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「覚悟しなさい。明日からあなたたちの『神域』を、神園を壊すための地獄に変えてあげるから」

登場人物についての詳細は↓のとおりです。

https://ncode.syosetu.com/n7086km/58

「久しぶりね、桐子。ずいぶんな負けっぷりだったわね」


 冬休み中の静まり返った学校。八々花のサッカー同好会の部室。

 一文字学園の惨敗という残酷な現実を突きつけられ、重い沈黙に沈んでいた八々花イレブンが集まる部室内に、その女性は立ち入ってきた。

 つばの広い帽子を目深に被り、どこか理知的で、圧倒的な佇まいを崩さない謎の女性。

 彼女は帽子の影にある鋭い瞳で部室内を見回すと――鳳桐子や道風柳、松明千鶴たちの姿を静かに見つめた。


「て、天堂先生……!?」

 鳳桐子が、自身の胸の奥にある冷たい重みを忘れたかのように、大きく目を見開いた。

 その言葉に、元・神園学園中等部『五光』のメンバーがガタッと一斉に色めき立つ。


 さらには、イレブンと共に歩いていた顧問の三芳野先生もまた、その「天堂」と呼ばれた女性の顔を見て、息を呑んで直立不動になった。

 生徒たちの前で、普段は見せないようなガチガチの緊張状態で「天堂先輩……!? な、なぜここに……!?」と声を震わせる。


「え、みよティー、知ってんの!?」


 ただならぬ気配を感じたまつりがきょとんとした声で問う。

 咲桜里は、まつりののんきな声に顎をガタガタと鳴らしながら、天堂から目を離さずに声を絞り出した。


「し、知ってるも何も……っ! 私たちの母校の歴史で、在学中にあらゆるタイトルを総なめにして、女子サッカー界の戦術を10年進めたって言われている、あの『伝説の絶対指導者』なのよ……!」


 ――ブゥン、ブルンブルン!!


 その説明が終わるか終わらないかの瞬間だった。


 マネージャーの種村カスミの口元に咥えられたチャッパチュプスのプラスチック棒が、興奮と戦慄で残像が見えるほどの速度で激しく震えだす。


「それだけじゃないんよ咲桜里先生! まつりちゃん!! 天堂任見といえば、先日のW杯やオリンピックで世界のトレンドになった『可変式ゾーンディフェンス』を、それより何年も前に完成させてた、時代の先を行き過ぎてる天才戦術家! 彼女が神園のコーチに就任した年は、チームの年間失点わずか『3』! その完璧な規律トランプの基礎を作った、まさに『神の調律師』なんよ……!!」


 一気に捲し立て、チャッパチュプスをペロッと鳴らしながらハァハァと肩で息をするカスミ。

 自分の伝説を語る三芳野とカスミとを一瞥し、それからイレブン全員を見回した天堂は、つばの広い帽子の影から、クックッと不敵に笑った。


「あら、私の大学の後輩ちゃんかしら? ――それにしても、相変わらず賑やかで愉快な仲間に囲まれてるわね、桐子」


 天堂はつばの広い帽子を少しだけ押し上げ、楽しげな笑みをその唇に浮かべた。


「こんな狭くて暗い部室じゃなくて、もう少し落ち着いて話せる場所に移動しましょうか。――そうね、あなたたちの『背番号9番』は、今頃ご実家(神社)でお留守番かしら? 全員でそっちに移動するわよ。……あなた、名前はなんだったかしら?」


 帽子の影から鋭い視線を向けられ、三芳野咲桜里はビクッと背筋を跳ね上げた。

 完全に就職活動の面接か、あるいは鬼教官の前に立たされた新兵のような直立不動で、思わず必死な声を張り上げる。


「咲桜里でひゅ、三芳野咲桜里! 24歳でしっ!」


「年齢はどうでもいいわ。さおり、案内しなさい」


「は、はいっ!」


 有無を言わせぬ天堂のオーラに、逆らうことすらできずに返事をしてしまう。

 部室の空気が一気に大移動へと引っ張られていく中、お嬢様である蝶名林牡丹が、めったに見せない狼狽うろたえぶりでスマホを握りしめた。


「えっ、す、少しお待ちになってください!? あやめさん、どういたしましょう!?」


 松の内の神社がどれほど戦場かを知っているからこそのパニックである。その隣で、幼馴染のあやめが、自身のスマホを高速でタップしながら鋭く頷いた。


「ね、念のため菊鞠ちゃんには連絡してみたほうがいいかも!」


 ポチポチと音を立てて打ち込まれる、菊鞠への緊急NINE。


 ――こうして、絶望と大混乱の嵐を連れた八々花イレブンは、伝説の指導者に拉致されるようにして、一路、神域である『菊堂神社』へと向かうこととなった。



 菊堂神社の社務所、その奥にある大広間。

 サッカー同好会のメンバーたちが到着した時には、三十畳の大広間の真ん中に折り畳み式の座卓を並べ、20人ほどが座れるスペースが用意されていた。

 

