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「……舐めるなや、一文字ぃぃぃい!! ウチらのサッカーは、まだ終わっとらんぞ!!」

登場人物についての詳細は↓のとおりです。

https://ncode.syosetu.com/n7086km/58

 後半32分。スコアは『0-3』。


 ピッチを支配していたのは、一文字学園が誇る『国士無双システム』による、残酷なまでのハコテンの空気だった。

 すべての個性をデータ化され、一歩の踏み込みすらもメタ(無効化)された八々花の少女たちの心に、冷たい絶望が染み渡っていく。

 だが――そんな完璧なデータの檻を、戦術の網を、力づくでぶち破るように咆哮を上げた少女がいた。


「……舐めるなや、一文字ぃぃぃい!! ウチらのサッカーは、まだ終わっとらんぞ!!」


 サイドバックの時鳥藤乃が、鋭い前髪の下から野生の闘志を剥き出しにして、一文字の頭脳――トップ下の《一筒イーピン》一之瀬燈子へと猛然と突っ込んでいく。


「無駄だ。君のマーク時の重心の偏りは、すでに右12度だとアウトプットされている。……それに、その角度でのアプローチはファウルになる確率が――」


 燈子はノートPCの画面を思い出すように冷徹に微笑み、藤乃の突進をいなしつつファウルを貰おうと滑らかなステップを踏んだ。

 セオリーを重視し、審判のホイッスルすらも計算に組み込もうとした一文字の頭脳。

 ――だが、それこそがデータの盲点だった。


「あァ!? カードなんか怖うてサッカーできるかワレェッ!! データだか何だか知らんけどな、自分らの泥臭い根性まで計算に入れとったんかッ!!」


 ドガァッ!!!


 激しい肉体衝突の音が響く。

 燈子の目は驚愕に見開かれた。藤乃の突進には、セオリーも、重心の法則も、警告を恐れる論理すらも一切存在しなかった。ただひたすらに、燈子の視界とユニフォームにしがみつくような、めちゃくちゃで獰猛な超接近マーク。


 サッカーを分かっていないからこそ、一文字のデータベースには『藤乃の次の動き』の予測式が存在しない。システムが予期せぬエラー(バグ)を起こし、燈子のコンマ数秒のコントロールが完全に乱れる。藤乃は汗にまみれながらも、剥き出しの執念だけで燈子の足元から、ボールだけを綺麗に毟り取ってみせた。


「燈子が……奪われた……!? データにない、ありえない動きよ!」


 一文字のベンチから、初めて焦りの声が上がる。

 だが、バグはこれだけで終わらない。ボールを奪った藤乃は、自分がそのまま持ち上がれば一文字の高速な包囲網にすぐ捕まることを野生の勘で察していた。


「あやめェ! ボール預けたで! 自分このまま上がったるからなァ!!」


 藤乃はすぐ近くのあやめへとショートパスを預けた瞬間、サイドバックの定位置を完全に放棄。前線へ向けて文字通り『暴走特急』の如き全力ダッシュを仕掛けたのだ。


「時鳥藤乃。ポジションを放棄した自殺的オーバーラップ。……いや、一文字こちらのバックラインのマークを引き裂く気か!?」


 一文字の守備網に激震が走る。ボールを持つあやめを警戒しつつも、ノーマークで突っ込んでくる藤乃の「予測不能な暴走」に、萬屋姉妹の無機質な瞳が一瞬だけ左右に引き裂かれた。データの網に生まれた、コンマ数秒のノイズ(隙間)。


 あやめは、その一瞬のエアポケットを見逃さなかった。藤乃が命懸けで作ってくれた一瞬の隙。マークの薄くなった前線の菊鞠へと、己の持てる極限の調律から放たれた美しきロングロブパスを突き刺す。


 放物線の先には、八々花の心臓――背番号9番、菊鞠が佇んでいた。


「おうっ!」


 菊鞠は気高い『請いこいこえ』と共に跳躍する。

 背後からは一文字の絶対的守護神《北(玄武)》北山巳亀が、前線からは幽霊《白》白峯ぱいんが、その『合理』の網でひまりの頭上を完全に包囲しにかかる。


「右足だけじゃ届かない。警告した」


 冷徹に空中戦を仕掛けてくるぱいん。完全に退路を断たれた虚空。

 だが、ひまりの瞳の奥の灯火は、ギラギラと獰猛に輝いていた。


「私の鞠道を――非効率な曲芸だなんて、絶対に、ぜったいに言わせないっ!!」


 菊鞠は空中へとその身体をひねるように投げ出すと、ボールに対して背を向けるような異次元の体勢をとった。ぱいんの『合理』の計算が弾き出した、すべての予測を裏切る。ひまりが突き出したのは、爪先でも甲でもない。


 ――右足の、かかと。菊鞠が誇る秘技《後ろヒールバック》。


「ようっ」

 しゅっ――!!!


