「――三バカトリオの意見もまとまったようね」
登場人物についての詳細は↓のとおりです。
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「あー、全然ダメだあああああぁぁぁぁ!!」
ゴロン、とピッチの上に転がり、長い手足をジタバタとさせる萩子。
――ピピッ!
すかさず天堂による、鋭い警告のホイッスルが鳴った。
「何を寝っ転がって遊んでいるの。時間は有限よ。起き上がって猪らしく走り続けなさい。それともグラウンドを走りたいのかしら?」
「もー、なんなんだよ!」
萩子はノロノロと起き上がると、地団駄を踏む。
先ほど、萩子の目の前でまざまざと見せつけられた菊鞠のチェイン・バウンド。
稲ブリの目白智以子の、暴虐で野蛮なプレイなど比較対象にすらならない。同じ試合で柳が当て付けのように披露した至高のチェイン・バウンド。それをさらに高め、それこそ「神の領域」に一歩踏み入れたかのようなプレイが、目に焼き付いて離れない。
「アタイも、負けてらんねぇ、負けてらんねぇんだけど、さぁ……」
萩子はガシガシと頭を掻きむしり、自分の胸の奥で燻る、どうしようもない焦りを吐き出すように夕闇の空を睨みつけた。
菊鞠のあの優雅なプレイが網膜に張り付いて、心臓が爆発しそうなほど悔しいのだ。
「らしくもなく、悩んでいるようね。――鹿戸。蝶名林。一緒に悩んであげなさい」
冷徹な、しかし有無を言わせぬ天堂の言葉が、夕暮れのグラウンドに静かに響く。
「言われずとも、そのつもりだよ」
「中学時代から共に歩んできた方ですもの、当然ですわ。――それに、萩子さんの気持ち、痛いほど解りますしね」
二人の言葉に、萩子はバッと顔を上げ、泥のついた顔を少しだけ綻ばせる。しかし、すぐにまた眉間に皺を寄せた。
「なぁ。アタイが、アタイたちが目指すべき方向って、どんな形だと思う?」
ウルフカットの短い髪をガリガリと掻きながら、古馴染の戦友たちに問う萩子。
「……バカの考え休むに似たり、ですわよ」
「あ?――いま、アタイのことをバカって言ったか?」
ガッと食ってかかる萩子を、牡丹は口元に手を当て、縦ロールを揺らしながらフンと鼻で笑う。
「貴女が考えたところで、ピッチの上ではぜーーんぶ忘れて、愚直に走るだけでしょうに。でしたら、貴女のしたいプレイを、私たちが活かす。――そうではなくて?」
「申し訳ないが、牡丹くんの言うとおりだと思う。萩子くんのプレイに、ボクたちが合わせる。その方向がベストなんじゃないかな?」
椛が穏やかに、しかし絶対に揺るがない信頼を瞳に宿して微笑む。
「……だったらさ、やっぱ、アタイがもっとバババーッ!とパワフルに駆け抜けていくほうがいいんじゃね?」
二人の全面的な肯定と信頼に背中を押され、萩子はパッと顔を輝かせると、自身の理想である「最速の直進」を勢いよくぶつけた。
「ははっ、それでは今までと何も変わらないね。……そうだな、萩子くんが気兼ねなく走れるよう、僕が敵を惹きつけてしまう……というのはどうだろう?」
自身のプレイスタイルについて模索する椛。トップスターでありながら、萩子を活かすために自分が舞台の「引き立て役(囮)」になるという驚くべき提案。
「――!でしたら」
その瞬間、牡丹の脳内で、バラバラだった絵札がガチリと音を立てて噛み合った。
「お二人とも、わたくしの我儘に付き合ってくださる?」
「――三バカトリオの意見もまとまったようね」
三人を遠巻きに見ていた天堂が、冷徹な響きはそのままに、どこか微かな期待を孕んだ声をかける。
「ええ。ひとまずは、見てくださいまし。度肝を抜いて差し上げますわ」
牡丹はフッと不敵に微笑む。その瞳には、セントラルハーフとしてピッチの『面』を完全に支配するための、絶対的なビジョンが宿っていた。
――ピピッ!
