「――ありっ。相手を思いやり、鞠の痛みを殺して、そっと浮かせる。……私たちのサッカーも、きっと同じだと思うんです」
登場人物についての詳細は↓のとおりです。
https://ncode.syosetu.com/n7086km/58
明けて、1月4日。
菊堂神社の裏手にある、四方を美しい竹林に囲まれた砂敷きの『鞠庭』。
菊鞠の「(あの神事にも誘ってみよう!)」という突拍子もないひらめきによって、八々花イレブンはサッカーのジャージを脱ぎ捨て、平安装束へと着替えてここに集まっていた。
鞠庭の周囲には、菊堂神社の神職たちや、娘たちの晴れ舞台を遠巻きに見守る数人の親御さんの姿もあったが、少女たちの意識はすでに、これからはじまる未知の神事へと向けられている。
「こんなん初めて着るけど、動きにくいわコレ」
藤乃は、緑の直垂の大きな袖をバサバサと揺らしながら、居心地悪そうに眉をひそめてぼやく。だが、165cmの細身の身体に男前な武家装束は驚くほど映えており、振り返るたびにツインテールが軽やかに躍る。
「え、でも藤乃ちゃん、すごく似合ってると、思う……!」
その横で、白と薄紅の水干を身に纏った小梅が、両手でだぼだぼの萌え袖をきゅっと握りしめる。
烏帽子の間からはみ出たアホ毛は、嬉しそうにぴこぴこと揺れていた。
その鞠庭の入口の手前は、まさに絵巻物のようなカオスと華やかさに満ちていた。
169cmの千鶴、167cmの桐子、169cmの椛先輩という長身イケメン組が、直垂の袖を紐でキュッと結び、宝塚の若武者さながらの圧倒的な王子様オーラを放って佇んでいる。
そして、その横には、小柄な柳がちょこん。と立っていた。
「私、いつも菊鞠ちゃんが出るところは見てたけど、まさか自分もやる側になるとは思わなかった!」
群青をベースにした雅な水干を着こなした八橋あやめが、嬉しそうに、けれど少しだけ緊張した面持ちで、お淑やかな笑顔を浮かべる菊鞠へとはにかんだ。
「あははっ! あやめちゃんも皆も、とっっっっても、似合ってますよ! さあ、新春の初鞠、みんなで楽しくやりましょう!」
いつもの巫女装束から、今度は蹴鞠の正装へと着替えた菊鞠が、満面の笑顔でイレブンを先導する。――と、その時。
ベンチに陣取った見学組のカメラマネージャー、種村カスミのシャッター音が、激しい限界オタクの叫びと共に炸裂した。
「サクラちゃん、修羅猫のかもめみたいなんよ!!」
純白の水干。その胸元の紐の締め付けによって、温泉での「胸囲の格差社会」に続き、これでもかと強調されてしまっている桜の圧倒的な美少女プロポーション。
「ちょっと、カスミちゃん、声大きい――っ!!」
桜は顔を耳の裏まで真っ赤に染め上げ、だぼだぼの袖で慌てて胸元を隠しながら、スマホを連写するカスミに向かって小さく叫ぶ。
カスミの横では、まつりが「みんな可愛いじゃん!これも、蹴鞠保存会のTickTackに上げるから!」とスマホのカメラを向けていた。
「――あーりやー、ありっ!」
砂敷きの鞠庭の中央。
装束の袖を美しくたなびかせた菊鞠の、凛として雅な請い声が冷たい新春の空気の中に響き渡った。
それと同時に、菊鞠の右足から優しく、ぽん、と美しく真上へと浮かび上がった白木綿の鞠。
これこそが、菊堂神社に伝わる伝統の『初鞠神事』の幕開けの合図だった。
――だが。
「よっしゃあ! 新春一発目、アタイの特攻スマッシュいくぜえええぇぇぇ!」
その神聖な静寂をぶち破るように、豪快に声を張り上げたのは直垂姿の猪目萩子だった。
サッカーのインステップキックの癖で力任せに足を振り抜いた瞬間、大きな袖が視界を遮り、空中で鞠の芯を完全に外してしまう。
「あ、空振っちまった!?」
派手な空振り。勢い余って鞠庭の砂をザバァと耕し、鞠は無情にも地面へと落下する――誰もがそう思った、コンマ数秒の刹那。
――するり。
「ありっ!」
とっ――。
その真横から、まるで重力を無視したかのように滑り込んできたのは、菊鞠。
落ちる鞠の軌道を完璧に先読みし、右足の甲で優しく、まるで綿を包み込むように鞠を受け止めると、その回転を完全に無力化して真上へと美しく浮かせてみせたのだ。
ドォォォオッ!!!
