10. 魔獣討伐訓練
魔獣討伐訓練が始まる。
「三人一組で魔獣討伐を行ってもらう。実戦でも、魔獣討伐は安全対策のもと討伐対象に合わせてパーティを組む。単独で行うことはほとんどない」
導きの森の前。
いつものように気だるそうに、ユルゲンス先生は説明を始めた。
「魔獣は動物が瘴気の影響を受け、変容した姿だ。瘴気の影響を受ければ、凶暴性が増し、内臓はどんどん壊死を起こす。生き物を殺すのは抵抗があるかもしれないが、殺してやらなければ苦しみ続けるだけだ」
ユルゲンス先生の言葉に、浮かない顔をする生徒も多くいた。
そんな中、私はというと……全く抵抗はなかった。
一族では狩猟が生活の主だった。大人たちの傭兵業について行き、魔獣討伐も実際に見てきた。
命を頂くありがたみも、魔獣の苦しみもよく知っているつもりだ。
「で、組分けは俺の方でしたんだが……問題はお前らなんだよなあ」
ユルゲンス先生の指示のもと、生徒たちは同じ組になった者たちで準備作業に入っていた。そんな中、先生はため息混じりに、私と隣にいるオーウェン、そしてジルベルトに視線を送った。
「まず、アルクセイ。お前は売られた喧嘩をすぐ買う」
「……喧嘩を売る方が悪いと思います」
じとりと隣にいるオーウェンを見る。
当の本人はしらばっくれている。
「次にアンブロジオ。お前は独断先行しがち」
「皆、進んで後ろにいると思っていました。………特に猿」
最後に小さい声で付け加えられた発言に、私は全体重をかけて隣の男の靴を踏みつけた。この男のことだから、上等な靴なのだろう。なるべく汚れるようにしっかりと靴底を擦り付け、おほほとわざとらしく笑ってやった。
隣の男を横目で見ると、顔を引きつらせ、こめかみがピクピク動いたのが見えた。
「で、トランディア」
ユルゲンス先生の視線がジルに注がれる。今日は女の子らしく、長い髪をポニーテールにして、背中の辺りで揺らしている。
名前を呼ばれて、ジルはにこりと微笑みながら小首を傾げた。
「お前は自分の好きなように、勝手に目標を定めるな。成績順位がいつも七位なのはわざとだな?」
「え〜!たまたまですよ〜!」
(よく言う)
(うん、嘘)
ジルベルトが常に他の生徒の勉強の進み具合を、会話を通して把握しつつ、的確に山を当てるのを私は知っている。
本人曰く、情勢の把握、傾向とその対策をして狙った所にピタリと嵌るのって楽しいよね〜!と楽しそうに言うけれど、それをやってのけるのは、とんでもない芸当だ。
「お前ら三人、確かに出来はいいが、ウェッダーバン家の双子と同格くらいの問題児なんだよ。お前らを組ませざるを得ないのが本当に胃が痛い」
まさかカロンとキランと同格だなんて、聞き捨てならないが、相手はユルゲンス先生である。言い返したら追加課題が出てくるのが目に見えている。
――胃が痛むなら、無理に組ませなくても良いのに。
そんな私の考えを見透かしたのか、ユルゲンス先生は気怠そうに、後頭部をかきながらため息を吐いて「いいか」と、まるで諭すかのような声色で言った。
「アルクセイはアンブロジオが牽制しなければ突っ走る。
かというアンブロジオは、アルクセイがいなければ手加減をする。
お前ら二人の手綱を握れるのはトランディアしかいないし、おそらくトランディアの納得の行く結果に持って行けるのは、お前ら二人しかいない」
そんなことはない、と言おうとしたけれど口を結んだ。
居心地が悪く、視線を逸らした。視線の先にいるジルが、まるで閃いたとでも言わんばかりの明るい顔をした。
「つまり、この授業ではオーウェンとアルクセイは僕の駒ってことですね!」
絶世の美少女のとんでもない発言に、私は思わずジルに振り向いてしまった。
隣にいる金髪男もジルに振り向いている気配を感じた。
ユルゲンス先生は眉根に皺を寄せ、時折天を仰いだ後に、苦々しく言った。
「……大まかに言えばそうだが、倫理観は失わないように」
「もちろんです!」
それは天真爛漫に人畜無害を訴える、何とも有害なお返事だった。
♢
森の中を三人で進む。
オーウェンの隣を歩いた日には、必ず肘打ちされたり、わざと蹴られたりと喧嘩を売られるのは目に見えているので、私はジルの隣を歩いていた。
「駒だなんて言ってごめんね。君たちは僕の友人だよ」
