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「桜、いきまーすっ!」

登場人物についての詳細は↓のとおりです。

https://ncode.syosetu.com/n7086km/58

「そうそう。今からのコンビネーション。貴女たちには幾つか、追加の課題をあげるわ。それすらもクリアできないのなら――お手上げね」


  赤地に白の鮮烈なウェアに身を包んだ特別総監督・天堂任見は、ふっと不敵な笑みを浮かべた。帽子の奥、ギラギラと射るような瞳で三人を見つめながら、天堂は告げる。


「まず、幕ノ内。貴女は神酒盃(みかづき)の右足1ミリ上に、一番綺麗な弧を描くロブパスを上げ続けなさい」


 いきなり、具体的でありながらもあまりに抽象的な課題。

 ストップウォッチの紐を弄ぶ天堂の横顔を、幕ノ内桜は信じられないものを見るかのように見上げた。目隠れボブの隙間から覗く瞳が、驚愕で泳いでいる。


「えっ、1ミリ上!? 一番綺麗(きれい)な弧って!?」


「それは自分で考えなさい。――次、(すずき)


 天堂は桜の困惑を一蹴し、すぐさま隣に立つ満月へと鋭い視線を向けた。


「貴女は神酒盃がボールに触る瞬間、ディフェンスの『影』に必ず消えなさい」


「イエス、マム!! ディフェンスの影(死角)への完全潜伏、了解でありますッ!!」


 かつての絶対指導者からの号令。

 満月は条件反射で直立不動の姿勢をとり、軍隊さながらに声を張り上げた。迷いも躊躇(ちゅうちょ)も一切ないその忠誠心に、周囲のイレブンが息を呑む。


「えぇ……み、満月ちゃん、なんでそんなに迷いがないんよ……っ」


 ただならぬ緊迫感を前に、マネージャーの種村カスミが引き気味にツッコミを入れた。咥えていたチャッパチュプスの棒が、戦慄(せんりつ)で小さく震えている。

 隣では、桜が「影に消えるって何……!?」と、自身の出された難題と満月のあまりの順応ぶりに、さらに混乱を深めていた。


 そんな喧騒を無視して、天堂は最後に、まだ泥塗れのままギラギラとした瞳を滾らせている少女――神酒盃菊鞠の前に立った。


「――最後、神酒盃。貴女は右足一本で、その間ボールを絶対に地上に落とさないこと。それも、一文字や神園の連中が、思わず上を見上げて呆然とするくらい、圧倒的な優雅さでね」


「それと――音を立てずにボールを蹴りなさい。私の指示に逆らってまで右足一本に拘るというのなら、そこまでやってのけなさいな」


 セオリーの規律ではなく、不規則な『花札の役』としての同期を求める、悪魔的な四つの縛り。


「音を立てずやとぉ!? 無茶苦茶やな、このおばはん」


 グラウンドの静寂を破り、藤乃が驚愕のあまり、思い切り失礼な言葉を大声でぶちまけた。

 漆黒のジャージの袖を(まく)り上げ、あまりの理不尽さに目を見開いている。現役の伝説の指導者に対して放たれたとんでもない暴言に、隣にいたメンバーたちが一瞬でヒエッと顔を青くした。


