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【27】女子会〈3〉

 リリアの瞳が、獲物を見つけた猛獣のようにキラリと光る。


「──それで、最近どうだったの?」

「どうだったって……な、なにが?」


 エナは咄嗟に視線を逸らし、逃げるように紅茶のカップを傾けた。


「とぼけてもダメよ。あの、ルシアン・ベルクレアと星降祭を二人で回ったのでしょう?」

「ぜーんぶ分かってるのよ!」


 セラフィナの攻勢に、リリアも身を乗り出して、エナを逃がさないと言わんばかりに見つめた。


「ええええ」


 エナは持っていたフォークを、危うく落としそうになった。

 自分が寝込んでる間に、ルシアンとのことが筒抜けになっていた衝撃に、頭がクラクラする。


「た、ただの友だちだよ。ルシアンが、そう言ってくれたし」


 自分に言い聞かせるようなエナの言葉の最後は、消えるように小さくなった。


「あのルシアン・ベルクレアを“ルシアン”って……呼び捨てで呼ぶだなんて。……エナ。あなた、かなり仲が良いわね!?」


 リリアはブルーグレーの瞳をキランと輝かせて、詰め寄ってきた。


「あ……いや、それはそのぅ……」


 さあ白状なさいと、言わんばかりの視線がチクチクと肌に刺さる。


(本人からルシアンって呼んでって言われてるけど……客観的に聞くと、めちゃくちゃ距離近く聞こえるな、これ!?)


「見て、セラフィナ! エナったら顔が真っ赤よ!!」


 リリアが囃し立てると、セラフィナも「あらあら」と楽しそうに扇子で口元を隠す。二人はニヤニヤと唇の端を吊り上げ、逃げ場をなくすようにエナを包囲した。


「呼び捨てを許し合う仲だなんて……早く言ってよねぇ?」

「そうね。あの鉄壁のベルクレア様が名前呼びを許すなんて、事件だわ。……エナ、吐いた方が楽になるわよ」


 女子にとっての主食ともいえる恋バナを前に、場のボルテージは最高潮に達する。聖女見習いたちの容赦ない熱量に、エナは今すぐマカロンの山に顔を埋めてしまいたいほどの猛烈な気恥ずかしさに襲われた。


「仲の良い、友人になれればいいなって思ってるだけなんだよ。…………ほんと」


「ふぅん。友人ねぇ……」


 リリアとセラフィナが顔を見合わせ、わざとらしく声を揃えてため息をつく。逃げ場を塞ぐような二人の視線が、ジリジリとエナの肌を焼いては、そこから熱を奪っていくようだった。


 カチャリ、と小気味よい音を立ててティーカップがソーサーに戻される。


(いや、違う。というか、そもそも……)


「──なんで二人が、ルシアンのこと知ってるの! 星降祭に一緒に行くことも私言ってなかったよね!?」


 エナが半ばやけくそ気味に詰め寄ると、二人は顔を見合わせて声を揃えた。


「うふふ、後を尾けたのよ!」


「エナったら、講義終わったらすぐ、どこかへ行くんだもの。……突き止めるのは簡単だったわ」

「……まあ、星降祭行ったっていうのは想像だけどね」


 ドヤ顔で胸を張る彼女たちの、その完璧な連携に、エナはむぐぐと唇を尖らせて唸るしかなかった。二人の友情という名の執念には、到底かなわない。

 恥ずかしさで顔を覆ってしまいたい気持ちをどうにか抑え込み、エナは居住まいを正した。


(……でもこれだけは、ルシアンの友人兼オタクとして、どうしても聞いておきたい!)


 エナは一度深く息を吐き、自分を落ち着かせるように問いかけた。


「ねえ、そういえば……“あのルシアン・ベルクレア”って言ってたけどどういうこと? ……有名なの?」


 唐突な質問に、二人はきょとんとした顔を見合わせたが、すぐにリリアが「ああ!」と合点がいったように声を上げた。


「そりゃあ、次期侯爵様で光魔法の天才だもの! 成績優秀で超絶美形の研究生……っていうのが全女子共通の認識ね」


 うんうんと、エナは深く頷いた。


「……ええ、そうね。人を寄せつけないって訳じゃないけれど、少し近寄りがたいオーラがあるわ」


 二人の評価は、概ね漫画の中のルシアンと同じようなものだった。

 読者として彼を眺めていたときは、友人やクローディア以外の人たちへの、一線を越えさせない壁こそが、ルシアン・ベルクレアというキャラクターの魅力だと思っていた。


 ──天才、美形、近寄りがたい


 これがルシアンという存在を司る、絶対的な代名詞なのだろう。

 けれど、いざその壁の内側に招き入れられてみると、ルシアンが向けてくる視線の温かさや、不意に見せる無防備な優しさに、立っていられないほど足元が掬われそうになる。


 熱に浮かされていた夜、ルシアンが差し伸べてくれた指先の熱を思い出すだけで、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


