「牡丹くんのプライベートビーチか。久しぶりに楽しめると思うと、胸が高まるね」
今回は水着回、その導入編です。
登場人物についての詳細は↓のとおりです。
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コミュフェス当日の熱狂から、日にちは一週間ほどさかのぼる――。
夏休みに入って一週間ほど経った、ある日の部活終わり。
西日が差し込む部室。パレオの着用を今から楽しみにしている牡丹が、いつもの淑やかな微笑みで八々花イレブンを見渡した。
「来週の土日ですが、わたくし、両親とプライベートビーチで過ごす予定だったのですが、その両親が都合が悪くなりまして。わたくし一人で使うのももったいないと思い、日ごろの感謝と労いの意味を込めて、皆さまをお誘いしようと思い至ったのですが、ご都合いかがですか?」
さらりと告げられた、あまりにも規格外な規模のおもてなし。
その華やかすぎるお誘いに、部室内の誰よりも早く、光の速さで片手をピシッと突き上げて身を乗り出したのは、まつりであった。
「はいはーい! あーし、絶対その日は空けとくっしょ!」
トレンド最先端のネオンカラー水着を今から着る気満々の、最強映えギャルによるキレ味抜群の快諾。
さらに、部室の壁に背を預けていた椛が、往年の宝塚トップスター(男役)を彷彿とさせる圧倒的なカリスマの笑みを浮かべて、爽やかに声を重ねた。
「牡丹くんのプライベートビーチか。久しぶりに楽しめると思うと、胸が高まるね」
「もちろん、夜はビービーキューだろ!」
ウルフカットの髪を揺らした萩子が、「肉!肉!」と拳を握りしめて大ハシャギで叫ぶ。
だが、そのわんぱくな咆哮の直後、牡丹がふわりと美しい首を傾げ、上品に口元に手を添えた。
「萩子さん、それは“バーベキュー”と読みますのよ?」
すかさず放たれた、お嬢様ならではの品が良すぎる天然のツッコミ。
「えっ、そ、そこ!? いや文字通り読んだだけなんだけど……!」と萩子が顔を真っ赤にしてへなへなと畳に沈没する横で、椛が「ふふっ、萩子くんは本当に食べるのが大好きなんだな」と肩を揺らして笑った。
そんな賑やかな前線メンバーたちの熱気を見つめながら、桐子がいつもの気怠げな、しかしどこか楽しそうな調子で髪を弄んだ。
「夏休みを海で過ごす、というのも悪くない、かな?」
「お前は、少しは体調の心配をしろ。心配だから、俺もついていく」
桐子の隣にスッと影のように付き従っていた千鶴が、腕を組んだまま、低い声音で呆れたように、しかし絶対的な過保護さ全開で言い放った。
「ふん!ふん!」
千鶴のその至極真っ当な正論に、すぐ横にいた柳が大真面目な顔で猛烈な勢いで無言のまま何度も何度も首を縦に振った。
言葉は一切ないものの、その鼻息の荒さは、「ちづさんの言う通り! きりさんはもっと大人しくしてて!」と全力で同意しているのが一目で分かり、その場にいる誰もがほっこりした。
「ふふ、千鶴も柳も、相変わらず過保護だねぇ」と桐子が嬉しそうに目を細める中、ちゃぶ台の横でチャッパチュプスをまったりと咥えながらその様子を眺めていたカスミが、肩をすくめて予定を切り出す。
「あー、ごめん牡丹ちゃん、ウチ、その日はどうしても外せない用事が入ってて海には行けないんよ……」
「わっ、私も、その日はどうしても外せない、大事な、大事な用事が……あって!――その、……ごめんなさい」
いつもは気配を消し、一般人へと完璧に擬態しているはずの桜による、あからさまにドギマギとした不参加の申告。
その大事な用事の正体が、翌日のコミュフェス(聖戦)での【完璧なエムのコスプレ降臨】であることは、サークル主として彼女の擬態の心理を誰よりも尊重し、見守っているカスミだけの秘密であった。
カスミと桜が続けて不参加の表明をしたことで、部室内には一気に「自分も不参加を申し出やすい空気」が出来上がっていた。
そんな絶妙に変化した室内の空気感を前にして、今度は菊鞠もおっとりとした微笑みを浮かべたまま、すまなさそうに小首を傾げた。
「その日は、結婚式が入って」
「ひまりん、結婚すんの!?」
菊鞠の言葉が途切れるかどうかの瀬戸際で、萩子が部室の床をガタァッ!と鳴らして立ち上がった。