あれは言葉の綾、そう言ってジルは朗らかに笑った。
木漏れ日に銀髪が反射してキラキラと光る。妖精姫と名高い人間離れした容姿のジルに優しく微笑まれてしまうと、許してしまう。
「まあ、良いけどさぁ」
「うん、だからちゃんと三人で作戦を立てよう。怪我しないように」
「なぁんか、結局ジルの思惑通りなんだよなあ」
いつだってそうだ。
結局、ジルの手のひらで転がされてしまうのだ。
しかもそれに気づくのは、いつも後になってから。
口を尖らせる私に、ジルは苦笑した。
「本当に駒だったら、相手の意思なんて尊重しないよ」
「……ジルは、そんなことしないでしょ」
私から見たジルは、平穏で理性的で、そして時折お茶目な一面を見せる友人だ。そんなジルが誰かに対して一方的に接する姿を想像できなくて、私は眉根を寄せた。
「お前さぁ……ジルは王族なんだよ、そこんとこ忘れてねぇか?気安いんだよ」
それまで黙っていたオーウェンが口を開いた。
完全に本性を出してる時の話し方だった。
「あんただって気安いじゃん」
「俺は傍系だし、要所でちゃんと取り繕ってる」
「私はジルが良いよって言ったからなんだけど」
確か一年生の時だ。
ジルも同じことを思い出したのか「言ったねぇ」とのほほんと答えるものだから、オーウェンは額を手で覆い、盛大にため息を吐いた。
「普通はな、王族が許しても敬うんだよ。エマ嬢達が良い例だろ」
「私、一応留学生なんで〜?トランディアルールとか知りませんし。私とジルのことを、あんたにとやかく言われたくないんだけど?」
「留学生だからで全部罷り通ると思ってんの?猿って本当に単細胞なんだな?」
「誰が猿だ!」
「お前しかいねぇだろ」
私とオーウェンが睨み合っていると、間にいるジルが、まるで決壊したかのように笑い出した。目に涙まで浮かべて。今の会話に面白い要素なんて無かったはずなのに。
驚いてジルベルトを見ると、ジルは人差し指で涙をぬぐいながら「ごめんね」と息も絶え絶えに謝った。
「本当にアルクセイって面白いよね」
「ええ?」
「大好きってこと!アルクセイはずっと僕と仲良くしてね」
絶世の美少女がくしゃくしゃになるくらい笑って、仲良くしてね、だなんて。
こんなことを言われて嬉しくならないわけがない。
私はジルの腕に、ぎゅうっと抱きついた。
「もちろんだよ!ジルを困らせる奴がいたら殴りに行くから、いつでも言ってね〜!!」
「さすがドラスニール族、頼もしいなあ」
くすくすとジルが笑いながら、私に身を寄せた。
向こう側で何やらまたため息が聞こえたが、聞こえないフリをした。
「じゃあ、そろそろ作戦会議しようか」
パチン。
ジルベルトは手を叩いた。
雑談はここまでという意味なのは、明白だった。
♢
雷魔法を放って、一年級の魔獣を仕留める。
「よし、一ポイント!」
そのまま立ち止まることなく、地面を蹴る。
枝と枝を飛び移るのも好きだけど、こうやって周囲の音や気配に耳を傾けながら走り回るのも好きだ。
目の前に大きな岩があれば手を突いて飛び越え、坂があれば滑り下りる。その間に視界の隅に一年級の魔獣を見つければ、こうやって魔法で倒してポイントを稼ぐのだ。
もう二十ポイントくらいにはなっただろうか。
――ジルの作戦はこうだ。
『大前提として、まずはユルゲンス先生から課されたノルマのクリア。魔獣を三体討伐だけど、君たちそれじゃすぐ終わっちゃうでしょ?だから討伐数で勝負しようよ。一年級は一ポイント。二年級は二ポイント、三年級は三ポイントね』
『それ、作戦?』
思わず聞き返すと、ジルは清々しい笑顔で言った。
『うん、僕が楽するための。二人は喧嘩ができる。平和的でいいでしょ?』
あっけらかんと言うものだから、反論する気も起きなかった。
(まぁ、足りないのは図星なんだよね)
ちらりと視線を背後に向けた。
後ろから、追いかけてくる気配を感じる。
気配で分かる。このいけすかない感じ。
オーウェンだ。
それなりに私は足が早い方だと思っているけど、着いてきてるってことは、風魔法で足に強化魔法をかけているのかもしれない。
……強化魔法は四年生で教わる魔法なのに。
あえて、速度を落としてオーウェンと並走する。
「……ついて来ないで貰っていいですか?」
「お前のお願いを聞く義理、俺にありますか?」
