「――……、アリ。」
登場人物についての詳細は↓のとおりです。
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ピィーーーーーーッ!!!
スタジアムの乾いた秋空に鳴り響いた非情なホイッスルは、一文字学園の先制点――スコア『0-1』を告げる、八々花女子にとっての終わりの始まりだった。
千鶴のわずか14度の死角をミリ単位で射抜いた、東風飛梅の冷徹な一撃。前半戦の善戦という心地よい夢は、後半開始わずか数分で無残に打ち砕かれた。
「一点……取られた……?」
膝を突き、芝生を握り締める小梅の横を、飛梅ははんなりとした薄い笑みを浮かべたまま、静かに自陣へと通り過ぎていく。その背中には、前半戦の居残り組(二軍)が見せていた甘さなど、微塵も残されてはいなかった。
「みんな、顔を上げてくださいっ! まだたったの1点差です! 私たちの『調律』を、もう一度調絃し直しましょう!」
中盤の底からあやめが必死に声を張り上げ、イレブンの心に灯火を戻そうとする。だが、その焦りから生じたわずかなパス回しのタイムラグすらも、一文字のデータの網は逃さなかった。
あやめから満月へと送られた低空パスの軌道を、アンカーの九条笹乃が完璧な位置取りでインターセプト。そこから、ボールはすぐさま左ウイング――《發》翠川ハツミへと供給される。
ハツミは一切の感情を排した無機質な瞳のまま、ボールを引き取って静かに加速する。その瞬間、ピッチに冷徹なシステムログが流れた。
――幕ノ内桜。アプローチ突入時の減速G、0.85G。
――データの網より、解析結果を抽出。【アウトプット完了。】
――対象の能力(先読み)の強制解除――無力化を開始します。
(絶対に、これ以上はいかせない……!)
職人の如き鋭い先読み。桜の脳内には、ハツミの肉体とボールの軌道が完全にシミュレートされていた。
相手がドリブルやパスを放つ際、ほんの一瞬だけ『肉体とボールが離れる瞬間』を見極め、そこへ身体をねじ込む神速のインターセプト。
じっとハツミの足元を見つめ、ボールが離れるその『一瞬』を、息を詰めて待ち構える。
――だが。
「……え?」
桜の背筋に、冷たい戦慄が走った。
ハツミが迫ってくる。上体は驚くほどに静止し、まるで芝生の上をセグウェイで滑走しているかのように、並行移動で突っ込んでくる。
何より異常なのは、その足元だった。
ハツミがどれほど高速でステップを刻もうとも、ボールはまるで強力な磁石で固定されているかのように、常にハツミの足裏に吸い付いたまま離れない。
「離れ、ない……!? いつ、どこで奪えばいいの……っ!?」
タイミングが、読めない。
桜の先読みロジックは、ボールが離れる瞬間という『隙』があって初めて成立する。しかし、ハツミの滑走ドリブルには、奪うべき『瞬間』そのものが最初から存在しないのだ。
タイミングをバグらされ、コンマ数秒、桜の判断がフリーズした。ハツミはそのわずかな躊躇を見逃さず、足裏の高速ロールでボールを巻き込むようにして、桜の横を滑らかに、淡白にぶち抜いていった。
「嘘……、あんなの、予測できるわけないっ……!」
生まれて初めて、自分の『先読み』が何一つ通用せず、触ることもできずに置き去りにされた桜。その顔から血の気が引き、呆然と振り返る視線の先。サイドを完璧に破ったハツミが、上体をブレさせないまま、ゴール前へと極上の低空クロスを蹴り上げた。
その弾道の先――。
一文字のベンチから送り込まれた幽霊、《白》白峯ぱいんが、静かに虚空を見上げて佇んでいた。
「っ、上げさせちゃった……! ちづさんお願いっ!!」
サイドで膝を突いたまま、桜が悲痛な声を張り上げた。
ゴール前、その絶望の落下点へと真っ先に躍り出たのは、八々花の守護神・松明千鶴だ。前半戦、その圧倒的な野生の勘とハイボールの跳躍力で、幾度となく一文字の決定機を叩き潰してきた絶対の砦。
「入れさせるかぁぁあ!!」
千鶴が魂の咆哮を上げ、自らの最大跳躍高である『2.45メートル』の虚空へと果敢に身体を投げ出した。
完璧なタイミング。
千鶴の肉厚なグローブが、空中へ飛び込んできたボールをまさに掴み取ろうとした、その刹那――。
「――……、アリ。」
スタジアムの喧騒を消し去るような、真っ白で、平坦な声が響いた。
伝統的な神事の請い声とは似ても似つかない、感情の起伏が一切ない、冷徹な一音。だがそれは紛れもなく、白峯ぱいんがボールを呼び込むための、彼女独自の『請い声』だった。