天堂のホイッスルが響く。泥に塗れた三華が、ピッチの上で一斉に躍動する。それぞれの頭の中には、つい先ほどの会話が、リフレインしていた。
『お二人とも、わたくしのわがままに付き合ってくださる?』
牡丹はバッと顔を上げ、萩子と椛の瞳を真っ直ぐに見据えてそう告げた。その表情には、迷いなど微塵もない。
『その顔は、何か浮かんだって顔だね』
並んで歩く椛が、ふっと口元を和ませる。中学時代から幾度となく見てきた、親友の「勝機を掴んだ」時の顔だ。
『ええ。――萩子さんの最速の脚。これを、ボールという重い枷から解放しますわ。貴女はボールなど持たず、そのままゴール下まで一直線に駆け抜けますの』
『は?ボールを持ずにゴールに突っ込んだってしょうがないだろ!ボッタン、バッカじゃねーの?』
あまりに突飛な提案に、萩子は走りながら呆気にとられ、思わず口を尖らせた。
『なっ!――いえ、今はそれどころじゃありませんわね』
一瞬だけいつものように言い返しそうになりつつも、牡丹は縦ロールを揺らして言葉を呑み込み、ピッチの前方を鋭く指差す。
『わたくしが中盤で溜めを作ります。そこから舞台中央、つまりアタッキング・ゾーンの椛さんに繋ぎます』
『いいね。それで?』
椛の瞳に、静かな闘志の炎が灯る。司令塔の意図を瞬時に察し、自身の役割を確信したプロの顔だ。
『全員の視線は、トップスターである椛さんに注がれるはず。そこから、ゴール前の空いたスペースにボールを蹴る。あとは萩子さん、貴女がボールに合わせに行きなさいな。その自慢の俊足を、ここぞとばかりに活かすのですわ』
(――そうだ。アタイは、ただ信じて走ればいい!)
萩子の胸のすくような納得とともに、回想の残像が弾け、現実のピッチの土煙へと意識が引き戻される。
ドッと地面を蹴り上げ、夕闇のグラウンドを弾丸の如く直進していく。濃緑のユニフォームの背で、白い縁取りを施された『漆黒』の背番号が、夕暮れの光の中でクッキリと浮き上がって躍動した。
ボールは持っていない。ただ純粋に、自身の最高速度に身を任せてゴール下へと突っ込んでいく猪目萩子の姿がそこにあった。
(いつもなら、アタイがボールを持って敵をブチ抜く。だけど、今は――!)
ボールという重枷を外した萩子の加速は、文字通り異次元だった。
対する中盤では、泥を厭わずに身体を張った蝶名林牡丹が、襲い来るディフェンスのプレスを優雅にいなし、泥臭くタメを作る。
「鹿戸さん、舞台へ!」
牡丹の足元から放たれた鋭い縦パスが、中央の鹿戸椛へと突き刺さる。
トップスターの光臨。ゴール前でボールを収めた椛の圧倒的な華に、敵のディフェンスラインの視線と意識が、磁石のように一斉に吸い寄せられた。完全に、ピッチの主役が椛に当たった瞬間。
(さあ、ボクを止めに来るといい。……でも、次の主役はボクじゃない)
椛は自ら打つと見せかけた華麗なステップから、ノールックでゴール前の誰もいない「空いたスペース」へと、極上のキラーパスを滑り込ませた。
誰もいないかに見える完全フリーのスペース。
パスミスとさえ見えるその位置に、一匹の野獣と化した少女が、轟音と共に飛び込んでいく!
「いっけぇぇぇぇぇ!!」
そこへ、最高速のまま影から飛び込んできた弾丸列車――猪目萩子のスパイクが、完璧なタイミングで泥ごとボールを引っ叩く!
ドガァン!!