即答してきた辺り、本当に性格が悪い。
これでエマ達や他の女子生徒には、本当に同一人物かと疑いたくなるくらい、紳士的に接するのだ。
別に同じように接して欲しいわけではないけど、何か悔しい。
「お前、何ポイント?」
並走しながら、オーウェンはにやにやと底意地の悪そうな顔で笑った。
「……二十ポイント」
「俺、六十五」
「……私より足が遅いくせに」
「それ、今関係あるか?」
分かっている、悔しいだけだ。
こいつと話して心を乱される前に、とっとと魔獣を見つけて倒そう。
並走するのをやめて、目の前の大岩に飛び乗り、小さな崖を飛び降りて……着地した私は、ギラギラとした二つの目玉と目が合った。
「……っ」
思わず息をのむ。
そこには、蛇のような魔獣……サーペントが私を見下ろしていた。
長年、誰にも倒されずにいたから、私の身体など余裕で覆い隠せてしまう程に、瘴気で身体が肥大化していた。
元々、サーペントは気配を遮断し、気づかれないよう獲物を狩る。
私だったら、耳をすませばすぐに気づけたはずだった。
オーウェンに煽られて気がそれていたから、意識を向けられていなかった。……言い訳だ。
(これ……たぶん、十年級だ)
ぞわり。背筋に冷たいものが走る。
――いや、それよりも。
「オーウェン!先生を呼んで!!」
私は声を張り上げた。
どうして、このエリアにこんな大物がいるか分からないけれど、とても三年生が手に負える相手では無い。
「そんな時間ねぇだろ」
後からやってきたオーウェンが、背後に来たのがわかった。
息がわずかに上がっている。
「呼びに行ってる間に、お前一人で食い止められねぇだろ」
「……やってみなくちゃ分かんないでしょ」
ここで怯んだら戦闘民族の名が廃る。
どんな相手でも立ち向かうのが一族だ。
オーウェンが呆れた顔で口を開きかけた瞬間、後方でドン、と大きな空砲が聞こえた。思わず振り返ると、空に向かって白煙が登っていくのが見えた。
救援信号だ。
その真下には、魔導具を持ったジルがいた。あれは先生から各チームに配布された魔導具で、緊急事態に備えて渡されたものだ。
ジルは私とオーウェンを見ると、にっこりと笑った。
「じゃあ先生たちが来る前に、先に倒した方が一発逆転大勝利ってことで。頑張ってね♡」
何とも悪魔的な笑顔で、さも楽しそうにジルが言う。
隣からは溜息が漏れるのが聞こえた。
思わずジルに抗議の声をあげようとしたけれど、やめた。
――だって、この大蛇の魔獣を倒せば隣の金髪男に勝てるのだ。
こんなにもシンプルな条件は無い。顔がにやけそうになるのを堪えた。
「〜〜!もう!ジルってば!」
頭からつっこんできたサーペントを避けながら、出来る限り最大限の、文句にもならない文句を言うと、後ろから「頑張って〜!」と楽しそうな声が飛んできた。
オーウェンはというと、既に諦めた様子で、木魔法で拘束できないかと試している所だった。大木が生き物のように動いてサーペントを捕えようとするけれど、その滑らかな身体でぬるりとかわされた。
「うわ、滑って捕まえられねぇ。捕捉は無理」
「呑気に……!」
「――だから穿つ」
オーウェンはその人差し指を大蛇に向けた。
その声がいつもより低かったので、文句を言おうとした口を思わず閉じてしまった。
『大いなる地母神の子よ、この一振りにて彼の者を縫い留めよ』
大木が動きを変える。さっきまで柔らかそうに動いていた大木は、狙いを定めるかのように動きを止めた。
オーウェンが指を振り下ろす。
その動きに合わせて、大木の枝先は大蛇の体を、地面に縫いつけるように貫いた。動きが一瞬止まる。
(今の内に急所を狙う!)
周りの木々を駆け上がり、サーペントの首の後ろを目がける。
子どもの頃、おじさんたちが蛇酒を作る時、蛇の仕留め方を教えて貰ったことがある。
あそこに何とか一発いれたい。
詠唱しようと口を開いた。
――が、サーペントは貫かれた部位など気にも留めず、乱暴に身体をくねらせると、貫いた箇所から身体が千切れてしまった。
サーペントはぎょろりと二つの大きな目玉をこちらに向ける。
再び視線が合ってしまった。
こちらの動きを読まれている。
慌てて木の幹を足場に身体を捻って方向転換するが、サーペントは千切れた尾をそのままに、ぐるんと身を捩った。
(あれ?)
