第8話 - 「似ていく」②
訓練場へ入る。
乾いた金属音。掛け声。砂埃。
近衛騎士たちが、一斉に動きを止めた。
静寂。
カノンを見る視線。響を見る視線。そしてユラを見る視線。
全部が重い。
近衛騎士たちの目に、カノンへの敬意はある。
それは確かだった。
この王城で、彼女の剣を知らない者はいない。
片翼でありながら前線に立ち、誰よりも多くの戦場を抜けてきた近衛団長。
その実力だけは、誰も否定できない。
だが同時に。
その視線の底には、濁ったものも混ざっていた。
片翼。異端。王に最も近かった女。
認めている。
だが、受け入れてはいない。
そんな空気だった。
さらにユラへ向けられる視線は露骨だった。
人外。寺院側。敵。
誰も歓迎していない。
何人かの騎士は、剣の柄に手を添えていた。
ユラ本人は気にした様子もなく、訓練場中央へ術式札を並べ始める。
「じゃ、まずは馴染み具合を確認する」
「馴染み?」
「王の魂と身体がどれくらい繋がってるか」
ユラは響へ木剣を投げた。
騎士たちがざわつく。
「振ってみ」
響は慌てて受け取る。
重い……はずなのに。
妙に手へ馴染む。
嫌な感覚だった。
手のひらに、知らない硬さが蘇る。
雪の上。血の匂い。冷えた柄革。
同じ重さの剣を、何度も何度も握っていた感覚。
一瞬だけ、視界の端に白い戦場がちらついた。
敵陣。旗。叫び声。
響は思わず息を呑む。
すぐに消えた。
けれど手だけが覚えている。
どう握ればいいか。
どこに重心を置けばいいか。
どれくらい踏み込めば、刃が届くか。
「……なんだよ、これ」
小さく呟いた声は、誰にも届かない。
周囲の騎士たちは、響を値踏みするように見ていた。
細い腕。
慣れない立ち方。
十九歳の少年。
少なくとも彼らには、そう見えている。
「本当にそんなガキが陛下の器だって?」
近衛騎士の一人が鼻で笑う。
別の騎士も続く。
「ただの旅人にしか見えんがな」
空気がざらつく。
響は、ようやく自分が“試される側”に立たされているのだと実感した。
王の器。世界侵食の中心。
そんな大層な呼ばれ方をしても、自分はただ木剣一本持たされて、見世物みたいに立っているだけだ。
居心地が悪い。
逃げたい。
だが、逃げる場所もない。
カノンの目が細くなる。
だがユラは面白そうに笑った。
「じゃあ試せば?」
騎士の一人が木剣を取る。
完全に挑発だった。
開始の合図。
次の瞬間。
騎士が踏み込む。
速い。
普通の学生なら、反応すらできない。
なのに。
響の身体が、勝手に動いた。
呼吸。重心。踏み込み。
全部、知らないのに知っている。
景色が遅くなる。
剣筋が見える。
ここで流す。
ここで踏み込む。
ここで斬る。
頭じゃない。
身体が理解していた。
響が半ば反射的に踏み込む。
空気が裂けた。
次の瞬間。
騎士が地面へ転がっていた。
木剣が壁へ叩きつけられる。
激しい音を立てて床へ転がった。
静寂。
誰も動けない。
響本人だけが困惑していた。
「……え?」
その時。
カノンの喉が小さく鳴る。
彼女は知っていた。
今の構え。
今の踏み込み。
今の剣筋。
全部、先王の剣だった。




