナとメーベルにとって十分なものだった。
「区別すんのが面倒なだけです」
オーウェンは付き合い切れないとでも言いたげな表情で「じゃ、部屋戻るんで」と素っ気なく去って行った。
こうして、アルクセイに対する嫌がらせは、このやりとり以降、完全になくなったのだった。
明日から21時代投稿固定になります。




