14. アンブロジオ家③
アンブロジオ家の馬車には、奥様とウェイトリン様、そして私とオーウェンの四人が乗ることになった。馬車に乗る際、オーウェンは身重の奥様に手を差し伸べたりと、それなりに気を遣っているようだったが、「女の子の前だから格好つけてるんでしょう」と奥様にクスクスと笑われていた。
仕立て屋に到着し、店内に入る。
豪華な調度品が揃えられており、いかにも貴族御用達という雰囲気だった。慣れない雰囲気に、きゅっと気持ちが引き締まる。奥の方から、店の主と思われる女性が現れた。
奥様が店主と話している後ろで、オーウェンが私の横に並んだ。
横目で私を見下ろす。
「何を企んでんだよ」
「……何も?別に」
「嘘つけ、目が泳いでる」
そんなわけない。
ちらりとオーウェンを見上げると、目が合う。そのままじぃと無言で睨み合った。
キリがない。
「……ねぇ、弟か妹が産まれてくるのは、オーウェンでも嬉しい?」
「……お前、俺を何だと思ってるんだよ」
つまり。
どうやら、この男でも嬉しいらしい。
まるで私が非常識なことを言ったかのように、オーウェンは眉根を寄せて見下ろしていた。
その返答に、ふふん、と思わず笑う。
悪い奴ではないのは知っていたけれど、今の返答は良かった。
「それでね?」
不意に奥様に腕を掴まれ、店主の前に引きずりだされた。
「今日はこの子用に一着仕立てて頂きたいの。ついでに息子の採寸も」
「奥様!!??」
思わず声をあげてしまった。すぐに店の中だと思い出して、口を噤む。
私のような人間には手が届かないランクのお店。
そして何より、下働きの侍女にドレス。
とんでもない話だ。
あわあわしていると、奥様の隣にいたウェイトリン様に「アルクセイさん」と窘められた。
奥様が私の手を取る。
「だってあなた、ご家族と離れて暮らしていて、ドレスを一緒に決めてくれる大人が近くにいないでしょう?」
「そうですけれど……。でもドレスなんて着る機会、ないですし……」
「あら、トランディアではね、十六歳の成人を迎えたら、ドレスを着る機会は多いのよ」
そういえば、貴族ではないソナやメーベル達もドレスがどうのと話していたのを思い出した。
興味が無さ過ぎて、何も気にしていなかった。
「で、でも、そんなお金、用意もしていませんから」
「ああ、そんなことは気にしないで。オーウェンのお小遣いから出すから」
「えっ」
ならいいか、と一瞬思った自分がいた。もちろん借りを作ることになりそうだから、良くないけど。
少し離れたところから「ちょっと、勝手に決めないでください」という声が飛んできて、奥様はふふといたずらっ子のように笑った。
「冗談よ。本音を言えば、いつか自分の娘と一緒にドレスを選んであげるのが夢だったのよ。もしお腹の子が男の子だったら、こんな機会はきっと滅多に無いと思うの。だから付き合って?ね?」
両手を合わせて小首を傾げられたら、断ることなんて、むしろ失礼なんじゃないかと思ってしまった。
なんてお願い上手だ。
私が「じゃ、じゃあ……」と口を開き、一番安いものを……と言おうとしたら、最後まで聞く気がないのか、奥様は店員さんに向けて「はい!じゃあこの子の採寸をお願いね!」と私の背をぐいと押したのだった。
(ごっ、強引……!)
私の心中なんてお構いなしに、店員さんに試着室へと促され、そのまま流れるように侍女服を脱がされた。
あれよあれよと巻き尺で採寸をされ、あれもこれもとデザインの雛形であるドレスを何着も着せられた。
ウェイトリン様までも「瞳が青いので、差し色として青を使った方が……」と、いつもの表情で意見を言う始末で、困惑してしまった。
何着も着て、生地を胸元に当てられ、良し悪しなんて分からなくなった頃、「あら、これいいわね」と奥様が声を挙げたのは、小さなキラキラと光る石がたくさん付いた、明るいシルバーのドレスだった。
別室で採寸が終わったオーウェンが戻ってくると、私を一瞥すると、そのまますぅとガートルードさんがついているテーブルの向かいに座り、コーヒーを飲んだ。
「あら、紳士はこういう時、女性を褒めるものよ?」
奥様の諫めるような口調に、オーウェンは紅茶を飲む手を一度止めた。私をちらと見ると、興味なさそうにすぐに視線を戻した。
「チビだからドレス負けしてますね」
「ちょっと!誰がチビですって……!」
「一年の頃から身長据え置きのお前ですね」
(学園だったら殴っていたのに!)