その瞬間、鞠庭を遠巻きに見守っていた神職たちや、娘たちの晴れ舞台を心配そうに覗き込んでいた親御さんたちから、地鳴りのような大歓声と割れんばかりの拍手が沸き起こった。
「ちょっと、萩子さん! 淑女の蹴る鞠ではありませんわ! 砂を跳ね上げないでくださいまし!」
「あはは、ぼったん怒んなし! でもひまりん、今のカバーはガチで神じゃん!」
牡丹のガチお説教をBGMに、萩子が目を輝かせて親指を立てる。サッカーのピッチで見せる千変万化の魔球ではなく、伝統の衣装を靡かせながら見せる菊鞠の圧倒的な「個の調律」に、イレブン全員が息を呑んで見惚れていた。
「前にも言ったと思いますが、サッカーはボールを奪い奪われゴールを狙う競技――ようっ」
「ですが蹴鞠は『次に蹴る相手が一番蹴りやすい、一番優しいボールを届ける』神事です――おうっ」
ひまりは真ん中で静かに装束の袖をはためかせながら、イレブン全員の顔を見つめて柔らかく微笑んだ。
「――ありっ。相手を思いやり、鞠の痛みを殺して、そっと浮かせる。……私たちのサッカーも、きっと同じだと思うんです」
菊鞠のその言葉が、一文字戦のハコテン(完敗)で「自分がなんとかしなきゃ」とガチガチになっていた少女たちの心を、優しく解きほぐしていく。
――そこからは、まさに八々花女子イレブンの「心の再調律」そのものだった。
167cmの桐子がロングコートの私服から直垂へと着替え、長い足を美しくコントロールして千鶴へと優しいパスを浮かせる。
「千鶴、受けて。えっと――よう?」
トンッ――。
「おう!」
一軍の守護神である千鶴がそれを受け止め、今度はお琴の家元の娘であるあやめへと綺麗に繋ぐ。
「あ、あり!」
「おう!――あ、ごめん!」
ラリーが切れそうになると、すかさず菊鞠のフォローが入る。
「よう!」
「ウチに任せとき!」
直垂の袖をバサバサさせて文句を言っていた藤乃も、隣の小梅の頭上へと見事な放物線を描くインサイドのパスを落とし込んでいく。
松の内の昼下がり。
竹林の鞠庭に、少女たちの心地よい掛け声がどこまでも響き渡る。
「98……99……100!!! 繋がったぁぁあ!!」
とーん。
トーーンとあやめが最後の100本目を空高く打ち上げ、それを菊鞠が右足に「す。」と載せた瞬間、鞠庭のボルテージは最高潮に達した。
「やったじゃん! 100本ロングラリー達成じゃん!」と萩子が満月に抱きつき、「規律ある100本です!」と満月も顔を真っ赤にしてその背中を叩く。
鞠庭の外から見守っていた三芳野先生や、カメラを構えて「新春の直垂×水干、そして100本ラリー。……てぇてぇ……。完全保存版なんよ……!」とハァハァ連写していたカスミ、まつり達も、スタンディングオベーションで拍手を送っていた。
「自分らの調律の原点、完全に思い出した気ィするわ」
藤乃が汗を拭いながらツインテールを揺らして笑う。
中秋に行われた冬の選手権の予選で、一文字学園に叩きのめされたあの悔しさはもう絶望ではない。――次なる覚醒への、最高のステップへと変わっていた。
チームの心の調律が100%完全復活を遂げた、正月の美しい夕暮れ。
少女たちは次なる舞台――日本の頂点を決める『冬の選手権・決勝戦(神園vs一文字)』の観戦、そしてそこで待ち受ける運命の邂逅へと、力強く歩みを進めるのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
初鞠神事の100本ラリーを経て、心の調律(絆)を完全復活させた八々花イレブン。
お正月の松の内が明け、ひまりを神社のお留守番に残し、あやめ達13人が向かったのは……冬の選手権の頂点を決める『全国決勝戦』のスタジアム!
ピッチ上で激突するのは、古巣である絶対王者【神園学園】と、秋に自分たちを蹂躙した【一文字学園】。
数ヶ月間牙を研いできた八々花女子ですら、言葉を失うほどの次元の違う頂上決戦(王たちの蹂躙)。 圧倒的な世界の差を前に、再び足が震え始めたあやめ達の背後から、つばの広い帽子を被った『あの女性』が不敵に姿を現して――!?
次回、第93話【「ねぇウミガメさん? 私の前では、どんなふうに踊ってくれるのかしら♪」】どうぞお楽しみに!――
と、その前に、前回のお話では、初詣の衣装を全員分きっちり考えていたのですが、ページの都合上バッサリと切り落としました。
ですが、それをお蔵入りしてしまうのはもったいないと思ったので、次のページは初詣の衣装コーナーとします。
そちらの投稿時間は8月29日の12時30分!
第93話となる神園学園vs一文字学園は、8月30日の0時の予定です。
「萩子の空振りをひまりが神カバーした瞬間、ガチで鳥肌立った!主人公カッコよすぎる!」
「直垂×水干姿での100本ラリー、八々花ならではのエモさで最高の日常回でした!」
と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!




