12. アンブロジオ家 ①
四年生の終わり。
夏女神の季節が近づいてくる頃になると、毎年、皆どこか浮足立つ。
二十日間ほどの長期休暇が始まるからだ。
魔法学園としては施設整備のため、生徒が残ることは禁止されている。
実家が常に移動している私は、学園側とジルの紹介もあって、長期休暇になると王城に下級侍女として住み込みで働かせてもらうのが通例だった。
仕事の合間にジルとおしゃべりも許されていたので、何とも好条件だった。
この夏休みも王城だろう。
そう思っていた。
『ごめん、アルクセイ。今、他国から要人を招いていて、警備の関係で今回は難しいんだ。でも、学園側が今探しているみたいだから、安心して』
申し訳なさそうなジルに対し、私は、
(まあ、そんなこともあるよね)
「気にしないで」と呑気に笑っていた。
学園側が探してくれているんだから、きっと変な所じゃない。
心から安心していたのだ。
そう、心から。
私は目の前で、いかにも高級そうな椅子に座り、これまた高級そうなティーカップで茶をしばく男を見下ろしていた。
相手もわずかに目を見開き、「何でお前が」と言いたそうに私を見上げている。
(なんだって……!紹介先がアンブロジオ家なの……!!)
♢
学園側から紹介されたのは、アンブロジオ家、つまりオーウェンの家だった。
住所と行先だけをユルゲンス先生に告げられて、メニュエル先生の付き添いのもと来た場所は、これまた大きなお屋敷で、中に入ると立派な調度品が揃えられていた。王城とは違う雰囲気に圧倒されていた私に対して、メニュエル先生はどこか明言を避けるようにしていて、「それじゃあ頑張ってね」とそそくさと帰って行ってしまった。
優しいメニュエル先生らしくない。
そう疑問に思い、与えられた侍女服を着て、今後二週間お世話になるお屋敷の侍女長に「まずは奥様にご挨拶をしましょう」と連れられた部屋にいた人物に、私は絶句したのだった。
「奥様、ご紹介したい者が」
侍女長のウェイトリン様が、私の背を押し、挨拶するように促す。
そこでハッとして背筋を伸ばし、見慣れた金髪男から、その向かいに座る赤毛の女性に向き直った。
豊かな長い髪を片側に流したその女性は、貴族の女性としてはゆったりとしたドレスをしていた。よく見るとお腹がふっくらしている。まるで無意識にそうしているのか、その手は腹部を優しく撫でていた。
「あ、えっと、トランディア魔法学園から紹介で参りました。アルクセイと申します!本日より二十日間、働かせて頂きます!」
あら、と声を漏らし、水色の瞳を細めた。オーウェンのお母さんにしては毛色が違うように感じる。
あの金ピカは父親譲りなのだろうか。
「あら、可愛いお嬢さんだわ。オーウェンと同級かしら?」
まるで毬のように声を弾ませ、愉快そうに、奥様は向かいに座るオーウェンに声を掛けた。
オーウェンはそれはもう面倒臭そうに私を一瞥すると、何かをもう諦めたかの様子で深く溜息をついた。
相変わらず腹が立つ。
「……そうですね」
「オーウェンとは仲は良いの?」
オーウェンの何とも曖昧な返事に、奥様はすぐに見切りをつけたようで、私に顔を向けた。不愛想な男と正反対な、まるで花が咲き誇ったかのような笑顔だった。年上の女性にこの表現は失礼かもしれないけれど、綺麗というより、可愛いという言葉が似合う人だ。
そんなことを思う一方で、オーウェンの様子に、私は心の中でほくそ笑んでいた。
(そうだよねぇ〜、オーウェン・アンブロジオも十六歳の年頃だもんねぇ〜!お母さんにクラスの女の子のことをあんまり言いたくないよねぇ〜!!)
心の中でほくそ笑んでいたつもりだったけど、もしかしたら顔に出ていたかもしれない。その証拠にオーウェンが私の顔を見て、額に手を当て項垂れた。
ありがとう、諦めてくれたようなので、ご期待に添いましょう。
「一年生からずっと同じクラスの隣の席で、ご子息には大変お世話になっています!」
やぁいやぁい!と心の中でオーウェンに野次を飛ばしていたら、奥様は両手を合わせ、ぱぁと表情を明るくさせた。
「私もあの学園の卒業生だから分かるけれど、この子の隣ってことは優秀な生徒さんなのね。ウェイトリン、この後の彼女の予定は?」
「邸内を案内し、仕事の説明をする予定です」
……うん?何だか思っていたのと違う展開だ。
オーウェンの学園での話をして、軽くからかう程度のつもりだったのに。
予想外の展開に戸惑っている私をよそに、奥様とウェイトリン様の会話は続く。
「じゃあ、それが終わったらお茶をしましょう。オーウェンの学園での様子が聞きたいわ」
「かしこまりました」
これはまずい。
私は仕事をしに来たわけで、決して奥様とご子息のお茶を飲みながらお話をしに来たわけではない。
「ま、まっ」
「では失礼いたします」
慌てて口を開こうとする私の隣で、ウェイトリン様は、まるでお手本のような美しいお辞儀をしてから、私にスッと鋭い視線で目配せをし「こちらに」と短く促した。
その視線は一切の隙もなく、私は大人しく従うしかなかった。
視界の端では、オーウェンが言わんこっちゃないとでも言いたげな顔(実際は何も言ってない)をしていたので、やっぱり腹が立った。
ウェイトリン様の後ろについて、屋敷の中を歩く。
屋敷の中は迷子になってしまいそうな広さで、構造を理解するのに必死だった。
途中、他の使用人たちに、ウェイトリン様が私を紹介し、挨拶をした。
(年配の人が多い。屋敷はこんなに広いのに。もっと若い人を雇ったら……。いや、大変なことになるなぁ……)
オーウェンのあの顔だ。学園内でも気付けば周りに女の子が集まる男だ。あれが家の中にまで……となると、きっと休まらないだろう。