サーペントの大きな顎の下に、違和感を覚えた。
「鱗が……」
サーペントが身体を鞭のようにしならせる。
まるで大木のような尾が目の前に迫り、避けようとした瞬間。
その尾に再び、木の杭が穿たれた。
「呑気なのはどっちだよ!」
先ほどと同じ魔法だ。
オーウェンがかざしていた手をおろし、こちらを見上げていた。
「遊んでない!弱点見つけたの!」
「どこ」
「誰が言うか!」
地面に立つオーウェンに、べぇと舌を出す。
敵にそんなことを教える馬鹿はいない。
先ほど急接近した時、サーペントの顎下に白く浮いた鱗があった。恐らく脱皮なのだろうけれど、鱗の下は瘴気に侵され、新しい皮膚など出来る筈がない。
ならば、あそこが狙い目だ。
ただ、あの顎下に潜り込むのは至難の業だ。
ぬるぬるしていて、サーペントの身体を駆け上がることもできないし、頭から近づけば頭突き、尻尾から近づけば追い払われる。
何とか動きを止めなくては。
『水面に揺れる子らよ!我が声を頼りに、糸を紡いで網を張れ!』
サーペントの頭上から魔法を放つ。
瞬間、水の網がまるで檻のように、サーペントを即座に包みこんだ。
「いいな。それ。使わせてもらう」
「は!?」
「ぬめって面倒なんだよ」
オーウェンは、その節が目立つ指をサーペントに向けた。
『焔を纏う鳥たちよ、我が吐息を糧にし、彼の者を包み湯煙をあげろ』
瞬間、炎が水網の上からサーペントの身体を包むと、ジュワッと水が白い蒸気を立て蒸発をした。相変わらず魔力量が高いからか、火力が高い。
その勢いは、ぐつぐつと煮込んだ鍋の蓋を開けた時の熱気に似ていた。
思わず腕で顔を覆う。
視界の外で、サーペントの悲鳴に似た咆哮が聞こえた。
蒸気が納まり、やっと視界が晴れると、そこには鱗が所々剥がれた、黒く爛れたサーペントの姿があった。あまりにも痛々しい姿だ。
「あ〜なるほどねぇ」
崖の上から声が降ってきた。ジルだ。
どうやら自分で安全な場所を確保していたようだ。
何だかとても楽しそうなのが気になる。
「オーウェンは蒸気でぬめりを落とそうとしてたんだろうけど……どこかに綻びがあったんだね。そこから蒸気が入りこんで、鱗が内側から剥がれちゃったんだ」
ジルは実に愉快そうに解説をした。
「つまり、人の魔法に乗っかったんじゃん!」
「これで弱点だらけ。どうもありがとう、猿」
「この最低野郎……!」
折角、見つけた弱点もこれじゃあ意味が無い!と怒っていると、サーペントはのた打ち回るように暴れ始めた。
慌てて避けるように飛びのく。
(そりゃ、痛いよね……)
だって、皮膚をはぎとられたようなものなのだから。
とは言え、とどめを刺したくても、こうも暴れては狙いが定まらない。
「可哀想だから、ちょっと手を出すよ」
振り向くと、ジルが魔法を使う体勢を取っていた。しなやかな白い手を掲げる。
『氷の子たち、僕のシャツのほつれた糸をあげるから、そこの魔獣を凍らせて』
――ふざけた詠唱である。
(ていうか王族でもシャツ、ほつれるんだ)
ここまでふざけていると、聖霊の好きそうな美辞麗句をうんうんとひねり出して詠唱をする自分って何なのだろう、と思えてくる。
ジルのこの嘘みたいな詠唱で、実際に聖霊が働いてくれるのだ。
何故ならジルは多くの神々に愛された始祖王の子孫で、その血を色濃く受け継いでいる。
始祖王は創世神が自分に似せて作ったと言われている。
そして、その創世神はすべての親のような存在。
だから、聖霊たちは喜んで手を貸すのだ。
先ほどの蒸気が地面から急速に凍りだし、サーペントの身体を凍らせ、動きを止めた。
「はい、とどめを刺した人が勝ちだよ」
その言葉にハッとして、慌ててサーペントに向かって手を掲げた。
『駆け抜けるは風の子よ!我が声に乗り、蛇の頭を撃ち抜け!』
「燃え盛る……あー……めんどい。『炎雷、穿て』」
「はぁ!?」
その詠唱に、視界の端にいたオーウェンに視線をやる。
