『脱稿したんよ!』
コミケ当日、ということで、僕自身もこのお祭りに何らかの形で一枚噛みたく、こういう形で乗っかります。
コミケに参加される方、熱中症にはお気をつけて。
そしてこのお話が、少しでも待機時間の慰みになりますよう。
登場人物についての詳細は↓のとおりです。
https://ncode.syosetu.com/n7086km/58
夏休みに入って一週間ほど経った、ある夜のこと。
ピローン♪
自室で大好きなアニメを観てニマニマしていた桜のスマホが、小気味よい通知音を響かせた。
画面を開くと、同じサッカー同好会の仲間であるカスミからのメッセージが表示される。
『脱稿したんよ!』
その一言に続き、白目を剥いてぐったりとした顔のアニメキャラのスタンプが送られてきた。
「ふふっ。……本当にお疲れ様でした、と」
桜は小さく笑い、労いの言葉と一緒にお茶を差し出すキャラクターのスタンプをタップして送り返した。
ピロン♪
すると、すぐに既読がついて返信が飛び込んでくる。
『サクラちゃん、明日は予定とか入ってない? ウチで、カタログ見ながら作戦会議したいんよ』
画面越しに伝わってくるそのお祭り前夜の熱気に、桜の胸が小さく高鳴った。
──そして、明けて翌日の昼下がり。
ピンポーン──。
桜が少し緊張気味に指を伸ばして押したインターホンに、スピーカーの向こうからのんびりとしたお馴染みの声が応じた。
「ほいほ~い」
ガチャリと小気味よい音を立てて、玄関のドアが開く。
今日のカスミは、ペリッシモ系を思わせるパステルカラーの、ふんわりとしたゆるかわ系の私服。
いつもの部活のジャージ姿とのギャップが、まったりとした彼女の雰囲気を何倍もおしゃれに引き立てている。
「サクラちゃん、外、暑かったでs……」
労いの言葉をかけようとしたカスミは、そこでリアルに言葉を詰まらせ、口を半開きにしたまま完全に静止した。
目の前に立つ桜の私服は――清楚な白いワンピースに、つばの広い白い麦わら帽子という、夏の避暑地のお嬢様のような出で立ちだったのである。
(……サクラちゃん。おまえ、それ一般人擬態する気あんのか。夏の主役オーラがカンストしてて、逆に目立ちまくってるじゃんね……)
カスミは喉まで出かかったツッコミをなんとか飲み込み、咥えたチャッパチュプスをピコピコと揺らしながら苦笑いを浮かべた。
「サクラちゃん、私服もバチバチに『一般人擬態』を極めてるじゃんね。清楚すぎて、ウチの玄関の空気が一瞬で浄化されそうなんよ。とりあえず、中に上がるんよ」
「えっ……!? う、うん。お邪魔します……っ。でも、白ワンピと麦わら帽子なんて、夏の街中には何万人もいる超無難な格好、だから。これで会場に溶け込めば、誰も私がオタクだなんて気づかない、はず……っ」
桜は長い前髪を揺らし、大真面目な顔で誇らしげに胸を張る。
完全に方向性を間違えた鉄壁のディフェンス(勘違い)に、カスミは声を殺してケラケラと笑いながら、桜を自分の部屋へと招き入れた。
「サクラちゃん、それウチへの慰めになってないんよ。っていうかさぁ」
カスミは机の上に配置図を広げながら、咥えたチャッパチュプスをピコピコと揺らして、のんびりと核心を突いた。
「服装がどれだけ清楚な一般人だろうとさ、コミュフェス(戦場)の会場にわざわざ自分から突っ込んでいく時点で、中身は完全にウチらと同類のガチオタなんじゃんね?」
「うぐっ……! そ、それは、そう、かもしれない、けどっ……」
正論の弾丸パスカットを正面から浴びて、桜は顔を耳まで真っ赤にして言葉に詰まった。
カスミの自室の真ん中に据えられたローテーブルの上に、巨大な会場配置図が広げられる。
コミュフェスの『冊子カタログ』と『DL版』の両方を隙なく揃えているカスミが、今日の作戦会議のために、わざわざ冊子版の地図をコンビニで特大サイズに拡大コピーしてきた気合の逸品(戦術ボード)であった。
2人でテーブルを囲んで床に座り、頭を突き合わせるようにして覗き込む。
蛍光ペンを握ったカスミは、まるでサッカーの監督(松明や薄)のように鋭い目付きになり、その巨大なマップの一角を険しい顔で指差した。
「……で、ここからが本番なんよ、サクラちゃん。西ホールのシャッター前。ここに、今回のコミケ最大のデスゾーンが形成されるじゃんね」
「デスゾーン……」
桜がごくりと唾を呑む。配置図を見つめるカスミの口から、オタクの戦場を生き抜いてきたガチ勢ならではの、諦観の混じったため息が漏れた。
「ウチ、今回の『Super竹取物語』のお疲れ様本と、その隣の『いのうえむすび先生追悼本』はマストだと思うんよ。でも、絶対ここ、荒れるよねぇ……。開会直後は東西の買い出し部隊が正面衝突して、人間の巨大な壁に阻まれて身動きが取れなくなるじゃんね」
人気サークルが2つ並んだシャッター前。一般人なら見ただけで絶望して回れ右をする、地獄の混雑予想エリア。
だが、そのマップの隙間を見つめていた桜の瞳の奥で、元・名門神園学園ディフェンダーとしての天才的な脳細胞がパチパチと音を立てて火花を散らした。
桜はスッと指を伸ばし、そのデスゾーンの「外側」にある、一見すると遠回りに見える細い通路をなぞってみせる。
