第12話 - 「Last Vane」④
数ヶ月後。
王城の高台には、柔らかな風が吹いていた。
崩壊した地下区画は、今も封鎖されたままだ。
暴走した門。壊れた奇跡炉。失われた王。
あの日の傷跡は、まだ王国のあちこちへ残っている。
けれど。
世界は少しずつ、前へ進み始めていた。
先王の魂は、最後に確かに循環へ還った。
だが。
完全には消えなかった。
響の中には今も、王の“残滓”が微かに残っている。
時折流れ込む記憶。無意識に使える剣技。知らないはずの王国知識。
それらはきっと、その影響なのだろう。
もっとも。
ユラ曰く、今残っている程度なら、身体を侵食する危険はほとんどないらしい。
むしろ、王の知識と経験。
そして、響自身の性格。
人を見捨てられない甘さ。
誰かの前へ立てる強さ。
その両方を持つ彼は、崩壊寸前のこの国にとって、あまりにも都合のいい存在だった。
誰も、今すぐ王になれとは言わなかった。
けれど誰もが、彼が逃げないことを知っていた。
だから今。
響は王城へ住み、帝王学を叩き込まれている。
高台の石段へ腰掛けながら、響は分厚い本を抱えていた。
王国史。外交。宗教。貴族制度。
開かれたページには、びっしり文字が並んでいる。
響は死んだ目で空を見上げた。
「……むずすぎるだろ、これ」
隣では、カノンが静かに立っている。
近衛団長として。
そして今は、次代の王候補を守る護衛として。
白い軍服。山吹色の髪。
背中には、相変わらず片翼だけ。
あの日現れた黄金の翼は、もう戻っていない。
けれど、どこか以前より、彼女の表情は柔らかかった。
響は本を閉じ、大きくため息を吐く。
「剣ならまだ分かるんだけどなぁ……」
「なんで王様って、こんな勉強しなきゃいけないんだよ……」
カノンが少しだけ口元を緩める。
響は苦笑した。
「やっぱ王様向いてない気がする」
風が吹く。
白い花弁が、空へ舞い上がった。
カノンはその横顔を見る。
黒髪。疲れた目。不器用な笑い方。響自身の顔。
なのに時々、ふとした瞬間だけ、かつての王が重なる。
カノンは静かに目を細めた。
そして、小さく笑う。
「先王も、よくそう言っていました」
響が目を丸くする。
「え、マジで?」
「はい」
カノンは遠くの空を見る。
夕焼けが、王都を赤く染めていた。
「剣なら誰にも負けないのに、政治だけは分からない、と」
響が吹き出す。
「うわ……なんかちょっと親近感あるな……」
その笑い方が一瞬だけ、あの王によく似て見えた。
カノンの瞳が、微かに揺れる。
風が吹く。
山吹色の髪が揺れ、白い羽根が小さく鳴った。
もう王はいない。
けれど。
失われたもの全てが、消えたわけじゃない。
想いも。罪も。願いも。
きっと、誰かの中へ残り続ける。
カノンは静かに目を伏せる。
そして。
今度はちゃんと、“響”として隣にいる少年を見て、小さく微笑んだ。
――終――




