「円盤(えんばん)買えば、あの邪魔な湯気消えて人権(じんけん)戻ってくるかなぁ……」
登場人物についての詳細は↓のとおりです。
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「――いい湯だな♪ ふふふん♪」
並々と注がれた温泉の湯船。
菊鞠は、頭の上にちょこんと白いタオルを乗せ、ふにゃふにゃに緩んだ笑顔でご機嫌な鼻歌を響かせていた。右足の踵(後ろ鞠)の一撃にすべてを懸けて真っ白に燃え尽きていた身体が、温泉の熱によって優しく包み込まれていく。
「菊鞠ちゃん、お湯の中で脱力して、ぷかぷか浮くの、子供の頃から変わってないね。さすがにこの年だとお行儀悪くみえちゃうけど。……まぁ、気持ちは分かるかな」
すぐ隣で、髪を綺麗にアップにまとめた八橋あやめが、肩までお湯に浸かりながら慈しむような目で困ったように苦笑する。実家の神社の境内からずっと続いてきた2人の柔らかい調律が、湯気の中に静かに溶けていく。
――と、その時。
ザッパァァァーーンッ!!!
「よっしゃあァァァ! 温泉最高ォォォ! アタイ、このまま向こうの壁までバタフライするぞぉっ!」
ザッッ――パン!
ザッッ――パン!!
ザッッ――パン!!!
「ちょっと萩子さん!? お風呂でダイブして本気でバタフライするなど、淑女のすることではありませんわ! お湯を跳ね上げないでくださいまし!!」
湯船を文字通り激しく踏み荒らしながら豪快なバタフライを始めた萩子と、それに対して凛とした美声を響かせてガチお説教をかます牡丹の声が響き渡る。
そんな賑やかな騒ぎを少し離れた場所から見つめながら、カスミは、お湯に浸かる桜の姿をじっと見つめていた。
「それにしてもサクラちゃん、これは何というか、胸囲の格差社会というヤツなんよ」
湯気の中に浮かぶ、桜の豊かなプロポーション。
カスミはその『一部』を無遠慮にガン見したかと思うと、今度は自分自身の慎ましやかな胸元と見比べ、ぼそり、と切実な声を漏らした。
「か、カスミちゃんどこ見てるのっ……! 湯気で見えないはずなのに!!」
「円盤買えば、あの邪魔な湯気消えて人権戻ってくるかなぁ……」
「円盤とか、人権とか言わないでぇ……っ!」
桜は顔をご丁寧に耳の裏まで真っ赤に染め上げ、慌ててお湯の中へ深く沈み込んでいく。そんな賑やかなバラエティ組の声をBGMにしながら、別のエリアでは小梅が深く、深くため息を吐き出していた。
「……あー、溶けてくぅ……」
小梅は魂が口から抜けてしまったかのように放心していた。
東風飛梅の爆速に千切られ、誰よりも心身ともにガチガチになっていたその小さな肉体が、お湯の中で極限まで脱力していく。
頭の上のアホ毛すらも、湯気を吸って元気がなさそうにふにゃりと垂れ下がっていた。
「小梅、ほんまにアホ毛が溶けそうになっとるわ」
お湯をザバァと藤乃なりに少し控えめに跳ね上げながら、時鳥藤乃が食い気味に小梅の顔を覗き込んだ。
「藤乃ちゃん、お湯を飛ばさないで……。でも、ウチ、本当に藤乃ちゃんがあそこでオーバーラップしてくれなかったら、今頃もっとボロボロのままお湯になってたかも……。ありがとう、藤乃ちゃん」
「にゃっ――!? な、なな、何言うとんねん急にっ……!」
「んふふふふ、なんでもー」
狼狽して顔を耳まで真っ赤にする藤乃の顔を見て、小梅は満足げにふにゃり、と柔らかく笑うのだった。
大浴場の片隅にある、木張りの高温サウナ室。
じわじわと吹き出す汗を白いタオルで拭いながら、桐子、千鶴、椛、柳、まつりの5人が、なぜか微動だにせず並んで座っていた。
「まつり。貴女のすっぴん顔、初めて見たわ」
サウナの猛烈な熱気の中、いつもと雰囲気が違う相棒をじっと見つめていた桐子が、限界の息の下からボソリと呟いた。
「待って無理、サウナの熱気ガチでキャパいんだけど……! インフルエンサーとしてのお顔、完全に溶けて滅なんだが……!?」
すっぴんを桐子に目撃され、顔を耳まで真っ赤にして(熱さのせいだけではなく)手で顔を覆い隠すまつり。
そんな2人のすぐ隣では、柳が座禅を組む高僧のように目を閉じ、完全に気配を消してピキリとも動かずに耐え続けていた。
「……おい、柳。大丈夫か……? 息してる、か……?」
「――無。」
「柳くん、絶対にただの負けず嫌いで意地張ってるだよね……?」
千鶴が息も絶え絶えに生存確認をし、椛が濡れタオルを頭に乗せながら鋭いツッコミを入れる。
お風呂で大騒ぎしている菊鞠達をガラス越しに見つめながら、サウナ室のこの5人は、エースとしての、あるいは個としての謎のプライドを燃やして、汗だくになりながらガチガチに耐え忍んでいた。
「……それにしても、一文字のあのシステム、本物だったわね……」
「……ああ。でも、菊鞠の最後の後ろ鞠、一文字の計算を……完全にすり抜けてたな……。俺たちのサッカーは、まだ死んではいない……」
熱さのせいで途切れ途切れになりながらも、次なるリベンジへの誓いを熱く、静かに語り合う天才たち。
「もう無理ぃぃぃ! あーし、一足お先に『整い』の世界へ行ってくるじゃんねぇぇえ!」
ついに限界を迎えたまつりが、一番最初にサウナの扉を開けて大浴場へとヘロヘロになって飛び出していった。
――ひとしきり温泉を満喫し、ポカポカの浴衣姿になった14人のイレブン。
髪を少し濡らしたまま賑やかにロビーへと集まってくると、どこからか不気味な振動音が聞こえてきた。
最新型の高級マッサージチェアに深く沈み込み、完全に魂が抜けた顔で天井を仰いでいる人物が一人。
ガガガガガガガガガガガガ!!!