 極限の集中力で放たれた一撃。そのヒールから放たれたボールは、激しい風切り音とは裏腹に、不気味なほどにピタリと回転を止めていた。白黒の模様が虚空で静止したまま進む、完全なる無回転。


 踵からの無回転という、一文字のデータには存在し得ないバグの魔球が、空気の壁に押し潰されるようにして、ゴール直前で生き物のように不規則にブレ、揺らめく。


 ――《後ろ鞠・木の葉落とし》。


「――っ!?」


 北山巳亀がその圧倒的な巨体を投げ出し、肉厚なグローブを突き出した。一文字の計算上、絶対にその手の平に収まるはずの物理演算。

 だが、完全に弾道を予測したはずの巳亀のグローブの目の前で、無回転の球体はフワリと不規則に浮き上がり、次の瞬間にはストンと真下へと急降下した。


 。

  。

    。

 。


 予測の檻を完全に超越した魔球は、巳亀のグローブが閉じるほんのわずかな隙間を――吸い込まれるように、なめらかにすり抜けていった。


 触れることすら許さず、静かに、ただ静かにゴールラインを割る、白黒の球体。


 ――ピッ、ピッ、ピィィーーーーッ!!!


 ゴールの瞬間とほぼ同時に、試合終了の長いホイッスルがスタジアムに木霊した。




 スコアは1-3。

 倒れ込んだまま、動けない。涙すら出なかった。ただ、全力を出し尽くした身体の芯に、冷たい虚脱感だけが広がっていく。

 ――終わった。八々花の、初めての冬が。


 部室に戻っても、誰も言葉を発しなかった。

 泥を拭うタオルの音だけが、不気味なほど静かに響く。小梅はスパイクを見つめたまま微動だにせず、まつりやカスミすら、完全に黙り込んでいた。

 悔しさを実感するよりも早く、心が真っ白に燃え尽きている。


 ――パン、パン!


 ガチガチに凍りついた部室の静寂を切り裂くように、小気味よい乾いた音が鳴り響いた。


「はいはーい! みなさん、そこまでどん底に落ち込まない!」


 ハッと全員が顔を上げたその先。部室のドアを背に、顧問の三芳野咲桜里が、いつもの朗らかな、けれど生徒たちの心の傷を誰よりも敏感に察する優しい笑顔で立っていた。


「公式戦の初舞台で、あの王者一文字から1点をもぎ取ったんですよ? 胸を張りなさい! ──とはいえ、頭も身体もガチガチのままじゃ、次のステップには進めませんよね」


 三芳野先生は悪戯っぽく不敵に微笑むと、バッグの中から、きらびやかなパンフレットを扇のように広げて掲げてみせた。そこには『名湯・湯煙の宿』と大きく書かれている。


「というわけで、頑張ったみんなに顧問からのご褒美です! ──気晴らしに温泉、行きましょう!」


「……えっ、温泉!?」


 呆然とする菊鞠たちの前で、三芳野先生の突拍子もないご褒美の宣告が、部室の絶望を引っくり返すように鳴り響いたのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


次回予告――

 冬の選手権、初戦敗退。

 一文字学園に意地の一矢を報いたものの、涙すら出ないほどの圧倒的な虚脱感に包まれてしまった八々花イレブン。

 そんなガチガチに凍りついた部室へ、顧問の咲桜里先生が持ち込んできたのは……まさかの秘湯温泉宿のパンフレット!?

 戦いの泥を洗い流し、浴衣姿で繰り広げられる、美少女たちのてぇてぇ湯煙トーク!

 しかし、湯船の中で少女たちの胸に去来するのは、やっぱりあのピッチでの悔しさで――。

 

次回、

第90話【「円盤えんばん買えば、あの邪魔な湯気消えて人権じんけん戻ってくるかなぁ……」】

どうぞお楽しみに!


――

「踵での無回転木の葉落とし、静かにすり抜ける描写が美しすぎる……!」

「咲桜里先生ナイス有能!次回からの温泉回(ファンサ回)が全裸待機で楽しみ!」

と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

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