(……好きにならないなんて方が、無理に決まってる)


 報われないとわかっているのに、心が勝手にルシアンを求めてしまう。


「クローディア様を巡ってのレオンハルト様と対決する関係だって、どうなるのかみんな気にしていたし……」

「……リリア!」


 セラフィナの鋭い指摘に、リリアは「あっ……ごめん! 今のなし!」と慌てて自分の口を両手で押さえた。


「いいの。大丈夫……知ってるから」


 ごめんねぇ、としゅんと肩を落としたリリアに、エナは柔らかく微笑んだ。


「いいの、ほんと。……私が一方的に、押しかけてるだけで、お祭りも強引に誘ったんだ。ルシアンは優しいから、断れずについてきてくれただけ」


 エナは言い切ると、二人の視線から逃げるように熱い紅茶を一口飲んだ。琥珀色の水面には、強く唇を引き結んだ、ひどく情けない自分の顔が映っている。


「ルシアンには、はっきり友人だって言われたし……みんなも知っての通り、彼にはずっと大切に想っている人がいるから」


(あー……自分で言ってて悲しくなってきた……)


 目を伏せて俯くエナに、不意に、左手の上に温かな重みが落ちた。

 リリアとセラフィナの指が、エナの強張った拳を包み込むように重なる。


「エナ。……辛い恋をしたのね」

「ごめんね。あたしたちが無神経に騒いだせいで」


 リリアとセラフィナの静かな声が、無理やり止めていた呼吸を震わせた。

 視界が急に、熱を帯びた歪みに覆われる。瞬きをすれば、その重みに耐えきれなくなった何かがこぼれ落ちそうで、エナは必死に床を見つめ続けた。


「……ねえ、エナ。あなた自身は彼のこと、どう思っているの?」


 右手に持ったティーカップの中の紅茶が、微かに揺れる。エナは答えを濁すように、ティーカップから手を離すと、自分の膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。


「……私がどう思ったとしても、ルシアンにとっては迷惑でしかないよ」


 一度言葉にしてしまえば、止まらなくなる。

 ルシアンが誰を想っているのかを知っている。この世界における彼の相手が自分ではないことも、痛いほど分かっている。


 報われないと理解している脳と、それでも彼にエスコートされた時の感触を反芻する指先が、バラバラに悲鳴を上げていた。


「この気持ちは、どうせ報われない。……傷つくだけだから、やめた方がいいって、わかってるんだけど……」


 ぽつりと漏らした本音は、形になった途端に涙となって溢れ出しそうだった。


「そんなことない! エナが彼に対して思ったり感じたりした気持ちを、責めちゃダメだよ!」


 弾かれたようなリリアの声に、エナの肩が小さく跳ねた。

 リリアはそのまま、エナの細い肩を壊れ物を扱うような手つきで、けれど逃がさない強さで抱き寄せた。


「……あのね、気持ちをなかったことにしようとすると、心になんか、どろどろとした罪悪感みたいなものが沈殿していくの」


 エナを抱きしめながら、リリアはどこか遠い過去を惜しむような眼差しで語りかける。


「それが溜まれば溜まるほどさ、全部嫌になって、息苦しくなっちゃうんだよ。だから、その気持ちを持っていていい。想い続けていいの」


 リリアの言葉を肯定するように、セラフィナも重なる。


「……リリアの言う通りよ。自分の気持ちを大切にして」


 セラフィナが、エナの握りしめた手にぎゅっと力を込めた。真っ直ぐに見つめるその瞳は、濁り一つなくエナの存在を丸ごと肯定していた。


「彼を想うことで、エナが苦しむ必要はないわ」


 エナの瞳から、堪えきれなくなった涙が一雫、無意識のうちに頬を伝っていた。泣いているのだと自覚したときには、もう、喉の震えを止める術はなかった。


「私、ルシアンを好きでいてもいいの……?」


(報われない恋でも。必ず傷つく恋でも……)


「「当然よ!」」


 二人の力強い合唱が、凍てついていたエナの思考を強引に溶かしていく。

 エナは顔を上げ、涙で滲んだ視界の中で二人を見た。


「……う、ん。……ありがとう」


 エナは、震える手で自分の涙を拭った。

 ルシアンを幸せにしたいという願い。それがたとえ、自分との未来に繋がっていなくても。

 この胸に宿った熱だけは、自分のものとして、抱きしめていてもいいのだと。二人のおかげでそう思えた。

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