「――データの網へ、深く潜行する。」
登場人物についての詳細は↓のとおりです。
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ピッチの左右、その最も深い後方に網を張るようにして、戦況を冷徹に見据えたまま微動だにしない二つの影があった。
一文字学園のサイドバック――萬屋一子と玖美子。
前半戦、彼女たちは積極的なオーバーラップを仕掛けることもなく、ただ自陣の底に冷徹な防波堤として佇んでいる。
その顔に、感情の揺らぎは一切ない。
《一萬》と《九萬》を背負う双子の、ガラス細工のように無機質な瞳。
その視線はボールではなく、ピッチを駆ける八々花の少女たちの「肉体の動き」そのものを冷たく見つめ続けていた。
走る際の、わずかな関節の角度。
切り返す瞬間の、軸足にかかる荷重の癖。
パスを放つ刹那に生じる、特有の視線のラグ。
シュートを放つ直前、大きく踏み込む軸足のわずかな歪み。
八々花イレブンがピッチに描く美しきすべてのプレイが、まるでスキャナーで読み込まれるように、一文字のデータの網へと吸い上げられていく。
――だが、ピッチの上で死に物狂いの戦いを繰り広げている少女たちに、その静かな侵食に気づく余裕などあるはずもなかった。
「一文字の速攻きます! ライン下げて、調律を合わせて!」
中盤の底から八橋あやめが鋭く警告の声を張り上げた、まさにその刹那だった。
一文字学園のアンカー《一索》一竹すずめが放った、針の穴を通すような鋭い縦パスが前線へ突き刺さる。
中央へ通りかけた絶妙なスルーパスだったが、その身体を必死で投げ出すような気高いカバーリングにより、寸前のところでボールを外へと弾き出した。
――蝶名林牡丹。スライディング時の骨盤の回旋速度、毎秒420度。
――データの網へ、深く潜行する。【インプット完了。】
溢れたこぼれ球を、今度は《中》中丸紅緒が拾って加速する。
爆発的な一歩の踏み込みでサイドを強襲せんとするその突破の前に、センターバックの幕ノ内桜が立ちはだかった。
職人の如き鋭い先読みで、ノータイムで身体をねじ込む。
一度は完璧にドリブルの軌道を遮るも、紅緒は驚異的な粘りで即座にボールを拾い直し、さらに強引に縦へと仕掛けていった。
桜は激しい肉体衝突に耐えながら、絶妙な間合いでそのセカンドアタックをも泥臭くシャットアウトしてみせる。
――幕ノ内桜。アプローチ突入時の減速G、0.85G。
――データの網へ、深く潜行する。【インプット完了。】
それでもなお、王者の冷徹な波状攻撃は止まらない。
わずかな隙間をすり抜けたトップ下の《一筒》一之瀬燈子が、鋭い飛び出しから強烈なミドルシュートを放つ。
ゴール左隅を鋭く襲う決定的な一撃に対し、その絶望の軌道の先で、八々花の守護神が牙を剥いた。
「うおおおおおおぉぉぉっ!!」
最後方に君臨する松明千鶴が、すべての思考と猶予を置き去りにした咆哮を上げながら、その身体を大きく虚空へと投げ出す。
芝生に激しく身体を打ち付けながら、指先一本でその痛烈な弾丸をゴール外へと弾き出し、息もつかせぬ死闘の中でギリギリの均衡を死守し続けた。
――松明千鶴。ハイボールに対する最大跳躍高、2.45メートル、ならびにセービング時の視線ブラインド、左後方14度。
――データの網へ、深く潜行する。【インプット完了。】
「ナイスセーブです千鶴さんっ! みなさん、一気に押し上げましょう……っ!」
セカンドボールの落下点へと猛然と突っ込みながら、八橋あやめが声を枯らして叫ぶ。
相手よりも一瞬早く身体をねじ込んでボールを死守すると、前線へ顔を上げた神酒盃菊鞠へと、迷うことなくパスを供給した。
そのパスに対し、神酒盃菊鞠は驚くほど優雅な所作で右足を伸ばす。
極上のトラップから、「ようっ!」という気高い『請い声』と共に、右足一本で蹴り上げられた美しい空中パス。それを起点に、八々花の攻撃陣が右から左へと流れるような連携をピッチに響かせていく。
右サイドハーフの薄満月が、一文字の激しいプレスを浴びながらも、爪先を芝生へ深く這わせるような執念の走りでボールを死守する。一瞬のタメを作って相手のマークを引き付けると、逆サイドの広大なスペースへと正確なロングパスを展開した。
――薄満月。荷重移動時の右膝のブレ、11.4度。
――データの網へ、深く潜行する。【インプット完了。】
それを受け取った左の猪目萩子が、野生の闘志を剥き出しにして加速する。
重戦車のようなパワフルな突進を仕掛け、立ち塞がる一文字のディフェンス――十文字南と九頭竜筒美が連動して強固なブロックを仕掛けるも、その肉体の強さで強引になぎ倒しながら、中央のバイタルエリアへと力づくでブチ抜いて進入していく。