「……大丈夫。みんな大手サークルの最後尾(列)に気を取られて、この裏通路側のディフェンス(視線)はスカスカになる、から。ここのわずかな隙間を『すすすっ』とすり抜ければ、対向サークルからの混雑を完璧にパスカットして、最短ルートでシャッターまでシャキッと突っ込める」
「なんよなんよサクラちゃん! サッカーの戦術眼をコミケの覇道に応用するとか、最高のエースストライカー(ファンネル)じゃんね!」
特大の拡大コピーを指差してノリノリで褒めちぎるカスミに、桜は少し照れくさそうに白いワンピースの裾を弄んだ。
「……ほかに、種村さんが欲しい本はありますか?」
「ん~、ウチは今年は、その二か所で満足かな。あとはサクラちゃんの時間に使っていいよ。あ、でもさっきの二か所も、無理する必要ないかんねー」
蛍光ペンを置き、咥えたチャッパチュプスをピコピコと揺らしながら、カスミがまったりとした、しかし心底から桜の身を案じるような優しい声音で言った。
「無理しなくていい」というその言葉の温かさに、桜の胸の奥がじんわりと熱くなる。
自分をただの便利な買い出し部隊としてではなく、一人の大切な『サクラちゃん』として気遣ってくれている。その優しさに、桜は心の中で静かに、しかし絶対にあの二冊の新刊を落としてみせると誓うのだった。
「……うん。ありがと。でも大丈夫。私、絶対に落としてくる、から。……あ、そういえば、その後のカスミちゃんのサークルスペースの売り子のお手伝いなんだけど……」
そんな少し照れくさい空気をお互いに誤魔化すようにして、再びカタログへ視線を落とした桜。
お互い、微妙な沈黙が流れ始めるのを察して、カスミが「ちょっと待っててね」と席を立つ。
少しして、冷凍庫から「ジャジャーン!なんよ」と大きな箱を抱えて戻ってきたカスミ。
その腕にあるのは、『365(パキンス・ロビスン)』のバラエティボックスであった。
「サクラちゃん、どれ食べる? せっかくの作戦会議だしさ、贅沢に三段重ね、行っちゃう?」
「えっ、バラエティボックス……!? いいの……っ?」と桜が長い前髪を揺らして目を輝かせる中、2人はちゃぶ台の真ん中でお皿を取り出し、スプーンを使ってお気に入りのフレーバーを器用に縦に積み上げ始めた。
ピンクやミント色のカラフルなお手製三段重ね(トリプル)を前に、2人の可愛い私服姿が並んでスプーンを握る。その絵面は、まるで避避地のお嬢様たちが秘密のお茶会を開いているかのような、純度百パーセントの愛らしさに満ちていた。
――なのだが、吐き出される単語のすべてが、その清らかなビジュアルを全力で裏切っていく。
「あー、やっぱり夏の365アイスは五臓六腑に染み渡るじゃんね。これ、実質『プリピュア』のタロット・ダークネスのりりかちゃんじゃん。ダークネスちゃん、闇堕ちフォームの時だけ主食がアイスになるの、マジで最高に狂おしくてウチの性癖にブッ刺さりなんよ……」
カスミがまったりとしたオタク特有の早口で呟けば、桜の脳内にあるオタク回路がバチバチと光の速さでリフレクス(反射)を起こした。
「わ、分かる……っ! タロット・ダークネス姿の時の、あの冷徹な見た目でスプーン咥えてるギャップ、本当に尊い、よね……っ! でも待って、カスミちゃん。それなら、先週登場したばかりの『ピュア・パルファン』、ふれあちゃんはどうなの……!?」
「なんよなんよサクラちゃん、さすがウチの最高のエースファンネル、話が早いじゃんね。ピュア・パルファン姿のふれあちゃん、あのおフランス帰りの完璧な美貌といい、大人びた香水の香りといい、完全にポジションは『圧倒的スパダリ攻め』一択なんよ」
カスミはスプーンをピシッと突き出し、自分たちがたった今積み上げたアイスの三段重ね(上・中・下)を険しい顔で指差した。
「つまりさぁ、このアイスの並び順こそが、ウチらの求める新たなカプ表記の固定概念に他ならないわけなんよ。一番上のチョコミントがスパダリ攻めのふれあちゃん(あるいは、松明パイセン!)」
「た、種村さんそれ、一番上が攻めで、真ん中のストロベリーが『ウブな赤面受け(きりさん)』のフォ、フォーメーションってコト……!? 待って、じゃあ一番下のフレーバーは何の役割なの……っ!?」
「一番下は、背後で2人を優しく見守りながら、壁や天井と一体化して現世の奇跡を拝んでるウチら(ファンネル)のポジションに決まってるじゃんね」
「……っ! 完璧な解釈(公式供給)すぎて、異論を挟む余地が1ミリも残ってないんだけど……っ!」
桜は顔を耳まで真っ赤にしながらも、アイスを口に運んで至孔(=至高)の表情を浮かべた。
学校の部活のときには決して見せない、2人きりの世界の特別な距離。
同じサッカー同好会の仲間たちには絶対に言えない、秘密の同盟。
窓の外から差し込む夏の夕暮れの光が、2人の並んだ影を優しく照らす中、冷たくて甘いアイスの打感と共に、コミュフェスへのアツい約束を胸に刻む2人であった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
次回、
【「……はぇ? さ、サクラ、ちゃん……!?」】
どうぞお楽しみに!
――
「コミュフェス回!」
「Super竹取物語お疲れ様本といのうえむすび先生追悼本ってあそこだろ!」
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