強烈な弾丸シュートが、ゴールネットを千切らんばかりの勢いで突き刺さった。
「どおだあああああああああああっっっ!」
暮れゆく空に向けて吠える萩子。
「うひょおおおおおおおおお!!しょこたんハンパないって!そんなんでひきんやん!!」
カスミが咥えたチュッパチャプスをブンブンと回しながら手を叩く。
――パチ、パチパチパチ。
「おめでとう。彼方たちもブレイクスルーしたようね。今の感覚、忘れないで頂戴。――泥に塗れてもなお気高きその姿、これぞ『猪鹿蝶』の艶なり。……ミーティングの準備をしなさい」
天堂の言葉に背中を押され、三人は誇らしげに顔を見合わせた。
* * *
完全な夜が訪れた部室。
ホワイトボードの前には、泥を拭った八々花イレブンの全員が集結していた。
「萩子さん、先ほどはお御足をお借りいたしました。――その、痛くありませんでしたか?」
菊鞠が深々と頭を下げる。萩子は、そんな菊鞠の背中をバシバシと叩いて労った。
「いいっていいって!ひまりんのプレイ、痺れたぜ!」
二人のやり取りを微笑ましく見届けた後、マーカーを手にした八橋あやめがホワイトボードの前に立った。
そこには、ボランチである彼女の広い視野によって整理された、八々花イレブンの全く新しい戦術マップが理然と描かれている。
「――これで、私たちの引き出し(勝利の方程式)は完全に揃いました」
あやめはボードの図を指し示しながら、静かに、しかし確かな熱を帯びた声で一同を見渡した。
「千鶴さんによるセーブの後、トランジションの隙を突くのが、基本となる【速攻(戦術A)】です。基本は桜さん、満月さん、そして柳さんへと繋ぐ、【雨四光】の戦術を取ります。ここぞという勝負所では、桐子さんに入っていただき、5分間の限定となりますが【五光】へ。または桐子さんを究極の囮にして柳さんへ変調するルートも可能でしょう」
「――中盤でボールを奪えれば、牡丹さんたちの【猪鹿蝶(戦術B)】、敵が地上を消しに来れば菊鞠ちゃんたちの【花見・月見(戦術C)】へと、戦局に応じてリアルタイムに役を組み替えます」
「どこからでも始まり、どこへでも繋がる……これぞ、私たちの『花合フォーメーション』です」
あやめの言葉が言葉を締めくくる。八々花イレブンの誰もが、自信をその瞳に宿していた。すべての戦局に応じる準備は、今、ここに整ったのだ。
――バァン!!
その時、部室の扉が勢いよく開き、スマホと資料を両手に握りしめた三芳野先生が、興奮で顔を紅潮させて飛び込んできた。
「練習試合の相手が決まりました! 一か月後、天堂監督と私の母校、敷島体大との試合となります!」
その言葉に、部室の空気が一瞬で張り詰める。
大学生。それも、国内屈指のフィジカルと練度を誇る体育大学の強豪チームだ。高校生の自分たちにとっては、あまりにも巨大で、高すぎる壁。
しかし、誰も怯まなかった。
全員の視線が、静かに、しかし熱い闘志を宿して、三芳野先生へと向きなおる。
「いいね、相手にとって不足はない!」
キャプテンの椛の言葉に、イレブンが力強く頷く。
「八々花ァーーーーッ!」
「「「「「ファイッッッ」」」」」
月が照らす八々花女子高の部室に、少女たちの声が重なるのだった
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
菊鞠を起点とする「花見・月見」に負けじと、泥に塗れながら地上の道を切り拓いた「猪鹿蝶」の3人。
そしてあやめの手によって、八々花イレブンの勝利の方程式『花合フォーメーション』がここに完成いたしました!
しかし、そんな彼女たちの前に立ちはだかるのは、三芳野先生の母校である国内屈指の強豪・敷島体育大学。
一ヶ月後の大決戦に向けて、物語はさらに加速していきます。
そして――皆様の応援のおかげで、いよいよ次回、記念すべき【第100話】を迎えます!
次回、第100話【「――その程度の網で捕らえられると思わないで頂戴」】どうぞお楽しみに!――
「三バカトリオってwww……!!」
「次回は体育大学が相手ェ!?」
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