「……って、椛ィーーー!! あんた何引いてきとんねん!!」
登場人物についての詳細は↓のとおりです。
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夏も終わろうという日の夕方。
西日が差し込む、八々花女子高校のサッカー同好会の部室では。
絶望に喘ぐ少女が、断末魔の悲鳴を上げていた。
「終わんねえええええ! 終わるわけがねえええええ!」
真っ白な数学と英語のドリルを前に、白目を剥いてパイプ机に突っ伏したのは、背番号7番・猪目萩子である。175センチの大型フィジカルとウルフカットの野性味はどこへやら、今はただの「夏休みの宿題に惨敗した野生児」と化していた。
そんな特攻隊長に対し、左右に綺麗な縦ロールを揺らしたお嬢様が、冷ややかな視線を突き刺す。
「貴女、あれほど計画的に進めなさいと言いましたわよね? 八々花女子に編入してきたら、生まれ変わるんじゃありませんでしたの?」
「生まれ変わるのは、サッカーに関してだよっ! 勉強のことなんて、知るわけないじゃんかあ!」「居直るんじゃありませんわ!」
そんな萩子と牡丹の不毛な押し問答を横目に、あはは、と苦笑いしながらドリルの山を覗き込んだのは、部長でありキャプテンの鹿戸椛だ。172センチのベリーショートが夕日に映える。宝塚のトップスターを彷彿とさせる美貌で、萩子のドリルを一瞥し――その端正な顔を引きつらせた。
「……うん、これはひどいな。不等式がすべて『未知の数式』のまま放置されている」
「未知の数式のままにしといてやれよ! 暴いてやるなよ!」
そんな八々花組の騒ぎを、少し離れた席から眺めていた鳳桐子が、やれやれと首を振りながら、元・神園のメンバーたちを見回した。
「さすがにアタシ達で、そんなことになってる残念な子は、いないよね?」
「――ん。当然」
ソファの端で小さくなっていた道風柳が、コクコクと無表情に頷く。
「当たり前です。夏休みの宿題など、計画的に……むしろ夏休みの前半には片付けておくのがセオリーというものです。どうしてこんな……」
お団子頭を揺らして呆れ果てているのは、真面目な薄満月だ。その隣で、幕ノ内桜があははと苦笑いを浮かべる。
「あ, あはは。神園時代は、勉強を疎かにするとレギュラー外されたりするからね。それが体に染みついちゃってますね」
「ふん。一番、不安視されていたのは桐子、お前自身だったがな」
「うっ……!」
腕を組んだ松明千鶴に鋭く刺され、桐子がわかりやすく言葉を詰まらせた。
そんな神園組のやり取りを横目に、コテコテの関西弁でツッコミを入れたのは、背番号4番の時鳥藤乃だ。長いツインテールを揺らしながら、隣で「脱力エコモード」の余韻に浸り、もちもちとクラゲのように座っていた大親友・鴬塚小梅の背中をバシバシと叩く。
「小梅、あんた稲ブリとの試合終わってからずっとクラゲみたいになっとるで! ほら、もう目白のことなんか忘れぇや! あっちで萩子の英語の書き取りくらい手伝ぉたろ!」
「……ああああああ。藤乃ちゃんんん、わかったからあああ、体、揺すらないでえええええ」
がくがくと藤乃に揺さぶられながら、小梅がクラゲのような情けない断末魔を上げる。
そんな喧騒から完全に隔離された部室の隅。
ただ一人、世界の雑音をかき消すように、異様に優雅な「請い声」を響かせている少女がいた。
「……あり。……よう。……おう」
ぱしっ、ぽん。ぱしっ、ぽん。
神酒盃菊鞠は、涼しい顔ですべての宿題を終わらせた上で、右足一本で綺麗にボールを垂直に上げ続けていた。腰まで届く黒髪をタイトに縛り、絶対に地上へ鞠を落とさないその正確無比な上げ鞠は、こんな日常の隅っこでも健在である。
「なぁ、ひまりぃ! 鞠蹴ってねぇで、アタイのこと手伝ってくれよぉ!」
ノートを前に頭を抱えた萩子が、涙目で直接ひまりに泣きついた。その必死な訴えに、ひまりは困ったように眉を下げ、優しくボールを足元に収める。
「あ、あはは。ごめんなさい、萩子さん。もうすぐ大切な例大祭がありますので、少しでも舞の完成度を上げておきたくて」
ひまりの妥協のない、けれど静かなその言葉に、それまで二人を見守っていたあやめが、ハッとしたように神妙な顔で頷いた。
伝統の重み、そして今回ひまりが挑もうとしている完全復活の覚悟を、幼馴染の彼女は誰よりも分かっていたからだ。
「……そうだね。私も、家に帰ったらお箏の練習しなきゃ」
あやめが自身の指先をそっと見つめ、静かに呟く。
二人の間に流れる、神事へと向かう引き締まった空気。それを全く読めていない萩子だけが、「えっ、あやめまでアタイを置いて練習行っちゃうの!?」とさらに頭を抱えてパニックになる――。
