表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Vane 〜片翼の女騎士が迎えに来た俺は、死んだ王の魂を宿して異世界の王座へ向かう〜  作者: 灰凪 宵


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/27

第8話 - 「似ていく」③

その夜、響は高熱を出した。

訓練場での“馴染み確認”の反動なのか。

それとも、王都へ入ってから急激に侵食が進んでいるのか。

理由は分からない。

ただ。

彼の身体は明らかに、限界へ近づいていた。


王城の客室。

重厚な石壁に囲まれた部屋は静かだった。

窓の外では、遠く聖堂の鐘が鳴っている。

淡い月光が床へ落ち、白いカーテンを揺らしていた。

響はベッドの上で、苦しそうに息を荒げている。

額には汗。

呼吸も浅い。

時折、何かと戦うみたいに眉を歪めていた。


カノンはベッド脇へ座り、濡らした布を静かに額へ乗せる。

触れた瞬間。

熱い。

まるで身体の内側で、何かが燃えているみたいだった。


カノンは息を詰める。

目の前にいるのは、王ではない。

十九歳の少年だ。

現代日本から突然連れてこられた、ただの学生。

怖がりもする。

戸惑いもする。

冗談めいた文句も言う。


響だ。


そう、自分に言い聞かせる。

だが。

苦しげに寄せられた眉間。

浅く乱れた呼吸。

何かに耐えるように握られた指先。

そのひとつひとつが、記憶の中の王と重なってしまう。


雪の夜。


傷だらけになっても、決して膝をつかなかった男。

血を流しながら、平気な顔で名前を呼んだ男。


カノンは無意識に手を伸ばしかける。

頬に触れようとして。

途中で止めた。


触れてしまえば、また分からなくなる気がした。

この少年を見ているのか。

死んだ王を見ているのか。

自分でも分からなくなる気がした。


部屋の隅で、ユラがそれを見ていた。

何も言わない。

けれど灰色の瞳だけが、静かに細められる。

カノンもまた、限界に近い。

そう言いたげな目だった。

カノンは唇を結ぶ。


違う。

響です。

この人は、響です。


心の中で何度も確認する。


その時。


ユラは部屋の隅で壁にもたれながら、低く呟く。


「馴染みすぎてる……」


「……どういう意味ですか」


カノンの声は硬い。

ユラは少し黙った後、面倒そうに答える。


「普通なら拒絶反応起こすんだよ。魂ってそんな簡単に混ざらない」


視線が響へ落ちる。


「でもコイツ、もう半分くらい“向こう側”になってる」


カノンの指先が僅かに強張る。

その時。

響が小さく何かを呟いた。


「……カノン」


カノンの動きが止まる。

その声は、あまりにも優しかった。

熱に浮かされているはずなのに、どこか安心するみたいな響き。

昔、雪の戦場で、血塗れになりながら、

王が同じ声で自分を呼んだことを思い出す。


『カノン』


あの声に、自分は救われたのだ。

胸の奥が痛む。

カノンは思わず、響の頬へ触れそうになる。

だが次の瞬間。

響の表情が微かに緩む。

そして。


「……誰にも渡さない」


空気が凍った。

カノンの呼吸が止まる。

今の声音は。

十九歳の少年のものじゃない。

低く、静かで、疲れていて。

でも絶対に逆らえない声。

完全に、先王だった。


脳裏へ記憶が蘇る。

地下室。

ガラスケース。

保存された――。

そして、雪の日。

王が、自分の金翼へ触れながら呟いた声。


『綺麗だ』


カノンの背筋へ悪寒が走る。

響は眠ったまま、さらに何かを呟く。

聞き取れない。

でもその口調はもう、響ではなかった。

ユラが静かに目を細める。


「……ほらね」


カノンは何も答えられない。

ただ、ベッドの上の少年を見つめる。

十九歳の響。

でもその奥に、三十五歳で死んだ王がいる。

しかもそれは、ただ憑依しているだけじゃない。

少しずつ、本当に混ざり始めていた。


翌日。


響はカノンに連れられ、王城中枢――円卓議場へ通されていた。

重厚な両開きの扉が開く。

瞬間、空気が変わった。

広い。

天井は異様に高く、白い柱が何本も並んでいる。

壁面には巨大な聖印。

色褪せた旗。

そして最奥。

数段高くなった場所に、白銀の玉座が置かれていた。

響は思わず足を止める。

広間には既に、王国中枢の人間たちが集まっていた。


老いた貴族。

近衛騎士。

文官。

聖職者。

その全員が、響を見ている。


値踏みするような視線。

恐れるような視線。

信じたい者と、信じたくない者。

空気が重い。

響は居心地悪そうに視線を逸らした。


「……なんか胃痛くなってきた」


「我慢してください」


カノンは小声で返す。

その横顔も、普段より僅かに強張っていた。

宰相らしき老人が口を開く。


「では……改めて確認を」


低い声が議場へ響く。


「本当に、その少年の中に陛下の魂が?」


静寂。

全員がカノンを見る。

彼女は迷わず答えた。


「はい」


「根拠は」


「剣です」


ざわめき。

カノンは続ける。


「先王の剣技を継承しています。加えて記憶侵食、言語適応、王都内部での記憶同期反応……いずれも一致」


