11. 三人組
入学してから三年が経ち、十五歳となった。
季節は冬女神の時期に差し掛かり、肌寒さを感じ始めていた。
「あ」
次の授業に向かう途中、中庭沿いの通路で隣を歩いていたジルが立ち止まった。その声に足を止め、綺麗に編み込まれた銀髪越しに、彼女の視線を追う。
「げ」
自分でも驚くほど低い声が出た。
先日行われた試験の順位表が貼り出されていたのだが、問題はその結果だ。
「悪いな、猿」
一位には変わらず、隣のいつものいけすかない男の名前があり、私の名前はその下……いつも通りの二位だった。
「何も見えない、見る必要ない」
「いやいや、現実を見ろって」
行こうとする私の頭をオーウェンが掴み、引き止める。
顔が見えなくとも分かる。この男、ニヤニヤと意地の悪い顔をしている。
「ちょっ!放してよ!」
ここ最近のオーウェンは、まるで雑草のように背を伸びた。クラスの中でも物理的に頭一つ飛び出るようになった。一年生の頃は私と同じくらい、いや私よりチビだったくせに。
(背が伸びたからって調子に乗って……!)
向こうにリーチがあったとしても、懐に入ってしまえばこちらのものだ。
オーウェンの腕を片手で振り払い、持っていた教科書を顎の下へ狙いを定めた瞬間、目の端に火魔法がその左手に宿ったのが見えた。
「はぁい、次の授業あるんだからやめようね」
ぽん、と私の肩に手が置かれる。
オーウェンの左手の火魔法は氷の結晶と共に湯気をあげて消えた。ジルが魔法を使ったのだ。
「ジル〜〜!こいつがぁ〜〜〜!!」
金髪頭を指差しながら、私はジルに泣きついた。
ジルは「よしよし、可哀想に」と細い指で私の髪をすいた。
「でもね、アルクセイ。オーウェンも悪いけれど、君も急所を狙わないの」
「え〜……」
「性格が悪いのに、顔まで悪くなったら可哀想でしょ?」
「……人のこと言える口か?」
「えぇ〜?何のこと〜?」
わざとらしく、しなを作って見せるジルにオーウェンは呆れに近いため息をついた。
「大丈夫、ジルが性格悪くても私は味方だから!」
「僕もだよ、アルクセイ」
ジルの悪ノリに乗ると、彼女はわざとらしく両手を広げ私を抱き寄せた。高級そうな匂いに混ざって、ジルの魔力香のモスクの香りが鼻をかすめる。
腕の間からオーウェンを覗くと呆れていた。このバカみたいな小芝居もあって、私は笑っていた。
その時だった。
「ちょっとアルクセイさん!」
私を咎めるような口調がどこからか飛んできたのだ。
驚いてジルから離れ、声の方へ振り向くとワラワラと女の子が集まってきた。
「今日という今日は許せません!オーウェン様に暴力を振るって、事もあろうにジルベルト殿下に抱きつくなんて……!」
「そうよ!これだからドラスニール族の方は…!」
その顔ぶれは他の学年の貴族のご令嬢たちだった。
私達は視線だけかわしあった。
暴力も何もオーウェンからで、未遂だったし。
抱きつくのも何もジルからだったし。
同じ学年の貴族……エマたちには、もはや見慣れて呆れられているが、他の学年から見たらとんでもないことなのだろう。
私は心の中で静かにため息をついた。
いっちょやってやるか。
「やだっ……ごめんなさい!」
私にも学習能力というものがある。
三年生ともなればそれなりの対応を覚えたのだ。
さも白々しく、口に手を当てしなを作ると令嬢たちの奥にいるオーウェンにこめかみがぴくりと動き、ジルが笑いを堪えるのが聞こえた。
「まさか……天才と言われるオーウェン様ですもの、私の拳ごときが暴力になるなんて思わなくって……。ジルベルト殿下との事も……友人として接してくださるので、その優しさに甘えてしまっていましたね……」
「そうだね、僕も学園とはいえ、はしゃいじゃったかな……」
さすがジルだ。わざとらしく肩を落とし落ち込み始める。
今度は私が笑いを堪える番だ。
「そ、そんなつもりは無くて……!」
令嬢達が慌てふためく。
じゃあどんなつもりなのか聞いてみたかったけれど、今度はオーウェンに「ごめんね?痛かった?」と上目遣い気味に見上げる。
隣の男は口元の両端が見事に下がった。
これはこれは。何とも愉快な気分だ。
野蛮なドラスニール族がこうもしおらしいのは想定外だったらしい。