「あ、あ、あ、ああああああ……生き返るぅぅう……」
マッサージの激しい振動で、声が小刻みに震えている顧問の三芳野咲桜里先生だった。
「みおティー、完全に溶けておっさん化してるじゃん!」と爆笑するまつり。
「みんな、お、お湯加減は、ど、どうだったかしら、ら、ら……」
必死に大人の威厳を保とうとするが、結局声が震えてしまいふにゃふにゃの笑顔になってしまう先生。
一文字戦の重苦しい空気が、ロビーの温かい笑い声で綺麗に溶けていく。
――だが、揉み玉のおかげで肉体が完全リフレッシュされた咲桜里先生は、パッとチェアから跳ね起きると、ロビーの奥にある温泉卓球コーナーへと一同を誘った。
「温泉といえば卓球じゃん!」とラケットを握って遊び始めようとする萩子たちの前に、咲桜里先生がスッと不敵な笑みを浮かべて立ちはだかる。
「ふふふ、みなさん。先生もこう見えて体育大学出身の、現役体育教師ですからね。……負けませんよっ!」
いざ試合が始まると、お茶目な顧問の面影は一瞬で消え去った。
咲桜里先生は浴衣の裾を大胆にたなびかせながら、プロ顔負けの強烈な超高速ドライブや、えげつない回転のブレるサーブを、容赦なく挑戦者に叩き込んできたのだ。
「ひえぇぇ! 先生のサーブ、球筋が曲がって消えるじゃん!?」
「萩子さん、お風呂に続いて卓球の球まで暴走させないでくださいまし! ――って、きゃあああ!? 先生のスマッシュ速すぎですわっ!!」
野生児の萩子の決死の返球すらも完璧なカットで拾われ、菊鞠の「右足一本」ならぬ「右手一本」の必死のレシーブすらも、大人の手加減なしの超高速スマッシュで完封される。
菊鞠達が順番に挑んでは、面白いくらいに全員が順番にボコボコにされていった。
最終スコア、21-0。
完璧なる完全ハコテン(完敗)。
ラケットを構えたまま「はぁ、いい汗かきました!」と爽やかに汗を拭う咲桜里先生に対し、床に這いつくばって白目を剥いた生徒達から、ロビーが割れんばかりの特大のブーイングが飛び交った。
「「「「先生、大人げなーいっ!!!!」」」」
敗戦の悔しさも、データの絶望も、その理不尽なまでの大人のフィジカルの前にすべてが吹き飛んでいく。
八々花女子イレブンの初めての中秋の夜は、宿のロビーを満たす、最高に賑やかで温かい笑い声と共に更けていくのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
温泉とガチ卓球で心身ともに「調律」され、敗戦のショックから立ち上がった八々花イレブン。
それから数ヶ月の月日が流れ――季節は、年が明けたお正月。
キャプテンの椛からの連絡(NINE)をきっかけに、みんなが着物や私服でおめかしして向かったのは……ひまりの実家である『菊堂神社』!?
社務所のカウンターの裏で、白衣に緋袴を身にまとった「本物の巫女服ひまり」の圧倒的なてぇてぇ姿に、全員が新春からノックアウト!
みんなでおみくじを引いたり、新年の必勝祈願をする、最高に賑やかなお正月初詣回!
次回、第91話【ウチなんか『大凶』なんよ〜! いや違う、これはきっと、『大メ出たい』なんよ!】
次の投稿は、8月29日の0時となります。
お待ちのところ申し訳ありませんが、少しお時間ください!
どうぞお楽しみに!――
「萩子のバタフライ3連弾に、カスミの青盤オミット発言wwきらら要素MAXで最高!」
「咲桜里先生、卓球容赦なさすぎて大人げないwwでも最高のオチでした!」
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