その瞬間、再び無機質なログがピッチを侵食する。
――松明千鶴。ハイボールに対する最大跳躍高、2.45メートル。
――データの網より、解析結果を抽出。【アウトプット完了。】
――対象の能力(跳躍)の強制解除――無力化を開始します。
千鶴の死角から跳び上がった白峯ぱいんが、白い『左肩』をミリ単位の精度で突き出した。
音は、しない。
千鶴の指先をあざ笑うかのように、空中でお手玉の如き滑らかな軌道を描いたボールがふわりと跳ね上がる。
「――……、アリ。」
着地することなく、空中でさらに囁くような二度目の請い声。
ぱいんは無駄のない所作で『胸』を突き出し、落ちてくるボールの勢いを完全に殺して手懐ける。やはり、肉体とボールが衝突する打撃音すら、そこからは全て切り落とされていた。
「――……、アリ。」
三度目の、機械的な一音。
最後は『左足の甲』へと、ノーバウンドのままピタッと吸い付くように収めてみせた。
「空中での……トラップ!? 俺の跳躍の上っ……!?」
バランスを崩し、芝生へと激しく叩きつけられる千鶴。
重力を忘れさせるかのような、無音の完璧な空中キープ。着地した白峯ぱいんの前には、もう無人のゴールしか残されていなかった。ぱいんは表情一つ変えないまま、真っ白な冷徹さでボールをゴールへと流し込んだ。
――ピッ!!!
後半15分。スコア、0-2。
「……うそ」
ピッチの中央で、その一連の美しい空中曲芸を特等席で見せつけられた菊鞠は、驚愕にその双眸を見開いていた。
誰よりも『鞠道』を愛し、地上にボールを落とさない《神域》を誇ってきた菊鞠。だが、今目の前で繰り広げられたのは、菊鞠が誇る「右足一本」の技術を、さらに合理化させた超絶技巧だった。人間の肉体のすべてをミリ単位のデータで管理し、現代サッカーのピッチに最適化させた、冷徹なる空中蹴鞠。
白峯ぱいんは、呆然と立ち尽くすひまりの前を通り過ぎる際、ただの一瞬だけ、その真っ白な双眸をこちらへ向けた。
「右足だけじゃ、追いつけない」
ぼそり、と。感情の起伏が一切ない、幽霊の囁きのような一言。それだけを言い残すと、ぱいんはひまりのリアクションを待つこともなく、淡々と自陣へと背を向けて歩き出した。その徹底的な「関心の無さ」こそが、何よりも残酷な現実としてピッチに突き刺さる。
「……っ」
ひまりの小さな肩が、激しく小刻みに震えた。
悔しい。胸の奥から、ドロドロとした熱い塊が、これまでにないほどの激しい闘志となって燃え上がってくる。
(私の、千年の伝統を誇る鞠道が……あんな冷たい、機械みたいなサッカーに負けるわけない……。右足一本で通用しないのなら、通用するまで研ぎ澄ませる。……絶対に負けたくない……っ!!)
自分の誇りを、神社の伝統を無言のまま見下ろされた悔しさ。だが、菊鞠の瞳の奥の灯火は、絶望の闇に呑まれるどころか、かつてないほどに鋭く、獰猛にギラギラと輝き始めていた。
――だが、一文字の『国士無双システム』は、八々花に反撃の余白すら与えない。
直後の後半28分。データの檻に完全に動きを縛られた八々花は、一之瀬燈子の完璧なスルーパスから東風飛梅に3点目を叩き込まれ、スコアは『0-3』。
完全なるハコテン。
スタジアムを支配する、残酷なまでの蹂躙の空気。
八々花イレブンの誰もが、その圧倒的なロジックの前に心を折られかけた、まさにその時だった。
「……舐めるなや、一文字ぃぃぃい!! ウチらのサッカーは、まだ終わっとらんぞ!!」
データの檻を、システムに組み込まれた予測の網を。
力づくでぶち破るべく、サッカー経験の少ないサイドバック――藤乃が、咆哮と共に前を向いた――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
後半32分、スコアは0-3。
一文字学園一軍の完璧なデータの檻に囚われ、完全に息の根を止められかけた八々花女子。
しかし、その絶望の盤面をぶち壊したのは、データベースには存在しない「未経験のバグ」だった。
藤乃が泥をすすりながら毟り取ったボールが、前線のひまりへと繋がる。
右足だけじゃ届かない? 甲だけじゃ届かない? ならば――。
次回、第89話【「……舐めるなや、一文字ぃぃぃい!! ウチらのサッカーは、まだ終わっとらんぞ!!」】
どうぞお楽しみに!――
「ハツミのドリブルもぱいんの空中戦もエグすぎる……!」
「ラストの藤乃の吠え、ここからの大反撃に期待大!」
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