 ――だが。


「わかりました。左足や頭を使え、という指示よりは、そちらのほうが私は納得できます」


 泥を払い落とした菊鞠は、衣服の汚れなど一切気にも留めない様子で、すっと背筋を伸ばして言い放った。

 その瞳は先ほどまでのドス黒いストレスから解放され、むしろ自身の領域(神域)である蹴鞠の「美の極致」を突きつけられたことで、どこか清々しい輝きすら帯びている。


「いや、できるんかい!」


 藤乃のキレのある叫びが、夕暮れのグラウンドに響き渡った。

 それはまさに、その場にいた八々花イレブン、そして顧問の三芳野までもが、胸の内で同時に抱いた「全員の心の声」と完璧にシンクロした一喝だった。


 あんぐりと口を開けてズッコケそうになっている仲間たちを余目に、天堂はつばの広いキャップの影で、クックッと深く口元を歪めた。


「面白いわね。口先だけじゃないことを、今すぐその右足で証明してみせなさい」


 天堂はクッと深く口元を歪めると、手元のアナログストップウォッチをパチンと力強くリセットした。


「――特訓再開。3分以内に形にしなさい。できなければ全員グラウンド20周よ。始め!」


 冷酷なホイッスルの音が鳴り響き、八々花の記念すべき最初の『役』を紡ぐための、泥臭くも無音のミニゲームが幕を開けた。

 有無を言わせぬカウントダウンにピッチの空気が一気に跳ね上がる中、ボールへと最初に走り込んだのは、目隠れボブを揺らした幕ノ内桜だった。


「桜、いきまーすっ!」


 極限のプレッシャーに直面し、隠しきれずに漏れ出してしまったその名台詞に、ピッチのベタで見守っていたマネージャーの種村カスミだけが盛大にずっこけた。


(サクラちゃん、もう隠れオタクを押し通すのは諦めたほうがいいんよ)


 咥えていたチャッパチュプスを危うく喉に詰まらせそうになりながら、カスミは心の中で猛烈なツッコミを炸裂させる。


 しかし、そんな周囲のズッコケを余所に、桜が右足で捉えたボールは、まるで「桜吹雪」のように美しく、かつ敵のディフェンス陣の高度の感覚を狂わせるような超高層のロブパスとなって、前線の菊鞠めがけて大きな弧を描き始めた。


 桜の放ったロブパスは、夕暮れの空に高い弧を描いて前線へと向かう。しかし、極限のプレッシャーからか、その軌道は天堂の命じた「1ミリ上」からは数十センチほどズレていた。


「くっ……!」


 落下点へ走り込んだ菊鞠は、必死に右足を伸ばす。


 いつもなら、吸い付くようなトラップと共に「ぱしっ」と優雅な音が響くはずの局面。しかし、「音を立てるな」という天堂の呪縛を意識しすぎた菊鞠の全身は、職人にあるまじき硬さに強張っていた。


 ――バシッ!!!


 静まり返ったグラウンドに、硬質で、あまりにも不格好な打球音が激しく鳴り響いた。

 優雅さの欠片もないその衝撃に、ボールはコントロールを失って無惨に弾け飛ぶ。自身の右足から放たれたその「耳障りな音」に、菊鞠は屈辱で顔を真っ赤に染めた。


 一方、満月は天堂の命令を文字通りに受け止めすぎていた。

 「死角への完全潜伏」を忠実に遂行せんとした彼女は、物理的に相手ディフェンスの真後ろ、すなわち菊鞠から見ても完全に死角となる位置へノリノリで隠れてしまっている。


 パスコースを自ら完全に塞いだ満月は、ボールが転がってきたことすら気づけない位置で、クソ真面目に身を潜めていた。


 ――ピピィーッ!!!


 グラウンドに冷酷なホイッスルが吹き鳴らされる。天堂は手元のストップウォッチをカチリと止めると、帽子の影から氷のような視線を3人へと投げつけた。


「そこまで。幕ノ内、軌道が甘い。神酒盃、今のはただの(うるさ)いだけのドタバタサッカーね、論外。そして薄、貴女は本当に消えてどうするの。パスコースを自分で塞ぐバカがどこにいるかしら」


 3人の致命的な空回りを、天堂は冷たく、的確に一刀両断する。


「――はい、時間切れ。連帯責任よ。全員グラウンド20周。さおり、あなたも一緒に走りなさい」


「ひゃえええええええええっ!? わ、私もですかぁっ!?」


 顧問である三芳野の悲痛な悲鳴が夕暮れの空に木霊する。

 有無を言わせぬ女王の命令に、八々花イレブンは咲桜里先生を先頭に、泥塗れになりながらグラウンドを走り出すしかなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


次回予告――

 天堂特別総監督から課された、あまりにも理不尽な『コンビネーション』の四つの縛り。

 極限のプレッシャーの中、隠しきれないオタクのDNAを爆発させた桜のロブパスが上がるが、意識しすぎたひまりの右足は無惨な「カタカナの衝撃音」を響かせてしまう!

 3人の致命的な空回りの連帯責任として、なぜかサッカー未経験の顧問・みよティーまで泥塗れの地獄へ巻き込まれることに!?

 終わらない周回、限界を迎える体力。しかし、その極限の先で、ついに3人の感覚が同期を始める――!


 次回、第97話【「それこそ、右足が二本あるぐらいでないと、無理なんじゃないかなぁ」】

どうぞお楽しみに!――


「桜ちゃん、もう隠れオタク押し通すの諦めてwwwアムロかてwww」

「みよティー何もしてないのに一緒に全力疾走させられてるの不憫すぎるwww」

と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

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