表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Vane 〜片翼の女騎士が迎えに来た俺は、死んだ王の魂を宿して異世界の王座へ向かう〜  作者: 灰凪 宵


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/27

第12話 - 「Last Vane」③

静寂。

そこにいたのは、王……いや、もう王ではなかった。

ただの男。

三十五歳の、疲れ切った男。


玉座もない。

鎧もない。

王冠もない。


ただ、立っているだけで壊れそうなほど疲れた男が、静かに響を見ていた。


「……お前は優しいな」


響は息を吐く。


「あんたほど、不器用じゃないだけだ」


王は小さく笑った。

苦しそうに。


「国を救いたかった」


「それは分かる」


響は、王から目を逸らさなかった。


「あんたが苦しかったのも、分かる」


王の瞳が、微かに揺れる。


「でも、やったことは許されない」


静かな声だった。

怒鳴るでもない。

責め立てるでもない。


だからこそ、逃げ場がなかった。


王は目を伏せる。


「……私は、王だった」


「だったら、助けを求めればよかった」


「王は弱音を吐けない」


「誰が決めたんだよ、そんなの」


沈黙。

長い沈黙。

響は拳を握る。


「あんたが一人で抱えたせいで、カノンは翼を失った」


王は何も言わない。


「たくさんの人が死んだ」


沈黙。


「それでもまだ、あんたは戻りたいのか」


王の顔が歪む。

初めて。

王ではなく、一人の男みたいに。


「……消えたくなかった」


掠れた声だった。


「終わりたくなかった」


響は小さく息を呑む。

王は笑う。

泣きそうな顔で。


「惨めだな」


「惨めでいいだろ」


響は言った。


「人間なんだから」


王はゆっくり顔を上げる。

その目には、ようやく諦めがあった。

諦め。

そして、ほんの少しだけ安堵。


「……そうか」


意識が戻る。

現実。

崩壊する地下世界。

暴走する奇跡炉。


そして。


魔獣が、崩れ始めていた。


黒い肉体が、粒子みたいに剥がれていく。

赤黒い翼も、もう維持できていない。


王は限界だった。


循環から拒絶され、無理やり現世へ留まり続けた代償。

存在そのものが、崩壊している。

その中を、カノンが飛ぶ。


ほんの数秒。


一瞬だけ戻った、黄金の翼で。山吹色の髪が、光の中を駆け抜ける。


地下世界の崩壊も。

暴風も。

悲鳴も。

全部置き去りにするみたいに。


美しかった。

響は息を呑む。

魔獣は最後まで、彼女を攻撃できなかった。


巨大な爪も。翼も。牙も。


ただ空中で止まっている。


まるで、愛してしまったものだけは、どうしても壊せなかったみたいに。

カノンは涙を流しながら、魔獣の前へ降り立つ。

金銀の翼が、強く光った。

その瞳には、もう迷いはなかった。


「……さようなら、陛下」


魔獣の赤黒い瞳が、ほんの少しだけ和らぐ。

歪な顔。

崩れた肉体。

それでも一瞬だけ。

確かに、昔の王の顔へ戻った。


そして。


「ああ」


短い返答。

それだけだった。

カノンが剣を構える。

同時に響も、大剣を握り直していた。


カノンが目を見開く。

響は魔獣を真っ直ぐ見たまま、静かに言う。


「……終わらせよう」


その声は、もう王でも、怯えていた少年でもなかった。

斎木響自身の声だった。

カノンの瞳が揺れる。

そして、小さく頷いた。


次の瞬間。


二人同時に床を蹴る。


白と黒。

二本の剣閃が、崩壊する地下世界を駆け抜けた。

カノンは上段から。

響は正面から。

交差する軌道。

王は避けない。

最後まで、ただ静かに二人を見ていた。


そして二つの斬撃が、同時に魔獣を貫く。

地下を揺らす衝撃。

赤黒い肉体へ、巨大な亀裂が走った。


光。熱。絶叫。


魔獣の身体が、内側から崩壊していく。

黒い翼が砕ける。

王冠の角が砕ける。

巨体が、粒子へ変わっていく。

その崩壊の中で。

王は最後まで、カノンを見ていた。

どこか安心したみたいな目で。


その時。

カノンの背中から、黄金の翼がゆっくりと離れ始めた。


肉ではない。

血でもない。

魂の一部が、そっと離れていくみたいだった。


カノンは止めなかった。

ただ、静かに見送った。

黄金の翼は、崩れゆく王の魂の周囲を舞う。


一度。二度。


まるで、もう帰れると告げるように。

王の瞳が、初めて穏やかになる。

怒りも。執着も。恐怖も。

少しずつほどけていく。


黄金の翼が、王の魂を包み込む。

それは復讐ではなかった。

処刑でもなかった。

祈りだった。

循環へ還すための、最後の奇跡だった。


王の姿が光にほどける。

黄金の粒子と共に、ゆっくりと上昇していく。


そして。


光の粒子になって、循環へ還っていった。


門の暴走が収束し、地下を揺らしていた崩落音も少しずつ遠のいていく。

崩壊の止まった地下空間で、響は膝をつく。

呼吸が苦しい。

でも。

胸の奥にあった圧迫感は、もう消えていた。


カノンがゆっくり近づいてくる。

背中には、白銀の片翼だけが残っていた。

黄金の翼は、もうない。

再生したわけじゃない。

あれは本当に、一瞬だけの奇跡だった。

響が苦笑する。


「……飛べるんじゃん」


カノンは少し目を丸くする。

それから。

泣きそうな顔で、ほんの少しだけ笑った。

地下の向こうでは、夜明けが始まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