わなわなと拳を握るが、さすがにこの状況で手を出すほど、私も馬鹿ではない。
「こらっオーウェン!なんて言い方をするの!!」
「っ」
ぱしんっ。
小気味よい音が鳴る。
奥様がオーウェンの後頭部を引っぱたいてくれたので、思わず拍子抜けし、毒気が抜けた。
オーウェンは何も反論せず、殴られた後頭部を摩ると、不貞腐れたように「席を外します」と言って、外の空気を吸いに出て行ってしまった。
「んー……でも確かにそうね……。これじゃあ人混みに埋もれてしまうわ。靴も買いましょう。このドレスにあった踵の高いものを持ってきて、裾もその分伸ばしましょう」
「かしこまりました」
店の主が手を叩くと、奥から店員がたくさんの靴を持ってきた。
私に座るよう促すと、今度は靴の試着が始まってしまった。
「おっ、奥様ぁ……!」
「大丈夫よ、最初はバランスが取れないかもしれないけれど、すぐに慣れるわ」
(そういう問題じゃない!)
どんどん買うものが増えていっている気がする。
何とか口を挟もうとするけれど、仕えている方の話を遮ってはいけないと、王城の侍女に教えてもらった。
そのため、私は口をぱくぱくさせてしまうだけで、中々会話の合間に入れない。
「このドレスについた石、素敵ね。この石で髪飾りを誂えてもらえる?」
「かしこまりました」
「ま、待ってください……!」
やっとのことで会話に入り込めたが、時既に遅し、話がまとまった後だった。
「あなたが学園に戻るまでには届くそうよ、良かったわね!」
奥様の笑顔の、なんと眩しいこと。
もう受け取れませんなんて言えない。私は、それは低く頭を下げた。
「ありがとうございます。その……大切にします」
「ええ!そう言って貰えると嬉しいわ!」
本来の目的と、大分異なってしまった。
オーウェンとの間に誤解があるようだったから、少しでも解消できたらと思ってオーウェンを巻き込んだのに、いつの間にか奥様のペースだった。
鼻歌交じりに店を出ようとする奥様の前を歩き、店の扉を先に開けると、オーウェンがいた。慌てて何かを上着の内ポケットにいれる仕草をして、すぐに人差し指を動かすと風魔法を使った。一瞬だったので、どんな風魔法かは分からなかったが、魔力香に交じって、何か煙のような匂いが僅かに残っていた。
(こいつ、悪いことをしていたな……?)
訝しんで見上げていると、後ろの方で「あっ」という奥様の小さな悲鳴が聞こえた。
「奥様!」
ウェイトリン様が悲鳴をあげる。
一瞬だった。
ドアの段差に躓いたらしい。
倒れこんできた奥様に手を伸ばし、受け止めた。気付けば、オーウェンも受け止めるように肩を抱いていた。
「……っ」
心臓がばくばくする。
もし転んでしまっていたら。お腹の赤ちゃんのことを思うと、背筋がぞっとした。
「っ、あぶねぇ……」
オーウェンも同じような想像をしてしまったのか、珍しく慌てたようで、安堵の息を漏らしていた。
ウェイトリン様がすぐに駆け寄り「奥様、大丈夫ですか?」と両肩を支えるので、私とオーウェンは手を離した。
「ありがとう、ごめんなさいね。足元が見えなくて……」
奥様は胸に手を当て、ゆっくりと呼吸を整える。
そして数秒、私とオーウェンの顔を眺めた後、にこりと笑った。
「あなた達、息がぴったり。仲いいでしょ?」
「「違います」」
「ほらぁ!」
さっきまでの緊張感はどこへやら。
今度はお腹を抱えて笑うものだから、私とオーウェンは肩を落とした。
無事ならそれでいっか。
「そんなことはどうでもいいんで。腕に掴まってください」
「あら、生意気に」
「ガートルードさんが転ばないなら、生意気で結構です」
その返答に、オーウェンの腕に掴まった奥様は、ぽかんとオーウェンを見上げる。
(……ほら、やっぱり)
奥様が約束を破ったと言っても、そもそもオーウェンは三男で、次期当主は長兄に決まっている。跡取りの観点から、オーウェンが不機嫌になる理由はないし、何よりもう十六歳だ。小さな少年のように母親を取られるなんて気持ちは、起きないはずだ。
私には喧嘩を売ってくる嫌な奴だけど、性根は悪い奴ではないのを、一年生の頃から知っている。
「ねぇ、あなたは弟と妹、どっちがいい?」