貴族たちの空気がざらつく。

信じたい者。

認めたくない者。

その時、響の頭へ、またノイズが走った。


視界が揺れる。

知らない記憶。

この議場。

この空気。

この位置関係。

全部知っている。

どこに誰が座るか。

誰が何を考えているか。

身体が、勝手に理解してしまう。


息苦しい。

響は無意識に歩き出していた。


カツ。


カツ。


靴音だけが、静かな議場へ響く。

誰も止めない。

止められない。

響自身、どこへ向かっているのか分かっていなかった。

なのに、身体だけが迷わない。


階段を上がる。

白銀の玉座へ近づく。

その瞬間。

広間の空気が凍った。

カノンの瞳が揺れる。


「……響?」


だが響は止まらない。

そして。

何の躊躇もなく、玉座へ腰掛けた。


静寂。

誰も息をしていなかった。

あまりにも自然だった。

まるで。

そこへ座ることを、身体が覚えているみたいに。

響自身が一番混乱していた。


「……え?」


自分でも、なんで座ったのか分からない。

ただ。

“そこに座るべき”。

そう思った。

その時だった。

一人の老騎士が、震える声で呟く。


「……陛下」


ざわめきが走る。

別の貴族が立ち上がる。


「馬鹿な……!」


「ありえん……!」


だが。

何人かは青ざめたまま動けなかった。

見てしまったからだ。

座り方。

視線。

指先の位置。

玉座へ肘を置く癖。


全部、死んだ王そのものだった。


響は呼吸が浅くなる。

頭の奥で、誰かの記憶が蠢く。


玉座。戦争。命令。孤独。


知らない感情が、自分の胸へ流れ込んでくる。

気持ち悪い。

怖い。

自分が、自分じゃなくなっていく。

視界が滲む。

議場の光景が遠のき、代わりに別の景色が重なり始める。


雪。血。燃える旗。臣下たちの視線。


『陛下』


『陛下』


『陛下』


違う、俺じゃない。

なのに。

胸の奥の“何か”が、その呼び方へ安堵してしまう。

響の指先が、無意識に玉座の肘掛けを撫でる。

酷く馴染む。

まるで何年も、ここへ座っていたみたいに。


その瞬間。

誰かが駆ける音がした。


「響!」


カノンだった。

山吹色の髪を揺らしながら、彼女は階段を駆け上がる。

そして勢いよく、響の肩を掴んだ。


「しっかりしてください!」


揺さぶられる。

その声だけが、妙にはっきり聞こえた。

響の視界が揺れる。

カノンの顔が近い。

強張った表情。

怯え。

焦り。

そして、泣きそうな目。


その顔を見た瞬間、頭の中の景色が一気に砕け散る。

雪も。戦場も。王座も。

全部、遠ざかっていく。

響は荒く息を吐いた。


「……っ、は……」


冷や汗が頬を伝う。

気づけば、自分の爪が肘掛けへ食い込んでいた。

議場は静まり返っている。

誰も動けない。

カノンだけが、響の肩を掴んだまま離さない。

その手が、微かに震えていた。

響はようやく、自分が玉座へ座っていることに気づく。


「……俺」


声が掠れる。


「なんで、ここ……」


答えられる者はいなかった。

ただ、広間にいた全員が理解していた。

今この瞬間。

“先王”は確かに、ここへいたのだと。


だが。

この場で一番苦しんでいたのは、間違いなくカノンだった。

響を玉座から降ろした後も、彼女の鼓動は収まらない。

肩へ触れた感触が、まだ手の中に残っている。


違う。

違うはずなのに。

似ている。

あまりにも。

仕草も。

視線も。

声も。

さっき玉座へ座った時の、あの僅かな顎の角度まで。


全部。

彼女が慕っていた王そのものだった。

脳裏へ、昔の光景が蘇る。

雪の戦場。血に濡れた軍旗。

敵陣の中央で、大剣を肩へ担ぎながら笑う王。


『カノン』


低く響く声。

疲れているのに、どこか安心する声。

あの声に呼ばれるたび、自分は必要とされている気がした。

“片翼の欠陥品”だった自分を、初めて人として見てくれた。

だから、命を懸けてでも守ろうと思った。


なのに。


地下室。

ガラスケース。

保存された――。

焼け落ちた寺院。

血塗れの両親。


全部、同じ男へ繋がっている。


愛された記憶と、壊された記憶が、

頭の中でぐちゃぐちゃに混ざっていく。

カノンは唇を噛む。

目の前にいるのは、十九歳の少年だ。


王じゃない。

響だ。

分かっている。

分かっているのに。

ふとした瞬間、“あの人”が重なる。

しかも最近は、日に日に似ていく。


声。目。怒り方。剣。


時々、本当に同じ人間に見える。

それが怖かった。

もしこのまま侵食が進めば。

響は消えるのではないか。

王だけが残るのではないか。

そんな想像が、頭から離れない。

その時、不意に響がこちらを見る。


「……カノン?」


困ったような、戸惑った顔。

ちゃんと響の表情だ。

そのことに、逆に胸が痛む。

カノンは一瞬だけ目を伏せ、静かに答える。


「……なんでもありません」


嘘だった。


何もかもが、限界に近づいていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