言葉を探している様子だった。さらに私は畳み掛けることにした。
先ほどの恨みを忘れていない。
「私……戦闘民族といっても一族の中でもそんなに強くないから、つい……。その……今度から気をつけますね?」
大分丁寧に言葉を包んだが、意訳すれば、
『あれっ私の小突きで女の子たちの後に隠れちゃうなんて、天才くんってその程度なの〜?今度からもっと加減するように気をつけるね!』
……である。
目の前の令嬢たちは自分たちの発言を逆手に取られたと思われないように「無作法が多くてごめんなさい。今後もどうぞご指南くださいね」とにっこりと笑いかけておいた。
あくまで下手に出るのが大切。
この数年間で学んだのだ。
令嬢たちは顔を見合わせて「まぁ…もう少し言い方に気をつけて下さればそれで…」「あなたも頑張っていらっしゃるみたいですし…」と許してくれた。
ふふん。
ちなみにこれは彼女たちと学年が違うから通用する技だ。
事情を知っている同学年だったら引かれるか、火に油を注いでしまうかのどちらかだ。
どうやら、目の前の女ったらしは、私の言葉を『正しく』受け取ったらしい。
オーウェンは令嬢たちが見ていないのをいい事に面倒くさそうに聞こえないように嘆息をしてから、いつものように取り繕った。
「……私のことを心配しくてくれてありがとう。でも、繊細で可憐な君たちと違って、アルクセイ嬢は手の付けられない人だから。間違っても君たちが噛まれないように、こうやって相手をしてあげないといけないんだ」
まるで人を猛獣かのように言う。
令嬢がオーウェンに視線を向けている背後で、今度は私がオーウェンを睨みつけた。ここで喧嘩を買ってはまた令嬢に嗜められるのがオチだ。
「本当に……オーウェン様はお優しいですわ!」
(……どこがだ!)
キラキラとした瞳でうっとりとした表情をする令嬢を尻目に私は口を歪ませた。
最近だって談話室にいる時、私が大切に取っておいたムムタスの焼き菓子を、ちょっと目を離した隙にわざと食べた男だ。
優しいなんて三文字もいらない、非情の二文字で足りる。
「南方の人魚の一族……マーランカ族の予知では聖女と魔法使いが世界を救うとありますが……きっとオーウェン様のような方でしょうね!」
(あ〜……メーベルからそんな話を聞いた事あるなあ)
トランディアの南方に住むマーランカ族という予知能力を持つ人魚の一族がいる。その一族が、二十年位前に聖女の誕生と、そんな予知をしたとか何とか……。
予言によって聖女信仰がさらに盛り上がり、二十年経った今でも神殿に大金を払って祝福を得て聖属性を得ようとする令嬢がいるらしい。
長期休暇の後はよく誰それが、神殿に行って聖属性を頂いて参りましておほほ…なんて話もよく聞く。
ただ、聖属性を得ても擦り傷を治すくらいの力しかない。
昔はもっと大きな傷も一瞬で治すこともできたそうだが、どういうわけか年々、聖属性の使い手はその能力が弱体化してきているらしく、それに反比例するように医療が発達している。
……つまり、聖属性を得る、と言うのは、いわばお金持ちの道楽である。
(何にせよ、間違っても、その予知にある魔法使いはこいつじゃない)
性格悪いし。意地悪だし。
むしろ私かもしれない。戦闘民族で強いし、この金髪より理性もある。
うんうん、と腕を組んで一人で納得していると、ジルが小首を傾げて彼女たちに話かけた。
「君たちは次の授業は別棟だったよね?あそこは遠いから、そろそろ行かないとまずいんじゃないかな」
よくまあ他の学年の時間割まで把握している。
ジルは本当にいろんな事を知っていて、なぜか他の学年の時間割まで把握しているのだ。
令嬢達は「あら大変…!ではご機嫌よう」と制服のスカートを翻して仲良く去って行った。
「そろそろ俺らも行かないとまとめて怒られる」
令嬢達を見送った後、オーウェンは猫被りをやめて私たちを急かした。
昨年の魔獣討伐以来、どうにも三人で組まされるようになってしまったのだ。
隣でジルが楽しそうに笑う。
「厄介者を寄せ集めたらバランス取れちゃうのが分かったんだから仕方ないよねぇ」
「待って。厄介者って、私も含まれるの?」
「安心しろ、立派な厄介者だ」
自覚なかったの?と、ジルがけらけらとお腹を抱えて楽しそうに笑った。




