表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/50

【28】女子会〈4〉

「二人とも、ありがとう……」


 慌てて指で涙を拭いながら、おそるおそる周りを見渡す。幸い、昼下がりの食堂は閑散としており、自分たちのささやかな騒ぎに視線を向ける生徒はいなかった。エナはホッと安堵の息を吐くと、改めて親友たちの顔を見つめた。


(……いいんだ。私、ルシアンを好きでいても)


 心の重荷がふっと軽くなったのを感じる。けれど、いつまでも泣き顔を見せているのは恥ずかしくて、エナは鼻をすすり、あえて努めて明るい声を出した。


「そういえば! 二人とも、三年生だけど……」


 しっとりとした空気を強引に塗り替えるように、ずっと気になっていた質問を投げかける。


「聖女科って学園を卒業した後はどうするの? 聖女を管理する教会とかないよね?」


 ふとした問いかけに、リリアが最後の一口のマカロンを飲み込み、自信満々に胸を張った。


「ふふっ、よくぞ聞いてくれました! あたしはね、使節団に入ろうと思ってるわ」

「使節団!?」


 エナとセラフィナの声が重なる。


「ご実家の商会はどうするの?」


 セラフィナの問いに、リリアは「ああ、あれは兄さんが継ぐから心配ないわ」と軽やかに手を振った。


「それにしても、なんでまた使節団なの?」

「聖女って外交の場ですごく受けがいいのよ。待遇もとびきりいいしね。……まあ、聖女科の卒業生は、大体そのまま結婚しちゃう人が多いんだけど。セラフィナと違って、あたしにはまだ婚約者もいないしねぇ?」


 リリアが隣のセラフィナをにんまりと横目で窺う。


「えっ……」


 エナもつられるようにその視線を追って、思わず目を見開いた。急に注目を浴びたセラフィナは、透き通るような白い肌を瞬く間に薔薇色に染めていく。


「わたくしは、その……」


 彼女はうふふ、と幸せを噛みしめるように微笑むと、とんでもない爆弾をさらりと落とした。


「……卒業したら、結婚する予定なの」


「えええっ! セラフィナが結婚……!?」


 エナは思わず大きな声を上げ、慌てて両手で口元を覆った。セラフィナは真っ赤になった頬に手を当てて、恥ずかしそうにこくりと頷く。


(私より年下なのに、もう結婚だなんて……)


「ど、どういう人なの?」


「……幼馴染なの。どういう人かと言われると……ええと、優しい人、かしら?」


 身を乗り出して尋ねるエナに、セラフィナが少し照れくさそうに答える。


「彼は侯爵家の嫡男だから、以前のわたくしなら結ばれるなんて夢のまた夢だったわ。でも、聖女の力が発現したおかげで、向こうの家から打診されたわ……」


 セラフィナの実家、ローゼン家は男爵家だ。それでも、聖女の価値は強固な階級の壁さえも容易く突き崩すほど、この国では絶対的なものなのだろう。


「いつ式を挙げるの?」

「卒業してすぐ、初夏の頃に挙げる予定よ」


 そう語るセラフィナの琥珀色の瞳が、とろりと熱を帯びた宝石のように眩しく輝いていた。


「きゃーっ! おめでとう!」


 エナはリリアと一緒に彼女へ抱きつき、小さく叫んだ。いつもおしとやかでクールなセラフィナが見せた、あまりにも可愛らしいデレの破壊力に、叫ばずにはいられなかったのだ。


「本当に、この力には感謝しているわ」


 セラフィナは慈しむように自身の掌を見つめ、優しく微笑んだ。運命を味方につけた彼女の横顔は、差し込む西日に照らされて、神々しいほどに輝いて見える。


「結婚式にはエナとあたしのこと、絶対呼んでね!」

「ええ、もちろんよ」


 嫁いでしまう親友を惜しむように、リリアがその頬に自分の頬を寄せ、エナもそれに続いた。


(ほんとに、みんな可愛いなぁ……)


 腕の中にある眩しい幸福に目を細める。けれど、その眩しさが今のエナには、少しだけ切なかった。


 ルシアンとの間に敷かれた友人という肩書きを盾にして、それ以上を望めば壊れてしまいそうな居場所に縋りついている。

 掌を見つめてみても、そこには誰かとの未来を約束するような力も、証も、何ひとつ握られていないのだと思い知らされるだけだった。


 その時、すぐ近くの時計塔から鐘の音が響き渡った。お茶会の終わりを告げる音だった。


(好きな人と結ばれる。……それって、奇跡みたいなことなんだな)


 身分という壁を越えたセラフィナも、彼女らしく突き進むリリアも、みんな必死に自分の幸せを掴もうとしている。


(いいなぁ、羨ましい……)


 胸の奥で、小さな、けれど鋭い痛みが跳ねた。

 エナはガラス越しに、夕刻へと差し掛かる空の下で佇む時計塔を見上げる。


(……私もいつか、あんな風に笑える日が来るのかな)


 鳴り止まない鐘の音は、エナの胸の奥に閉じ込めた臆病な恋心を、静かに、けれど確かに震わせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