↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
99/156

(――萩子さん。その大きな足、私にちょっと貸してくださいね)

登場人物についての詳細は↓のとおりです。

https://ncode.syosetu.com/n7086km/58

 ――ピピッ。


 凍てつく放課後のグラウンドに、短く冷酷なホイッスルが鳴り響いた。

 翌日、八々花イレブンを二つに分けての合同練習。

 全員が公式の漆黒ジャージを脱ぎ捨て、ピッチの上には『濃緑に黒と赤の重ね衿』という雅なユニフォーム姿の少女たちが入り乱れる。

 その対面には、赤地に白の鮮烈なウェアを纏った天堂が、ストップウォッチを手に冷酷な瞳で盤面を見つめていた。


「桜、ミッションを開始しますっ!」


 キックオフ直後、天堂から直々に課題を与えられていた桜が、叫ぶと同時に右足を振り抜いた。

 菊鞠に向けて送られたそのロブパスは、昨日までの狂いが嘘のように、夕暮れの空に虹のような見事な弧を描いて飛んでいく。


 と同時に、満月は小梅の小さな体を利用して、藤乃の死角に「するり」と入っていく。ディフェンダーの肉体を遮蔽物として巧みに利用しながら影に消えるその滑らかなステップは、まさに夜空を往く雁のようだった。


 完璧な高度で迫るボール。その落下点で待機する菊鞠の瞳には、昨夜のカフェでの迷いは1ミリも存在しなかった。

 じっと見据えるのは、ボールの軌道、そして――自分を殺しに突進してくる「敵の足元」だ。


「おっしゃあ、アタイが止めるぜええええっ!」


 ドドドドドッ!!!


 地響きのような爆音を立てて迫ってきたのは、チームいち大型な萩子。

 菊鞠のトラップを何が何でも妨害しようと、その長い左足を猛然と、暴力的なまでの勢いを持って突き出してくる。


(――萩子さん。その大きな足、私にちょっと貸してくださいね)


 次の瞬間――。


「おうっ」


 ――。


。――


「はああああぁぁぁ!?」


 グラウンドを揺るがすような萩子の絶叫が、夕暮れの空に響き渡った。

 あまりの事態に、周囲のメンバーもあんぐりと口を開けて凝視している。


 菊鞠が蹴ったボールは、満月へ向けてではなかった。――今まさに向かってくる、萩子の右(・)足(・)だったのだ。


 誰もが「萩子にクリアされた」と確信した。しかし、ピッチを支配したのは、あまりにも不気味な完全なる静寂。

 激突したはずのボールからは、バシッという肉の衝突音も、泥が弾ける音すらもしなかった。


 菊鞠の無音のキックをそのままコピーするかのように、無音で跳ね返ったボールは、そのまま満月へと向かっていく。


 萩子の足元を、まるで最初からそこにあるクッションのように利用し、音もなく滑らかに軌道を変えた球体。

 これこそが、味方の脚だけでなく自分を潰しに突進してくる敵の足すらも、自身の『第三の足』に見立てて空中フットボールを継続させる――職人エゴの極致。


 小梅の死角で待ち構えていた満月は、その無音のバウンドに対し、今度は1ミリの遅れもなくその身を躍らせた。


 満月は逡巡――いや、迷わない。

 いま自身が獲った場所は、時鳥藤乃だけではなく、ゴールで身構える番人、千鶴の死角でもある。

 とするならば、ゴールを狙わないという選択肢など、最初から在りはしなかった。


 この場所に位置取りした時点で、既に当たりは付けてある。

 後はそこを狙うだけ。

 データの闇に完全に潜伏し、元・神園の絶対的な守護神すらも認識できない死角から、満月は鋭く軸足を踏み込んだ。


「ふっ!!」


 バシュウウウウウッッッ!!


 静まり返っていた冬のグラウンドの静寂を引き裂き、暴力的なまでの重低音が爆音となって鳴り響いた。

 振りぬいた右足から放たれたボールは一本の矢のように藤乃の脇をすり抜け、ゴールポストのわずか右の隅へと突き刺さる。


 ――バササッ!!!


