13. アンブロジオ家②
五日経った。
私の一日は朝早く起きて、他の侍女達に挨拶をし、ウェイトリン様に指示を貰うことから始める。
下っ端なので、仕事内容は殆ど雑用だ。
朝食のため、皿やカトラリーを準備するのだけど、これまた私でも分かるような高価そうな品々で、慎重に扱わなくてはいけない。
食事が終われば、これまた緊張しながら食器類を洗い、磨いて昼食に備える。
使えない子が来たと思われたくなかったので、仕事の合間に小さな仕事を見つけては率先してこなしていった。
周りは年配の侍女ばかり。話を聞くと、アンブロジオ家は五人兄弟で、やはり私の想像通りでその容姿の良さから若い人を雇えないのだそうだ。
皆、腰や膝を痛そうにして仕事をしているので、思わず「私が!私がやります!」と名乗り出ずにはいられないのだ。
アンブロジオ家の家の中のことは、奥様が取り仕切っている。
ご当主や他の子ども達も、城勤めだったり学術院だったりで、今この屋敷の中には奥様とオーウェン、そして使用人しかいないらしい。
そして家人のお出迎えには、侍女が行う。
奥様は基本的に庭を散歩する程度で、外出はされない。
なので、日中は王城や双子の家、貴族のご令嬢からのお呼ばれで帰ってくるオーウェンを出迎えるのだが……。
「よろしく、侍女」
いつものあの意地の悪そうな笑顔で、私に上着を押し付けてくるのだ。
そう、私は侍女だ。受け取らないわけにはいかない。
笑顔を崩さず、他の人に聞こえないような小さい声で返した。
「私はあんたの侍女じゃないんですけど」
「下っ端なら仕事は臨機応変にこなした方が賢いと思うんですけど」
「あんたに気を遣われるまでもないんですけど!」
「人の親切心は素直に受け取っておくべきかと思いますけど」
私が睨みつけても、どこ吹く風らしい。
いつもの勝ち誇ったかのような顔をして自室に戻り、私はランドリールームに行き、仕事として上着の手入れをする。それも五日もすれば慣れてきた。
♢
昼下がりになると、奥様から決まってお茶のお相手に誘われる。初日から続いている。
奥様は大抵、私のことや学園生活のことを聞いてきた。
ただ、今日はいつもと違った。
お茶が終わるとそのまま鏡台へと誘われ、椅子に座らされた。
『こうやって女の子の髪を結ってあげるの、ずっと夢だったのよねぇ〜』
『ほんと……女の子っていいわよね……。うちは男ばっかでむさ苦しいし、外面だけは良くてね……』
……と、奥様はそのまま私の髪を結い始めたのだった。
私は下っ端だ。
それも、すぐに出て行くような。
なるべく穏便に、そしてお給金に見合った仕事をしたい。
こんなことでは他の先輩方に申し訳が無い。
助け舟を出して貰えないだろうかと、ちらと隣の年配の侍女に視線を向けたら、「あら奥さま、このように結い上げてみるのも良いかもしれません」なんて、奥様と一緒になって髪をいじりはじめてしまった。
(公爵家だよね……!?ゆるすぎない……!?)
そんな葛藤を知らない奥様は、口を開いた。
「ウェイトリンから聞いたわよ。あなた、オーウェンと仲が良いのね」
「あの奥様……お言葉なのですが、仲が良いという認識が私には無くてですね……!?」
失礼を承知の上、拳に力をいれ精一杯の否定をするが、奥様はくすくすと笑った。
「ごめんなさいね、あなたからしたら確かにそうよね。でも、あの子が女の子にあそこまで素で接しているなんて、見たことないもの」
それは私のことを女の子として見てないからなんだと思うんだけど……と喉まで出かかった言葉を、私は呑みこんだ。
「あの……それより、私、申し訳ないです。
短い間とはいえ、働きに来たのに、お茶を頂くばかりか髪まで結って頂くなんて……」
「あははっ、いいのよ、硬くならないで楽にして。オーウェンはあまり友人を連れて来ることは無かったから、あの子が学園でどう過ごしているか聞けるチャンスだと思って、あなたを引き受けたのよ。それに、あなたは働き者でいつも元気だから、見ていて楽しいの」
楽しいというのはどういうことなのだろうか、と年配の侍女にちらりと視線を移した。
彼女はカリーナ様。
柔和な雰囲気で物腰も柔らかく、白髪の混じった髪を綺麗にまとめ、丸い眼鏡をしている。
ふと、目が合う。
眼鏡の奥の相貌が優しく細められた。
「アルクセイさんはよく動いてくれますし、私たちだと腰が痛くなるような仕事も率先してやってくれるので、みんな助かっているんですよ。……それに、ずっとお坊ちゃまたちのお世話で、こうやって若いお嬢さんの髪を結うのは、娘にしていたのを思い出しますわ」
「そうですか……」
どうやら有難いことに、気に入って下さっているようだ。
でも考えれば、いくら下っ端の侍女とはいえ、相手は仕える家の坊ちゃんの学友だ。お客様対応をされているのかもしれない。申し訳なさすぎる。
お世話になっている間は、もっと今以上に頑張らなければ。
「ただねぇ……」
奥様は頬に手を当て、困ったような仕草をした。
「オーウェンよ。あの子ったら、お友達が来ているっていうのに、遊び歩いちゃって」
