【25】女子会〈1〉
「瑛那ー? 入学式は何時からだっけ??」
「んー……十時。もう、パパ、昨日も言ったじゃん」
「あなたったら。ほら、今日はこっちのネクタイにしてちょうだい」
朝の光が差し込むリビングで、トーストの焼ける香ばしい匂いと、慌ただしくも温かい家族の会話が耳に届く。
(ああ、これは夢だ……)
どこか冷めた意識でそう自覚しながらも、エナは幸せな情景に身を委ねていた。
「瑛那がもう大学生かぁ……」
「本当に。大きくなったわね」
「はいはい。そのくだり、ここんとこ毎日見てる」
両親の言葉に気恥ずかしくなって、エナはトーストを熱いコーヒーで無理やり流し込んだ。
「そんなに急いで食べなくても、逃げやしないわよ」と母が笑い、父が愛おしそうに目を細める。
「名門大学に合格して、明日から一人暮らしだなんて。本当に、立派に成長したなぁ。……瑛那は父さんたちの自慢の娘だよ」
鼻をすすり、大仰に泣き出した父の背中が、記憶の中よりも少しだけ小さく見えた。
「まったく、泣くのが早すぎるわよ。これから入学式なんだから……」
そう言って苦笑しながら父の涙を拭う母の目尻も、優しく濡れている。
(……あの時、私はなんて返したんだっけ)
記憶の糸を手繰り寄せる。そうだ、確か。
「実家からも近いし、夏休みにはすぐ帰ってくるから」
そう、笑って約束したはずだった。
(結局、一度も帰れなかったな……)
帰りたい。帰りたいよ。
深い闇の底から、弾かれるようにして意識が浮上していく。
「──っ……!」
自分の叫び声で、エナは跳ねるように飛び起きた。
心臓がバクバクと早鐘を打っている。頬を伝う涙が熱を帯びた肌に触れ、冷たい空気にさらされてひりついた。胸元をぎゅっと押さえ、荒い呼吸を整えようと努める。
ぼやけた視界の中で、最初に見えたのは見慣れた豪奢な天蓋だった。繊細なレースの縁取り、重厚な彫刻が刻まれた柱。ここに来て四ヶ月、何度も見てきたはずの、学園の寮にある自室。
(よかった……戻ってきたんだっけ)
一昨日は、目が覚めると医務室で寝ていた。だから、自分の部屋にいるという事実に少しだけ安堵する。
研究室で眠ってしまったエナを、ルシアンがここまで運んでくれたのだと聞いた。……どこまでも優しい人。本当に、好きだなと思う。けれど、そう自覚するのと同時に、胸の奥がちくりと疼いた。
窓からは、すでに高く昇った太陽の光が溢れ、遠くから小鳥の囀りが聞こえてきていた。
(もう、お昼か……)
今日は休日。誰に気兼ねする必要もない。ようやく熱も引いたようだし、来週からはまた講義に出られるだろう。
それでも起き上がるのは億劫で、エナはもう一度ごろんと寝転がって瞼を閉じた。そうして、どれくらいの時間が経った頃だろうか。微睡みの中へ戻りかけた、その時。
ドンドンドン! と、遠慮のないノック音が部屋に響き渡った。
どきんと、落ち着き始めたばかりの心臓が不意を突かれて跳ね上がる。
「エナー! おそよう! 起きてるんでしょうー!」
聞き覚えのある、華やかな声が自分の名前を呼んでいる。
「はいはーい! 今開ける」
エナはぴゅんとベッドから飛び出し、ドアへ駆け寄った。勢いよく開けると、そこには休日だというのに制服を着たリリアとセラフィナが、待ち構えるように立っていた。
「「お茶会するわよ!!!」」
前のめりな二人の勢いに圧倒され、エナは目をぱちくりさせながら、掠れた声が漏れた。
「……へ?」