 白く激しく揺れるゴールネット。

 その瞬間、ピッチの上の時間が完全に凍りついた。


「な……ッ!?」


 いま何が起きたのか、ボールを奪いに突進していたはずの萩子も、一瞬で抜き去られた藤乃も、そしてゴール前で一歩も動くことができなかった千鶴すらも、呆然とゴールの中で転がる球体を見つめることしかできなかった。




「パチ――。」


 しん、と静まり返った夕方のグラウンドに、音が蘇る。


 パチパチパチパチ。


 誰もが言葉を失い、冷たい風の音だけが吹き抜けるピッチの上で。

 唯一、その異次元の連携を最初から見越していたかのように、特別総監督・天堂任見が、ゆっくりと手を叩いていた。


 赤地に白の鮮烈なラインが走るスポーツキャップの影から、彼女の切れ長で底知れない瞳が覗く。

 普段の容赦のないドSな凄みや、冷酷な女王としてのオーラはそのままに、しかしその口元は、クッと深く、満足げな弧を描いて歪んでいた。


「なぁに、やればできるじゃない。バラバラの花札(あなたたち)でも、役さえ揃えば綺麗に並ぶわ」


 初めて口にされた、絶対指導者からの「合格」の言葉。

 ただの嫌われ役の暴君ではなく、菊鞠の、そして八々花イレブンの眠れる才能を極限まで尖らせるために、わざと理不尽な地獄を与えていた――天才戦術家の真意が、その不敵な微笑みと乾いた拍手の音の中に、確かに透けて見えていた。


「……アタイらだって、いつまでも前座で終わるつもりはねぇよ」


 グラウンドの冷たい風の中、萩子が拳をギリッと音を立てて握りしめた。

 その瞳には、いま目の前で繰り広げられたあまりに優雅な空中戦術への悔しさと、それを上回る猛烈な対抗意識の炎がギラギラと滾っている。


「ええ、そうですわね。あの3人に気持ちよく舞っていただくためには、わたくしたちの地上戦(キープ)があってこそ。前線に最高のボールを届ける仕事、誰にも譲るつもりはありませんわ」


 牡丹もまた、縦ロールを揺らしながら、漆黒のジャージに包んだ胸を張った。


「共に歩んできた仲間に、抜かされたと感じた瞬間は悔しいものだね。でも、だからこそ逃げずに踏ん張らなければならないんだろう」


 菊鞠をサッカー同好会に誘った創設者としての、静かで、圧倒的に重みのある独白。猪鹿蝶を構成する二人は、椛のその言葉に深く、強く頷いた。


 空中に君臨する桜、菊鞠、満月。

 そして、地上を支配せんとする萩子、椛、牡丹。

 天堂の冷酷なシゴキによって、バラバラだった花札(イレブン)の心が、お互いへの意地とプライドを媒介にして、今まさに一つの巨大な『最強の役(システム)』へと連結を始めようとしていた。


「――特訓はまだ終わっていないわよ。今の役をベースに、次は地上組。あなたたちの動きを見るわ。全員、位置につきなさい」


 天堂の不敵な号令と共に、再び鋭いホイッスルが夕闇のグラウンドに鳴り響く。

 誰もが限界を超えているはずの身体。しかし、八々花イレブンの瞳からはもう、あの初日の迷いや怯えは完全に消え去っていた。


 新生・八々花女子高校サッカー同好会。

 すべての役が揃い踏みする次なるステージへ向けて、グラウンドの熱量は最高潮へと跳ね上がる――!

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


次回予告――

 ホイッスルの音と共に始まった合同練習。サクラの「ミッション開始」の号令から放たれたロブパスが虹の弧を描く!

 突進してくる萩子の重戦車チャージに対し、ひまりの右足が仕掛けたのは――敵の足すら『私の第三の足』として利用する無音の空中チェインバウンドだった!

 データの死角から満月が放った矢のような一撃がネットを揺らし、おばはん(天堂)からついに初の合格の拍手が贈られる。

 しかし、その美しすぎる空中戦術を見せつけられた地上組(萩子、牡丹、椛)のプライドに、猛烈な対抗意識の炎が灯る!

 「逃げずに踏ん張る」と誓った彼女たちの、地上の調律が今始まる――!


 次回、第99話【「――三バカトリオの意見もまとまったようね」】どうぞお楽しみに!――


「菊鞠の技、まさかの伏線回収だったのか……!!」

「【花見】と【月見】の完成だ!!」

と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。