「こ、う、た、い――しましょう、ね?」
登場人物についての詳細は↓のとおりです。
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「あ……」と絶望にアホ毛をしょんぼりヘコませる小梅。
ラリーの強制終了を告げるかのように、神聖なる鞠庭の四隅の松や桜が冷たく静まり返る中、おっとりプチ切れ状態のまま、限界まで怒りのマグマを溜めていた菊鞠が、満を持して動いた。
満面の笑みを浮かべたまま、瞳の光を完全に消し去った顔で、すすすっと『一の足(軒)』の立ち位置へ歩み寄る。
「羽賀さん。――軒、交代しましょうか?」
ふわりとした、いつも通りの優しい声音。
だが、その背後にフラッシュバックする絲子お祖母ちゃんへの恐怖に、主水さんの背筋に最悪な悪寒が走った。
「あ、あ、いや……菊鞠ちゃん、ワシはまだ、その、一球しか蹴ってないしな? 大人を敬うことを――」
「こ、う、た、い――しましょう、ね?」
言葉の隙間に挟み込まれた、息が詰まるような純度百パーセントの『無音の圧』。
笑顔のまま一切瞬きをしない菊鞠の、有無を言わせぬ絶対的な笑みを前に、主水さんは「ひゃいっ……!」と情けない悲鳴を上げた。
昭和の頑固オヤジのプライドなど一瞬で消し飛び、ステテコ腹巻をガタガタと震わせながら、 這いずるようにして『軒』のポジションから弾き出されるのだった。
主水さんから『軒』を奪い返した菊鞠は、伝統の型に則り、凛として澄んだ神聖な請い声を鞠庭に響かせた。
「――ありっ!」
ふわり。
柔らかく膝を使い、主水さんのめちゃくちゃな弾道を完全吸収して放たれた、風を味方にした極上の『おもてなしのパス』。
「わ……っ!」
落ち込んでいた小梅の頭の上で、アホ毛がふわりと揺れる。
先ほどまでのトラウマを完全に忘れてしまうかのような、あまりにも優しく滞空する鞠に感動しながら、小梅はそっと次の人へと繋げた。
「なんやこの球、軽すぎて逆にむずいわ!」
ピッチ内の藤乃が、いつものサッカーボールとの違いにキレ味鋭い関西弁の愚痴を叩きつけながらも、なんとかインサイドで回す。
「あ、ありっ……!」
それを受けた薄 満月は、蹴鞠は初めてであるにもかかわらず、根っからのクソ真面目さ全開で必死に伝統の請い声を張り上げ、体勢を崩しながらも中央へ押し返した。
「よう。」
そこへ滑り込んだ千鶴が、先ほどの桐子の脱力プレイを完全にトレースしてみせる。膝の力を抜き、ふわりと完璧な放物線を描いて前線へ送られた極上の球。
そのふわりと舞い上がった極上ロブの軌道を、誰よりも早く、完璧に「先読み」していた影があった。
幕ノ内 桜である。
鋭い戦術眼で鞠の落下地点を一瞬で見極めると、そこへ『すすすっ』と先回りするようにして、ノーバウンドのまま綺麗にパスカット(レシーブ)して中央へと繋いでみせた。
女子高生たちの間で、美しく、そして淀みなく繋がりかけた最高のラリー。
――だが。
「ひ、ひえぇっ!? 落ちてくる、落としたら絲子さんに殺されるぅぅ!!」
千鶴の綺麗なパスを前に、順番を待っていた白髪のおっさんが、お祖母ちゃんの般若の顔がフラッシュバックして完全なパニックに陥った。
生存本能のままにドタドタと割り込むと、ダイレクトで思いっきり明後日の方向へ「特攻」してしまったのだ。
――ボフンッ!!
せっかくの美しいラリーは、白髪のおっさんの全力キックによって再び「どこに飛ぶか分からない究極の弾丸クソボール」へと引き戻され、タッチライン際へと猛スピードで突進していく。
「何すべてを虚無に還しとんねん白髪おやじィィッ!!」
藤乃の怒号が響く中、誰もが「今度こそ落ちる!」と目を瞑ったその刹那。
小梅の頭の上のアホ毛が、危険を察知するアンテナのようにピキィン!と鋭く反応した。
――あのお爺さん達の球は、どこに飛ぶか分からない。
――でも、うちの足なら、絶対に追いつける……っ!
胸の奥のトラウマを、特訓で覚えた身体の躍動が上回る。
小梅はがむしゃらに、泥臭く地を這うような必死のスプリントで、タッチライン際へとはらはらと滑り込んだ。
そして、菊鞠のあの異次元のトラップを脳内で必死にトレースしながら、貴重な左足のインサイドを無軌道な弾丸クソボールの軌道へと、文字通り死に物狂いで合わせる。
――ピタッ。
奇跡だった。
死に物狂いで差し出した小梅の左足の甲に、あれほど不規則に回転していた弾丸クソボールが、吸い付くように一瞬だけ静止する。
「あ、うわわわっ!? と、止まったです──あうっ!?」
だが、菊鞠のようにそこから優雅に数秒間もボールを載せて静止させることなど、初心者の小梅にできるはずもない。
奇跡のトラップの衝撃に逆に足元のバランスを崩した小梅は、そのまま地面の上へと無様に勢いよく尻餅をつき、ボールもポロポロと足元から転がり落ちてしまった。
完全なおたおたとした、たどたどしい失敗。
一生かかっても届かないかもしれない、あの圧倒的な伝統の妙技の壁。
しかし、お尻を擦りむきながらも、小梅の足の甲の皮膚には、ボールが「ピタッ」と吸い付いたあのコンマ数秒の微かな革の重みが、確かに熱い余韻として刻まれていた。
鞠庭のなか、すぐ近くのポジションでその奇跡的なレシーブ(と、その後の見事な尻餅)を目撃していた藤乃が、お腹を抱えてケラケラと笑いながら、「ナイスや小梅!」と満面の笑みで拳を突き出す。
「あはは、尻餅ついてどうすんねん(笑)! でも、今の一瞬のトラップはマジで悪うなかったで! ひまりんのあの神業はウチらの絶対的な専売特許やけど、いつかあの魔球パスを、ウチらのこの連係で完璧にレシーブしたるねん!」
小梅はまだ不安げに胸を抑えつつも、自分の左足に残る確かな成功の打感に、小さな息を吐いて微笑み、突き出された藤乃の拳に、自分の拳を合わせたのだった。
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次回予告――
次回、
【『脱稿したんよ!』】
どうぞお楽しみに!
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