そんな、弛緩した空気(若干一名はそうではなかったが)の中、ノートPCを覗いていたカスミとまつりが、慌てたように声を上げた。
「みんな、大変なんよ……! 高体連のHPに、冬の選手権予選のトーナメント表がアップされたんよ……!」
カスミが咥えたチャッパチュプスの棒をピコピコピコッと震わせれば、その横では明莉まつりが机をバンバンと叩いている。
「待って、これマジでエグすぎっしょ!? 激ヤバな感じの組み合わせじゃん! 一周回ってウケるんだけど」
「バグってなんやねん。そういや先週、椛がくじ引き行ってくれたやろ? トップスターの引きの強さ、見せてもらおうやん!」
藤乃がにっと笑う。しかし、話を振られた椛は、「トップスターなんかじゃないんだけどね」
と、サラリとベリーショートの髪をかき上げながら、余裕の笑みでノートPCの画面を覗き込んだ。そして――次の瞬間、その端正な宝塚フェイスのまま、滝のような冷や汗を流して完全に凝固した。
「……いや。予備抽選で、1番を引いてしまってね」
――それは、先週の高体連会議室での出来事。
各校の顧問やキャプテンがずらりと並ぶ厳粛な空気の中、椛は臨んだ。172センチのベリーショートを揺らし、宝塚のトップスターを彷彿とさせる凛とした佇まいで、まずは本抽選の順番を決めるための予備くじを引いたのだ。
『八々花女子高校、予備くじ1番です。最初に本くじを引いてください』
(よし、最高の流れだ。私がみんなに、輝かしい未来のステージ(枠)をプレゼントしてみせる……!)
これ以上ない主人公ムーブ。自信満々に本くじを引き、電光掲示板に登録された自分の番号を笑顔で振り返った。
しかし、次の瞬間。電光掲示板に登録されたのは――あらかじめ四隅の特等席に君臨していた、第1シード「一文字学園一軍(完全体)」の真隣の枠だった。
会場全体が「うわぁ、ノーシードのあそこ、初戦から一文字の生贄かよ……」と一瞬で同情と憐れみのざわめきに包まれ、椛の顔がみるみる青ざめていく。
――そして、現在。
「……って、椛ィーーー!! あんた何引いてきとんねん!!」
藤乃のコテコテの絶叫が部室に響き渡る。
カスミが差し出した画面には、非情にもクッキリと書かれていた。
【1回戦:一文字学園 対 八々花女子】
練習試合の二軍ではない。すずめ先輩をはじめとする、本物の「完全体レギュラー」が、公式戦ののっけから八々花の前に立ち塞がることが確定した瞬間だった。
一瞬にして、部室の空気が氷点下へと凍りつく。
あまりの不運。あまりの絶望。練習試合で死闘を演じたあの最強の壁が、さらに進化して、最初から全力で自分たちを叩き潰しにくるのだ。
だが、その絶望的な静寂を遮るように、部屋の隅から規則正しい音が響いた。
すっ、ぴた。
菊鞠が右足の甲で、吸い付くようにボールを静止させる。
「ひ、ひまり……あんた一文字の名前見ても、いっちょも動じへんの!?」
「動じる、ですか? いいえ」
藤乃の問いに、ひまりは凛とした笑みを浮かべた。
「今度は本当のレギュラーの皆様と、あの美しいピッチで蹴り合えるのですね。絶対に、地上には落としません」
その瞳の奥には、純粋な闘志が小さく滾っていた。
「……ん。」
呼応するように、ソファの端で小さくなっていた柳の肩がピクリと跳ねる。顔を上げたその瞬間、普段の気弱な姿は完全に消え去り、瞳には獰猛な野生の捕食者の狂気が宿っていた。
「……一文字。今度は、私が、全員ブチ抜く」
エースの短い一言が、凍りついた空気を爆発的な熱量へと反転させる。チームの視線が集まる中、椛がゆっくりと背筋を伸ばし、不敵で気高き笑みを浮かべてみせた。
「ふっ、のぞむところだよ。私たちの新しい公式戦デビュー、そのオープニングアクトの相手として、これ以上不足はない。一文字のすべてを、私たちの旋律で調律してあげよう!」
もう、誰も怯えてなどいなかった。稲ブリ戦を経て、イレブンはすでに『一つの輪』となっている。
花鳥風月の名を背負った少女たちは、いま公式戦への扉を開けようとしていた――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回の更新ですが、23日12時の更新はお休みします。
次は8月24日の0時になります。
次回予告――
冬の選手権の予選の、初戦の相手はまさかの強豪・一文字学園。
初の公式戦を迎えようという前に、菊鞠の実家の菊堂神社の例大祭が行われるのであった。
次回、
【『三日三晩を 落とさぬ鞠の 奇しきに 千代に動かぬ 宿ぞ定めむ』】
どうぞお楽しみに!
――
「萩子、ブレねぇw」
「まさかの初戦が一文字学園とか、豪運すぎるw」
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