ウルフカットの髪を激しく揺らし、猪突猛進ガール全開で目を極限まで丸くしている仲間の姿に、菊鞠はパチパチと瞬きをしながら、いつも通り淡々と静かに軌道修正を施す。
「いえ、私ではなく、神社のお手伝いです。お盆の時期は、ご親戚が集まりやすいですしお式も多いみたいで」
「あ、なんだぁ……ビビったぁ……」
へなへなと脱力して座り直す萩子の横で、牡丹がふむ、と美しい首を傾げた。
「夏の暑い日に、珍しいですわね。わたくし、どのような水着を合わせようか、今からパレオの着こなしを考えてしまいますわ」
まだ来週の話だというのに、皆の前で早くも優雅にパレオの裾を整えるような仕草をしてみせる牡丹。
そのおっとりとした度重なるフライングっぷりに、藤乃が肩をすくめてキレのある関西弁を響かせた。
「牡丹さん、気が早すぎや。まだ部室で予定合わせとる段階やで?」
「あら、おほほ。つい楽しみで行き過ぎてしまいましたわ」
お嬢様が少し頬を染めて上品に口元を隠す横で、あやめも「本当だね」と小さく笑って、菊鞠の方に視線を向けた。
「でも、菊鞠ちゃんの言う通りです。私の家もこの時期は、親戚の集まりやお盆の準備でいろいろと忙しいですから……」
菊鞠の放った『お盆』という単語をきっかけに、部室内のあちこちから「実はウチも……」と気まずそうな声が上がり始める。
「あー、それ言うたら自分もその日はパスやわ。大阪のジイジ──あ、いや、祖父の家に顔出さなあかんねん。墓参りとか親戚の集まりで、どうしても外されへんくてさ」
「あ、藤乃ちゃんが行かないなら、うちも……。その日はお家のお手伝いをします、です……っ」
そんな少女たちのやり取り(不参加の申告)をすべて見届けた後、満月がクソ真面目な顔できちんと背筋を伸ばし、その厳かな声音で不参加組の理由を美しく締めくくった。
「私も、お盆のために家を空けることはできません。日本人たるもの、お盆で祖先の霊をお迎えし、またお見送りするという文化や慣習を大事にすべきだと思うのです」
室内の熱気を一瞬で引き締めるような、あまりにも実直で、どこか古風なまでの正論。
「満月は本当にブレないねぇ」と桐子たちが小さく苦笑する中、申し訳なさそうに断る面々を見渡して、牡丹は「そうですのね……。予定が合わないのはとても残念ですが、仕方がありませんわね」と優しく微笑んだ。
──なお、この段階ではまつりと一緒に「海だぁぁぁーーッ!!」と大ハシャギして行く気満々だった萩子であったが――。
そして迎えた、八月十五日の午前十時。
カンカンと照りつける夏の太陽の下、静まり返る駅前ロータリーで、萩子は水着や着替えの入ったボストンバッグと、大きな浮き輪を抱えたまま、魂の抜けたような顔でただ呆然と立ち尽くしていた。
液晶画面に表示されているのは、目を疑うほどにビッシリと並んだ、集合時間の午前八時から、数分おきに入ってきている【不在着信】の履歴。
その赤字の羅列の最下部、連絡アプリ『NINE』へちょうど一時間前に届いていた、牡丹からの冷徹な最後通牒が画面に虚しく浮かび上がっている。
『萩子さん、もう、置いていきますわよ』
お抱え運転手のアクセルによって一時間も前に砂浜へと去っていった高級リムジンの残像を前に、自力で追いつくことすら不可能な絶望のタイムラインのなか、一人寂しくロータリーに取り残された萩子の、悲痛な叫び(咆哮)がどこまでも広がる夏の全域へと虚しく響き渡る。
「うわあああああああああああああん!!!!! アタイのビービーキュー(肉)があぁぁぁぁぁーーーーッ!!!!!」
セミの鳴き声さえも一瞬だけかき消すような、その特大の絶叫は。
ただただ眩しく、どこまでも高く広がる、夏の暑く、青い空に吸い込まれるように消えていくのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
大遅刻した萩子を置いて、牡丹一行はプライベートビーチのある別荘へと移動する。
「やっば! あーし、もうセレブの仲間入り!? こんなん勘違いしちゃうっしょ!」
次回、
【「……ほわぁ!」】
どうぞお楽しみに!
――
「萩子ぶれねぇw」
「ご愁傷さまw」
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