ガートルードさんがオーウェンの腕に掴まり、にこにこと笑顔で見上げる。
「……どっちでも。あなたと赤ん坊が元気なら」
「もう!そういう所は父上にそっくりなんだから!」
私とウェイトリン様は、その様子を後ろでくすくすと笑いながら見守っていた。
その後、奥様はオーウェンに「折角の休暇なのだから、家でもゆっくりなさいな。あなたと話したいわ」と言うと、オーウェンは素直に外出の頻度を減らし、屋敷にいる時間を過ごした。
オーウェンはぼそっと呟いていた。
「こいつの顔を見ると疲れるから出てたんだけど」
……まぁ、大体予想通りの理由である。
家の中に同級生がいるというのは、確かに気が休まらないのだろう。そこは申し訳なく思った。
私は何も言わず、奥様と話すオーウェンのカップに紅茶を注いだ。
一方、私はというと、ドレス代で頭の中がいっぱいだったので、とにかく必死に働いた。呼ばれたらすぐに行き、呼ばれなくとも仕事をくださいとウェイトリン様に詰め寄る毎日を送った。
最終日、学園に戻る日。
荷物をまとめて外に出ると、玄関前のポーチには、見慣れた制服を着たオーウェンがいた。
同じ屋敷にいて、同じ日にちに同じ場所へと向かうのだから、そりゃ馬車は一緒になる。お互い、顔を見合わせて大きく溜息を吐いた。
「アルクセイさん、こちらを」
ウェイトリン様はドレスや靴が入っているであろうケースを積み重ねて、御者に手渡した。この短期間で仕上げるとは、さすが高級店。
奥様が大きなお腹をさすりながら朗らかに笑う、その姿を見て、二週間前よりいささかお腹が大きくなったように感じた。
「オーウェン、あなたはその筆不精をいい加減直して、ちゃんと連絡を返しなさい」
「……努力します」
(絶対、努力しないな、これ)
あまりにも分かりやすい口だけの言い方に、思わず苦笑いをした。
奥様……いや、私はもう侍女じゃないので、ガートルード様と呼ぶべきだ。ガートルード様は「まったく!」と腕を組んで鼻を鳴らした後、私に視線を移した。
先ほどとは打って変わって、眉尻を下げている。
「アルクセイさんも、お元気で。この子が産まれたら、会いにこれたら良いのだけど」
残念ながら、それは叶わないだろう。
学園にいる間は特別な理由が無い限りは学園の外には出られないし、逆もまた然りだ。防犯的な観念から、個人的な出入りは禁止されている。
加えて長期休暇になると、私は侍女として王城に住み込みで働くので、次に会えるとしたら、卒業した後になる。
……まぁ、卒業後はトランディアを去る予定なので、この子に会うことは、きっと無いだろう。
「ガートルード様も、どうぞお元気で」
「ええ、ありがとう」
ガートルード様は私に近づくと、両手を広げて抱きしめてくれた。魔力香の匂いなのだろう、石鹸のような匂いが鼻を掠める。何だか気恥ずかしくいると、ガートルード様は私の耳元でささやいた。
「 」
「……え?」
思わず聞き返すと、ガートルード様は身体を離して、口元に人差し指を当てると、にこりと微笑んだ。
「そろそろ出るんだけど」
既に馬車に乗っていたオーウェンが、身を乗り出す。
「あらいけない、引き留めてしまったわ。さあ、いってらっしゃいな」
「あの、でも、ガートルード様」
「何も話さないわ。これはおまじない。あなたとまた会うための」
そんなことを言われては、これ以上問い詰めることはできない。
後ろ髪を引かれる思いで、渋々馬車に乗る。
すぐに扉は閉められ、馬車が走り出す。
「何話してたんだよ」
「……うん、ちょっとね」
先ほどのガートルード様の言葉を、頭の中で何度も反復する。
『アーティリアと過ごしているようで、とても楽しかったわ』
父さんは死んだ人のことを語ると、この世に魂を縛り付けてしまうからと言って、母さんのことは何も教えてくれなかった。
でもそれを見兼ねたおばさんが、出生地がトランディアなのと、名前を教えてくれた。
アーティリア。
アーティリア・フィル。
(……母さんの名前)
私は向かいに座るオーウェンの存在を完全に忘れ、じっと窓の外を見つめた。
(……本当に、卒業したらトランディアを出て良いのかな)