まるで当たり前かのような顔と態度で、指を鳴らして魔法を放っていた。
サーペントの喉元に風圧の槍が貫通し、雷を纏った炎が交差するように貫通していった。大蛇の巨体は真っ黒に変色し、塵となって消えて行く。
私は慌てて枝から飛び降り、オーウェンの前に立ちふさがった。
「何その詠唱!?詠唱省略は第七階位でしょ!?しかも複合魔法!?」
七階位の試験項目の一つが詠唱省略だ。
神々やその聖霊たちの理解を含め、聖霊たちにその理解を認められると、詠唱を省略しても魔法を手伝ってくれるのだ。
魔法を実践として使うとなると、ネックになるのがその詠唱の長さ。
だからこそ、魔法を現場で使用する職業の採用基準は第六階位なのだ。つまり、それ以上。
この男はまだ五階位のはずなのに。
オーウェンは私を見下ろし、鼻で笑った。
「やったらできた。お前もやってみたら?意外にできるかもな」
「適当言って!!!ほんっとにムカつく!この天才!!」
「いや、アルクセイ。それ褒めてるから」
くすくすと笑いながら高みの見物をしていたジルが、崖の上から飛び降りて、華麗に着地をした。
スカートについた埃を軽く払いながら、顔をあげる。
「で、とどめはほぼ同時だった気がするけど……」
「私の方が早かった。風魔法だったし」
間髪入れずに答える。先に言ったもん勝ちな気がした。
「俺、詠唱を省略したんだけど。その分のラグを考えれば俺だろ」
「でも私の方が、魔法発射の勢いはあったと思う」
「思うって何だよ、主観だろ。俺のは事実に基づいてる」
「主観ではありません、到達速度が速くなるよう詠唱に組み込みましたぁ、事実ですぅ。それより、人の水魔法に乗っかってくるってズルくない?」
「それを言うなら、お前、途中から俺の詠唱構成、真似ただろ。しれっとした顔で。正直に言ってみ?」
詠唱の構成を変えるなんてよくある話だ、ちょっと引っ張られた所はあったけれど。
反論しようと口を開いた瞬間、頭上から聞きなれた低い声が聞こえた。
「お前たち!!」
見上げると、崖の上からユルゲンス先生が顔をのぞかせていた。慌てて来てくれたのか、汗で髪が頬や額に張り付いている。
ユルゲンス先生は私たちと戦闘の痕跡を交互に見ると、深く、それはもう深く、溜息を吐いた。
「先生。十年級のサーペントと遭遇してしまったので魔導具を使用したんですけど、……この通りです」
小首を傾げ、にっこりとジルが笑う。
ユルゲンス先生は、まるで頭痛でも起こしているかのように、額に手をあてがった。
「あのな……せめて教師が来るまで、身をひそめるとか、逃げるとか無いのか」
「「無いです」」
「だ、そうです」
ルールを設けた本人であるジルが、まるで他人事のように言うが、きっとそれに突っ込んだら勝負をしていたことが先生にバレてしまうので、私は口をぎゅっと結んだ。
「はあ……。もういい、説教は後にする。お前ら二人、医務室に直行しろ」
言われて初めて気付いた。
あまりにも必死だったので構っていなかったけれど、サーペントの攻撃を避ける時に小石やら蔦が飛んできたので、擦り傷が多い。制服も袖が少し破れていた。隣にいる男も似たようなもので、水蒸気をまともに被ったからか、そこに土煙がついて泥臭い。折角の美人な顔なのに。
これはこれで、エマや他の女の子たちが喜びそうではあるけれど。
帰り道、ユルゲンス先生の後ろを歩く最中、ジルは先生に聞こえないように囁いた。
「どっちも勝ちってことで良いんじゃない?」
「よくない」
「よくねぇ」
「お前ら何の話をしてるんだ?」
呆れた顔でユルゲンス先生が振り向く。素直に話すわけにも行かず、私と隣のオーウェンは口を閉ざし、ジルが「何でもないです、いつものことなんで」と朗らかに答えた。
結局、どちらが勝ったか論争は、医務室の先生に「静かになさい!戦うなんて馬鹿な真似して!先生方がどれだけ心配したか、少しは考えなさい!」と怒られてしまい、喧嘩は収束した。
(勝ったのは私でしょ)
ふん。