初日に見かけてから、あの男の姿を日中、見かけることは殆ど無かった。
何かと理由をつけて、いなくなるのだ。
それこそ、今日はカロンとキランの双子の家に行くとか言って。大方、あの双子のことだから、アンブロジオ家に私が侍女として働いていることを知って、今頃ゲラゲラと腹を抱えて笑っているのだろう。
帰ってきても、顔を合わせれば軽口を飛ばしてくるが、部屋に戻るとほとんど出てこない。
私からすれば、顔を合わせれば喧嘩になるオーウェンに四六時中、気を遣わなくて良いのは、大変助かる。
「やっぱり、約束を破っちゃったからかしら」
奥様は俯き、ゆっくりと自身の大きく出たお腹を優しく撫でた。
前髪が陰を作り、表情がよく分からない。
「約束、ですか?」
奥様は首を傾げ、くすくすと笑う。
「私、後妻なのよ。この家の子ども達とは、誰とも血が繋がっていないの」
私は奥様の赤い髪に、視線がいった。
「夫と前妻のミシェルとはね、学生時代の友人で……特にミシェルとは親友だったの。彼女が亡くなって、残されたのは五人の兄弟と、妻に先立たれて呆然自失の夫。私にとってあの子たちは、親友の遺した忘れ形見。放っておけなかったの。だから、子どもを育てさせてくれって言ってプロポーズしたのよ、断られたら殴るつもりで」
「殴る……!?」
「私の実家は父親の代で成り上がった男爵家で、爵位はあれど、子供の頃は庶民だったの。夫とは学生の頃はうんと仲が悪くてね?」
くすくすと眉尻を下げて、奥様は笑った。
奥様は私の髪を束ねると、丸眼鏡を掛けた侍女から髪紐を受け取り、くくり始めた。明るい女性という印象はあるけれど、豪胆だったとは。
「結婚して……子ども達に言ったの。母親と思わなくていい、夫と子どもを作るつもりもない。ただ、育てさせて欲しいって。でもね、時間って不思議ね。夫との関係も、思いがけない方へ変わったわ」
だから、怒ってるのかもしれないわね。
奥様はそう言って、私の髪を器用に編み込んで束ねて留めていった。その表情は少し不安そうで、胸が痛んだ一方で、ある疑問が浮かんだ。
(あいつ、そんなのを気にする奴じゃないよね……?)
オーウェンの肩を持つのは癪だけど、あいつは新しい命を宿して約束を破ったからと言って臍を曲げるような器量の狭い人間ではない、と思う。
ちら、と奥様に視線を向ける。
一族にいた頃。
子どもを授かった姉さんの多くは、気持ちが弱くなってしまう人もいて、皆でよく励ましていた。おばさんが言うには、子どもを授かると繊細になってしまうものらしい。
どんなに強くても、不安になってしまう。
命を産むということは、偉業なのだ。
偉業を前にすれば、人は怖気付くこともある。
奥様の話を聞くに、元々は豪胆な人柄なのだと思うけど、子どもを授かって、姉さん達と同じように繊細になっているのかもしれない。
「やだ、余計な話をしちゃった。オーウェンには内緒ね。あの子、自分の話をしたがらないから、きっと話したと知ったら嫌な顔をするわ」
「……わかりました」
あいつの嫌な顔を想像するのは、容易かった。
けれどこんな話、弱味にもできないし、そもそもからかっていい話ではない。
それよりも、不安なまま子どもを産むのは……何だか辛いのではないだろうか。
どうにか力になれないかな。
うーんと考えていると、部屋の外の廊下から何やら足音が聞こえた。
学園でよく聞いた足音だ。
オーウェンが帰ってきたのだ。
(そうだ!)
勢いよく立ち上がってしまったので、奥様が「あら」と小さく驚いた。慌てて、「ごめんなさい」と頭を下げた。
そして急いで部屋の扉まで行くと、勢いよく開いた。
廊下にいる人物を、絶対に逃がしてはいけない。
「オーウェン!」
「っ、なに」
丁度目の前を通りかかろうとしたタイミングだったらしい。
オーウェンは僅かに後ろへ体を揺らしたが、そんなのはお構いなしに、オーウェンの手を掴んで部屋へと引き入れた。
「身籠られている時は適度な運動が良いと聞きます!オーウェン……様もご帰宅されていますし、一緒に外出されてはいかがでしょう!」
「はぁ?」
気分転換にもなるし、二人で出かければ自然と話して、もしかしたら誤解も晴れるかもしれない。
そして私は、侍女として仕事の続きができる。
奥様は一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐにぱあと表情が明るくなった。
「いいわね!折角だから仕立て屋に行きましょう!オーウェン、あなたまた背が伸びたから、採寸が必要だわ」
「……わかりました」
「アルクセイさんも!折角、髪を結ったのだから、一緒に行ってくれるわよね?」
「えっ、私もですか?」
予想外の展開に、頭の中でどうにか断れないか言い訳を考えたが、この家の女主人のお願いを断れるわけがない。
「……もちろんです!」
隣の男が「ばか」と小さく言った。
うるさい。
アンブロジオ家
長男は宰相補佐
次男は魔導具開発者で放蕩
三男オーウェン
四男と五男は双子、他国の学術院に留学中




