【28】女子会〈4〉
「二人とも、ありがとう……」
慌てて指で涙を拭いながら、おそるおそる周りを見渡す。幸い、昼下がりの食堂は閑散としており、自分たちのささやかな騒ぎに視線を向ける生徒はいなかった。エナはホッと安堵の息を吐くと、改めて親友たちの顔を見つめた。
(……いいんだ。私、ルシアンを好きでいても)
心の重荷がふっと軽くなったのを感じる。けれど、いつまでも泣き顔を見せているのは恥ずかしくて、エナは鼻をすすり、あえて努めて明るい声を出した。
「そういえば! 二人とも、三年生だけど……」
しっとりとした空気を強引に塗り替えるように、ずっと気になっていた質問を投げかける。
「聖女科って学園を卒業した後はどうするの? 聖女を管理する教会とかないよね?」
ふとした問いかけに、リリアが最後の一口のマカロンを飲み込み、自信満々に胸を張った。
「ふふっ、よくぞ聞いてくれました! あたしはね、使節団に入ろうと思ってるわ」
「使節団!?」
エナとセラフィナの声が重なる。
「ご実家の商会はどうするの?」
セラフィナの問いに、リリアは「ああ、あれは兄さんが継ぐから心配ないわ」と軽やかに手を振った。
「それにしても、なんでまた使節団なの?」
「聖女って外交の場ですごく受けがいいのよ。待遇もとびきりいいしね。……まあ、聖女科の卒業生は、大体そのまま結婚しちゃう人が多いんだけど。セラフィナと違って、あたしにはまだ婚約者もいないしねぇ?」
リリアが隣のセラフィナをにんまりと横目で窺う。
「えっ……」
エナもつられるようにその視線を追って、思わず目を見開いた。急に注目を浴びたセラフィナは、透き通るような白い肌を瞬く間に薔薇色に染めていく。
「わたくしは、その……」
彼女はうふふ、と幸せを噛みしめるように微笑むと、とんでもない爆弾をさらりと落とした。
「……卒業したら、結婚する予定なの」
「えええっ! セラフィナが結婚……!?」
エナは思わず大きな声を上げ、慌てて両手で口元を覆った。セラフィナは真っ赤になった頬に手を当てて、恥ずかしそうにこくりと頷く。
(私より年下なのに、もう結婚だなんて……)
「ど、どういう人なの?」
「……幼馴染なの。どういう人かと言われると……ええと、優しい人、かしら?」
身を乗り出して尋ねるエナに、セラフィナが少し照れくさそうに答える。
「彼は侯爵家の嫡男だから、以前のわたくしなら結ばれるなんて夢のまた夢だったわ。でも、聖女の力が発現したおかげで、向こうの家から打診されたわ……」
セラフィナの実家、ローゼン家は男爵家だ。それでも、聖女の価値は強固な階級の壁さえも容易く突き崩すほど、この国では絶対的なものなのだろう。
「いつ式を挙げるの?」
「卒業してすぐ、初夏の頃に挙げる予定よ」
そう語るセラフィナの琥珀色の瞳が、とろりと熱を帯びた宝石のように眩しく輝いていた。
「きゃーっ! おめでとう!」
エナはリリアと一緒に彼女へ抱きつき、小さく叫んだ。いつもおしとやかでクールなセラフィナが見せた、あまりにも可愛らしいデレの破壊力に、叫ばずにはいられなかったのだ。
「本当に、この力には感謝しているわ」
セラフィナは慈しむように自身の掌を見つめ、優しく微笑んだ。運命を味方につけた彼女の横顔は、差し込む西日に照らされて、神々しいほどに輝いて見える。
「結婚式にはエナとあたしのこと、絶対呼んでね!」
「ええ、もちろんよ」
嫁いでしまう親友を惜しむように、リリアがその頬に自分の頬を寄せ、エナもそれに続いた。
(ほんとに、みんな可愛いなぁ……)
腕の中にある眩しい幸福に目を細める。けれど、その眩しさが今のエナには、少しだけ切なかった。
ルシアンとの間に敷かれた友人という肩書きを盾にして、それ以上を望めば壊れてしまいそうな居場所に縋りついている。
掌を見つめてみても、そこには誰かとの未来を約束するような力も、証も、何ひとつ握られていないのだと思い知らされるだけだった。
その時、すぐ近くの時計塔から鐘の音が響き渡った。お茶会の終わりを告げる音だった。
(好きな人と結ばれる。……それって、奇跡みたいなことなんだな)
身分という壁を越えたセラフィナも、彼女らしく突き進むリリアも、みんな必死に自分の幸せを掴もうとしている。
(いいなぁ、羨ましい……)
胸の奥で、小さな、けれど鋭い痛みが跳ねた。
エナはガラス越しに、夕刻へと差し掛かる空の下で佇む時計塔を見上げる。
(……私もいつか、あんな風に笑える日が来るのかな)
鳴り止まない鐘の音は、エナの胸の奥に閉じ込めた臆病な恋心を、静かに、けれど確かに震わせていた。