だがその抜かれる僅かな一瞬。九頭竜筒美の目は、猪目萩子の動きを捉えるべく、彼女を凝視していた。
――猪目萩子。最高速到達時の左足首の傾き、8.2度。
――データの網へ、深く潜行する。【インプット完了。】
完璧な崩し。一文字の守備網が完全に猪目萩子へと引き付けられたその刹那。
中央の最前線へ走り込んだワントップの鹿戸椛へと、極上のラストパスが供給される。
鹿戸椛はその長身を活かして懐深くボールを収めると、まるで舞台の上で踊るかのような優雅なターンから、狙い澄ました決定的な先制シュートを放った。
――鹿戸椛。反転シュート時の右軸足の歪み、5.6ミリ。
――データの網へ、深く潜行する。【インプット完了。】
「いったぁぁあーーーっ! やっぱもみっち福利厚生手厚いっしょーーーッ!!」
ベンチではまつりが身を乗り出して絶叫し、その隣に並ぶカスミもまた、ピンクの蛍光ペンで『もみじパイセン♥お顔が世界遺産』と大きくデコられた手作りの団扇を、狂ったように激しく振り回していた。
――勝った。
誰もが八々花の先制を、歴史的なジャイアントキリングの瞬間を確信した。
しかし――。
ポン、ポン。
スタジアムの歓声を切り裂くように、無機質な音がピッチに冷たく響く。
放たれたはずの弾丸シュートは、いつの間にか、ゴール前に直立する《北》北山巳亀のグローブの中に完全に捕獲されていた。
雄たけび一つあげない。眉ひとつ動かさない。
ただただ、がっちりと掴んだボールを、肉厚なグローブの片手で静かに叩く。
それこそが、彼女が難攻不落の牙城を誇示するための、絶対的な無音のルーティンだった。
王者の壁は、あまりにも厚い。
八々花がどれほど果敢に攻め立てようとも、あと一歩の決め手を欠いたまま、前半戦の時間は非情に過ぎていった。
ピーーーーーッ、ピィッ!!!
やがて、前半終了を告げるホイッスルが秋の空に鳴り響く。
「0-0」のスコアボード。だが、ベンチへ戻ってくる八々花のメンバーの顔には、確かな手応えによる充実した笑みが溢れていた。
「みんなマジ最高! 一文字の一軍が相手でも、ウチらのサッカー全然通用してるじゃん!」
まつりがハイテンションで出迎え、イレブンが汗を拭いながら互いにハイタッチを交わしていく。
――だが。
ピッチの反対側にある、一文字学園のベンチの空気は、不気味なまでの静寂に包まれていた。「ふふ、これで配牌(データ収集)は100%完了ね」
一文字の司令塔《一筒》一之瀬燈子が、ノートPCの画面を見つめながら冷徹に微笑む。
その隣で、アンカーの一竹すずめが、氷のように無機質な瞳で八々花ベンチを見つめ、静かに唇を開いた。
「前半35分、私たちのサイドバックがじっくりと、彼女たちのすべてのプレイデータをハッキングし尽くしたわ。……さあ、後半から一文字の本性、『国士無双システム』を見せてあげましょう。彼女たちの息の根を止めて、ハコテンにしてあげる」
前半に掴んだ確かな手応えすらも、すべては一文字学園が仕掛けた残酷な『罠の仕込み』に過ぎなかった。
そんな絶望の後半戦の幕開けを予感させる、スタジアムの不気味な熱気の中。
メインスタンドの最上段、プレス席の日陰から、じっとピッチを見つめる一つの人影があった。
つばの広い帽子を目深に被り、どこか理知的で、圧倒的な佇まいを崩さない謎の女性。
彼女は、ピッチの上で肩を寄せ合う八々花のイレブン――特に、道風柳や松明千鶴たちの姿を、帽子の影の鋭い瞳で静かに見つめ続けている。
愛しさと切なさを孕んだその視線は、やがて冷徹な一文字学園のベンチへと向けられ、静かに目を細めた。
ただ一人、最上段からすべてを見つめるその瞳は、これから八々花を襲う完全な蹂躙と、その先にある本当の絶望の盤面を、すでに冷徹に見据えていた――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
前半戦、確かな手応えを掴んで笑顔の八々花イレブン。
……しかし、その裏で不気味に響く『インプット完了』の文字。
すべては、一文字学園が仕掛けた無慈悲な『罠』に過ぎませんでした。
そして最上段からそれを見つめる、つばの広い帽子の女性は一体何者なのか――?
次回、第87話【――システム、オールグリーン。【これより、八々花の処刑を開始します。】】
一文字の『国士無双システム』が、ついにその牙を剥きます。
1日2回更新(0時/12時)で突っ走っております!
「ハッキングされとるぞ」
「プレス席の女性、何者!?」
と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
次回もお楽しみに!




