【29】黄玉の視線の先
(何食おうかな……)
食堂へと続く渡り廊下で、カリムは指先で自身の黒髪を弄びながら、エキゾチックな彫りの深い顔立ちを僅かに傾けた。耳元でトパーズを嵌め込んだピアスが揺れ、歩くたびにその金の瞳と同じ輝きを放つ。
そのカリムの隣では、アルベールが小脇に抱えた分厚い魔導書を直しながら、無機質な銀縁眼鏡の奥で緑の瞳を厳格に光らせていた。カリムの気ままな足取りとは対照的に、その歩幅は一点の乱れもない。
食堂の方から、賑やかな声が近づいてきた。見れば、フードを深く被った三人組の少女たちだ。
(屋内でフードなんて、被るもんかね)
なんとなく気になり、カリムは無意識に彼女たちの姿を追った。
「その時、先生が──」
「ええっ……嘘でしょう? そんなこと──」
「だって、前にマダム・マリーナがそう言ってたもの──」
すれ違う少女たちの隙のない足取りは、どこか優雅で、それでいてひどく急いでいるようにも見えた。余程の変人か、あるいは顔を見られたくない特別な事情があるのだろうか。
ふと考え至った可能性に、カリムの思考が跳ねる。
(……いや、まさかな)
カリムは歩く速度を緩め、すれ違いざまにわざとらしく三人組に視線を投げた。
その瞬間だった。
探るような気配を感じたのか、一人の少女がふいっと顔を上げた。フードの奥、重なる影を裂くようにして見えたのは、燃えるようなルビーの瞳。
カリムの金色の目が、ゆっくりと見開かれる。
目が合った、と思ったのも束の間。少女はすいっと視線を外し、何事もなかったかのように横を通り過ぎていった。
(あの目……やっぱり、そうか)
カリムは思わず足を止め、振り返った。三つの人影は一度もこちらを顧みることなく、翻ったローブの裾を角の向こうへ滑り込ませ、瞬く間に消えていった。
「カリム?」
突然立ち止まった自分を心配したのか、隣を歩いていたアルベールが怪訝そうに名を呼んだ。
(ふぅん。あの子が……)
カリムはにわかに目を細めた。脳裏に浮かぶのは、先日の星降祭の夜。友人と並んで歩いていたあの、鮮烈な赤い瞳だ。
「すまない、遅れた」
背後から低く滑らかな声が響いた。
肩で軽く息を切らしながらやってきたのは、眩いばかりの金髪を揺らした友人だった。開いた窓から吹き込んだ風に、男の柔らかな髪がさらりと踊る。
彼女たちはフードを被り前だけを見ていたから、すぐ後ろにこの男がいたことには気づかなかったのだろう。奇跡的なニアミスが可笑しくて、カリムの口角がにやりと上がる。
「ったく、おっせーよ。ルシアン」
カリムはわざと気安げに、隣の部屋の住人であり、もはや腐れ縁ともいえる友人の肩に腕を回した。
連れ立って歩き出すと、廊下の柱を抜けるたびに、低くなった夕陽が交互に差し込み、隣を歩く友人の横顔を明滅させた。金色の長い睫毛が伏せられれば、アメジストのような瞳に深い陰影が落ちた。こう見ると、女子生徒に騒がれるのも納得な容姿をしているなとしみじみ思う。
「……邪魔だ。重い」
ルシアンがムッとした様子で紫色の目を細めれば、それだけで周囲の空気が張り詰めるような、独特の圧があった。だが、アル=サハル国の第三王子として奔放に育ったカリムは、そんな友人の威圧感などどこ吹く風で、鼻先を掠めた甘い残り香を追った。
「……なんだか急に、前に流行ったマカロン食べたくなってきちゃったな」
「僕はパフェがいい」
アルベールが真顔で眼鏡を押し上げながら主張する。
「よし、じゃあ一番ビリのやつの奢りな!」
カリムが弾かれたように駆け出すと、アルベールが即座に反応した。
「乗った!」
先ほどまでの生真面目さはどこへやら、アルベールは驚くべき瞬発力で地を蹴る。
「はあ!? ちょっと待て!」
完全に虚を突かれたルシアンの声を背後に置き去りにして、二人の影は廊下を猛スピードで駆け抜けた。静まり返っていた食堂の大きな扉が、勢いよく左右に跳ね上がる。
バァンと、勢いよく音を立てて同時になだれ込んだのは、カリムとアルベールだった。
カリムが軽やかに身を翻してテーブルを確保し、そのすぐ後ろで息を切らせたアルベールが、勝利を確信したような顔で眼鏡を直す。
数秒遅れて、ルシアンが眉間に深い皺を刻みながら、苛立ちを隠さずに姿を現した。
「──というわけで、今日はルシアンの奢りな」
カリムが茶目っ気たっぷりにウインクすると、ビリの友人は呆れたように口元を緩め、ふっと小さく笑った。
「嫌だね」