 巫女装束に割烹着を羽織った菊鞠が皆を出迎え、全員分の温かいお茶を用意してそれぞれの位置に置いてゆく。


「あーマジてぇてぇ……割烹着ひまりんの家庭的波動で、一文字戦の精神的ダメージが急速に消滅していくんよ……」


 カスミが脳内で限界を迎えつつ、お茶を差し出された天堂の佇まいに再び冷や汗を流す。

 湯気の向こう側、天堂は出されたお茶に口を付けることもなく、八々花のメンバーをぐるりと見渡した。


「さて。神園を追われたあなたたちが、泥臭い同好会で何を始めるかと思えば……伝統芸能の技術で女子サッカー界を無双、ね。おめでたい頭をしてること」


「んだとコラァ!」


 ウルフカットを逆立てて真っ先に立ち上がったのは、基本的に沸点の低い萩子だった。

 今にも掴みかからんとする萩子を、左右の縦ロールを揺らしたお嬢様、蝶名林牡丹が片手で制する。


「お止めなさい、萩子さん。……ですが天堂様。わたくしたちはただ負けたまま終わるつもりはありませんわ。このユニフォームの『重ね衿』に懸けてもね」


「そのとおりだ。ボクたちが何のために八々花で集まったと思ってるんだ」


 キャプテンの椛も、トップスターのようにベリーショートの髪をかき上げたかと思うと、天堂を真っ直ぐに見据える。

 元・神園中等部『五光』の千鶴や桜、満月、柳たちにも一斉に緊張の糸が張り詰めた。

 しかし、天堂はつばの広い帽子の影から、ふっと鼻で笑うだけだった。


「一文字の麻雀サッカーの配信を見たでしょう? 画面越しにすら手も足も出ず、システムごと解体されて怯えていたあなたたちが、今の神園トランプに勝てると思っているの? あそこは規律と記号の完成形。今のあなたたちは、ただの『バラバラに散らばった花札』よ」


 その冷徹な言葉が、大広間の畳の上に重く突き刺さる。

 誰もが言葉を詰まらせ、張り詰めた静寂が空間を支配したその時だった。

 お盆を脇にしっかりと抱えた菊鞠が、じっと天堂の鋭い瞳を見つめ返し、凛とした請い声を上げるように口を開いた。


「あの、天堂様」


 その声には、1ミリの迷いも、世界の王者に怯える色もなかった。


「我が菊堂神社の境内は、神域にございます。世界の雑音も、神園の規律とやらも、ここには届きません。……ここで落とさないのは、鞠だけではないのです。私たちは、いちど胸に誓った日本一の夢も、絶対に地上には落としません」


 社務所の奥に、菊鞠の真っ直ぐな覚悟が響き渡る。


 他のメンバーとは場所を異にし、神社での用事を片付けつつも画面越しに一文字の惨敗を見届けた、八々花イレブンの背番号9番。

 その言葉に、天堂の口元が、クッと深く歪んだ。


「……面白いことを言うじゃない」


 天堂はゆっくりと立ち上がると、まだ直立不動のままガタガタと震えている三芳野咲桜里を一瞥した。


「さおり。あなたじゃこの子たちの『花札』をサッカーの『役』に揃えることはできないわ。……今日から私が、このチームの特別総監督として、あなたたちの『役』を揃えてあげる」


 突然の指導者介入、事実上の同好会乗っ取り宣言。

 大広間の畳の上が一瞬にして凍りつく。そのあまりに理不尽な物言いに、三芳野咲桜里は声を裏返らせた。


「ひゃえっ!? も、諸々の手続きがいるといいますか!?」


「ならば、すぐに揃えて頂戴。――それに、そんなものなくとも、指導自体はすぐにでも始められるわ」


 つばの広い帽子の影から向けられた鋭い瞳に、咲桜里は完全に気圧され、「は、はいぃ……っ」と涙目で項垂うなだれるしかなかった。


 呆然とする咲桜里とイレブンを帽子の影から見据えながら、天堂任見は不敵に、残酷に微笑んだ。


「覚悟しなさい。明日からあなたたちの『神域』を、神園を壊すための地獄に変えてあげるから」

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


次回予告――

 松の内の菊堂神社に突如として現れた、絶対的な戦術の怪物・天堂任見。

 「夢を地上に落とさない」と言い切ったひまりの覚悟を受け、伝説の指導者は不敵に微笑み、八々花女子高校サッカー同好会の『特別総監督』への就任を宣言する!

 有無を言わせぬ女王様オーラと、みよティーの必死の「24歳ですっ!」をへし折る圧倒的な権力(?)。

 伝統芸能の申し子たちを待ち受けるのは、神園の完璧な規律トランプを打ち破るための、文字通りの『地獄の調律(特訓)』だった――!


 次回、第95話【「それらを使わなくても、それすら凌駕する右足があればいいんでしょ!!」】


どうぞお楽しみに!――

「みよティー直立不動で24歳ですっwww面接かてwww」

「『私の大学の後輩ちゃんかしら?』の天堂先生の強者オーラとドS感が最高すぎるんよ……!」

と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

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